嫌な音が響いたのを、その場の誰もが耳にしていた。
そして次の瞬間、反応は真っ二つに分かれる。
喜色を浮かべたものと、憂色を浮かべたものに、だ。
後者に至っては、ほとんど絶望に近く、それでも絶望することがなかったのは、それが意味することを知っていたのと、何よりも心が強かったからだろう。
だがそれを分かっているからこそ、前者のものは――魔王は、さらに喜色を顔に浮かべる。
先ほどまで心に満ちていた怒りなどどうでもよくなるほどの……或いは、それがあったからこその喜びだ。
これで絶望を与えることが出来るのならば、それこそが最も相応しいと、そう思ったからである。
しかし同時に苛立ちがあったのは、一番に絶望を感じるべきで、そうさせたい相手に、絶望を抱いている様子がなかったからだ。
その手に持つ剣に罅が入ったことを知りながら、少年――ソーマという名らしいそれは、一度だけそちらに視線を向けただけで、それ以上は何の反応もすることなく、そのままスタスタと歩き始めたのである。
その顔にも、焦り一つ浮かんではおらず……だが魔王が笑みを深めることとなったのは、それを強がりだと判断したためだ。
なるほど確かに、この状況で焦りを見せれば、自分が不利になるだけである。
ならば何でもないように振舞うのは、むしろ当然のことだろう。
見た目は子供にしか見えないものの、それだけで侮るほど魔王は愚かではない。
しかし同時に、思う。
所詮浅知恵にすぎない、と。
剣に罅が入ったのは事実で、剣がなくなってしまえば、剣士など無力な存在なのだ。
ならば精々強がってみせ、最後に絶望するがいいと、魔王はさらに笑みを深める。
だがそこで、魔王は油断もしなかった。
脳裏に蘇るのは、勇者と呼ばれる者に打ち破られた、かつての記憶だ。
忌々しい記憶ではあるが、忘れてはならないものだということも理解している。
何せ前回は、それを忘れ慢心しきっていたからこそ、敗れ去ったのだ。
その過ちをこれ以上繰り返すわけにはいかない。
だから直後に魔王が撃ち放ったのは、油断などは微塵もない一撃であった。
先ほども放った、漆黒の球体。
接近と同時に斬り裂かれ、霧散していく光景は何度見ても信じられるものではないものの、再び罅の入る音を耳に口の端を吊り上げながら、次々とそれを放っていく。
漆黒の球体は、魔王の抱く全てを破壊しようとする意思そのものだ。
厳密に言うならば、球体のような代物と呼ぶべきであり、物理的な姿を持っているわけではない。
質量なども持ってはおらず、言ってしまえばこれは影のようなものであり、目印だ。
着弾した瞬間にその場を魔王の意思で満たし、世界に上書きすることによって対象を破壊する。
これそのものによって破壊されるのではなく、破壊されたという結果が確定することで、対象が自壊を始めるのだ。
つまりこれは概念的なものであり、因果の逆転をも可能とするほどの強力な力なのである。
当然のように、触れればただで済むわけはないし、斬り裂けるはずもない。
ゆえに、眼前で起こっている光景は有り得るはずがないのだが……魔王は既に大して気にしてもいなかった。
有り得ないことに間違いはないのだが、それを言い出したら、そもそも前回魔王が敗れたということそのものが有り得ないのだ。
あの時の魔王は、間違いなく神に最も近い場所にまで近付けていた。
たとえ龍が全力で攻撃してきたところで、傷一つ付かなかっただろう。
だがそれにも関わらず、魔王は負けた。
勇者という、ただ一人の人間によって。
勿論、勇者が世界からのバックアップを受けていたというのもあるだろうし、魔王が慢心しきっていたというのもあるだろう。
しかしその上で、あの結果は有り得るわけがなかったのだ。
それはあまりにも、道理が合わなすぎた。
どれだけの力があろうとも、所詮人は人だ。
たとえこの星を砕くことの出来るほどの力を叩きつけようとも、結界の要一つ破壊することは出来ないように、魔王があの時いたのはそういう領域だったのである。
だがそんな魔王を、勇者はいとも簡単に倒してみせた。
かつて、邪神と呼ばれてしまった神が、英雄と呼ばれたただの人間に滅ぼされてしまったように。
だから、魔王はそこで悟ったのだ。
時折人間の中から、そんな存在が生まれてくることがあるのだろうと。
そして分かってしまえば、どうということはない。
どれだけ力があり、神に近かろうとも……神そのものであろうとも、敗れ去ることはあるのだ。
ならば、神を倒せるような存在が、魔王に敗れ去ってもおかしくはあるまい。
つまりは、それだけのことなのだ。
今目の前で起こっている光景も、そんな魔王の思考を肯定したようなものであった。
なるほど本来斬り裂けるわけがない魔王の意思を斬り裂けるなど、あの少年は魔王を倒すに足る存在なのだろう。
そんな確信がある。
しかしそんな相手を、魔王は今追い詰めているのだ。
今この時もソーマは剣を振るい、迫ってくる魔王の意思を斬り裂き続けているが、それによって剣の罅も増えてきている。
むしろ今はもう、刀身に罅がない場所の方が少ないぐらいだ。
そう遠くないうちに、あれは砕け散り、その時がソーマの最後である。
その時が訪れるまで、魔王が手を緩めることはないし、ならばソーマの未来は決まったも同然だ。
だが……それはあまりにも、勿体なかった。
かつて死を迎えた魔王は、当時と比べ力の大部分を失っている。
しかもそれは、普通の手段では回復することの出来るものではない。
復活した今も神に近いままである魔王は、どちらかと言えば幻想種などに近い存在だ。
人間などとは違い鍛えたところで力は増すことはなく、力を回復するには時間の経過を待つか他者から奪うしかないのである。
しかし他者から奪うと言っても簡単なものではなかった。
正直に言ってしまえば、効率が悪いのである。
奪い取る際に大部分の力を零れ落としてしまうし、奪い取れた力を自分のものとして慣らすには、ある程度の時間が必要だ。
だがそれを慣らしている間は、時間経過によって回復する分の力が回復することがなく、結果的に奪い取らなかった方が回復が早かったということになりかねない。
余程相手の力が強くなければ、奪い取ることに意味がないどころか、害とすら成りえるのだ。
しかも今は、新たに得た力によって、人の恐怖や絶望を糧とし、それを力とすることも出来るようになっている。
こちらも慣れていないからか効率は悪いが、どれだけ相手が弱く、微々たる力しか得られずとも、力を得られることに違いはないのだ。
そういったこともあって、今回はまだ一度も他者の力を奪ったことはなかったのだが……あの少年ならば、試す価値は十分になるだろう。
それに、稀にではあるが、力を奪うことによって新たな力を得られることもある。
今も続いている、あの不可解な現象。
あれが自分にも出来るようになるならば、と思えば、そこで魔王が口を開いたのは当然のことと言えた。
「ふんっ……滑稽で、無様な姿だな。まあ、この俺に逆らったのだから、当然のことではあるが」
その言葉に反応したのは、ソーマではなく、後方にいる者達であった。
何かを反論しようと口を開きかけ、しかし何かを言える立場ではなく、また言える事もないということに気付いたのだろう。
結局何も言うことはなく、黙り込んだ。
煩わしさがなかったことに魔王は満足気に鼻を鳴らすも、片眉を動かしたのは、相変わらずソーマが平静とし何の反応も示さないからである。
とはいえ、未だ強がりを続けているのかと思えば、滑稽だと思いはしても腹が立つことはない。
いつまでその態度を続ける事が出来るものか、などと考えながら、言葉を続ける。
「貴様はこのままでは、間違いなく死ぬ。無残に、無意味に、無価値に、だ。それは貴様が一番よく理解しているであろう? どれだけ強がってみせたところで、その事実は変わらぬ。まあ、それを認めぬまま死ぬというのならば、貴様の好きにすればよいがな」
「……ふむ。仮にそうだったとして、だからどうしたのである? まさか命乞いをすれば許すなどとは言わんであろう?」
「ふんっ……無論よ」
むしろそんなことをすれば、力を奪うこともせずその場で捻り潰すだろう。
魔王に逆らっておきながら、命乞いすればどうにかなるなどと考える愚か者など、一秒足りとも生かしておく価値がない。
その力に関しても同様だ。
しかし。
「貴様が乞うのであれば、貴様の力だけならばこの俺が有効に活用してやらんでもないぞ? どうせこのままであれば、貴様は何も残すことが出来ず跡形もなく消え去るのだ。ならば俺にその力を残すことで、貴様が生きていた意味も存在していたということになるであろう?」
「…………ふむ。もしや、この街で魔物を暴れさせたのも、ここで好き勝手に暴れたのも、そのためであるか?」
「はっ、そんなわけがなかろう? どちらも実利半分趣味半分というところよ。まあ、魔物共には俺の役に立ちそうなものがあれば確保しておくように命令しておいてはあるが、そんなものがここにあるわけがなかろうしな」
万が一の可能性もあるため、出来るだけ力の強いものがいる場所へと向かうようにさせたものの、おそらくはこの国で最も強いだろうと思われる者達ですらこの程度なのだ。
期待など出来るわけがない。
厳密に言えば、最も欲しいのは魔王の血を継ぐものではあるが、それこそこんなところで見つかるわけもない存在だ。
あれらが暴れているのは、結局のところ恐怖と絶望を振りまくためでしかないというわけである。
「……そうであるか」
「さて、では返答を聞こうか。まあ、聞くまでもないことだろうがな」
「そうであるな。……そもそも、どうして頷くと思ったのか、という話であるしな」
「……ふんっ。所詮は貴様も愚者であったか。よかろう。我が寛大な措置も理解出来ぬとは……ならば望み通り、無意味なままに死ぬがよい」
「ふむ……というか、この状況で頷く方が愚かだと思うであるが? 何せ、貴様に届くまですぐそこの位置にまで来たのであるし」
それは確かにその通りではあった。
気が付けば、文字通りの意味で目の前にソーマの姿がある。
あと一歩踏み出すことが出来れば、その手に持つ剣は魔王の身体へと届くだろう。
だがそれを理解していても、魔王がその場から動くことはない。
理由は主に二つ。
必要がないのと、逆効果でしかないからだ。
そもそもソーマの剣が自身の身に届き得るということは、魔王が何よりもよく理解していた。
それでもその場に留まっていたのは、移動という隙を晒せば、その一瞬で距離を詰められ叩き斬られると分かっていたからだ。
魔王の意思を放つだけあって、あれは移動の最中は放てないのである。
つまりその場に留まり攻撃を続けるということが最善で、下手な移動は逆効果でしかなかったのだ。
それは今この時も変わらず……何よりも――
「ふんっ……確かに貴様の言う通りではあるが、その剣で、か?」
そう、その剣が身に届くのは、当然のように剣が健在であれば、の話である。
しかしソーマの手にあるそれは、既に罅が全身に至っていた。
とうに限界を迎えているなど明らかであり、むしろ未だに原型を留めているのが不思議なほどだ。
間違いなく、次の一撃は耐えられまい。
そしてそうなれば、ソーマが目の前にいようとも、何の問題もないのだ。
ソーマの力は強大ではあるが、剣さえ使わなければ脅威には成り得ないと、この距離にいるからこそよく分かるのである。
以上が、魔王がここに至っても悠然と構えたままであり、余計な言葉などを交わした理由であった。
「なるほど、まあ確かに、これはもうもたないであろうな。よくここまで頑張ってくれたものである」
「では乞うか? その態度や言葉が気に入れば、或いはその力を使ってやる気になるかもしれんぞ?」
「生憎とであるが、我輩は必要のないことはしない主義である」
「ふんっ……それが最後の言葉か。最後まで、愚かであったな」
既に漆黒の球体は、二つ用意されている。
ならばもう、後は何の必要もない。
それが当然のように、二人が動いたのは同時であった。
魔王が自身の意思を叩き付けるのに合わせたかの如く、ソーマが一歩を踏み込む。
漆黒と鈍色が激突し――今まで聞こえることのなかった、甲高くも不快な音が響き渡った。
限界を迎えたソーマの剣が壊れ果て、柄までもを含んだ全てが、破片となりその手から零れ落ちる。
その手に残されたものは何一つとしてない。
握り締めていたものがなくなったからか、力を失ったようにその手が開かれ……そこに、残ったもう一つの漆黒が飛び込む。
想定していたものと寸分違わない結果に、魔王はつまらなそうに鼻を鳴らした。
後方からその光景を眺めていたシルヴィア達が、何も出来ない自分達に歯噛みしつつも、せめて最後まで目を逸らさないようにとジッと見つめているのを、無感動に眺める。
そしてソーマは、それまでと同じように、真っ直ぐ前を見つめており――呆れたように、溜息を吐き出したのが見えた。
最後の一歩を踏み出されたのは、その直後。
腕が振り抜かれ、迫っていた漆黒ごと、魔王の身体が斜めに斬り裂かれた。
「……は?」
その呟きが誰の口から漏れたのか、魔王にすら把握出来ていなかった。
誰の口から出ても不思議ではなかったからだ。
勿論、自分も例外ではない。
理解が出来なかった。
ソーマは予備の剣など持っていなかったはずだ。
いや、事実今も持っていない。
その手には刃物一つ持っておらず、ただ開いた形の手があるだけで――
「馬鹿、な……貴様は、剣士のはず」
「うん? まあ、その通りであるな。本当は魔導士志望と言いたいのであるが、相変わらず一つも魔法が使えない以上は剣士と言うしかないであるしな」
「っ……ならば、何故だ……何故貴様は生きている、何故貴様は我が意志を消し去れた、何故我が肉体が傷ついている……!? 剣を持っていない貴様が……!」
「何言ってるのである? 剣ならばちゃんとあるであろう? ここに」
そう言ってソーマが示したのは、自身の右手であった。
指を揃えて真っ直ぐに伸ばされ、親指だけが掌の方へと折り曲げられている。
それだけだ。
本当に、それだけであり――
「ふざ、けるな……ふざけるなよ貴様……! そんなもので俺が……!」
一瞬にして、余裕も何もかもが、吹き飛んでいた。
痛みを伝える傷跡が、事実を示してくるも、そんなものを認めるわけにはいかない。
瞬間、魔王の叫びに呼応したように、その周囲に漆黒の球体が現れる。
それまでと同じようにそれを叩き込み……それまでと同じように、斬り裂かれた。
素手で。
しかも、魔王の身体ごと、だ。
「っ……!?」
「そんなことを言われても、貴様は現にこうしてこんなものでやられているわけであるしな。現実はちゃんと直視すべきであるぞ? まあ、認めたくないというのであれば、それはそれで別にいいと思うであるがな」
まるで先ほどの言葉の意趣返しと言わんばかりのそれに、魔王は歯噛みしつつも自分の意思を叩き付ける。
世界をすら塗り潰すはずのそれは、だがやはり呆気なく消滅し、ただ自分の身体の傷だけが増えていく。
少しずつ強くなっていく痛みは、勇者との戦いの時ですら感じなかったものだ。
そもそもあの時は互いの最大の攻撃を放ち合っていたため、そんなものを感じる暇もなく消滅したとも言うが――
「うーむ……やはり手刀は、いまいち威力を出す事が出来んであるな。何やら納得していないようでもあるし、どうせならば途中で木の棒でも拾ってくるべきだったであるかな? それなら納得出来てたであろう?」
「――っ!?」
言葉はふざけたものではあるも、向けられている視線は非常に冷めたものであった。
冷静に、冷酷なまでに、少しずつ自分の命を削り取られている。
それを理解した瞬間、魔王はその場から大きく飛び退いていた。
追撃を即座にされるなどと考える暇もなく、その場から今すぐ逃げなければならないと感じたのだ。
だがそれが逃げ以外の何物でもなかったことに気付き、魔王は思い切り歯軋りをした。
それから自身のことを鑑み……一つの決断を下す。
最早、細かいことをどうこう言っている場合ではなかった。
「……よかろう。確かに、認めよう。素手の貴様にすら勝てないことも、貴様を舐めていたせいで今俺が窮地に陥っていることも、何もかもをだ。だが……なればこそ、貴様はここで殺す。たとえ、我が命を引き換えにしてもだ……!」
叫んだ瞬間、魔王を中心にして、漆黒の渦が渦巻き始めた。
それは少しずつ大きくなり、周囲の物を飲み込み始めていく。
そして飲み込まれたものは、ボロボロと崩れ落ち、消滅し始める。
それは、魔王ですらも例外ではなかった。
魔王の目的とは、世界の破壊である。
しかし当然ながら、自分が死んでしまっては意味がない。
最終的にはそれも含まれるとはいえ、せめて最後まで残らなくてはならないのだ。
だからこそ、魔王の意思によって行われる破壊も、自分だけは例外になる。
というよりは、自分がそれに巻き込まれることのないように、ある程度の調整がされているのだ。
だが今、魔王はそれを投げ捨てた。
自分が滅びることも省みず……むしろそれを前提とすることで、破壊の威力も規模も高めることにしたのだ。
勿論魔王が死んでしまえばそれは止むため、限界はあるものの……おそらくはそれまでに王都ぐらいは飲み込むだろう。
魔物が周囲にいることもあり、住人達が逃げ出すのはほぼ不可能に近い。
逃げ切る前に飲み込まれてしまうだけである。
それを阻止するためには、魔王を何とかするしかない。
しかし問題は、それが可能かどうかだ。
今も拡大し続けているそれに近付けば、その時点で死にかねず、かといって遠距離でどうこう出来るとも思えない。
その場にいた者達は、一目で理解したのだ。
あれはおそらく、魔法などであろうとも、関係なく分解してしまう類のものだと。
となれば……いや、或いは最初から分かりきっていたことだったのかもしれないが、この状況で頼れるのは一人だけだ。
四人の視線が一箇所に集まり……ソーマは、溜息を吐き出した。
「やれやれ……困ったら最後の手段に自爆とか、まあお約束と言えばお約束なのではあるが……まったく、最後まで手間をかけさせてくれるであるな」
そう言って肩をすくめると、何でもないことのように右手をプラプラとし始めた。
それを目にした魔王は、だが徐々に薄れていく意識の中で、はっきりと嗤う。
さすがにこれをどうにか出来るとも思えないからだ。
これは先ほどまでのものとは異なり、魔王の意思が何重にも包み込んでいるような状況である。
その全てを突破し魔王を倒すことなど、原理的に不可能だ。
出来る理由がない。
まさかそれが理解出来ていないということもないだろう。
だからアレは、ただのブラフに違いないのだ。
期待を裏切れないからなのか、そんなことをすればこちらが臆して止めるとでも思ったのか、或いは別の理由があるのかは分からないが――
「まあしかし、何度か試しておいてよかったであるな。その上でこの程度ならば何とかなりそうであるし」
言葉と共に、ソーマが右手をゆっくりと持ち上げていく。
真っ直ぐに伸ばされると、僅かに肘が曲げられた。
意味深な言葉と、動作だ。
だが……けれど。
そんなわけ――
「――我は天を穿ち、地を砕く刃なり。故に其の悉くを、終へと至らせん」
魔王に認識出来たのは、そこまでであった。
次の瞬間、何かをソーマが呟いた、というのは理解出来たのだが……そこから刹那の間も待たずして、その身体が両断されたからである。
最後に目にしたのは、右腕を振り切った体勢でいるソーマの姿であり……しかし最後に何を考えたのかも理解することなく、魔王の意識はこの世界から完全に消滅したのであった。