Ex Strongest Swordsman Longs For Magic In Different World
Blacksmiths and Swordsmen
グスタフ・バルリングは、いわゆる一流の鍛冶師であった。
いや、事実だけを言ってしまうならば、超一流と言っても過言ではないだろう。
何せ現在魔王と呼ばれている男がその座に着いた時、その象徴となるようなものをと言われ、剣を打ち献上したことすらあるのだ。
事実や実績だけを重ねていけば、間違いなく当代随一の鍛冶師と呼ぶに相応しい存在である。
だが少なくともグスタフは、自分はそんな大した存在ではないと思っていた。
もちろん鍛冶の腕前に自信はあるし、あるいは当代随一なのかもしれない。
しかしグスタフは、まだまだそんな自分に納得がいっていなかったのである。
グスタフが目指している鍛冶の極みとは、まだまだこんなものではないのだ。
ある程度ならば極めたと言うことも出来るのかもしれないが……その頂がこの程度なわけがないと、何よりもグスタフ自身が感じていたのである。
だから、だろう。
一仕事終え、だが満足には程遠く、それでも終えてしまったことに違いはないと、溜息を吐き出し……その時にやってきた少年を見て、目を見開いたのは。
――先人だと、直感的に感じた。
この少年は、きっと分野は違えども、一つの頂に到達した存在だと、そうグスタフの本能が咄嗟に理解したのだ。
見た目が十歳ぐらいであろうとも、関係はない。
状況が状況ならば、あるいは伏して乞うた可能性だってある。
どのようにして頂へと到達したのか、と。
その言葉はきっと、自身の万の経験に勝るものであった。
なのにそうしなかったのは、自負ゆえではない。
その目を見た瞬間に、理解したのだ。
彼は客なのである、と。
客であるということは、自分が望みを受ける側だということだ。
頂には程遠くとも、鍛冶師であるならば、そこは違えてはいけないところであった。
「すまんが、邪魔するのである」
「……いや、ちょうど一仕事終えたところだ。問題ない。だが、一体この俺に何の用だ?」
素っ気無い態度で接したのは、それが故だ。
彼が一つの境地に達した存在であろうと……いや、だからこそ、半端な態度を取るわけにはいかないのである。
目的と態度次第では、毅然とした対応をするつもりであった。
しかし。
「うむ、不躾ですまんとは思うのであるが……汝の鍛冶の腕を見込んで、一つ頼みたいことがあるのだ。これなのであるが……」
そう言って少年が腰から一振りの剣を引き抜こうとしているのを見て、グスタフは小さく息を吐き出した。
もしやと思いはしたが、それが当たってしまった諦観によるものだ。
その時点で少年の頼みを断る事が決まってしまったからである。
グスタフは、本来剣を打つことを専門にしていた鍛冶師だ。
だから少年の頼みが何であれ、それが剣関係のことであれば最低限話をしっかり聞くことぐらいはしただろう。
少年がそれを見抜いたのかは定かではないが……だがそれも、過去の話であった。
というのも、グスタフは今のところ、再び剣を打つつもりはないからだ。
それは言ってしまえば、一流の腕を持っていると自負しているというのに、こんな辺境に引き篭もり、包丁などを打っている理由でもある。
端的に言ってしまえば、グスタフは剣を打つことに自信がなくなってしまったのだ。
鍛冶師としての腕に自信はあるが、その腕を振るって作り出した剣に、満足がいかなくなってしまったのである。
昔からその兆候はあった。
魔王へと献上した剣も、本当は納得などしてはいなかったのだ。
それでも、今の自分が打てる最高の剣はこれだと思い……そう思い込もうとして、何とか続けてきたのだが、ついに一年ほど前に完全に打てなくなってしまった。
それは自分の打った剣を渡された時の客達の顔が、とても満足したものだからであった。
客が満足するものを打てたというのは、ある意味では鍛冶師冥利に尽きることなのだろう。
だがそれに自身で納得がいっていなかったグスタフは、その程度で満足してしまっていいのかと、勝手ながらにそう思ってしまったのだ。
しかも客達は、口を揃えたかのように同じ言葉を口にした。
さすがだ、と。
その刀身を眺め、試し切りを行って得た感触に、さすがはグスタフの打った最高の剣だと言った。
それが世辞ではないのは、その顔を見れば分かる。
しかしそうではないのだ。
それは最高の剣などではなく、だから本来であれば、もっと不満を口にしてくれなければならないのである。
そうではないということは……使い手の技量が、そこまで達していないということであった。
グスタフが満足のいく剣を作る事が出来なかったのも、結局のところそれが原因なのだ。
自分がどれだけ納得がいかなくとも、客は皆納得し、最高だと口にする。
ならば……ならば間違っているのは自分なのではないかと、そんなことを思ってしまったのだ。
本当はこの先などはなく、ここが頂で……この程度のものが、最高の剣なのではないか、と。
それを証明するように、定期的な手入れのために戻される自分の打った剣達は、その全てが新品同然な姿であった。
使われていなかった、というわけではない。
剣を見れば分かる。
使われておきながら、それでも新品同然だったのだ。
剣というものは、結局のところ消耗品である。
使っていれば、必ず磨耗してしまうものだ。
そうなっていないのは、つまり磨耗しない程度にしか使われることはなかった、ということである。
彼らは、そのいずれもが一騎当千などと名高い者達ばかりであったのに。
なればこそ、グスタフは辺境の地にまで、逃れるようにしてやってきて、剣を打つことはやめたのだ。
……否、間違いなくそれは、逃避であった。
自分の今までの生を全てつぎ込んできたと言っても過言ではないものに、落胆してしまう前に。
自分が間違っていたのだと、諦めてしまう前に。
逃げたのだ。
そして一年が経った今も、それは何一つ変わってはいない。
だからこそ、この少年が何を言おうが、しようとも、この話を断ることは確定しており――
「とりあえず、ちと見てほしいのである」
「――っ!?」
だがそれを見た瞬間、息を呑んだ。
少年が引き抜いたのは、どこにでもあるような無骨な剣であった。
しかし同時にそれは、外見だけの話でもある。
ある程度の目利きが出来るものであれば、どこにでもあるような、などとは口が裂けても言えないだろう。
いや……それどころの話ではない。
気が付けばグスタフは、半ば無意識のうちにそれへと手を伸ばし、口を開いていた。
「……触れて確かめてみても?」
「うむ、問題ないのである」
そうして受け取った剣は、やはり無骨なものであった。
それ以外に何も必要としないようなものだ。
そうだ、剣とは、敵を叩き斬るためのものである。
ならばそこには、余計なものなど不要なはずだ。
これはまさにそれを体現したかのようなものであり――だが。
「……こいつは酷いな」
やはり気が付けばグスタフは、そんな言葉をポツリと漏らしていた。
それと共に、少年へと視線を向ける。
それは睨むようなものであったが、少年は何故そんなことを言われ、見られたのかを分かっているかのごとく、肩をすくめた。
「ああ……やはりであるか?」
いや、実際に分かっていたのだろう。
そう口にした少年は、事実理解の色を示していた。
故にグスタフも細かいことを説明することなく、ただ聞きたいことだけを尋ねる。
「これは、どれぐらい手入れしていない?」
「そうであるな……少なくとも、我輩が手に入れてからは一度も出来ていないであるから、最低でも一年はされていないであるな」
「……道理で。本当に、酷いもんだ……」
呻くように呟くグスタフの視線の先にある刀身は、しかしその言葉に反し、綺麗なものであった。
少なくとも、大半のものはそう言うだろう。
だがグスタフは何も、意地悪でそんなことを言っているわけではない。
それに少年自身もしっかりと理解しているようである。
その刀身には目にはほぼ見えないような、それでもしっかりとした小さな罅が無数に存在していたのだ。
さらには軽く指で弾いてみれば、場所によってほんの少し音が変わる。
見た目には出ない程度に、ほんの少しだけ内部が曲がっているのだ。
この程度ならば放置していたところで、刀身が壊れるようなことになど万に一つも起こりえないだろう。
しかしこの剣としてみた場合、相当に酷い状態だ。
これでは、本来の切れ味など出しようにないだろうに。
この剣は、いいものだ。
いや、いい、などとで済む話ではない。
最上位と言っても過言ではないだろう。
だがだからこそ、この傷は致命なのだ。
粗悪品であれば多少のひび割れでも問題はないだろうが、最上位である故にその僅かがかなりの差となってしまうに違いない。
特に、ここまでこの剣を使う事が出来るのならば、尚更だ。
そう、この剣の傷は、剣が使えていなかったからついたものではない。
おそらくは最大限にこの剣を使いこなせていたからこそ、ついたものだ。
自分ですらも打てないだろうこの剣を、である。
そのことに思い至った時、グスタフは我知らず口元を緩めていた。
同時に、自分のあまりの馬鹿さ加減をぶん殴りたくなってくる。
どれほど身の程知らずだったのかという話だ。
自分の打つ剣以上のものを見た事がなかった。
だから自分の打つ剣が最高ではないと分かってはいたはずのに、高々多少腕が立つ程度の者達に最高だと言われた程度で、勝手に勘違いしそうになって、落胆しそうになっていたのだ。
そう、彼らもまた最高ではないのだと、分かっていたはずなのに、だ。
あるいは落胆は落胆でも、それは別のものだったのかもしれない。
誰も理解してくれず、誰も追いついてこず……どこにも、自分の望むものがなく、いなかったことに対して。
だが何にせよ、同じことであった。
本当に、我ながら馬鹿にも程がある。
どれだけ全てをわかったつもりとなっていたのか。
傲慢というよりは、ただただ愚かなだけであった。
しかしそうして自分を罵倒しつつも、やはり口元が緩むのは隠せない。
少年は自分が鍛冶師だということを分かっているようであった。
その腕を見込み、この剣の状態を理解しこうして見せたということは、少年が自分に頼もうとしていることは明らかだろう。
確かにこの剣は最上位のものであるからこそ、手入れにすら相当な腕前が必要なはずだ。
生半可な腕では逆に傷つけるどころか、自分の商売道具を壊すだけで終わるだろう。
少年が今まで手入れを出来なかったのは、しようと思っても出来る者がいなかったからなのだ。
だから少年はきっと自分にこれの修繕を頼むはずであり……それができるということは、素直に嬉しい。
自分が本気になったところで、完璧に出来るかは分からないほどのものだからだ。
だが同時に、ほんの少しだけ思ってしまう。
この剣がこうなっているのは、少年がこれを使いこなしているからだが、同時に、この剣が少年に及んでいないからでもある。
それもまた、この剣を眺めてみれば、はっきりと分かることだ。
ならばこそ……これほどの剣を使いこなすことの出来る少年に、今の自分の最高をこめた剣を打つ事が出来たら、どれほどのものが出来るのだろうか、と。
そんなことを思ってしまったのだ。
この剣と少年を見て、グスタフは一つ気付いたことがある。
それは、自分は今まできっと、本当の意味で力を出し切ったことはないということに、だ。
グスタフは鍛冶師だ。
ゆえにグスタフの打つ剣は、その全てが相手のことを考えてのものなのである。
グスタフは、確かに間違えていた。
彼らにとっては、グスタフの打った剣は間違いなく最高だったのだ。
そのことと、グスタフの目指す最高の剣というものは別だというだけであり、そこを見誤っていたグスタフが間抜けだったというだけなのである。
しかしそれに気付いたからこそ、グスタフは確信するのだ。
この少年のために剣を打つ事が出来れば、それはきっと今まで見たこともないような最高傑作が出来上がるに違いない、と。
とはいえそれは、グスタフの勝手な都合である。
あんたのために剣を打たせてくれなど、言えるわけがない。
それでも――
「……で? これの修繕が、あんたの望みか?」
「うむ。今まで色々な鍛冶師を見てきたのであるが、それを可能そうなのが汝ぐらいしかいないのでな。頼めると嬉しいのであるが……」
そう言ってくれて嬉しいのはこちらもだが、そこで急いで頷くのはよろしくないことだ。
無駄な自尊心と言われようとも、安く見られていいことなど一つもないのである。
故にグスタフはその言葉に、無意味なほどに勿体つけると、重々しく頷いてみせた。
「それが依頼だというのならば、構わん。見ての通り、こんな辺境な街だ。折角持ってこられた依頼を、敢えて断る理由もない」
それは厳密に言うならば、嘘ではあった。
確かにここは辺境ではあるが、近くにあるのはエルフの森だということもあって、最も戦火からは遠い場所でもあるのだ。
それなりに価値のある者達が引き篭もっていたり、匿われたりしていることもあり、一流の職人へと依頼をするためこんな場所にまで人がやってくることも、珍しいことではないのである。
グスタフがここに住むことを許されているのも、実はそういったことが関係していたりもするのだが……要するに、また無駄な見栄のためだ。
そんな事情を相手が知っていたら簡単にばれてしまうようなことではあるものの、どうやら少年は知らなかったようである。
安堵したような様子を見せたことに、グスタフもまた安堵した。
「そうであるか……それは助かるのである」
「それはこちらもだ」
再び無駄に重々しく頷き……そうしながら少年の姿を眺め、ほんの僅かに目を細める。
こうして改めてよく見てみると一目瞭然だが、やはりこの少年は、自分などでは及びもつかないような一つの境地へと至ったのだろう。
しかもそれはきっと、剣の腕でだ。
先ほど剣を手にした時の雰囲気や、剣を前にしている時のそれから考えれば、間違えようもないことである。
そんな相手に剣を打てないのは残念だと、本当に心の底から思う。
しかし。
「……ところで、物は相談なのであるが――」
続けて少年は口を開くと、グスタフが予想だにしなかった言葉を投げかけてきたのであった。