「見つけたあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「ひぇ……」

その絶叫を聞いて、俺の身体が硬直する。

な、何事!? てか、ここで俺とあいつ以外の声が聞こえるとかおかしい!

ぎょっとして振り向けば……。

「アリスタああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

大絶叫しながら猛烈に走ってくる女。

長い黒髪を振り乱しているため、いつか本で読んだ山姥にしか見えない。怖い!

俺も全力で逃げるが……脚はやっ!? ぐんぐん距離を縮められる!

そして、ついに俺の逃走虚しく……。

「つうううかあああああまああああああえええたああああああああああああああああああ!!!!」

「や、止めろぉっ!! 俺が何したって言うんだあああああ!!」

がっしりと肩を掴まれて立ち止まる。

痛い痛い痛い! めっちゃ爪めり込んでる! 血が出る!

じたばたと暴れるが、女とは思えないほどの強靭な力に為す術がない。ゴリラかよ!

「ぜはぁ……ぜはぁ……!」

しかし、女の方もかなり疲労しているようで、これ以上追い打ちをかけてくることはなかった。

とりあえず、肩から手を放して……痛いっす……。

おそるおそる彼女を見下ろすと……あれ? めっちゃ見覚えのある顔……。

「……マガリか?」

「はぁ、はぁ……。わ、私以外の誰だって言うのよ」

ぶっちゃけ、人間の理から外れた化け物だと思いました。

「えぇ……? お前、何でここに……っていうか、何で俺のこと覚えてんの?」

俺のことを覚えている人は誰もいないはずなんだが……。

それは、あの日確認しまくったから間違いないはずだ。

……そう言えば、マガリの確認はしていなかったな。

「はぁ……。やっぱり、自分が忘れられてるってことは知っていたのね」

「そりゃあまあ……。だからこそ、王都から抜け出すことができたわけで……」

「アリスターっていうことは認めるのね?」

ギロリとマガリの鋭い目が俺を射抜く。

あっ……。

「ひ、人違いです」

「ぶっ殺すぞ」

「ひぇ……」

何かバイオレンスになってるんだけど、この人。いったい何が君をこんなにも変えてしまったのか……。

「ほら。さっさと戻るわよ。あなただけ抜け駆けで自由になるなんて、この私が認めるはずないでしょう。もっと苦しみなさい」

「止めろおっ!!」

無理やり俺を引っ張って地獄の王都に引きずり込もうとするマガリ。

じたばたと激しく抵抗するのだが……力つよっ!? お前こんなに力強かったっけ? もっとひ弱虚弱もやしじゃなかった?

抵抗虚しくずるずると引きずられていく俺の身体。

いやあああああああああああ!! 誰か助けてええええええええええええ!!

「止めて!」

「は……?」

そんな時、俺を救い出してくれるエンジェルの声が響き渡った。

まさか自分たち以外に誰かがいるなんて思ってもいなかったであろうマガリは、唖然とした様子だ。

そのうちに、マイエンジェルは俺の身体に抱き着いてくる。エンジェル……。

そのエンジェルは、俺を地獄に引きずり込もうとする悪魔よりも悪魔らしい反吐が出るような人間であるマガリを、キッと睨みつける。

「アリスターを苛めないで!」

「…………誰、こいつ?」

唖然とした様子のままエンジェルを見下ろし、俺を見てくるマガリ。

……とりあえず、また引きずられないようで助かった。

廃屋の中で一番マシな場所に、マガリを案内する。

ここは、俺がエンジェルとリフォームして快適に住めるように工夫されている。

正直、雨風がしのげるだけ、この廃村では極上の拠点になるのだが。

テーブルについた俺が、コホンと喉を鳴らして調子を整える。

両者を知っているのは俺だからな。俺が仕切らねばならない。

まず、スッと膝の上に座っているエンジェルを示す。

「えー、ご紹介します。こちら、孤児だったクリスタ。拾ってから一緒に生活しています」

「しています!」

笑顔で手を上げるエンジェル――――クリスタ。可愛い。

そして、嫌そうに顔を歪めながら人差し指をマガリに突き刺す。

「こちら、マガリ。極悪非道にして冷徹な鉄の女。聖女という肩書を傘にして私利私欲を満たすために大暴れし、俺を地獄に引きずり込もうとする性悪女です」

「殺すぞ」

す、すごい殺意だ……。魔剣に操られ始めてから数々の修羅場に突撃させられ、それこそ殺意も何度も浴びてきて失禁しかけていたが……マガリのそれは、今までの中でもトップクラスだ……。

「しょ、性悪……アリスターを苛めないで!」

少し怯えながらも、俺に抱き着きながらそんなことを言ってくれるクリスタ。マイエンジェル……。

「だから、違うってんだろ。お前もブッ飛ばすぞ」

めちゃくちゃ荒んだ目をしたマガリが、クリスタをも威圧する。

お前、子供に向かって……。

「……で? 何であなたが孤児なんて拾ってるわけ? 見て見ぬふりするでしょうに」

「……魔剣が」

「……ああ」

凄い。魔剣って言っただけで通じる。

こんな便利さ必要なかった。

まあ、今回に限り、何も面倒事が襲い掛かってくることはなかったので、クリスタを拾ったことは悪いことではなかった。

そう、別に俺に面倒なことを押し付けてこなければ、余裕があって気が向いたら助けてやるさ。

なのに、あいつが助けようとするやつって大体面倒事抱えてるんだもん。そりゃ嫌になるわ。

「そう言えば、魔剣は? ここには置いていないようだけれど……まさか、捨てたわけではないでしょう?」

「ああ、捨てられたら万々歳だったんだがな。呪われた道具みたいで捨てることができなくて……」

おかしいだろ。あいつ、未だに聖剣であることを主張してきているが、あの黒々とした刀身であったり禍々しい雰囲気であったり捨てようとしたら戻ってくることであったり……魔剣だろ、マジで。

「……本当に呪われてるわね。それで、魔剣は?」

「ほら、あそこ」

「ん?」

魔剣の居場所を気にしているので、とくに隠すこともないので簡単に教えてやる。

俺が指さすのは、窓越しに見える畑。

そして、そのど真ん中に悠然とそびえたつむき出しで野ざらしにされている一本の禍々しい剣が……。

「……つ、突き刺さってるのだけれど」

冷や汗を垂らしながらそう指摘してくるマガリ。

「何でか知らないけど、あいつ畑にぶっ刺していたら作物の成長とか超早いの。すっげえ助かってる。あんな禍々しいのにね」

「ねー! たまにしくしく泣いて『助けて……助けて……』って言うのが怖いね」

「ねー」

「悪魔か」

にこやかに首を曲げて同意し合う俺とクリスタ。

そんな俺たちにジト目を向けてくるマガリ。

悪魔はお前だろ。

「あなた、今までどんな生活していたの? 甘ったれたあなたがこんな人里離れた場所にいるなんて……」

「甘ったれった……まあ、それはいい。そうか、聞いてくれるか。俺の聞くも涙語るも涙の壮絶な話を」

「……そんなに?」

眉を顰めながらいぶかしむ様子を見せるマガリ。

ならば、教えてあげようではないか。俺の苦難とそれを乗り越えた勇姿を。

……ついでに、同情させて俺を王都に連れ帰ろうとするのを止めさせることができたら最高である。

俺は目を瞑り、記憶をさかのぼりながらゆっくりと語り始めるのであった。

「あれはそう……俺が皆に忘れられた時のことだ」

『ねえ! 回想行くのはいいけど僕のことまず抜いてくれない!? もう案山子みたいに畑に突き刺さってるの嫌なんだけど! たまにカラスが……カラスがぁっ!!』

窓の外から聞こえてくる謎の不快な声は無視である。