Falling Mage and the Power of Divergence

Episode 153: Battle of the Unbenevolent Beautiful Girls (below)

ラーニャの前で、リュカの後頭部に魔装銃を押し付けているのはもちろんセレナである。

「どうしてまだ生きている?」

ラーニャはセレナのことを睨む。

ついさっき自分の『燕返し』でリタイヤさせたはずのセレナが、なぜ生きているのか。ラーニャにはわからなかった。

「さっきあなたが倒したのは私の分身よ」

「なんだと?」

分身―——―そんなはずはない。さっきセレナを斬った時に確かに手ごたえがあった。あれは紛れもない生身のはずだ。

ラーニャは自分の感覚が嘘だったのかと疑問に思うがそうではない。ラーニャの感覚は間違ってはいない。しかし同時に気づいていないだけだ。

レイリア魔法大会において人を斬ったという手ごたえは存在するが、存在しない。どういう意味かと言うと、肉体的ダメージが存在しないレイリア魔法大会では、致死相当の攻撃を加えた際に実際には無い手ごたえをまるであるかのように感じさせることになっている。

それは肉体が傷つかないという事実に、無意識の緩みが存在しないように戦いの臨場感を生み出すためだ。そしてその手ごたえが相手を人間かどうかは、判断する基準は対象の視覚情報による。

つまりラーニャがセレナの分身を斬った際、ラーニャが分身ではなく本物を斬ったと思った時点で、ラーニャには生身を斬ったという手ごたえが生まれてしまったのだ。これはレイリア魔法大会時にだけ使える有力な一手でもある。

しかしそんなことを知らないラーニャはセレナを睨むことしかできなかった。

「どうしてリュカに気づいたの?」

ラーニャは自分を落ち着かせるために時間を稼ごうとする。そして同時に思った疑問をセレナにぶつけた。

リュカの『偏光』はレイリア王国内でもトップクラスのものだとラーニャは思っている。それにリュカは昨年のレイリア魔法大会では『偏光』を使ってはいない。いくらセレナが強敵だからと言って、リュカの『偏光』を初見で見極められるはずがない。

「さあ、どうしてかしらね。けれども一つ言えるとしたら気配がバレバレよ」

「む~」

気配がバレバレだと言われてリュカが口を膨らませる。

リュカの使った魔法、『偏光』は光が当たる角度を捻じ曲げて姿を隠すだけで、気配そのものが隠れるわけではない。セレナはラーニャが勝利したことで喜び、一瞬だけ気配が動いたリュカのことをすぐに見つけることができたのだ。

(あとはセイヤに感謝ね)

リュカの情報を、というよりはセナビア魔法学園の選手たちの情報をある程度セイヤから聞かされていたセレナはすぐにリュカの『偏光』に気づくことができた。セレナは心の中でセイヤに感謝する。

「さて、ここからどうするのかしら?」

セレナはリュカに魔装銃を突き付けながら、風刃丸を構えるラーニャのことを見据える。

「くっ」

リュカを人質に取られて動けないラーニャ。セレナはそんなラーニャのことを見て次の手を考える。

はっきり言ってセレナにはラーニャに勝てるイメージがなかった。それは昨年のレイリア魔法大会のデータを見たときから感じていたことだ。

飛び道具を攻撃手段としているセレナからしてみれば刀を使う、それもレイリア王国で有名な剣術を伝承している一族の直系であるラーニャは天敵だった。今までは不意を突いてどうにか戦ってきたが、もう不意を突けるような技は残っていない。

最後の手として『アトゥートス』もあるが、ラーニャに当てられるかと聞かれれば確証はない。外れた場合のリスクが高すぎだ。

たとえここでリュカをリタイヤさせたとしても、セレナはすぐにラーニャによってリタイヤさせられるだろう。ならリュカを人質にとってこの場から離脱するのが一番いい。

戦略的撤退――――かつてのセレナだったら選ばない手段だが、今のセレナは違う。どんな手を使っても生き残りたいと思っていた。

「武器を置きなさい。さもないとあなたの友達はここで終わりよ」

「くっ……卑怯な……」

卑怯。そんなことはセレナもわかっている。けれども本当の戦い、命を懸けた戦いでは卑怯もへったくれもない。どんな過程であろうとも最後に生き残った者の勝ちである。セレナはそれを知っている。

「武器を置きなさい」

「ちっ……」

セレナの容赦ないオーラに、ラーニャは刀を手から離し、地面に置こうとする。

しかしその時だった。

「私だって戦えるんだもん! 『閃光』」

「そんな!?」

なんとセレナに背後をとられていたリュカがいきなり『閃光』を行使したのだ。

これにより、セレナは光によって目くらましを受け、視界を失ってしまう。

リュカはすぐにセレナの前から駆け出して距離を取り、ラーニャは地面に置いた刀を再び握ってセレナに向かって迫る。

この時ラーニャはセレナに怒りを覚えていた。武術をたしなむものとして人質などと言った卑劣な手段をとったセレナのことをラーニャは許せなかった。

「この外道がぁぁぁぁぁぁ」

鬼気迫る表情でセレナに迫るラーニャ。その顔からはこの一手で終わらせるという思いが感じられる。

だがセレナも簡単に負けるわけにはいかない。視界を奪われながらも、耳を頼りにラーニャの動きを予想する。幸いのことにラーニャは怒声を上げながら迫ってきてくれていたので位置を把握するのは簡単だった。

「そこよ。火の加護を受けるもの。『火風』」

ラーニャが迫ってくるのであろう方向にセレナは『火風』を行使する。これで倒せるとは思っていないが、多少の時間を稼げると思っていたセレナ。しかしラーニャはそんなに甘くなかった。

「アルン流上段参の型『絶破』」

風を纏った風刃丸がセレナの行使した『火風』をいとも簡単に破り、そのままセレナに迫る。そこに一切の慈悲はない。セレナは目を瞑っていたにもかかわらず、鬼気迫るラーニャの顔が思い浮かんだ。

(ごめんみんな、ごめんセイヤ……)

セレナは負けたと確信した。

そして次の瞬間、ラーニャの風刃丸がセレナの腹部に突き刺さった。

「うっ……」

セレナは腹部に痛みを覚え、次第に回復していく視界で自分の腹部付近を見た。

「うそ……」

そこにはセレナの腹部に深々と突き刺さった風刃丸、そして風刃丸を伝わって流れるセレナの血があった。

「そんな……そんな……」

「嘘だよね……」

セレナのことを刺したラーニャ、そして後方からその光景を見ていたリュカも言葉を失う。本来あり得ないはずの光景が信じられなかったから。

レイリア魔法大会において選手に対する肉体的なダメージは存在しない。だというのに、ラーニャの握る風刃丸はセレナのことを貫き、血も流させている。

「いや……いや……いやぁぁぁぁぁぁ」

「うっ」

ラーニャは混乱のあまりセレナの腹部から風刃丸を抜いてしまった。手に残るセレナを刺した時の感触、そして地面に倒れ込んだセレナのお腹から止まることなく流れる大量の血液。それはラーニャの冷静さを失わせるには十分だった。

「ラーニャちゃん……」

リュカもいきなりの光景に、ただ親友の名を呼ぶことしかできなかった。

「嘘だろ」

「なにあれ?」

「どうせ幻覚か何かだろ」

観客たちはスクリーンに映し出された光景にどう反応していいかわからなかった。

血を流しながら地面に倒れ込んだセレナを見て、ある者は言葉を失い、ある者は事情を隣人に聞き、ある者はセレナの幻覚だと言い張る。

しかしそれはただの現実逃避でしかない。ここまでのセレナの戦いを見ていれば、セレナが幻覚系の術を使えないのは一目瞭然だ。そしてスクリーンに映る光景がリアルタイムで映し出されているものでることも観客たちはわかっていた。

「そんな……」

観客たちは次第に気づいていく。他のエリアでも選手たちが少量だが血を流していることに。

一体何が起きているのか。

観客たちにはわからなかった。

観客たちが呆然とする中、席を立つ人影があった。

一人はサラディティウス魔法学園の応援席に座っていた茶髪の男性。その目はとても鋭く、表情もどこか厳しい。

そして一般の客席からも黒髪の青年、きれいな銀髪の女性、銀髪の女性の隣に座っていた老人たちが立ち上がってどこかへと向かう。やはり彼らの表情は茶髪の男性と同様に厳しい。

他の観客たちは彼らのことを気にしている様子もなくスクリーンに見入っている。

「どうやら俺らの出番みたいだな」

「ええ、そうみたいね」

観客席にいたカップルも立ち上がり、どこかへと向かう。やはりカップルたちもその表情は厳しい。

「まさかこんなことになるとはな」

「ええ、信じられないけど情報通りね」

カップルたちは最後にスクリーンに映るセレナのことを見て、観客席から姿を消した。

「なんじゃと……」

「いったいあれは……」

各魔法学園の学園長たちが集まるVIPルームでも混乱が生じていた。レイリア魔法大会史上初めての出来事に、学園長たちはどうしていいかわからず混乱する。

そんな中、一人の男が席から立ち上がり、部屋の外へ出ようとした。

「ライガー殿、一体どちらへ?」

部屋から出ようとしていたライガーのことを呼び止めたのはセナビア魔法学園長のエドワードだ。他の学園長たちがスクリーンを見る中、エドワードだけが部屋から出ようとしていたライガーに気づいた。

ライガーはエドワードのこと見て気まずそうに答えた。

「ちょっとトイレに」

「そうですか」

エドワードはそう言うと、再びスクリーンの方を見る。

(疑っているのがバレバレだ)

ライガーは心の中でエドワードにそう思いながら部屋から出た。そして一瞬で姿を消す。

ライガーが部屋から出て数秒後、エドワードが部屋から出たときにはもうライガーの姿はなかった。

「やはりライガー殿は……」

エドワードはどこか残念そうにそういうのであった。