革命軍に潜入するために帯刀していた剣を捨て、使い慣れた双剣ホリンズを手にしたセイヤは重心をやや下に下ろすと双剣を構える。その姿はとても慣れており、セイヤが普段から双剣を使っていることが理解できる。

双剣ホリンズを構えるセイヤの姿を見たジャックがわずかに口角を上げると魔剣クリムゾンブルームを構えた。

睨み合う両者であったが、今度はセイヤから仕掛ける。

セイヤは地面を思いっきり蹴ると瞬く間にジャックが周囲に展開している衰退圏内に足を踏み入れたが、止まることなくジャックに襲い掛かる。セイヤの攻撃に対してジャックは魔剣クリムゾンブルームで受け止めるが、セイヤが突き出した右の双剣を受け止めただけであった。

威力自体は小さな攻撃であるが、セイヤの攻撃はスピードが真骨頂である。ジャックの魔剣クリムゾンブルームが右のホリンズを受け止めると同時にセイヤの左手に握られているホリンズがジャックの右わき腹を目掛けて突き出された。

「くだらねぇ」

ジャックは魔剣クリムゾンブルームを振り下ろして右のホリンズを弾き飛ばすと自身に迫る左のホリンズにぶつけることで軌道を逸らした。また軌道を逸らしたことでセイヤの重心は前に移動したためにセイヤの首元に隙が生じる。

その隙を狙ってジャックは左手を手刀にしてセイヤの首元を目がけた振り下ろす。ジャックの左手には闇属性の魔力が纏われており、触れたと箇所を消滅させるその手刀の切れ味は業物に匹敵する。

これに対してセイヤは弾き飛ばされた右のホリンズでジャックの手刀を阻む。ジャックの左手と同様に闇属性の魔力が纏われたホリンズはジャックの消滅とぶつかり合うことで拮抗する。しかし時間が経つにつれてジャックの衰退が作用するため、セイヤの魔力の出力が下降していく。

このままでは衰退によって決定打を喰らうと確信したセイヤは後方へと思いっきり跳躍する。そして跳躍と同時に両手に持っていたホリンズをジャックに目掛けて続けて投擲するが、ジャックは投擲されたホリンズを魔剣クリムゾンブルームで弾いて消滅させる。

その時にはジャックの衰退圏内から脱出したセイヤの両手には新たに生成された双剣ホリンズが握られている。その光景をみたジャックがつぶやく。

「召喚魔法の使い捨てか」

ジャックはセイヤが使った魔法を召喚魔法と錯覚する。召喚魔法はあらかじめ準備していた対象を手元に呼び出す魔法であり、ジャックはセイヤが多数のホリンズたちを用意していると解釈した。

だがセイヤが行ったのは召喚ではなく生成。聖属性の魔法である発生を使って武器を生成する魔法で『聖成』であるが、聖属性を知らないジャックが誤解するのは仕方のない事だろう。それにセイヤの生成は一瞬で行われるため目視どころか感知もできない。

「こうでもしないとジェイの衰退に抗えないからな」

「気に食わねぇな。既にてめぇが鎧で対処してることはわかっている」

「だが完全に封じられたわけじゃない」

「ちっ」

実を言うとセイヤはジャックの衰退に対して策を講じていた。

それは自身の肉体を闇属性の魔力で纏うことで外界からの作用を防ぐことだ。ジャックの周囲に展開される衰退の効果は認識できないと脅威であるが、タネさえわかってしまえば対処は可能である。

一例としてセイヤは自身を闇属性の魔力で形作った鎧で守ることでジャックの衰退を防いでいる。闇属性の魔力を纏うことで外から作用する衰退を消滅させているセイヤであったが、完全に防げている訳ではない。

常に外界から作用する衰退はセイヤの闇属性の魔力にも影響するため消滅の効果さえも衰退させる。そのため先ほどよりは衰退圏内での活動可能時間が伸びたセイヤであるが、長時間の近接戦闘は命取りになりかねない。

ジャックの衰退を完全に防ぐにはジャックの力を上回る消滅を使うことで衰退の魔力そのものを消し去る必要があるが、単純な闇属性の質で言えばジャックとセイヤは拮抗していた。そのため完全に消し去ることは不可能であり、加えてジャックの魔剣クリムゾンブルームが使用者であるジャックの魔力の質を高めている。

つまりセイヤの闇属性でジャックの衰退を消滅させることは現実的ではない。だからセイヤは衰退を完全に防ぐのではなく、弱めることで活路を見出そうととしていた。

けれどもそれはあまりにも難しいことであった。

(どうする……)

ジャックの衰退への有効な対策を見出したセイヤであるが、セイヤが不利な事には違いなかった。

セイヤの戦闘スタイルはスピードを生かした近接戦闘であり、その効果を十分に発揮するためにはやはりジャックに近づかなければならない。だがジャックの周囲に展開される衰退の魔力がセイヤの長所とは相性が悪かった。

双剣ホリンズを手にしたことで戦いの幅が広がってはいるものの、いつも通りとはいかないセイヤ。それでも冒険者組合暗部の冒険者相手には善戦しているのは間違いないが、このままでは消耗戦になりかねない。

ジャックの衰退に対して有効な手はいくつか持っているセイヤであるが、どれもリスクが高いものであった。この瞬間だけを考えれば夜属性を使ってジャックの衰退を消失させれば容易に戦いを終わらせることができる。

または聖属性を使ってジャックの衰退を消し去ることだって可能だ。ただしこれらの力は使用に大きなリスクが伴う。ホリンズを生成するのとは訳が違い誤魔化しが効かない。

もしこの場に二人以外の監視者がいればセイヤの正体が露見することは避けられないだろう。それにジャックを取り逃せばセイヤの手の内がジャックの所属する組織に周知されることになる。

そんなことを考えるセイヤに対してジャックは思考する時間を与えてくれるほど善人ではない。魔剣クリムゾンブルーを片手に迫ってくるジャックを上手く受け流すセイヤであるが、ジャックから繰り出される多彩な攻撃を防ぐことに苦労する。

対してジャックの方もセイヤに対して有効な一手を加えられないことに苛立ちを覚えていた。両者の戦いは膠着状態に入っていた。

その時であった。ジャックの脳内に声が響く。

(ねぇ、いつまでやってるつもり? このままだと他の冒険者たちも起きてくるよ?)

(ちっ、るせぇ。黙ってろ)

ジャックの脳内に声を送ってきたのは彼と同じく冒険者組合暗部に所属する仮面の少女だ。姿こそ現していないが、二人の戦いを観戦していた少女は手こずるジャックに苦言を呈する。

今回の仕事は革命軍の殲滅であってセイヤの足止めではない。ならば早くセイヤを倒して革命軍を滅ぼさなければならない。しかしジャックは先ほどからセイヤに対して攻めあぐねている。

そこで仮面の少女が提案する。

(手こずるようなら魂を一個解放したあげるよ)

(余計なことはすんな)

(余計? それは目の前のアレを倒してから言ってね)

(ちっ……)

舌打ちを最後に仮面の少女との会話を終えたジャックであったが、その表情はとても不機嫌であった。そしてそんなジャックとは対照的にこれまで以上に禍々しさを増す魔剣クリムゾンブルームであった。