翌朝、俺達は一足先にこの街を出発させてもらうことにした。

やはりユリア嬢からは、一緒に領都まで行かないかと誘われた。

マグネの街の避難民の対応が残ってると言って、何とか暇乞いに成功した。

潤んだ瞳でしっとり見つめられた時には……少し動揺したが……。

とはいっても、朝食だけは一緒に食べていくことになった。

今はリリイとチャッピーがユリアさんと護衛の騎士達に、剣の稽古をつけてもらっている。

二人はかなり真剣に取り組んでいる。

そして、凄く楽しそうだ。

今までの訓練は、大森林でケニー達に鍛えられたり、魔物退治の実践だった。

しっかり武術の基礎を教えてくれる人間の師匠はいなかった。

俺にも教えることは出来ないし……

というか、どっちかというと俺に教えて欲しいくらいだし……。

二人の姿を見ていると、やはり基礎を教えてくれる師匠が必要な気がしてきた。

そういえば以前、シャリアさんとも楽しそうに早朝稽古をしてたっけ。

頼もうと思えば、身近な人では衛兵長や美人衛兵のクレアさんなどもお願いできそうだ。

二人共しっかりとした基礎を学んでいるはずだからね。

一度、真剣に考えてみよう。

俺も含めて、しっかり剣術などを習った方がいいかもしれない。

朝食の時に出た話だが、昨日のような巨大な蛇魔物や象魔物が突然に人の領域に現れる事は、かなり珍しい事のようだ。

この領境付近には大きな山脈があり、その周囲には“魔物の領域”と言われているような所もあるようだ。

広大な面積だが、あれほどの大きな魔物が出てくる事はあまり例が無いらしい。

といっても、ここ百年位の話のようではあるが……。

王国の長い歴史の中では、何度か巨大魔物が暴走状態で現れ、大災害を引き起こした事もあるようだ。

ユリアさんは、今回の件がそのような大災害の先触れではないかという不安を感じたそうだ。

俺も少しだけ心に引っかかったのは、蛇魔物が絡んでいた事だ。

ピグシード辺境伯領を襲ってきた魔物達は、魔物の領域から蛇魔物に追い立てられるように出てきた可能性が高い。

どういう手段を使ったかわからないが、あの白衣の男や悪魔達が影で糸を引いている事は明らかだ。

何か蛇魔物を操れる技術があって、象魔物にけしかけたのだとしたら……

今後も昨日のような事態が発生するかもしれない。

だが……もしそうだとして、一体誰が……

あの白衣の男は潜伏してる迷宮から出ていないはずだ。

巡回偵察をしているスライム達からは、何の連絡も入ってないからね

もっとも、奴が迷宮地下十階から直接転移出来るのであれば、監視しているスライム達に気づかれないわけだが……。

ユリアさんから、もう一つ気になることを聞いた。

今回の件と直接関係があるとは思えないが、セイバーン公爵領では現在『正義の爪痕』という犯罪組織の活動が活発化しているそうだ。

各地で強奪行為をしたり、無差別殺傷事件を起こしたりしているらしい。

テロ集団なのだろうか……。

異世界に来てまでテロ集団がいるとは……気分が悪くなる……。

また、魔物の暴走を誘発しようとして自滅した間抜けな連中もいたようだ。

ただかなりの規模の集団らしく、領内のあちこちで単発的に事件が起きているとの事だ。

本来であれば、もっとピグシード辺境伯領の復興に人員を回したいが、領内で怪しい犯罪組織の動きが活発化している現状を踏まえて、それほど多くは割けないらしい。

ユリアさんはすまなそうに話していたが、俺からすれば、自領でそんな厄介な問題が起きているにもかかわらず、隣領であるピグシード辺境伯領を救おうとしているユーフェミア公爵家は、素晴らしいと思う。

尊敬に値する人達だと思う。

俺が同じ立場でも同様に出来るかわからない……。

今のところピグシード辺境伯領では、『正義の爪痕』という組織の動きは見られないとの事だが、気をつけておくことにしよう。

今のピグシード辺境伯領では、急に兵士を増やす事は出来ないだろう。

新たに士官を募るにしても、戦闘力としては低いだろうし。

スライム達をもう少し集めた方がいいかもしれない……。

今まで集めたのは、各市町の近くに住んでいた野良スライムや、主人を亡くしたテイムドだったスライム達だけなのだ。

この領全体には、もっと野生のスライム達がいると思うんだよね。

ただ人間の都合で、争いに巻き込むのは……

少し気が引けて躊躇してしまう……

でもよく考えたら、何かの戦いに巻き込まれてレベルが低いまま死んじゃうよりは、強くなって生存出来た方がスライムにとっても良いのでは……とも思う。

俺はリンと相談してみた。

「あるじ、大丈夫! みんな集まる。みんなポカポカ大好き。みんな仲間になりたい。もっと呼ぶ? 」

リンがそう言ってくれた。

どうもスライム達は、今までの経緯からしても喜んで仲間になってくれるみたいだ。

俺もスライムが大好きだから、凄く嬉しい。

「そうだね。じゃぁ仲間になりたい子達を近くの市町のスライム達のところに集めてくれるかい? 」

「うん、わかった。みんなに声かける。みんなもみんなに声かける。友達いっぱい来る。わくわく! 」

俺は新しくスライム達が集まったところで、転移用のログハウスに移転して、大森林に連れて帰ろうと思っている。

そして『アラクネ』のケニーに預けて、レベル20できればレベル30位に鍛えてもらうつもりだ。

その後、元いた場所か近い市町に配置して、巡回警備しながら自由に暮らしてもらおうと思っている。

森が好きな子はそのまま森に住んで、人が好きな子は人族の街に溶け込めばいい。

異常があったら念話で連絡してくれればそれでいいのだ。

俺のテイムドになっていれば、すぐ念話が繋がるからね。

広範囲の情報網としてだけでも充分に役立ってくるはずだ。

それにしても…… やはりあの白衣の男を早く何とかしなければ……

そういえば二十年前にも……あの男は秘密結社を作っていたようなことをアンナ夫人が言っていた。

まさか……『正義の爪痕』とも絡んでいたりするのだろうか……

まぁ二十年前の事だし考えすぎかな……。

俺達は朝食の後、すぐに出発し、しばらく馬車で進んだ後、サーヤの転移でマグネの街に戻ってきた。

今は、昨日仲間にした大王ウズラ達の飼育スペースを作っている。

ちなみに街の中でたくさんの家畜を飼っても、バイオトイレの原理と一緒で、超強力な分解型微生物を活かす事や、スライム達の活躍でほとんど嫌な匂いはしないのだ。

これは、この世界のかなり優れた所と思う。

予定通り、新しく購入した北の壁側の土地のうち、サーヤの敷地に隣接する西側エリアを使うことにする。

この西側の場所は全て大王ウズラのスペースにすることにして、全体を柵で囲むとともに、巨大な鶏小屋を作った。

鶏小屋だけでかなりの面積だ。

いつものように、みんなで協力して瞬く間に完成させたので、すぐに霊域からサーヤの転移で連れて来てもらった。

そして、すぐに卵を産んでくれた子がいたので、みんなで試食してみた。

卵の大きさが通常の鶏の3倍くらいあるので、一個で通常の卵三個分ある。

そして味は、烏骨鶏の卵と遜色ないというか……

もしかしたら、こっちの方が美味しいかもしれない。

濃厚なのだ。

これで卵の問題も解決しそうだ。

俺達はその報告と、この大王ウズラの卵を試食してもらう為にトルコーネさんの宿屋『フェアリー亭』にお邪魔した。

オープン三日目の本日も、超満員のようだ。

このオープン景気がしばらく続くとしたら……

それだけでトルコーネさんは、結構な金持ちになりそうだ。

早くも看板メニューが評判になっているそうだ。

嬉しい報告だ。

昨日の夜などは、衛兵達がこぞって飲みに来てくれたらしい。

といっても勤務が終わった非番の人達だけだったようだが。

元々衛兵達は前のトルコーネさんの宿屋に飲みに来てくれていたようなので、ここでも固定客になってくれるだろう。

それだけで商売としては安泰かもしれないね。

なにせ衛兵の皆はよく飲むからね……。

俺は、トルコーネさん達に今後ソーセージと卵の安定供給が可能になった事を伝えた。

そして大王ウズラの卵で卵焼きを作って、一口ずつ摘んでもらった。

烏骨鶏の卵と比べても全く遜色ないとの全員の感想により、無事オッケーが出た。

その後、俺達は昨日創業したばかりの『フェアリー商会』の食品加工場に足を運んだ。

現在ミルキーと妹弟達が、新規雇用したスタッフの指導しながら製造に励んでいるところだ。

まだ二日目だが、何とか上手くやってくれているようだ。