憂鬱だ。

昼休みの一件から瞬く間に噂は広がった。

これが高校生のネットワークというやつだろう。

ただ、幸いなことに噂の大部分は“常盤木が若宮凛のヒモ”というあながち間違えではないところだろうか。

“実は付き合っているのではないか?”

この噂については……ほぼ騒がれていない。

俺の対応が噂をかき消したようだ。

まぁ、代わりに俺の性格が最悪と、評判は株の大暴落のように下りっぱなしだ。

DグループからEグループになるんじゃないかって勢いである。

けど、そんな噂より気掛かりなことがある。

俺は今日の放課後、真っ先にバイト先に向かおうと急いで下校しようとした。

そして、校門を通過する時に「常盤木さん」と声をかける若宮がいたんだが…………無視してしまった。

心に引っかかる気持ちはある。

世話になっている身でありながら、あり得ない態度だ。

けど、下校する生徒が大勢いる。

しかも、今回の噂が出回った当日。

この2つのことから塩対応するしかなかった。

「お疲れ様でーす」

俺は裏の勝手口から入り、店長に挨拶をする。

「やぁ常盤木君、お疲れ。今日もよろしく頼むよ」

「お金のために頑張ります」

「ははは、君は正直だね〜」

店長は笑いながら、パソコンを操作する。

アルバイトのシフトを確認しているようだ。

「確か今日は、単シフトでいいんだよね? 21時上がりでよかったかな?」

「あー、店長。そのことなんですけど、相談が……」

「なんだい?」

「もう1時間早めでもいいですか?」

糸目の店長の目が薄っすら開き、不思議そうな表情をする。

「おや? 珍しいね。てっきり『やっぱり最後までいます』って言うと思ったんだけど……理由を聞いてもいいかな」

「えーっとですね。テストが近く、家で勉強したいっていうか……」

「なるほど……」

もう一度シフトを確認する店長。

眉間にしわ寄せ『うーん』と考えている。

「そうだねぇ。お客様の出入り次第だけど、月曜日はそんな忙しくないし。いつも頑張っている君の頼みだから、別に構わないよ」

「ありがとうございます。それでは、着替えてきます!」

「あっ、そういえば、君の友達がまたお店に来ているみたいだけど……仕事前だったら話してきてもいいからね?」

「了解っす。ありがとうございます。今日は……気が向いたらそうします」

俺はその場を立ち去り、更衣室に向かった。

去り際に「うーん。痴話喧嘩かな? 若いねぇ〜」という発言が聞こえたが、妄言なので無視しておこう。

バイトを開始して1時間後、いつもの席座っていた若宮が立ち上がりレジへと並んできた。

平日のこの時間は、1つしかレジを開放していない為、必然的に俺の場所に並ぶことになる。

俺をじーっと見つめる若宮。

俺はいつもの営業スマイルで対応する。

「ご注文はいかがなさいますか?」

「ドーナツ2つお願いします」

「ありがとうございます!」

何か言いたげに俺を見る若宮。

バイトの邪魔をしてはいけない。

けど、話したいことがある。

そんな様子だ。

だが、

「それでは、そちら側でお待ち下さい」

仕事としては当たり前の対応をした。

知り合いからしたら冷たいと思われるかもしれない。

俺の言葉に若宮は小さく息をはく。

そして、若宮が再びレジに並ぶことはなかった。

——2時間後

「弁当箱、返しに行きづらいな……」

バイトが終わり、更衣室で着替えながら俺はボソッと呟いた。

自分から距離を置こうとした関係上、自分からは近づき辛い。

ほとぼりが冷めるまで渡すのを見送りたいが……流石にそれはなぁ。

裏の勝手口にリア神がいないことを確認する。

……気づかれていないようだ。

俺は急いで自転車に跨り、そして見慣れた道を全速力で駆け抜ける。

この道を押して歩かないのは、1週間ぶりだろか。

たった1週間の期間なのに酷く懐かしい……そんな気がした。

「何やってんだろ、俺」

これは俺の逃げ。

ただの自己満足、自己犠牲。

そう、ただの独りよがりだ。

俺は、暗くなって夜空を見上げてため息をはく。

星1つない見えない、暗い夜だ。

まるで俺の心中を表したような空である。

「……うん?」

大家ではない。

アパートの入口に立つ人影に俺は妙な胸騒ぎを感じる。

そしてその人影に近づくにつれて、胸騒ぎが確信に変わっていった。

「……常盤木さん、待っていました。私はあなたに文句があります」

俺たちの横を車が通り過ぎる。

その車のライトに照らされて見えたのは、俺を澄んだ瞳で見つめるリア神の姿だった。