クレアの発言に、ヴィークとリュイの表情がサッと変わった。

「本当か、それは」

「ええ。私の祖母は、この世界で最高クラスである銀の魔力を持っていたの」

「銀」

リュイの瞳が驚きで揺れる。

「絵本で、おばあさまが娘時代に竜巻を消した話を読んだことがあるわ。空気ごと浄化するんだって言っていた」

「空気ごと浄化……。理論上は可能だね。強大な魔力があれば」

クレアの言葉に、リュイが頷く。

「……が、仮に可能だったとしても、クレアへの負担があまりにも」

「今はそんなこと言っている場合ではないわ。王族として、国民と国を守ることを一番に考えるべきよ」

ヴィークの言葉をクレアは遮る。

明確な意思が感じられるあまりにも強い口調に、ヴィークは面食らった。

「……さすがだな。ノストン国の名門、マルティーノ家の令嬢は」

「今、それを言うの? 」

この数週間、何となく2人が避け続けた話題が思わぬ形で出たことに、クレアは意図せず苦笑してしまう。

「殿下、許可を。時間がない」

2人の様子を見守っていたリュイが、ヴィークを急かした。

「わかった。クレアに任せよう。ただ、リュイは国王陛下に報告した後、王宮の魔術師のところへ行ってバリアの準備を。クレアの力を信じていないわけではないが、保険だ」

「御意」

リュイの返事を皮切りに、ヴィークはクレアの手を引いて王宮のバルコニーへと向かった。

バルコニーに出ると、空はさらに暗くなっている。

王都の東側を中心としたどす黒い渦が頭上にまで広がり始めていて、尋常ではない大きさの竜巻の発生を予感させた。

「これは酷いな……」

ヴィークが呟く。

クレアは、恐ろしさで身震いがした。

「案ずるな。国民の避難はかなり進んでいるし、もしうまくいかなくてもリュイや王宮の魔術師たちが強力なバリアを張ってくれる」

クレアの様子に気が付いたヴィークが、自信たっぷりに言う。

バルコニーに着いてからも、2人の手は繋がれたままだった。

「そういうところ、本当に王子様よね」

「何だ、今更」

額に汗を滲ませながらも平静を装うヴィークを見て、クレアの心はほんの少し軽くなった。

(……浄化の魔法)

浄化の魔法は、偶然にも最近王立学校で習ったばかりだ。

個人レッスンで魔術師に教わったが、高位魔法にも関わらずクレアは一回で成功させた。

(まあ、あの時浄化したのは、こんな巨大な竜巻ではなく小さくて可哀そうな病気の花だったけれど)

(……でも、やるしかない)

クレアは目を閉じて、体に魔力を満たしていく。

足のつま先や指先、髪の毛の一本一本にまでオーロラ色の光を行きわたらせる。

そして、記憶の中にある祖母と一緒に読んだ絵本の光景を思い浮かべた。

クレアは、自分の心臓の音を聞きながら精霊との契約の言葉を述べる。

「精霊よ。我の魔力と引き換えに、この空気を浄化せよ」

その瞬間、

世界が眩いほどの光に包まれた。

正確には、クレアを中心として発せられた光が一瞬にして猛スピードで広がり、見渡す限りの世界を包み込んだ。

城のバルコニーから、城下町、隣の村、国の果て……。

光は、瞬く間に魔力の歪みに行きわたり、どす黒い雲をキラキラ光る幾色もの粒子に変えた。

1秒にも満たない、ほんの一瞬のことだった。

傍で見ていたヴィークでなければ、この光の起点が王宮のバルコニーにいるクレアだとは絶対に分からない。

それほどに強烈で、刹那的な光だった。

「クレア! 」

直後、力なく崩れ落ちるクレアをヴィークが抱き止める。

持てる魔力を使い果たしたクレアは、浄化が成功したのかどうかすら確認できないままに、気を失った。

―――――

「やっぱり、またこうなるの……」

蛍光灯の光の下で、みなみは呟く。

今度はもう、驚かない。

見慣れた薄いベッドに、あの世界ではありえない簡素なインテリア。

ここは、現実のみなみの部屋だった。

「うー、リュイ様って、なんてイケメンなの……。攻略したかったー!! 」

目の前でみなみに背を向けて座る璃子は、クレアがついさっきまでいた世界のゲームに興じている。

ふとテーブルを見ると、『成り上がり♡ETERNAL LOVE』のファンブックが置いてある。

隣のお皿には、数個のキャラメルナッツとドライフルーツが残っていた。

(この前と同じ日だ。……そう、あれからまだ数時間しか経っていない)

「魔法は成功したのかしら」

小声で呟く。いつもと同じなら、数分で元の世界に戻れるはずだ。

が、今はそれを待つ余裕もなく、一刻も早く結果を知りたかった。

「え? 成功したよ? 」

みなみの声を聞きつけた璃子が、くるっと振り向く。

「ええ? 」

意味が分からず、聞き返す。

「みなみ、寝ちゃってると思ってたけど見てたんだ? ごめんね、先にプレイしちゃって」

璃子は続ける。

「リンデル島で再会したヴィーク様から招待を受けてパフィート国を旅行してる時のことだよね?王都滞在中に竜巻が起きちゃうやつ。ヒロインの魔法は成功するよ! 引っ掛けの選択肢とかないから大丈夫! バリアを張って被害を最小限に食い止めお礼の舞踏会が開かれる~、っていう好感度アップイベント! 」

璃子が楽しげに話すゲームの内容と、実際に見てきたことがあまりにも違いすぎて愕然とする。

(……私は、ヒロインがアスベルトルートを選んだ後の未来に入り込んでいるのね)

一度は驚いたものの、そう思いなおしてすんなりと納得した。

「あれっ? みなみ、まだプレイしてないの?アスベルト様ルートのデータ」

セーブをしようとしている璃子が、不満そうに言う。

「なぜかプレイする気にならないんだよね」

一度、違う視点でリアルに攻略さ(・)れ(・)た(・)ストーリーなのだから当然だ。

「確かに、ヒロインの性格が最悪だって評判のこのゲームの中でも、一番ゲスいルートだもんねー。おにーちゃんを誘惑して、婚約者クレアの味方を奪って……って。いや、そこが妙に面白いんだけど! ……でもそれなら、セーブデータ消しちゃう? 」

璃子が聞く。

「うーん。一応、残しておいて」

理由は分からないが何となく消してはいけない気がして、みなみはデータを残すように頼んだ。

(だんだん、瞼が重くなってきた。もうそろそろあの世界に戻れそう)

「璃子……もうひと眠りしていい? 」

「はいはーい。おやすみー! 」

ゲームに夢中の璃子は、軽いノリで答えるとまたモニターに向き直る。

それを確認してから、みなみも望み通り、深い眠りに落ちた。