Fukushuu Kansuisha no Jinsei Nishuume Isekaitan
13 ◇ Attacker, Awakening
手間が掛かるが、武器を作れないわけではない。
「【刃と成れと命ずる[セイスクロレア・ウォン]】」
周囲の地面が寄り集まり、直剣を象る。
それに【悪神断つ刃と成れ[スラックラー・ヘイズ]】と【其は城塞が如き堅固の体現者[シークドイル・エルク]】を掛け、強化。
ひとまず、ロニスにやったように【凍て付けと命ずる[アイーシャ・ウォン]】で身動きを封じようとするが、愚策だった。
氷結はされたが、奴の動きに耐えられず、すぐさま砕け散ったのだ。
「おいおい」
クレセンメメオスは、全長五メートル程だろうか。
威圧感の所為で実物より大きく見えている可能性はあるが、いつか動物園で見たシロクマの数倍大きいことは確実だ。
その巨体が、新幹線さながらの速度で突っ込んでくる。
咄嗟に地を蹴り、回避。
すぐ横を過ぎていったクレセンメメオス。
その風圧だけで、幸助の身体は更に数メートル浮遊した。
グラス上にメッセージがポップアップ。
『クレセンメメオスの特性
・自然属性耐性――極点
・治癒魔法――極点
・貫通耐性――大
・衝撃耐性――大
……無理そうだったら逃げてね』
「…………確かに、逃げろと言ったお前の判断は正しいよ、シロ」
勝てない相手がいるなら、逃げるのは間違っていない。
逃げて、次勝てるように、策を練ればいい。
それが賢い選択だ。
元いた世界では、そうして目的を達成した。
「でも、此処は幸せになれる世界なんだろ?」
雌伏の時を、何年も過ごすなんて、嫌だよ。
奴の尾が持ち上がり、先端の瘤の表面が、花弁のように開く。
そして、極大の針が射出された。
それも、複数。
「【砕け散れと命ずる[ヴォルカー・ウォン]】!」
距離を取りながら駆け、避けきれないものは剣で弾くか、魔法で砕く。
「あ、んんヨ?」
「何言ってっかわかんねぇよ。日本語喋りやがれ」
再度、クレセンメメオスの突進。
緊急回避。
しかし、すれ違いざま、奴の瘤が幸助の腹部へと振るわれた。
魔法発動は間に合わず、咄嗟に左腕で庇うが――衝撃。
来訪者だからか破裂は免れたが、ダンプカーに轢かれたかの如く、冗談みたいな勢いで吹き飛んだ。
壁面に激突し、吐血する。
岩石がクレーター状に抉れ、そこに埋まる。
頭がガンガンと傷み、左腕に至っては感覚が無い。
見れば、ぐしゃぐしゃになっていた。
グロテスクなので、見るのをやめる。
剣を手放してしまったらしく、周囲には無い。
クレセンメメオスの、中年めいた顔が、相好を崩す。
「ん、め、なァ?」
勝負は決まったな? とでも言いたげな顔だ。
たまにだが、憎たらしいくらいに、表情で語る。
おそらく、大してズレてもいないだろう。
このままでは、死ぬ。
クレセンメメオスが、近づいてくる。
その眼に、ナイフが刺さった。
「………………バカが」
思わず、呟いてしまう。
「バカはキミだ! 格好つけて、格好わるい結果を残すな! あたしは、キミ達を、来訪者を幸せにする為に案内人になったんだ! 来訪初日に、死なせてたまるか!」
声だけが聞こえる。
クロより高いところにいるのだろう。
「ア、あ、亜亜亜亜亜亜ァああ!?」
前足でナイフを取ろうとするも、逆にどんどん食い込み、眼球を傷つけていく。
また叫び、やがてクレセンメメオスは視線を上へ上げた。
残った眼で、おそらく、シロを見ている。
――ダメだ。
自分の無能で、誰かが傷つくなんて、嫌だ。
絶対に、嫌だ!
グラスに、文字が浮かび上がる。
メッセージだった。
ギルからだ。
『神話時代に関する書物に、【黒の英雄】の記述を発見。
【黒の英雄】は、敵をも併呑し、己が力へと変えた、とのこと。
わりぃ、ちょっと調べたくらいじゃこれが限界だったわ。
また何か分かったら連絡する。
いつでも店に来い』
「……まったく、今日逢ったばかりの奴に、どいつもこいつも優しすぎる」
幸助は、こんな状況であるのに、笑ってしまった。
――スキル『ヒーローシンドローム』が発動しました。
――該当行為達成完了まで、全ステータスが大幅に上昇します。
――スキル『ヒストリカルシンギュラリティ』が発動しました。
――一定時間、判断能力が大幅に上昇します。
――スキル『ナイト・オブ・ナイツ』が発動しました。
――一定時間、技力が大幅に上昇します。
――スキル『フルストレングス』が発動しました。
――一定時間、膂力が大幅に上昇します。
――スキル『黒[???]』が発動しました。
――【魔法】に
【黒纏[こくてん]】
【黒喰[こくう]】
【黒葬[こくそう]】
が追加されます。
立ち上がる。
痛みはどこか遠かった。
クレセンメメオスが、幸助を見た。
その表情が、物語る。
信じがたいと、主張する。
瀕死の重傷でありながら、闘志を絶やさず、ましてや微笑む人間に、異形が後ずさる。
「お前らからしたら、俺らの方が侵略者なんだろうが、こっちも、お前らが怖いんだよ。食べられたくないんだ。知らない他人でもそうなんだよ。それが、自分に優しくしてくれたやつなら、尚更だ。だから、ごめんな?」
ボロボロのコートが、漆黒に染まる。
黒が右腕を包み、その先端が、剣を形作る。
「【黒纏】」
次の瞬間、クレセンメメオスの両前足が切断された。
振るわれた剣から、黒い衝撃波が放たれたのだ。
「【黒喰】」
衝撃波は消えず、それどころか蠢動しつつ、まるで捕食するように、両前足を呑み込んだ。
それに伴って、幸助の傷が癒えていく。
左腕も、完治する。
「ぁ……、亜、」
治癒魔法に掛かる魔力は膨大だ。
だから最初、前足を斬られた時、奴は青年貴族を食べた。
再生魔法が使えるのと、再生能力が高いのは、似ているようで違う。
手段があっても、それを行使出来ないなら、それは、無いのと同じだ。
「自分から戦おうとしている奴なら、まだいいよ。けど、お前が殺したのは、抵抗する術もない、無理やり働かせられてる、子供だったんだ。人間の、俺個人の、価値観を理解しろとも、共有しろとも言わない。けど、放置は出来ない。今後も、似たようなことがあると考えると、看過出来ない。だから、身勝手だけど、お前を、殺すよ」
「ィ、ヤ」
それは、偶然だろう。
嫌、と聞こえた。
意味が、通る、言葉に、聞こえた。
「ダメだ――【黒葬】」
剣を、地面に突き刺す。
黒が、爆発的に広がり、クレセンメメオスの立つ地面をも侵す。
そして、地面から漆黒の刃が、無数に立ち上った。
串刺しである。
死を確認すると、黒が一斉にクレセンメメオスの死体を呑み込んでいく。
黒が消えた後、そこには何も――否。
小さな指輪が転がっている。
おそらく、あれが魔法具だろう。
そこでようやく、人心地つく。
「あー……、うん。おーい、シロ! 倒したぞ!」
疑問はあるが、まずは彼女の顔を見たくて、幸助は名を呼んだ。