Fukushuu Kansuisha no Jinsei Nishuume Isekaitan
125 ◇ The original black, its end
誰かが言った。
「幻想国家ファカルネでしょうか?」
そこに在るとは分かるが、踏み入ることの出来ない領土を持つ国家だ。
「可能性はあると思う。ただ、それなら何処かにファカルネへ入る方法が伝わってないと……」
そういった方法を知っていると口にする者はいない。
「ナノランスロット殿、よろしいか」
小さく手を挙げたのは、『導き手(ロード)』マギウス。
「実を言えば、ゲドゥンドラでもナノランスロット殿と同じことを考える者はいた。そして……悪神に対抗する為ではなく、悪神の力を解明する為であるが、捜索も試みた」
「それで?」
「魔力波計器というものがある。この世界を漂う魔力の流れを検出し、乱れを察知するものだ。かつて数度、妙な反応があった。それらはほとんどの場合においてアークスバオナ方面で感知されたが――一度。たった一度――ギボルネ方面に反応が示されたことがあったのだ」
「調べたのか?」
「……いや、反応が一瞬だったことから計器の異常として片付けられた。だが、貴殿の話からすれば……」
「あぁ。ダルトラからギボルネなら、距離的にも有り得るだろう――ルキウス」
「……なんでしょう」
ギボルネから呼び戻していたルキウスも、会議に参加していた。
「ギボルネに怪しいものは無かったか」
「怪しい、と言うと」
「……そうだな。魔物が外に出てこない悪領、試練の機能していない神域、来訪者の来ない神殿、ギボルネの民が立ち寄らない禁域、とかはどうだ」
「……ふむ」
「無かったか? 何にも、気づかなかったか? 本当に?」
「一つ……これは今は亡き『暁の英雄』から齎された情報ですが」
と言って、ルキウスは語りだす。
「ギボルネの民が神域と呼び立ち入りを禁ずる区域の調査……いえ、好奇心からの冒涜でしょう。その際に『奇妙な悪領』を発見したそうです」
曰く、入ってすぐに徘徊型の魔法具持ちが居り、その奥に扉――守護者の間があった。
たった二エリアの悪領。
「そして、これは信じ難いことですが、ライクは徘徊型魔法具持ちに……勝てなかったと。というのも、その『黒い獣』は――『黒』を使ったということで」
「――――ははっ」
初めて逢った時、ライクがやけに突っかかってきた理由を理解する。
『黒い獣』に勝てなかった記憶がこびりついていたのだろう。
だから幸助より自分が上とハッキリさせることで、敗北感の消去を目論んだわけだ。実に奴らしい。 だが、今はどうでもいいことだ。
「……これは今まで秘されていた情報です。とても表には出せませんから」
ギボルネの神域を汚したという意味でも、英雄の力を使う魔物が存在するという意味でもだ。
「その獣が、『暗の英雄』なのでしょうか」
「どうかな。でも、確かめる価値はある。今から行ってくるよ」
会議室を後にしようとする幸助を、アリエルが止める。
「お待ちなさい……! ナノランスロット卿、あなたは……『黒き聖者』を手に掛けるおつもりですか」
彼女らからすれば、信仰の対象を殺すと言われているようなものだ。
憤りもするだろうし、止めるのも頷ける。
何者も差別しなかった『黒き聖者』は、亜人達にとって特に思い入れの強い聖者だろうから。
「なぁ、アリエル。もし、お前が、他人の都合で無理矢理千年生かされていたとするだろ。その時、自分を解放しに来てくれる人間がいたら、どう思う? 俺なら感謝するね。逆に、それを止めようとする人間がいたら、殺意すら湧くと思う。お前の言葉や感情は、道義的には正しいよ。けど、今振りかざすべき正義じゃないと思う」
「――ッ」
「……ごめんな。けど、どうしても必要なんだ。みんなが死ぬ未来を待つくらいなら、俺は神話英雄を『併呑』する路を選ぶよ。誰に恨まれて、嫌われても」
アリエルは唇を噛み、何も言わず顔を伏せた。
「仮にも『暁の英雄』が魔法具持ち一体を倒せなかったって言うんだ。相当のもんだろう、一人でいけんのかい、『黒』の旦那」
『干戈の英雄』キースが呑気な声で言う。まるで、場の空気を取り持つみたいに。
「なんとかするさ」
「他にも問題はあんだろう。ナノランスロットが帰って来るまでの間に旅団が来ねぇ保証なんざねぇんだからな」
『血盟の英雄』シオンの言葉は尤もだ。幸助も当然、考えていた。
「停戦を申し入れればいい。捕虜交換を条件に十日……断られれば五日、このラインで交渉しろ。少なくとも、五日で断られることは無い」
「どうしてそう言い切れるのだ」
『魔弾の英雄』ストックが、メガネを押し上げながら問うた。
「グレアは部下思いなんだよ。停戦を受け入れれば、『リュウセイの行いによって白の英雄が手に入り、その上怯えたダルトラが停戦を申し入れてきた』って風に出来る。元々は俺を殺してやる筈だったところを、生かして帰しちまったんだから、やつのことだ、絶対に受け入れる」
今度こそ、誰も何も言わない。
「すぐ戻ってくるけど、その間のことはルキウスに任せる」
国を立つ前に、やらねばならないことをピックアップ。
そう長くは掛かるまい。明け方にでも出発しようと考え、一人会議室を後にする。
廊下へ出た瞬間、幸助の顔面に衝撃。
見えていたが、あまりに予想外の人物だった為に避けることを忘れてしまったのだ。
幸助の首が千切れるのではないかという程の衝撃に襲われ、天を向く。
「――ッッッってぇな! なんだよ一体! お前これ、鼻血出てるんですけど!?」
などと、以前とまったく同じことを言いながら、幸助は少女――シロに文句を言ってみる。
彼女の顔を見て、それも止まった。
目に涙を溜めたシロが、精一杯それを漏らすまいと堪えながら、上目遣いに幸助を睨んでいる。
「あたしに何も言わず、今度はギボルネですか。へぇ~~。単身赴任を繰り返す夫でももう少し奥さんを大事にすると思うけど……!?」
例えが妙に元いた世界を連想させる。
「いや、えぇとだな……というか、どうして此処に?」
言ってはなんだが、彼女は部外者だ。
「トワちゃんの計らいでね。いやぁ、持つべき者は権力者の友達だよねー。権力者の彼氏は色々あれだけど」
彼女が腰に手を当て、ぴょこと爪先を立てる。それに伴って豊満な胸が揺れた。そんなこともない筈なのに、懐かしさすら覚える。
「……………………いや、あのー、事情がありまして」
「は?」
「本当に、色々大変な状況なんだ」
「は?」
「帰って来たら、ちゃんと埋め合わせするから」
「……きみ、なんも分かってないな」
そうしてシロは、幸助の耳を引っ張って歩き出す。
「待て待て待て。仮にも俺『黒の英雄』なんで、周りの目とかあるんですけど」
「トワちゃんにも頼まれてるんだよね」
「話聞いてる?」
「だから、お説教だよ、クロ」
近くの部屋で立ち止まり、彼女が扉を開ける。
応接室のようだ。
ずっと待っていて、疲れてしまったのだろう。エコナがソファで寝ている。
それだけで、自分が掛けた心配と心労を理解する。
「……悪かったよ。二人だけじゃなくて、みんなに心配掛けた。でも」
「そうじゃないよ……! あたし達のことを考えてほしいんじゃない」
「…………なら」
とん、と彼女が幸助の胸を叩く。
「本当に分からないの? きみが一番蔑ろにしてるのは――きみ自身じゃないか」