Fushi no Kami: Rebuilding Civilization Starts With a Village
Cinnamon's Altar 8
神殿での自習時間に、レイナ嬢も加わるようになって、作業効率はさらに加速した。
やはり計画は数だ。
おかげで、最初に実験すべき肥料について、第一弾の計画書をまとめることができた。
まずは骨粉。
ヤック料理長の紹介で、面識を得ることができた牛・豚・鶏の畜産家(正確には肉の解体業者)から、廃棄される骨を譲り受けられることになった。これらを煮込んで、乾燥し、粉砕したものが骨粉肥料となる。
恐らく、一番手軽に作られる肥料だ。
次に、鶏糞の堆肥。
本によると、一般的な家畜のし尿で、肥料成分のバランスが最も良いのが鶏糞らしい。ただ、匂いがきついため、牛や豚よりも気を使わなければならないと注意されている。
今世の様々な化学物質の名前を、前世らしき記憶といまだ照会できていないが、この鶏糞の匂いとやらはアンモニアではないかと推測している。し尿から発生する悪臭の元となると、やはりアンモニアが筆頭だと思う。
それは臭いだろう。気絶した人も飛び起きるほどの刺激臭物質だもの。
そして、牛糞と豚糞、馬糞の堆肥。
こちらは鶏糞よりも扱いやすいようだ。もちろん臭いもあるが、鶏糞ほどではないとのこと。一方、鶏糞と比べると、肥料成分の一つが明らかに少ないようだ。とすると、アンモニアの発生量が、その肥料成分に関係していると考えて良いのだろうか。
人間のものは、一応計画は立ててはあるが、実施するかどうかは保留にしている。どうしてか。それは扱いが飛びぬけて難しいためだ。
人糞なら、農村時代から利用できる資源はたくさんあった。しかし、前世らしき記憶で、公衆衛生上、堆肥化を失敗すると重大な問題があることがわかっていたので、手をつけられなかった。寄生虫や感染性の病気、コレラや腸チフスといった感染症の類が蔓延する恐れがあったのだ。
実際、古代文明の高度な技術が失われた後、人間のし尿の堆肥を利用した際に、大規模な感染症が発生したことが都市の神殿の資料からうかがえた。
堆肥化の書籍を調べると、明らかに後から追記したと思われる注釈に、都市が滅んだ事件が記されていたのだ。
私の生まれ故郷のような農村でも、し尿を利用した堆肥は「やってはいけないこと」と忌避されているほどなので、当時はかなり猛威を振るったらしい。
ただ、現状では、「人間のし尿が危ない」はずが、「動物のし尿全てが危ない」と勘違いされている。
これは明確に、危険度が違う。
感染性の病気の場合、同種間での感染力は強いが、異種間では非常に弱い。
これは、危険がない、と言う意味ではない。
稀に、異種動物の感染症(ウィルスや細菌)が、人間にも感染するようになると甚大な被害をもたらす。
人間に、その感染症に対する抵抗力が全くないからだ。異種動物にとっては少し熱が上がるだけの病気が、人間が感染すると高確率で死亡する例もある。
こうした異種間で感染が起きることを、「種の壁を超える」と言う。
感染を研究する研究者達が、非常に恐れている言葉だ。
私の前世らしき記憶は、ちょっとこの手の話に詳しい。
「これをやればいい」というアクセル系知識より、「これをやってはいけない」というブレーキ系知識が多い。たぶん、「こうして○○は失敗した」のような知識の方が、面白く感じていたのだろう。
ちょっと悪趣味に聞こえる。
でも、国のトップクラスの頭脳が真面目に考え出した、トンデモ珍兵器とか面白いですよね?
大分、話がそれた。
ともあれ、そんなわけで今世では、し尿を利用した全ての堆肥が忌避されている。それは間違った知識であるし、適切な処理をすれば(人糞含めて)安全であるので、ぜひ改めたい。
神殿の書籍に残された記述でも、「動物のし尿堆肥によって都市が滅んだ」ではなく、「人間のし尿堆肥の不適切な利用によって、病気が発生して都市が滅んだ」という書き方になっている。
当時は原因をきちんと把握している人がいたのだ。
このことを報告書としてまとめ、肥料実験計画とともにしかるべきところに提出しよう。
「とすると、寄生虫や感染症についての本も読まないといけませんかね」
前世らしき記憶ではこうだから、などと言っても、今世のお歴々は説得できまい。
私は、神殿の書庫を振り返って眺める。この中にその手の本はあるかな?
「ヤエ神官、医療関係の本はどの棚にありますか」
「え?」
疲れた顔で頬杖をついていたヤエ神官が、脅えたように顔を引く。
他にも、突っ伏していたり、天井を仰いでいたりした、大切な協力者達――マイカ嬢、レイナ嬢、アーサー氏――が、ぐったりした顔を私に向けてくる。
まだやるの、なんて言いたげな目をしている。
「肥料の利用に関連した病気を調べなければなりません。現在、動物性の肥料は危険なことだと考えられていますからね。安全性を確保しなければ、この計画は承認されないでしょう」
だからもっと調べるの。
断固たる意志を持って宣言すると、全員ががっくりと肩を落としたことがわかった。
待って。そこで気落ちしないで。もっとやる気だそう?
「これまで調べてくださった皆さんの努力に報いるためにも、この計画を承認されるよう徹底的に作りたいのです。どうかお願いいたします」
ここで止めたら、今感じているその疲労感すべてが、無駄に終わっちゃうよ?
いいの?
それでいいの?
そんな意図を、言葉を変えて問いかけると、四人とも互いの苦渋の表情を確認し合って、重い腰をあげる。
ヤエ神官もふくめてまだ若いんだから、もっときびきびしても良いのですよ?
大体、前世らしき記憶だと、これくらいの報告書、真面目に大学生活をしていれば三ヶ月に一回くらいは最低でも作ることになる。五人チームで作っているんだから、月一ペースでも楽勝だ。
この特製報告書矢玉を使って、早く将を射りたいものだ。
そう考えながら、医療関係の本を眺めていると、隣のヤエ神官が、真面目な顔で私を見つめてくる。
「私、アッシュさんを年下だと考えることは、もうやめました」
なにかと思ったら、私を通常のカテゴリから外したという宣言だった。
すると、アーサー氏も、レイナ嬢も続いて賛同する。
「そうだね。ボクもそうする」
「ええ、きっとその方が正しいわ」
別に子供扱いはされなくて良いけれど、じゃあどういう分類にされたのだろう。
あと、マイカ嬢が熱心に頷いているけれど、ひょっとしてマイカ嬢はすでに私を別分類していたのだろうか。
可能性はある。前に村の特産品扱いされた記憶が蘇った。