「はふ、おいひい~」

ピザ風パンを頬張った、マイカ嬢の第一声である。

ふくらんだ頬っぺたに、口元のトマトソースが実に可愛らしい。

夕方前の時刻、それぞれの用事が片付いたので、二人でおやつタイムと洒落こんでいる。

寮館の家庭菜園前は、計画関係者以外は誰も近寄らないので、のんびりできる。

例外は、私に嫌味を言いに来る人くらいだ。

幸い、今日は例外の存在もなく、思う存分労働後ののんびりを満喫できる。

「アッシュ君のトマト料理は、やっぱり美味しいね!」

「皆でがんばって作ったトマトですから、美味しくしてみせますとも」

私も小ぶりのパンを頬張りながら頷く。

ヤック料理長の夕飯もあるので、抑えておかないと後悔するのだが、マイカ嬢が満面の笑顔で食べているのを見ると、私もついつい食べ過ぎそうになる。

「こんな美味しいもの、皆食べられないなんてもったいないなぁ」

「全くです。食べ物はまだまだ豊富にあっても困らないのですから」

がんばって報告書を作り、来年の夏には、少なくとも軍子会の面々は食べられるようにしたいものだ。

地方有力者が集まる軍子会で普及すれば、いくらかスムーズに地方の村でもトマト料理が広まるだろう。

食料の選択肢が増えることは、良いことだ。

二人でおやつを食べ終えると、今日一日の互いの行動について話す、報告会が始まる。

この行事は、私がジョルジュ卿やベルゴさん達と動くことが多くなってから、マイカ嬢が「最近アッシュ君が何してるかわかんない! ずるい!」と、なんだか必死の訴えによって始まった。

「私は、トマトをベルゴさん達に食べてもらうことにした以外は、いつも通り、堆肥のお世話でしたね。特に変わったことはなかったと思います」

「アッシュ君にしては平穏だけど……多分、トマトを持って行ったこと自体が大騒ぎだったと思うから、おかしくはないかな?」

その発言は、私に対する前提がおかしいと思う。

「あたしの方も順調だよ。勉強会に参加している子達も、読み書きは問題ないし、計算も大分できるようになったもん」

マイカ嬢が自慢げに胸を張る。

都市に来てから栄養が良くなったためか、それとも成長期に入ったのか、そういう仕草をすると少しずつ大人になっていることがわかってしまう。

成長期の少女は、日に日に綺麗になっていくようで、できることならご両親に毎日写真を贈って差し上げたい。

ユイカ夫人、クライン氏、お二方の愛娘は大きくなっていますよ。

「ヤエ神官が、今期の軍子会は歴代最高の水準になるかもしれない、って褒めてくれたよ」

「それは素晴らしいですね。マイカさん達の教え方も、良く評価されていることでしょうね」

「ふふ、アッシュ君直伝のフォルケ先生方式だよ。都市で通用するのも当然だね!」

ちなみに、勉強会とは、マイカ嬢主催の出張版フォルケ先生教会のことである。

もちろん、研究オタクのフォルケ先生が村から出てくるはずもない。

フォルケ先生の代わりに私がマイカ嬢に勉強を教えていたように、今度はマイカ嬢が勉強を教えているのだ。

教え方が、その時の私方式(私方式=フォルケ方式ということになっている)なので、フォルケ先生教会の出張版というわけだ。

あの愛すべき研究バカは、教え子が優秀すぎて何もしていないのに株が上がっている。

この勉強会の参加者は、主に都市外の有力者、都市周辺の村々の有力者が中心だ。

この構成は、都市内有力者のモルド君に対抗するために組まれている。勉強会を企画したマイカ嬢がそう言っていた。

別に放っておいても良いと思う私とは裏腹に、マイカ嬢は宣言通り、「あいつらの相手」を始めたのだ。

もちろん、蹴った張ったなんて野蛮な真似はしていないし、モルド君一行のように悪口の経験値を稼いでもいない。

勉強会では真っ当に勉強し、生まれ故郷がどんなところか話し合い、都市に来て面白かったことを教え合っている。

普通の仲良し教室である。

ゆくゆくは、将来役に立ちそうな知識を書物から読み取ってまとめよう、という活動が入るらしい。

これがどこまでモルド君一行への対応になるのかは私にはわからないが、そんなことはもうどうでもいい。

都市周辺の生産力、生活環境が向上する可能性を十分に秘めた素晴らしい勉強会だ。

私も手が空いた時は、全面的に協力している。

それに、少なくともモルド君達の悪口の効果が、減衰ないし無効化されたのは間違いない。

真っ直ぐ気質のグレン君が、私が勉強会に参加した時に教えてくれた。

「こうしてよくよく話してみると、アッシュはとてもまともだな。変わっているのは確かだけど」

都市に来てすぐにやり出した私の行動に、悪口の影響が相まって、頭がおかしいと思っていたそうだ。勉強会で接してみて、誤解がなくなって良かった。

それでも外せない変人扱いを、真っ直ぐな瞳で言われてしまって、流石の私も苦笑いですよ。

まあ、私の扱いは別にして、「勝手に勘違いしていてすまなかった、ごめんなさい」と謝れるグレン君は、正直者の良い子ですよ。

この調子で真っ直ぐ育てば、間違いなくモテる。

「レイナちゃんもアーサー君も、教えるのに慣れて来たみたい。この調子なら、秋頃には計算も一通り教え終わるんじゃないかな」

「素晴らしい! いよいよ、次の段階が見えて来ましたね!」

めくるめく論文作成の世界が!

初めは、数人グループで一つのテーマをまとめるところから練習させた方が良いだろうか。

いや、すでに私達が作ったものを見せて、それに批評を加えるところから始めるべきか。

いやいや、経験のある私やマイカ嬢を主軸にしたグループを組んで実践させるのも有効そうだ。

「アッシュ君、アッシュ君、落ち着いて、ね? まだ気が早いと思うよ」

「そうですか? 早めに計画を立てておいた方が、準備が整った時に効率が良いと思いますが」

「ううん、アッシュ君がその笑顔で前のめりになっている時は、普通の人にはすごく早すぎるって決まっているから、大丈夫だよ」

にこにこ笑顔で、断固として譲らぬという謎の気迫をマイカ嬢から感じる。

雛鳥を守る母鳥みたいな闘気がほとばしっている気がする。

だが、私とて、夢のため、理想の生活のために後退なんてしないと決めた修羅の身だ。

相手が幼馴染のマイカ嬢といえど、容赦はできませんよ。

「ところで、アッシュ君」

「はい、なんでしょう」

おっと、いきなりマイカ嬢に先制を取られてしまった。

「明日、ジョルジュさんの講義がお休みになったの知ってる?」

「ええ、立場上、ジョルジュ卿の予定は把握していますから。なんでも気になる報告があったので、都市周辺の警備巡回を臨時に行うんだとか」

「そういえば、アッシュ君が知らない方がおかしいもんね。じゃあ、その講義にあたるはずだった時間なんだけど、執政館に一緒に行かない? お仕事のお手伝いができないか申し込んでみたの」

執政館のお仕事、ですって!?

「そ、それは、どのようなお仕事のお手伝いになるのでしょうか!」

「村の報告書をまとめるのを手伝ってたことが知られているから、都市の予算とか資源とか、数字のチェックだけでもして欲しいって言われたんだけど、一緒にどう?」

「行きます! ぜひ、ご一緒させてください!」

それを見ることができれば、欲しかった物資が、この都市近辺で手に入るのか入らないのかがわかるかもしれない。

金属各種もそうだが、耐火性の高い石材とか硫酸とか石炭とか、あれば便利そうなのだけど、今まで全く手に入らないものが多い。

その確認が得られそうな機会、何を放り出しても逃すわけにはいかない。

私の一途な思いに、マイカ嬢は聖母のように微笑む。

「うんうん、アッシュ君ならそう言うと思ったよ。じゃ、明日は一緒に執政館にお邪魔しようね?」

「はい、お願いします! がんばって書類確認をしましょう!」

いやあ、実に楽しみだ。

資源関係は外部に知られると不都合な情報だからか、流石に神殿にも保管されていなかったのだ。

ひょっとするとあるのかもしれないが、閲覧許可が私にはないのだろう。すっかり仲良しのヤエ神官が出してくれないということは、そういうことだ。

明日一日でどれだけ読めるか。

いや、読み切れなかったとしたら、次からどうやってその仕事に噛ませてもらえるかを模索しなくては。

また忙しくなってしまうではありませんか! 楽しいけど辛いです!

脳をフル回転させている私の隣で、マイカ嬢が一仕事を成したかのように拳を握った。

「よしっ、上手くコントロールできたよ、お母さん!」

何をコントロールしたのだろう。

話の流れ的に、されたのって私しかいないよね?