イツキ氏からのありがたい報酬を手に、私とマイカ嬢は、ヤック料理長のご実家へとお邪魔した。

サキュラ辺境伯領都が誇る名店〝シナモンの灯火〟とは、まさにこの店である。

他の店には悪いのだが、やはりここの料理は一味違う。

おまけに、私がヤック料理長に渡したレシピが流れて来ているらしく、ハンバーグやピザも食べられる。

ハンバーグ好きのマイカ嬢に、他の選択肢はない。

大き目のテーブルに二人で陣取って、私達は木製カップで乾杯する。

「今日はじゃんじゃん食べてね、アッシュ君!」

「ありがたくご馳走になります」

もう遠慮するような間柄ではないので、私は素直に頷く。

そもそも、マイカ嬢がハンバーグ三皿など豪快な頼み方なので、遠慮のハードルが素敵に低い。

やんちゃな勢いでハンバーグにかじりつくマイカ嬢に、私はシチューの鶏肉をフォークで刺しながら、今日見たお仕事モードのマイカ嬢を思い出す。

「先程のイツキ様との会話、聞いていて感心してしまいました。あの提案から考えられる影響を、的確に見抜いていたと思います」

「ほんと? えへへ、アッシュ君に褒められちゃった」

マイカ嬢の嬉しそうな表情は、実に褒めがいがある。

鶏肉美味い。

私は頬張った鶏肉の美味さに思考をそらされながら、本日の感想を続ける。

「マイカさんの成長を感じ取れて、私も嬉しかったですよ。大きな視点での話でしたが、要点を押さえていたので問題がわかりやすい。話し方もハキハキしていて説得力が感じられました」

私の賞賛攻撃に、マイカ嬢は、えへへーえへへーと照れ笑う防戦一方だ。

「そうそう、退いておくところも上手だったと思いますよ。マイカさんは、領軍についてはあまり関わりがありませんでしたし、備蓄食料のあり方の変更なんてあの場ではとても話がまとまりませんからね。上手く切り上げたなと思いました」

「ああ、うん。大事な部分だとは思ったけど、なんとなく、上手く言えない気がしたから誤魔化したんだよね」

マイカ嬢は、頬っぺたを肉塊で膨らませながら、うんうんと頷く。

「そっか、アッシュ君に言われてはっきりわかったよ。領軍について知らないから言えることは限られるし、備蓄食料はまとめられないから、上手くいかない気がしたんだね」

「ええ、直感の判断だとしたら、流石に良い勘をしていますね。大当たりです」

「ううん、議論って難しいね!」

ぐだぐだで良いなら簡単ですけどね。

生産的な議論というのは、高い能力と一定の共通意識が必要なのだ。

一通り、今日のマイカ嬢の言動ですごいと思った点を伝え終え、私も本格的にシチューを頬張る。

このお店の煮込み料理は特に絶品だ。下拵えの丁寧さが良くわかる。

私が満面の笑顔になっていると、ハンバーグを二つ片付けたマイカ嬢が、三つ目にフォークを刺しながら見つめてくる。

「アッシュ君って、やっぱりすごいよね!」

「ほふ? なんですか?」

鶏肉を噛みながら首を傾げると、マイカ嬢が心底自慢気な様子でハンバーグを口に押しこむ。

この流れだと、自慢はこの店のハンバーグの味かもしれない。

「今日の提案もそうだけど、アッシュ君本人の能力はもちろんすごいよ。でも、他人のやる気を出させるのはもっとすごい! アッシュ君に褒められると、まだまだあたしできる、って気になるもん!」

「そうですか? そう感じていただけるなら、私としても嬉しいですね」

褒め言葉は、結構狙って使うようにしている。

褒めた方が教育効果が高いという説だ。優秀な人材がいくらでも欲しい私としては、隙があればガンガン褒めていくスタイルを採用している。

ありがたいことに、私の周りの皆さんは褒め言葉に困らないくらいに素の能力が高いので、思ったより楽だ。

最初は普通に感心していただけで、いつの間にかこうなっていたとも言える。

「うん! 少なくとも、あたしはアッシュ君に褒められるの大好き! だから、これからも、一杯褒めて欲しいな~」

「ええ、私で良ければ喜んで。マイカさんは日に日に頼もしくなっていますからね。いくらでも褒められますよ」

本当に、日進月歩とはこのことだ。今日の流通量と商人に関する考察も感心したものだ。

農村のさびれた教会で、最初に文字を教えたことが遥か遠い昔に感じる。

実際には五年しか経っていないのだから、マイカ嬢の成長速度は恐るべきものがある。

そんな人物が私の夢を助けてくれるなんて、それこそ夢のような幸運だ。

「マイカさんは、とても得難い人材で、私にとって大切な人ですね」

「――っ!」

私に褒められるのが本当に好きなのか、マイカ嬢はぞわぞわっと背筋を震わせて、真っ赤になった。

可愛い人である。