結局、マイカ嬢はそのまま優勝を決めた。

決勝戦の相手は、真面目にマイカ嬢と戦って、真面目に負けた。

決勝という舞台に緊張していたのか、心なしか構えが固かったので、全力を出せなかったようだ。

「準決勝であんなの見たら、そうなるわよ」

ライノ女史が何か呟いていたが、まあ、真っ直ぐこちらを見て話さないということは、大したことはないだろう。

優勝したマイカ嬢は、特に怪我もなく、というより、全く怪我がなかったので、そのまま表彰式を行う日程が組まれた。

三大会ぶりの最速スケジュールだという。

三大会ぶりということは、親子で大会最速記録を保持している計算になる。

恐らく、個体戦闘力でいえば王国最強の親子である。

表彰式には、大会優勝者を称えて国王陛下からのお言葉がある決まりだが、陛下の代わりに名代が行うこともある。

特に、王女がいる場合は、王女が代役となることが多い。

大会参加者は、九割九分男性であり、女性優勝者が今大会初となれば、この配役も納得だ。

戦い抜いて傷ついた男性に、優しく微笑む女性というのは騎士物語的な風情がある。そんな単純なことに憧れて騎士を目指した男は多いだろう。

そんなわけで、試合場に急造された壇上で、マイカ嬢はアリシア嬢の前まで進み出た。

大会史上初の、麗しい少女二人が向き合う表彰式に、観客席からは男女混じった声が漏れる。

これはこれで絵になる光景だ。

「マイカ・アマノベ・サキュラ様」

「はい、アリシア殿下」

マイカ嬢は一瞬、アリシア嬢に向かって私的な微笑みを浮かべてから、恭しく跪いて言葉を賜る。

「この度の大会で見せた、貴殿の卓抜なる剣、まさに神技と呼ぶに相応しいものでした。あなたのような、可憐な、強者が、我が国の民のために存在することを、嬉しく思います」

可憐と口にした時、アリシア嬢は悪戯っぽく微笑んだ。

どうやら定例句に混ぜたアドリブの台詞のようで、観客席からも小さな笑いや賛同の声が起こる。

「その剣と、大会の優勝を称え、望みの褒美を取らせましょう。なにか、希望はありますか」

その問いかけに、マイカ嬢は顔をあげた。

狙いを定めた獲物を、仕留めにかかる距離まで追い詰めた狩人の眼をしている。

「では、恐れながら、アリシア殿下。私の望みを申し上げます」

「なんなりと、マイカ様」

可憐な優勝者が望む褒美を聞こうと、会場中が示し合わせたように静まり返る。

それは良いのだが、周囲の人間が私を見て来るのはなんですか。

放っておいてください。ロックオンされてるのが私だってことは存じております。

私だってこれでも緊張してるんですよ。

見るなよぅ。

注目の中、少女は瑞々しい唇から、望みを紡ぐ。

「サキュラ辺境伯家の騎士、アッシュ・ジョルジュ・フェネクスに、私の気持ちを聞いて頂きたいのです」

「気持ちを、聞いて頂く、と?」

「はい。答えまで縛る気はございません。ただ、彼の者に私の気持ちを聞いて頂ければそれで良いのです。答えは――彼自身の心から頂戴します」

丁寧な言葉遣いとは裏腹に、その眼差しは、これからが大会決勝だと言わんばかりの気合に満ちている。

「なるほど。その者と話し合う席を持ちたいと。この大会で優勝を持って望むには、ささやかな願いに聞こえますね」

「とんでもございません。アッシュ・ジョルジュ・フェネクスという人物は、このくらいしないと振り向いてもくれない難物であり、このくらいしても手に入れたい、素敵な人なのです」

大舞台でものすごい惚気をかますマイカ嬢に、観衆は多数の口笛で応えるノリの良さである。

壇上の二人は、そんな観衆にさらに燃料をぶちこむがごとき会話を交わす。

「恐れながら、彼の者と話をすれば、アリシア殿下もお分かりになるかと」

「ん……実は、フェネクス卿とは先日、社交の席でお会いしました。確かに、素敵なお方でしたわ」

王女殿下まで評価したことで、アッシュ・ジョルジュ・フェネクスへの期待値が天井を破壊して上昇し続ける。

私、この流れの中であの舞台に上がらなきゃいけないんですよね。

拷問かよ。

拷問だよ。

「実は、先日、彼に想いを告げようとしたのですが、逆に告白されてしまいました」

今度は女性比率が多い反応が沸き起こる。隣のライノ女史が特に姦しい。

「彼は、私のことを好きだと言ってくれましたが、私の気持ちは聞いてくれませんでした。だから、今日こそ、彼には私の気持ちを聞いて欲しいのです」

「マイカ様のご希望は、わかりました」

わかって欲しくないが、アリシア嬢はわかってしまったようだ。

その視線が、壇上から真っ直ぐに私の方へと射出される。

「アッシュ・ジョルジュ・フェネクス。国王陛下の名代として命じます。こちらへ、壇上へ来なさい。そして、あなたをこれほど強く想う者の言葉を、最後まで聞き届けるのです」

これほど逃げ出したい命令は、今世史上初である。

とはいえ、マイカ嬢のことを思えば、色々なものを振り切って逃げるわけもいかない。

私はなるべく平静に見えるようにユイカ女神に祈りながら、立ち上がった。

途端に巻き起こる謎の拍手。

待って、絶対に拍手するタイミングと違うから。

観客席まで真っ二つに割れた人垣の中を、私は好奇の視線にさらされながら行進する。

異様なほどに長く感じられる道だ。

壇上に辿り着き、マイカ嬢の隣に並ぶ頃には、今度は逆に水を打ったように静まり返る。

これはこれで、ものすごく落ち着かない。

「アッシュ・ジョルジュ・フェネクス、これに」

マイカ嬢の隣で跪く私に、アリシア嬢は微笑んで頷く。

「マイカ様、フェネクス卿、ここから先はかしこまる必要はありません。これよりは、マイカ様への褒美となります」

アリシア嬢は、そう告げて一足先に壇を降りる。

後はお若い二人で、という言葉が聞こえそうなシチュエーションだ。

私の隣で、深い呼吸の音がする。

マイカ嬢が、緊張した時にする呼吸のリズムだ。

「よし、アッシュ君……立って」

マイカ嬢の呼びかけに従うと、能力最高時の眼光をした、臨戦態勢の大会王者が立っていた。

やばい。なんの動きをしても見切ってのける時のマイカ嬢だ。

「アッシュ君……前に、言ってくれたよね」

その状態で、マイカ嬢は話し始めた。

「あたしのことが好きだって。でも、あたしのこと、幸せにできないから、あたしの気持ちに応えられないって」

「ええ、言いました……」

今にも斬りかかって来るのではないか、という不安に生唾を飲みながら頷く。

「それは、すごくうれしかった。アッシュ君が、夢に熱中しているのは知っていたし、それ以外のことに興味ないことも良く知ってたから……そんなアッシュ君が、あたしのことは、幸せについて考えてくれてたんだなってわかって、嬉しかったよ」

でもね、とマイカ嬢は、これ以上鋭くなるまいと思っていた眼光を、さらに鋭利に研ぎ澄ます。

「アッシュ君はすごい勘違いをしているんだよ! あたしは! アッシュ君に幸せにしてもらおうなんて思ってないよ!」

マイカ嬢は、拳を握りしめ、力強く言葉の刃を振り下ろした。

「あたしが! アッシュ君を! 幸せにするんだよ!」

それは、全くの死角から仕掛けられた一撃だった。

流石は首狩りの使い手である。告白まで予想外の必殺ぶりである。

「アッシュ君は、自分のしたいことだけやってて良いんだよ。あたしはそのアッシュ君を助けてあげる。一緒に考えて欲しいなら、隣で筆を執るよ。一緒に戦って欲しいなら、隣で剣を握るよ。別な仕事を任せたいなら、張り切って走るよ。そこが地獄だろうと、相手が竜だろうと、あたしは一歩だって引き下がらない」

その思いの丈の大きさに、私は言葉を奪われる。

それでもなお、そこまで言ってもなお、彼女の想いには足りないようだ。

「アッシュ君は、あたしのこと舐めすぎだよ! アッシュ君が変なのなんてとっくにご存知だよ! でも好きなの! そんなへんてこすぎるアッシュ君が好きなの! へんてこじゃないアッシュ君が欲しいなんて一度も思ったことないよ!」

だから、と乱れた息を吐き出して、マイカ嬢は、握りしめた拳を開いて、私に差し出す。

「安心して、あたしを好きになって。あたしも、あなたが夢を想うのに負けないくらい、命がけで好きだから」

だから、と彼女はどこまでも踏み込んでくる。

「あたしのことを、あたしの幸せから奪って良いよ。あたしも、あなたのことを、あなたの夢から奪うから」

ご覧ください。

これが、私の惚れた女の子です。

私は、彼女の手を取って、それ以外どうして良いかわからず、ただ気持ちを伝えた。

「ありがとう、マイカ。では、あなたの幸せを、遠慮なくもらうね」

「うん。わたしも、アッシュの夢をもらうよ」

これで、私の夢はマイカが持ち、マイカの幸せは私が持つのだ。

私が夢を追うためにはマイカが必要であり、マイカは私と一緒にいれば幸せに触れられる。

お互いがお互いを奪い、お互いに必要になったのだ。

よもや、この私が夢を奪われるとは思わなんだ。

流石はマイカ、私が惚れた女性である。