Garudeina Oukoku Koukoku Ki

Big increase production

そして、運命の日が訪れた。エドとレイモンドと約束した200日目、それが今日なのだ。

ゲオルグ達は事前に約束の場所を訪れ、とある小細工をしてから彼らを待つ。そして、時刻が昼過ぎになった頃、それは訪れた。

「おぉう……」

「す………スゴい…」

見渡す限りの平原、その南側から、大量の馬車と人影がこちらに向かってくるのが見えてきたのだ。最後の打ち合わせの際に確認したところ、二人合わせて1700は下らない数にはなると聞いていたが、それだけの数の亜人を統率するには人間もそれなりの数が必要になるのは間違いなく、恐らくは500人から600人は人間も随伴している筈だ。そのほとんどはレイモンドの率いる領兵、そしてエドの商会の人間であろう。本来なら傭兵などを雇う方が良いのだろうが、彼らは非常に口が軽い。酒か女、あるいは金を用いればその口は羽毛の如く、などと言われている程だ。最後の最後で台無しにされ自分達の地位が脅かされては困るのだから、二人が傭兵を使わないのも頷ける。

そんなことを考えているうちに、総勢2300人以上にもなろう人の波は、一人一人の顔を確認出来るほどの距離にまで迫っていた。

ゲオルグとフェリスは乗っていた追加分の金細工を積載した馬車から降り、それを待ち構える。ゲオルグは興奮に目を輝かせ、フェリスはこの後のこと考えているのか、不安そうな面持ちで頭を抱えている。そのなんとも対照的な態度が印象的な兄妹の元へ、一台の馬車がやってきた。その馬車の馬がゲオルグに怯えて近付かなくなると、中から二人の男が降りてきてゲオルグの元へやってくる。

「ゲオルグ・スタンフォード様にお間違いございませぬか?」

一人の20代半ば頃の男と、30後半から40歳くらいになるだろう男の二人が出てくる。

「いかにも、俺がゲオルグだ。して、お前らは?」

ゲオルグの問いに、二人は姿勢を正して返答する。

「申し遅れました。私はゴルトベルク商会で勤めております、ウェルキンと申す者、本日は会長の代理としてまかりこしてございます」

「同じく、ニデア領主、レイモンド・クルーウェル・グレフェンベルグの代理として参りました、ヘンリーと申します。本日は自ら足を運べず申し訳ないとのお言葉を預かっております」

恐らくは二人とも腹心なのだろうと思い、ゲオルグは二人を見て、2、3度頷いてから。

「そうか、気にしてはいない。今二人が揃って街を出れば、教会や要らん好奇心を抱いた者を抑えるのも難しかろう。それより…」

ゲオルグはそこまで言ってから、一度後方の人混みを見、そして再び二人に向き直った。

「早速だが本題に入ろうう。双方、どれだけの亜人を集められたか教えてくれ」

「「はい」」

ゲオルグの言葉に、二人は懐から紙を取り出し、それを読み上げる。

「我らゴルトベルク商会は、獣人644匹、エルフ63匹、ドワーフ57匹、合計764匹です。詳しい内訳はこちらを」

「領主様は獣人598匹、エルフ75匹、ドワーフ68匹、合計741匹です。内訳はこちらに」

お互いに集めた亜人の数と内訳を発表し、それの記された資料をゲオルグに手渡す。それを受け取ったゲオルグは、満足げに頷いてから二人に言葉をかける。

「合計で1505か……見事だな。予定通り、先に渡した物についてはそのまま好きにして構わないと、それぞれの主に伝えてくれ」

「はっ」

「はい」

「そして、ここにある追加の一台は、約束通りゴルトベルク商会のものだ。僅差ではあったが、勝負は勝負。お互い禍根を残すことなきよう頼むぞ」

「心得ております」

「領主様も、そのような無作法な真似は致しませぬ」

「なれば良い。それにしても、獣人だけでも1200を超えたか……これは、この国ではしばらく亜人が貴重になろうな?」

その言葉に、二人は苦笑する。

「えぇ、なにせこの国にいるとされる獣人の一割以上ですからね」

「しばらく、供給が需要を上回ることはないでしょう」

二人の言葉に再び頷き、ゲオルグは笑いながら言葉を発する。

「そうかそうか、それは結構……まぁ、俺もしばらくはこの国からは姿を消そう。しばらくは派手な動きも出来まい」

「えぇ、今でも、教会の連中が突然の亜人達の動きにかなり過敏に反応しております」

「貴族連中もですな。それに商人や民草でさえ、今回のこの動きには大きく反応しております。我が主も、自分の影を上手く隠しながらのそれらの鎮圧に気を揉まれております」

「ふふ、エドとレイモンドには苦労をかけたな。いずれ、それに報いたいとは思っているが、どうにもそれは数年は先になりそうだ」

「何か、大業でも成すおつもりで?」

「まぁな。そうさな……あと10年か20年もすれば分かることだろう。それまで、ここにいる人間には是非とも沈黙を保って貰いたいものだ」

「それは勿論」

「皆、己の首がかかっていると思えば、決して無闇に吹聴など致しますまい」

「だといいが…な。まぁ、俺がこうして亜人を集めていると知ったところで、何か出来る者が居るとも思えないが、極力煩わしいことは御免被りたい。くれぐれも頼んだぞ?」

「「ははっ」」

二人が深く頭を下げて了承の意を示したところで、ゲオルグは言葉を続ける。

「では、こちらの馬車はゴルトベルク商会に引き渡そう…できれば、馬は返して貰いたいが、可能か?」

「えぇ、こちらで持ってきたものがございますので」

「準備がいいことだ…だがよかった。俺に慣れた馬にするのは結構苦労したからな。これを持っていかれるのは少々いただけない」

「お察し致します」

自分達の馬車を牽いていた馬が怯えてしまったのを思い出したか、ウェルキンがそう同情するようなことを言った。

「なに、馬も時間と情を掛ければ理解するもの、大した苦労ではないと言えば嘘だが、まぁどうしてもとは言わん程度の話だ。さて、ではそろそろそちらの人間は帰らせて構わんぞ?」

「え?…しかし、この数をお一人で御するというのは…」

そう不安げに言ってきたのはヘンリーだ。

「問題無い、逃げたところで行く先もないのだろうし、なんの考えもなしには来ていない。むしろ、人間がいた方が少しばかり厄介なのでな。できるだけ手早く撤収してくれると助かる」

「は…はぁ…」

「ヘンリー様、会長も恐らく問題ないだろうと言っておりました。恐らく、我らには到底真似出来ぬ方法がお有りなのでしょう」

「そう言うことだ、そこは流石にエドの方が話が早いか」

「二度も取引しておりますからな。我らが余計な口出しをする必要はないと言われております」

「………そう言うことでしたら、すぐに兵を率い街に戻りましょう。スタンフォード様、今後ともご縁が有りましたら、何卒よしなにお願い申し上げたいと、グレフェンベルグ様が仰っておりました」

「応、こちらこそ苦労をかけたこと、感謝していたと伝えてくれ。いつになるかは分からぬが、いずれこの借りは返す、ともな」

「ははっ」

「会長も、またなにかご用命の際にはいつでもお気軽にお声掛け頂きたいとのことでございました」

「あぁ、しばらくはないだろうが…そうだな、何か良い話があった時は必ずエドに持っていくと、そう伝えてくれ」

「しかと承りましてございます」

「では、またいずれ会おう。それまで壮健であることを祈る」

「はい、ゲオルグ様も、お元気で」

「またニデアにお越しの際には是非、領主様をお訪ね下さい。賓客として、またおもてなしさせて頂きたく存じます」

二人と別れの言葉を交わし、そして去っていく姿を見送る。数が数だけに少々時間がかかったが、やがて視界から人間が消えた時、ゲオルグは小さく息を吐き、空を見上げて呟いた。

「さて、恐らくこの数年で一番忙しい時間になるな」

そう呟いた表情は、やや疲れ、しかし眩しく輝くほどの笑顔であった。