Gear Drive

Abu, hey.

あの日のことを、私は。

忘れることは、ないでしょう。

リビお姉ちゃんは、

すぐに私を、自分の後ろに隠しました。

まるで、庇うように。

いえ、全然……隠れては、

いないのですが。

確かに、彼女の、

いきなりの訪問に、

ビックリはしました、が……。

そこまでの事をする意味は、

正直、わかりません。

マザーは、何でもする事で有名でしたが、

孤児院の責任者もしていて、

子供には、とても甘いのです。

私たちは、子供です!

たぶん……大丈夫だと。

そう、私は、思っていて────、

────   甘 か っ た  。

「   ど  う  な  の   」

マザーは、眠っている、

あの人たちを見ながら。

微動だにせずに、問う。

恐ろしいほど、冷たい声です。

そこで、やっと。

リビお姉ちゃんの手が、

震えていることに、気づきます。

「……っ、ま、街は、無事で、す……。ぁ、のっ……プレミオムズの方々が、頑張って、くれて……」

「   そ ん な こ と は な

き い て い な い の   」

これ……おこって……?

ただの、怒りじゃない……?

激怒、してる……?

私は、いつもとは全く違うマザーの喋り方に、

本当に……震え上がる思いでした。

私は……あの人の事を、

まるで、理解していなかったのです。

「っ……おふたりは……大丈夫です。あと、一日ほど……休息を取られます」

「  な に が わ か る

な ぜ そ う だ と  」

「確かな……ことです……本当、に」

リビお姉ちゃんは、私の手を取り、

グイグイと、ドアの外の方に押します。

逃げろ、という事でした。

私は……回らない頭で、

リビお姉ちゃんの手と服を、

掴み続けました。

「ば、かっ……!」

「だって……!」

「あいつは……ッ、教会を、ひとつにしようとしてる……ッ!」

「、」

「黙って、逃げろ……!」

止まった頭で、幼い私は考えます。

"教会をひとつに"というのは、

三つの派閥に別れた教会の権威を、

どれかひとつにしよう、と、

そういう意味です。

私とリビお姉ちゃんが駒にされているのは、

まさに、ソレの代理戦争ですし、

マザーも……その状況を、

快くは、思っていないでしょう。

でも……え?

私たちは、子供だから……、

今まで、普通に……見逃されて……、

……ぇ──?

「ここにッ……! 深夜に忍び込むなんて、普通じゃないっ! 私は、今は、弓杖は持っていないの……!」

「……、、……!?」

「アイツは……この国一番の、"火消し屋"よ……ッ! 本気になったら、私らみたいな、メスガキふたり……ッ!! あっという間に、この世から、かき消せる……ッ!」

「そ、んな……っ!? でっ……」

「いいから、逃げろって、はやく・・──……!!!」

「────……!!!!!」

眠るふたりを見ていたマザーが、

いつの間にか、こちらを見ていて。

仮面ごしで、表情は無く。

四つの、ミスリルの瞳が、

私たちを、睨みつけます。

ああ、さっきより、絶対に。

距離が近くなっていました。

この時になって、ようやく、

私は、マザーが。

私と、リビお姉ちゃんを、

"消しに来た"のかも、と、

思ったのです──。

「  ・・・・・  」

「……」

「……」

愛想笑いの消えたマザーは、

まるで、死神のようでした。

私には、初めて向けられる、

全ての無駄な事が削がれた、

処刑人の持つ、無の雰囲気。

「  ・ ・ こ の こ た ち は  」

「……」

「……」

「  つ よ い の ?  」

とても、シンプルな質問。

夏の夜は、凍りついた風の魔素で、

肺が痙攣しそうです。

「つよい……です……」

「……」

「  と て も ?  」

「はぃ…………。だれより、も……、……」

「……」

リビお姉ちゃんが答えた時には、

マザーは、すぐ側まで来ていました。

歩いて、ないよね?

気づいたら、いた。

この人は……、

この距離じゃ、逃げられない。

私は、嘘か誠かが、わかるだけで。

リビお姉ちゃんは、弓杖から外した、

ギルド球しか持っていません。

戦うことは、、、できない。

声も、でない。

「  だ れ か に 、 い っ た ?  」

「……(ふるふる)」

「……(ふるふる)」

まばたきも、わすれて。

わたしたちは、ふるふるしました。

「 そ う ・・・ 」

マザーは、何かを考えます。

こんなに……音も無く。

知らない間に、ヒトに近づくって、

できるのか。

だめだ、待て。

さっきの冷たい錯覚とは別に、

今度は、お腹だけ、熱くなります。

リビお姉ちゃんと繋いだ手も、

温かいです。

「  ぜ っ た い に ・・・

だ れ に も い う な  」

「言いません……」

「 」

何かを、吐きたくなりましたが。

さっき食べた2枚のクッキーは、

まるで出てきません。

すぐに、猛烈な悲しさが襲いました。

私は……審議局に帰ったら、

秘密を、決して──……。

「ムリ、だもん……!」

「……ッ……!? エコ、あんた……っっ………!?!?」

マザーが、人形のように、顔を向けます。

無表情ですが、それは、

私の顔を、見つめています。

リビお姉ちゃんが、半歩、

私に被さります。

私は、止まりませんでした。

「ムリ、……だもんっ……! 帰ったら……お薬のんだら……みんな、しゃべっちゃうんだもぉん……!」

「……っ! ……ッ!!」

「  ・ ・ ・ ・ ・  」

審議局長への報告は、

コップ一杯の、甘いお水を飲んでから、

行われます。

審議官の全員が、あれは、

弱い自白剤だと、気づいていました。

「わたしの、いしじゃ……守れません! だ、だかぁらぁ……ムリ、なんです……っ!!」

「バカっ……!! ぃ、いまは……! "言わない"って言っとけば、いいじゃない……っ!?」

「  ・・・・・  」

私は、ぜったいに無理だと分かっていたので、

悲しさで、ボロボロと泣き始めます。

リビお姉ちゃんは、言葉と身体で、

必死で庇おうとしてくれています。

マザーは、しばらくは止まっていて、

すっ……と、自分のホワイトローブの中に、

手を入れました。

なにかを、懐から、

取り出すのです────。

「──!!」

「うぅ……」

にんまりと、それは。

わかります。

四ツ目の仮面をつけていても、

この人は──美人なのです。

裂けるような笑いは、

仮面と、顔との綺麗さもあって、

──世界で、一番アブない女性に見えました。

マザーは、言います。

「   こ れ   な あ あ ん だ    」

私たちに、わかるワケが、

ありませんでした。