リーシャの活躍により、現領主の母親グレース・M・ジオラスが行方不明になっているという情報を掴んだ僕らは、衛兵たちが食事を終えるまで盗み聞きを続けた後に帰路につく。

念のため少し馬車を進めて、あたかも関所を見て引き返したかのような痕跡を残しておいたので、よほどつぶさに調べない限り僕らがここに留まっていた証拠は見つからないだろう。

そこまでするか? と御者のおじさんは笑ってたけど、領主くらい権力のある人間を相手取るなら正直これでも足りないくらいだ。

だから、噂を流すという今度の一手も慎重に打たなくてはならない。

万が一僕らに辿り着かれたら、市場で情報を集めていたことも明るみに出る可能性がある。

そうなれば一貫の終わりだ。

いざとなればレナードに命令されたことにすればいいとしても、その時点で学校へ通うという目標も果たせなくなる。

あくまで僕の目指す最終目標はそこだ。

正直な話、誰の立場が危うくなるだとか、国益が損なわれるだとか、そんな政争に微塵も興味は無い。

「ロジー……んぅ、私……」

僕の肩に頭を乗せて眠りこけるリーシャ。

銀の髪を指で梳いてやると、くすぐったそうに身をよじった。

「ふふ、父親みたいな顔してるわよ」

正面に座ったカリーナが優しい目をして言う。

「そういう君も母親……いや、姉のような顔をしてるけどね」

「あははっ、何それ」

何も答えずにいると、カリーナの目が静かに細められる。

僕がどこまで気づいているかを図るように。

「……確信があるわけじゃ無いし、他人の秘密をいたずらに暴く趣味も無いよ」

「嘘つき」

「それについては肯定するけどね」

苦笑しながらそう言って、僕は窓の外に視線を移した。

この話はここで終わりと、暗にそう告げるように。

それから互いに無言のまま時が過ぎ、気づけばカシアの街のすぐ近くまで戻ってきていた。

やがて前を走る馬のスピードが緩やかに落ち始め、僕らが出発した街のはずれに馬車が止まる。

「それじゃあ、私はここで」

「うん、今日はありがとう」

扉を開けてカリーナが馬車を降りる。

「カリーナ」

僕が声をかけると、カリーナはこちらに背を向けたまま立ち止まった。

「いつか、リーシャを名前で呼んであげてね」

「……」

カリーナは何も言わない。

拳が固く握られ、そして解かれた。

「……んんっ」

僕に寄りかかって寝ていたリーシャが身じろぎをする。

眠り姫もようやくお目覚めのようだ。

と、そうして一瞬目を離した間に、カリーナの姿が消えていた。

リーシャのためとはいえ、少し悪いことをしたかな。

「さ、帰るよリーシャ」

こうしてカンサス街道遠征は、大きな収穫と少しのしこりを残して終わりを告げた。

◆ ◆ ◆

――翌日。

僕はカシアの街にグレース・M・ジオラスが行方不明という噂を流すため、再び市場を訪れていた。

目当ては店の商品じゃない。

店の商品を物色する冒険者の方だ。

食料や消耗品を大量に買い込んでいる人間に狙いをつけて、そのポケットにこっそりとあるものを捩じ込んでいく。

1つはお金。

人間を動かすにはこいつが欠かせない。

そしてもう1つはメッセージ。

内容は単純明快。

街を出る前日に『とある要人が行方不明になっているらしい』という話を、人の多い飲食店などで他の客に聞こえるよう喋ってほしいということ。

冒険者という人間はこういった変化球じみた依頼であっても、基本的に金さえ渡せばきちんと仕事をする。

仮に依頼を果たさずお金を持ち逃げされたとしても問題はない。

メッセージを渡した5組中1組でも依頼を完遂してくれれば噂は街中に広がるはずだから。

この方法のポイントはどうあっても噂の出処を探れないこと。

人の多い場所では話し声を聞くことはできても、隣にでも座っていない限り誰が喋っているかを特定するのは難しい。

仮に特定できたとしても当の冒険者は既に街を出た後。

冒険者も又聞きした可能性を否定できない以上、捜査の糸はそこで途切れる。

「これで僕らに疑いの目がかかることなく、街に噂を流せるってわけだね」

「……」

ご機嫌ななめなリーシャに作戦の意図を伝えるも、ジト目と沈黙が返ってくるばかり。

どうやらリーシャを置いて1人で行ってしまったことを怒っているらしい。

「お願いだから機嫌直してよ、こればっかりは2人で行っても意味が無いから誘わなかったんだ」

「……ふふっ」

と、花がほころぶようにリーシャが笑った。

「……えっと、リーシャ?」

「ちゃんと分かってますよ、ちょっと拗ねてみただけですから」

先ほどとは打って変わり、したり顔でご機嫌なリーシャはくるくる回りながら僕から距離を取った。

「次は絶対連れていってくださいね。私はロジーの相棒なんですから」

ずいぶんとしたたかな相棒だ。

僕は渋々分かったよと伝え、次の手を打つべく首元のリングを握りしめた。