Genocide Reality

61. Gardens in between

気を抜くな、緩めるなと思いつつ、一番気が緩んでしまう場所に帰ってくるのは何故なのだろうか。

『庭園(ガーデン)』は、いまダンジョンでもっとも安全な場所だ。

紅の騎士《カーマイン・デスナイト》の手に『アリアドネの毛糸』が握られている以上、敵の一度足を踏み入れた場所は安全圏とはいえないのだ。

敵が転移(ルーアン)の呪文を知っているはずがないとも思えるのだが、その万が一の可能性がある以上、ダンジョン内で眠ることはできない。

生存のため、どうしても誤魔化しきれない欲求を満たすために。

俺は、街か『庭園(ガーデン)』で眠らなければならない。

「しかしな……」

『庭園(ガーデン)』に降り立った俺は、苦笑を禁じ得なかった。

風呂場に使われているログハウスの隣に、この短時間にもう一軒建て増しされている。今度はレンガを積み上げたようだ。

もちろん、和葉の仕業だろう。何をやっているんだと、呆れるのを通り越して笑いがこみ上げてくる。

この街へと絶対的な強敵が迫ってくる局面で、和葉だけはみんなとは別のゲームを楽しんでいるのだ。

それが、生産スキルの向上にも繋がり、俺や七海の役に立ってくれているのだから悪いことではない。

クラスからも浮いてしまいがちだった和葉は、一人で物を作るのが好きなのだろう。それは単独行動が好きな俺も共感できる。

人は好きなことをやっているときが、一番力を発揮できるのだ。

和葉は、これでいいように思えた。

和葉が風呂場の隣に建てた、レンガ造りの建物はどうやら天井が開いているようでモクモクと煙が上がっている。

「サウナでも作ったのかな。中に誰かいるか……いないなら開けるぞ」

もしかしたら、中にまた裸の和葉がいて「いやーん」とでも言ってくるかと予想して注意して扉を開けたら、中は尋常でない煙で充満している。

どうやら木片を炊いて、燻焼(いぶしやき)にしているようだ。開けた扉から、煙が大量に漏れだしてくる。

「ゲホゲホッ、なんだこりゃ……」

「あっ、真城くんお帰りなさい!」

目が煙にしみる。

煙たくて咳き込んでいると、和葉がやってきた。

「おう、和葉。これは何だ?」

「燻製(くんせい)室かな……。ほら大量に料理を作ってと言われたから、保存の利く燻製を作ってみようって思って」

なるほど、和葉に言われてよく見てみると上に湖で取った鱒(ます)やら、久美子が持ってきた獣肉やらがぶら下がっている。

煙で燻(いぶ)して水分を飛ばし、保存食にするようだ。

「しかし、燻製とはまた……確かに、ダンジョンで分けあって食べるにはいいかもしれないが」

「うん、燻製って凄いよね。ゆで卵やチーズも燻して食べると、味が一風変わって面白いよ。とりあえず試してみてね」

コツがあるのか、燻製室から煙を払うと、燻製器に入っているゆで卵やチーズを木皿に乗せて俺に差し出した。

一つ食べてみる。

「うん、美味い。卵が半熟になってる」

「こっちは表面を軽く燻してあるだけだから、水分は抜けてないからあまり保存は利かないんだけど。香ばしくなるよね」

美味しいと言われると、和葉は嬉しそうにしている。

本当に人に食べさせるのが好きなのだろう。

食べてみれば、能力値ポーションを飲んだときと似たような力が身体に満ちるのを感じる。

和葉の料理スキルの効力は、どのような料理でも効果があるようだ。

保存が利いて大量に製造できる料理としては、燻した肉や魚は使える。

大工スキルで建てられる燻製室が料理のバリエーションを増やすのだから、職業:料理人の和葉に大工スキルのプラス補正が発生するのも分かる気がする。

「食事の前にお風呂入るでしょう? いまからお風呂にするから、ちょっと待っててね」

「何か手伝おうか。水を汲むのも大変だろう」

「真城くんは、お仕事で疲れてるんだから休んでて。お風呂に水を引くのに水道を作ったからそんなに大変じゃないよ」

「ほお、これはまた……」

水道と言っても、蛇口を捻れば出るわけではない。

先にポンプでタンクに汲み上げておいて堰きを外すと、高低差を利用して風呂桶に水が流れこむ仕組みになっているようだ。

原始的な水道といえる。

こんな複雑な供給装置を作るより、普通に汲むほうが早いんじゃないかとも思ってしまうが、工作(クラフト)そのものを楽しんでいるのだから言うまい。スキル上げにはなるだろうしな。

「ヨイショっと、これで――きゃあっ!」

「どうした!」

和葉が声を上げたので、ちょっとビックリした。

流れ出した水の勢いが強すぎて、水を浴びた和葉がびしょ濡れになっている。相変わらず、間が抜けている。

「濡れちゃった……」

「ハハッ、何やってるんだ。濡れたままだと風邪を引くから、タオルで身体を拭いてこいよ。それか、先に風呂に入ってしまうか」

俺が濡れ鼠になった和葉を見て笑っていると、後ろから叫び声が聞こえた。

「なにこれ、あざとい!」

「久美子、来たのか」

来たのはいいが、あざといってのはなんだ。

「透け透けじゃないの! 竜胆さん、貴女わざとやったんでしょう」

「ふぇ?」

透け透け……。

和葉は、自分で採取したコットンから作った簡素な服を着ている。

久美子の言う通り、濡れた無地のワンピースが透けて、下に履いているほとんど紐に見える紫色の下着のラインがくっきりと浮かび上がってしまっている。

これをわざとやるって、ちょっと難しいんじゃないか。

「あざといとか、考えすぎだろ。もともと、和葉は間が抜けてるから」

「……もう酷いよ、真城くん」

俺が酷いことを言っても、笑っている。

こういうやつだから。

「あざといわ、あざとすぎる……計算してるんでしょう、水を浴びる角度とか全部。それに下がきわどい下着は、ありえないでしょ! 真城くん女のあざとさに騙されちゃダメよ」

「九条さん……」

「なによ、なにこれ! ちょっとデカいからって、舐めるんじゃないわよカマトトエロ娘!」

「いやっ、やめてぇ~」

久美子が、和葉の意外にデカイ胸を後ろから揉み始めた。和葉は、顔を真赤にして、悶えているけどまんざらでもなさそうだ。

仲が悪いんだか、いいんだか分からない。俺にはふざけてじゃれあってるようにしか見えないので好きにさせておく。

「アホか……」

それにしても久美子は、やけに和葉にはいちいちと絡む。女子同士ってのは、いろいろあるんだろうが付き合いきれない。

和葉の胸を揉みしだいてズルいだの、あざといだの、訳の分からないことをブツブツとつぶやき続けている久美子を放置して、俺は浴槽に行く。

「水はちゃんと溜まってるな。もう、さっさと風呂を焚いてしまうぞ」

「えっ、どうするの?」

俺は浴槽に手を突っ込むと、前から試してみたいと思っていたことをやる。

水の中で初級の炎球(ファイアーボール)の呪文を放った。

「初級(ロー) 炎(イア) 飛翔(フォイ)!」

何度か繰り返すと、炎球(ファイアーボール)の熱エネルギーで水がお湯へと変わっていく。

手を突っ込むのは、手から出る魔法が前方に向かってしか飛ばないという厄介な特性があるからだ。

ジェノリアの魔法は、角度が調整できないからいまいち使い勝手が悪い。久美子じゃないが、角度とかはもう少し計算されてるといいのに。

だがまあ、水をお湯に変えるのもできないわけじゃない。ちょっと手のひらが熱いが、初級で調整したおかげで、火傷せずに上手く焚けた。

「瞬間湯沸かし器だな」

「すごーい! 真城くんエコだね」

エコかどうかは知らないけど。

薪で焚くよりは、時間の節約にはなる。

「和葉、濡れたんだからもうそのまま風呂に入ってしまえ」

「えっ、でも真城くんのほうが疲れてるんじゃないの?」

「俺は、後でいい。その間に、休ませてもらう」

「じゃあ、台所にご飯あるから良かったら食べててね。私、ちゃっちゃと入ってくるから!」

和葉が風呂に入っている間。

俺はログハウスのほうで、久美子と飯を食うことにした。

「悔しいけど、竜胆さんの料理は美味しいわね」

突っかかりはしても、人の能力は素直に認める主義なのか、久美子は憮然とした顔でそんなこと言って食べている。

作りおきしてあるらしい鍋料理は、美味いだけではなく香草を利かせてあるのか香りも良い。薬味を入れると、長持ちするようにもなるのだろう。

あと米があるのが本当にありがたい。

俺は黙々と腹を満たしていたが、ふいに手を止めて聞く。

「なあ、アイテムだけど。超鋼の素材のものはあるか」

「無いわね。その下のミスリルランクなら多少ある」

ミスリルだと、紅の騎士《カーマイン・デスナイト》の攻撃には軽く砕かれてしまうのだ。

引きの強い久美子なら、もしかしたら超鋼の素材の防具も手に入れたんじゃないかと思ったが、そうは上手くいかないらしい。

「ミスリルでも黒の騎士(ブラック・デスナイト)の攻撃なら耐えるだろう。それは七海達に回してやれ」

「分かったわ。私のアイテムは、真城くんが出した宝箱を開けて取ったものなんだから、好きなものを取ってくれていいのよ」

やっぱり俺の後を付けてるんだな。

久美子の勝手だから、俺の邪魔さえしなければ勝手にすればいいし、そんなことにこだわっている場合でもない。

無限収納のリュックサックをゴチャゴチャと漁りながら、物持ちのいい久美子はログハウスの床にアイテムを並べてくれる。

使えそうなアイテムはあまりなかった。

鎧から武器まで、ゴッチャリ出てくる。無限収納とはいえ、大量に入れればその分だけ重量は増える。

よくこんなに重たいリュックサックを持ち歩いているものだ。戦闘のときは、落とすのだろうが普段から超重量を背負って移動しているのも、久美子の強さの秘密かもしれない。

「この黒金(くろがね)の鎧は、固そうじゃない」

「それはミスリルより硬いんだが、重すぎて使い物にならないんだよ。一種の罠アイテムだな。モジャ頭にでもくれてやれ」

黒金は黒の騎士(ブラック・デスナイト)が付けてる素材とほぼ一緒だが。

それを着て軽々と動けるのは、連中の動きが超人的で重力を無視しているからだろう。

「ミスリルでも、使えそうな魔法がかかってるならいいんだが……」

「そうね、ミスリルはなぜか魔法がかかってるものは多いんだけど、ありふれていてあんまり使えない効果ばかりね」

俺が生徒会の倉庫で貰ったミスリル素材の超振動ナイフは、素材の優秀さと付加されている魔法の効果が相まって超鋼の鎖も断ち切ったが。

そこまで使える組み合わせは、稀にしか生まれないレアアイテムだ。

「ま、今回はいい。余計なアイテムを持ちすぎても重くなる」

「待ってよ、ワタルくんが付けてる鎧壊れてるじゃない。こっちのミスリルの鎧に変えてよ」

「ああ、そうか。そうさてもらうか……」

ミスリルの鎧であっても、着ていないよりはマシだ。

薄皮一枚が生死を分けることもある。

それにミスリルは重量が軽いから、スピードを重視する俺のプレイスタイルにも合っている。

しかし、敵があれだけ硬い装甲でかつスピードも互角である以上、俺も防具を強化する必要にかられる。

「壊れた鎧なんてどうするんだ」

リュックサックに俺の肩口が砕けてしまった鎧を仕舞いこんでいるので、ちょっと気になる。

耐久度が残っているうちは、街の鍛冶屋に持っていけば修復できるが、完全に壊れてしまえばもう使えない。

だから、装備を大事に使いたければ本来はこまめな補修がいるのだ。

俺が孤絶(ソリチュード)を好んで使っているのは、補修がいらないので面倒さがないということもある。

砕かれてしまった鎧は、当然ながら補修が利かないガラクタになってしまっている。

「これから街に戻るから、壊れた鎧でもお店には売れるもの」

何に使うのか知らないが街の店は、完全に壊れた鎧や、折れた剣ですら引き取る。

素材が良ければ意外に高値で売れたりする。慢性的な金貨不足に陥っている街では重要な財源になるのだろう。

気がつくと俺を付け回しているような久美子だが、こう見えて暇ではない。

生徒会役員として街の面倒も見なければならないし、和葉が作った食料の配布もやってもらわなきゃならんしな。

「久美子、真面目な話、俺なら心配いらないからな」

「じゃあ、私も真面目な話をするけど、命は大事にして。いつでも私が付いてられるわけじゃないから」

だから付き添いはいらないと言ってるんだが、命を大事には言われるまでもない。

昨日より今日、今日より明日。俺は、経験値を溜めてもっと強くなるだろう。危なげなく、戦い抜けるようにもなる。

だが、当面の敵も高い知能を持った敵である以上、さらにパワーアップしてこないとも限らない。

ランクだけではなくアイテム面での強化もいる。ゲーム通りの流れであるなら、下層を探索すればサムライ専用の装備も出せる。

「今のプレイスタイルを崩すのは、ちょっと癪だが。紅の騎士《カーマイン・デスナイト》を殺るまでは、俺もこだわりを捨てて真面目にやるさ」

「本当に気をつけてね。真城くんが殺られちゃたら、私達おしまいなんだから」

「そうか、そうなるか……分かった」

久美子が心配するのも当然、俺が殺られたら迫ってくる紅の騎士《カーマイン・デスナイト》に対抗できる戦士はいなくなる。

俺が久美子を利用しているように、俺も利用されているわけだ。

重荷は背負いたくない。自由でいたい。

そう思って逃げ続けてきたのに、その先でもいろいろと面倒な人間関係を再び背負い込んでしまっているような気がする。

何の因果か……。

強く自嘲する気持ちが込み上げてきたときに、バタンと扉が開いた。

「真城くん、出ました!」

「おう、そうか。じゃあ次……」

ぽたぽたと、うつむき加減に扉を開けた和葉の長い髪から雫が落ちる。

湯上がりの和葉は、バスタオルを巻いただけで、ここまで駆けてきたようだ。

バスタオルが外れないように、しっかりと手で押さえているが。

コットンから作った薄い生地は、和葉の特に突き出た部分……胸とお尻にぴったりと張り付いて、濡れているせいでほとんど半透明に透けてしまっている。

俺達に気を使って慌てて来たのは分かるが、これはさすがに「服を着ろよ」と言いたくなる。

「ほんと、あざといわ……」

後ろから久美子の重たいつぶやきが聞こえて、俺は思わず吹き出してしまった。

つかの間の休息を終えたら、俺は再び独りで地の底へと進む。また限界まで戦い抜くだけだ。

ごちゃごちゃと考える必要はない。

今はただ紅の騎士《カーマイン・デスナイト》に勝つために、死力を尽くせばいい。

やることは、シンプル。

誰のためでもない、このダンジョンで俺こそが最強であることを証明するために、俺は目の前の障害を叩き潰すだけ。