Genocide Reality

135. Sacrificial King Gadungan

虎人族の祭祀王ガドゥンガンと名乗った、猛虎のごとき形相の男。

馬上から無造作に振るわれる槍は、孤絶(ソリチュード)の刃に止められるが火花が散るだけで折れなかった。

「ほお、業物のようだな」

「グハハーッ、戦神をも貫いたと伝わる神殺しの朱槍よ。むしろ、その奇っ怪なる長刀が良く保ったと褒めてやるわ!」

俺に向けて、猛虎の王は再度朱槍を振るう。

こすれ合う火花と耳障りな金属音。当たりの力は互角か。

ガドゥンガンの別格の強さに、俺は「虎人族の祭祀王である」という男の言葉を信じた。

使っている武器が良いだけではない。

繰り出す一撃の膂力とスピードが、まさにハイマスタークラスであるからだ。

隣で、久美子の驚愕の声。

「なっ!」

「ヒヒーン」

忍者刀を振るう久美子の前で、黒馬がいなないた。

俺達が戦う横で、攻撃を繰り出した久美子の斬撃を、なんと巨大な漆黒の馬が、蹄鉄の前蹴りで受け止めたのだ。

こちらも、ただの馬の動きではない。

人馬一体。

俺達はなんどか斬撃を繰り出したが、祭祀王ガドゥンガンとその愛馬は、全て受け止めて見せる。

敵ながら見事な人馬の連携。乗っている馬が、ガドゥンガンと同格に戦えるのが笑えてしまう。

だが、これでわかった。

「そうか、ガドゥンガン。竜人族の都に攻めこむという話は偽りで、俺を誘い出すための罠だったんだな?」

「グハハーッ、いまさら気がついても遅いわ!」

竜人族相手に天下分け目の戦いを行うならば、一騎当千どころか一騎で万人にも等しい力を誇る祭祀王が居残っているわけがない。

おそらく万を超える軍勢も、このバルドの都に引き返してくることだろう。

ちらっと久美子が流し目をよこすが、まだ撤退しなくていい。

どちらにしろ、それまでに片がつくだろう。

ちょうどいい。

ここで、虎人族の祭祀王ガドゥンガンの実力も見ておこう。

「祭祀王ガドゥンガン。俺だけをはめるために万軍を動かしてくれるとは、高く買ってくれたものだ!」

「貴様には、それだけの価値があると神宮寺殿が言うのでな!」

「ふん、神宮寺も高く買われているのか」

「使える男だからなーッ。あやつは、ワシを世界の王にしてくれるのだ!」

そんな言葉でたぶらされたのか。

神宮寺は熊人族や猫人族の残党を協力させて、虎人族を一万の軍勢が動かせる国に仕立てているから、その実績だけでも信用されるには足るか。

他人の褌(ふんどし)で相撲を取るってやつだな。

口先三寸だけで、よくやってみせる。

「お前も利用されるだけだぞガドゥンガン!」

どうそそのかされたか知らんが、現にガドゥンガンは神宮寺を守るために俺と戦わされている。

「神宮寺殿に聞いたぞ、偽りの王、真城ワタル。世界にゾンビがあふれたのは貴様のせいだと! 我が領内の人族奴隷も、貴様のせいでいなくなった! 貴様は、ワシの覇道の邪魔なのだ!」

虎人族の祭祀王にとって、被支配者に甘んじていた人族に希望を与えた俺は邪魔であるという。ならば処置なし。

戦の大義など、後付の理由に過ぎない。そういうことなら、俺はこいつを倒すしかないわけだ。

「ご主人様、表の雑魚は片づけました!」

「旦那様、今行きマス!」

ウッサーと、アリアドネが駆けつけてくる。

これで、こっちの戦力が上になった。

虎人族の祭祀王がどれだけか知らんが、アークマスターである俺とハイマスターランク三人がかりだ。

「ウッサー、アリアドネ。この朱塗りの甲冑が祭祀王ガドゥンガンだ。神宮寺を先にと思ったが、こうなったらここで祭祀王を先に殺っちまうぞ!」

「やっちまうデス!」「承知!」

どうせ潰さなければならない敵だ。

ウッサーに、アリアドネが加わって、瞬く間にガドゥンガンは追い込まれた。

「ぐぬぅ、小癪ぅ!」

「どんだけ腕自慢か知らんが、のこのこ王様が出てくるものじゃねえな」

場所も悪い。

騎馬武者ならば、売りは機動性だろう。

宮殿の一階部分は広いホールになっているとはいえ、騎馬が暴れまわるには少々狭すぎる。

こちらは、一騎当千のマスターランクが四人。

壁に追い詰められれば、どうしようもなくなる。

「王は殺らせませんよ、真城くん!」

神宮寺とモジャ頭が、熊人族の弓隊を引き連れて階段から降りてきた。

だがもう遅い。

すでに、ガドゥンガンは斬りつけられている間に、ウッサーの蹴りを受けて落馬している。

単体でも凶悪なモンスターといえる黒馬だが、騎手と切り離されて弱体化した。

辛くも起き上がったガドゥンガンも、自慢の朱槍を取り落とした。

慌てて腰の剣を抜いたが、その力と機動性を失っている。

「いまさらな!」

弓隊の放った矢が飛びかい、神宮寺が『雷の杖』を振るうが間に合わない。

まずは、ガドゥンガンの首を獲る。

そう思った時だった。

後ろから、久美子の悲鳴。

「キャァ!」

「久美子!」

久美子を、斬り伏せられる敵だと?

王宮のホールに乱入して、俺達の後ろを取ったのは軍勢ではなかった。

そこに現れたのは、一人の女。

野性味のあふれる顔は美しいといっていいだろうが、明らかに異相だった。

長い緑の髪から二本の黒角を生やし、緑色の鱗の尻尾を揺らしている。

簡素な服を身に着けているだけで、鎧は身に着けていない。

武器も持たない。

その代わり、手からは鋭い爪を生やしていた。それで、久美子を断ち斬ったのだ。

もしや竜人か?

俺達が前の敵に集中している間も、油断なく後ろを警戒していた久美子がやられるなら……。

「何奴だ!」

「問われれば答えよう。我は竜人族の祭祀王ヴイーヴル。貴様らに引導を渡すもの!」

やはり、そうか。それで、即座にわかった。

竜人族の祭祀王もグルか。

祭祀王ガドゥンガンが、得意げに吠える。

「ワシの時間稼ぎは終わったようだ。さあ、形勢逆転だぞ、偽りの王!」

そもそも、竜人族と敵対していること自体が嘘だったわけだ。

神宮寺は高らかに勝ち誇る。

「見ましたか、前門の虎に後門の竜の策です! どうしますか真城ワタル!」

倒れた久美子が叫ぶ。

「ワタルくん、ここは一度引くべきよ……」

「わかった。みんな引け!」

俺の合図があれば、カーンの都まで一旦転移で撤退する。

そういう手はずになっていた。

久美子が怪我をしたんだから、ここは引く―― 

――つもりだった。

刹那。

それに気がつけたのは、きっとまだ何かあると感じたからだろう。

神宮寺は、こちらが転移魔法で逃げられるのを知っている。

緻密に編み込まれた策ならば、ここで撤退を許して終わりではない。

これまで臆病なまでに後ろに隠れていた神宮寺が、真ん前に躍り出て。

久美子に向かって、新しい紫玉の付いた杖を振るうのが、視野の端に見えた。

「させるか!」

俺は咄嗟に転移の詠唱を止めて、久美子をかばって神宮寺の前に立った。