「殲滅スル」

 アインスは、作り物の様な掠れた声で喋ると右手をロングソードに変形させるとツヴァイと共に俺の後ろに居るマグロ団の方へと向かってくる。

「させるかよ」

「邪……魔」

 マグロ団を守るようにアインスとツヴァイの前に立ち塞がるとツヴァイが片手をハンマーに変えて俺に殴りかかる。

 フロッガーの命令があるので、殺される心配はないが、あんなものに当たれば確実に気は失ってしまうだろう。

 だが、俺だって無策で前に出たわけではない。

「っ!?」

 俺を吹き飛ばそうと振り回したハンマーは、そのまま俺の体をすり抜ける。

 あらかじめ、精霊化して物理攻撃を無効化したのだ。

 一応、卒業してからも鍛錬は欠かさなかったので短時間で精霊化できるようにはなったが、まだ持続時間が短いので使いどころを見極める必要がある。

 今回は、素直に突っ込んできてくれたので簡単にタイミングを合わせられた。

 当たると思っていた攻撃が当たらなかった事で、勢いよく振ったハンマーはそのままアインスに当たり体勢を崩す。

 ツヴァイの方も予想外の事に反応が遅れたのか、まだ体勢を立て直せないでいた。

 今がチャンスだ! と皆に言おうとしたところで、2人のメイドの方からバチンっと何かを挟む様な音がする。

「……へっ」

 アインスとツヴァイが居た場所には、2枚の石壁がトラバサミの様に現れており、2人を挟み込んでいた。

 

「グッ……動ケ……ナイ」

 結構怪力なはずの2人は、石壁から逃れようとするが結構強い力で挟んでいるのかビクともしなかった。

 っていうか、これって誰の魔法だ……?

「ふー、我ながら完璧じゃな」

 マリィの魔法かと思い、尋ねようとしたところでグラさんが良い笑顔を浮かべて額を拭っていた。

「さて、トドメじゃ」

 グラさんがパチンと指を鳴らすと、2枚の石壁は2人をあっけなく潰すとピッタリと閉じ1枚の壁になる。

「グ、グラさん……何も殺さなくても」

「安心せい。奴らは人間じゃない。おそらくは魔導人形とやらじゃろう」

 俺の言葉に、グラさんは事もなげに説明する。

 ま、まあ……確かに力も異常に強かったし、腕が変形したりと人間離れしていたが……。

「うん、ちょっと待って。もしかして、これで終わり?」

 マリィが、不満げな表情を浮かべながらズイッと出てくる。

「せっかく、前話で共闘って流れになって良い感じの戦いになりそうだったのに呆気ないにも程が過ぎるんだけど」

 マリィの言い分も分かるが、メタいから前話とか言わない様に。

「あのメイド2人も強敵っぽかったのにぃ~」

 マリィは納得がいかないのか、座り込んで地面にのの字を書く。

 意外とバトルジャンキーな面があるようだった。

 多分、この中で一番強いのグラさんだし、当然と言えば当然の結果だろうな。

「なに? ワシ、もしかして余計な事したか?」

 周りの空気を感じたのか、グラさんは気まずそうに言う。

「グ、グラさんのせいではありませんわ。なんというか……ちょっとタイミングが悪かっただけですわ」

「うむ、お嬢もすぐに回復するから気にしなくて良いぞ、御仁よ」

 フラムやロンが、気まずそうにするグラさんをフォローする。

 うーむ、いまいちシリアスが長続きしない気がするなぁ。

「ば、馬鹿な……あの人から預かった魔導人形がこうもあっさり……だと?」

 完全に勝つ気でいたフロッガーは、予想外の光景にムカつく笑顔を引っ込めて狼狽していた。

「……さぁ、貴方のご自慢の戦力は使い物になりません。大人しく降参してください」

 俺は、緩みかけた空気を無理矢理シリアスに戻す為にフロッガーに向かって話しかける。

「そうだそうだ! 観念しやがれカエル野郎!」

 俺に乗っかる形でアルディも叫ぶが、フロッガーは俺達の声が聞こえていないかのように俯いたままだ。

「私は……このまま捕まるのか? い、いやだ……老いたくない……折角手に入れた若さを手放してなるものか……」

 権力を持ってるやつってのは、どうしてこう永遠の若さとかにこだわるのかねぇ。

 ずっと若いままで居たいっていう気持ちはわかるが、流石に誰かを不幸にしてまで手に入れようとは思わない。

「さ、お縄につくんだな」

 グルが放心状態のフロッガーの方へと近づいていく。

 泥棒側が言う台詞ではないと思ったが、俺は空気を読んで黙ってる事にした。

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! なぜ私が捕まらねばならんのだ!」

 フロッガーは、半狂乱になって叫びながら懐から何かを取り出す。

 一瞬、武器かとも思ったが、どうやら注射器のようだった。

「貴様らに捕まるくらいなら! 私は人間を辞めるぞ!」

 どこかの石仮面をかぶった吸血鬼のような事を言うと、フロッガーはそのまま自分の首筋に注射器を突き立てる。

 その痛々しい光景に一瞬目を背けるが、それが間違いだった。

「どわっ!?」

 突然、前方から何かが飛んでくると、それにぶつかりゴロゴロと地面を転がってしまう。

「いてて、一体何がって……グルさん?」

 飛んできた物体の正体はグルだった。

 奇しくも、先程とは逆の状況になったようだった。

「……アルバ、気を引き締めた方が良いぞ」

「え?」

 グルをどかして立ち上がると、グラさんが真剣な表情を浮かべて口を開く。

「あらあら……これはまた、随分と厄介そうね」

 いつの間にか復活したマリィも冷や汗をかいていた。

 

「一体何が……」

 2人の様子に不思議に思いながらフロッガーの方を見るとすぐにその理由を理解する。

「あっ……あっ……す、素晴らしい。私の体の中に力が溢れ出てくる」

フロッガーは、原型をとどめないほど膨れ上がって肉の塊のようなものになりながら嬉しそうに喋っていた。

「人間を辞めることになると聞いて、た、躊躇っていたが……これは予想以上に……ゲコォォォォォォ!」

 膨れ上がっていた肉が逆再生の様にドンドンと圧縮されると人の形になっていく。

 あまりに非常識な光景に、俺達は黙って見ていることしか出来なかった。

 そうしている間にも、ソレはどんどん姿を現していく。

「……ゲコォ。ああああ、天にも昇る様な気分だ。こんな最高の気分は生まれて初めてだ。もう……何も恐くない」

 以前の肥え太った姿はなりを潜め、無駄のない筋肉に覆われていた。

 ただし、頭は完全にカエルになっており胴体は赤い肌、手足は青くなっており、カエルと同じ手足の形へと変貌していた。

 どことなくヤドクガエルを連想させる見た目だった。

「ふむ……」

 フロッガーは、コキコキと肩を鳴らしながら壁に近づいていく。

 そして、空を切る音がしたかと思えば、壁に穴が開いていた。

「なっ……」

 なんだあの力は……っ!?

 いきなり変身した事と言いどうなってるんだ。

「アルバ……あ奴からは、お前と同じ匂いがする」

 グラさんが俺に近づくと耳元でボソリと喋る。

「匂い? それって、契約したときに言ってた……?」

「そっちではない。新しい(・・・)方だ」

 邪神の方か!

 今は、五英雄の1人であるアヤメさんから奴の力を封印する首輪を付けているので何ともないが、俺の体の中には邪神の魔力が眠っている。

 もしかしたら、先程の注射に邪神の一部が入っていたのかもしれない。

 となると、少しマズい事になる。

 乗っ取られかけた俺でさえ、強力な力を発揮するのだ。

 それが、見た目が変わるほど邪神の力を取り込めばどうなるか……あまり想像したくないな。

「さて……貴様らは非常に目障りだ……私の糧にしてやるから大人しく死ぬがいい」

 自身の力を確認し終わったのか、フロッガーがこちらを振り向く。

 くそ……見られただけでなんて言う威圧感だ。

「お嬢! 貴女はお逃げください!」

「こ、ここは俺達が抑えるんだなっ」

 ロンとグルもやばい雰囲気を察したのか、叫びながらフロッガーの元へと走り寄る。

「雷撃槍(ランサ・トゥルエノ)!!」

「風魔手裏剣!」

 ロンが電の槍、グルが巨大な風を纏った手裏剣を出現させると、フロッガーへと向けて放つ。

「ふん、つまらん」

 フロッガーは、迫りくる手裏剣を右手で受け止め、そのまま握りつぶすと時間差で迫る雷の槍を難なく避ける。

「貴様らのような雑魚に用は無い。そこら辺に転がっていろ」

 フロッガーがクンッと指を上に向けると、赤い槍がロンとグルの腹部を貫く。

「ぐああああああ!?」

「ロン! グル!」

「行っちゃダメだ!」

 2人の様子を見てマリィが飛び出そうとするが、俺はそれを止める。

 無策で飛びかかるのは自殺行為だ。

 

「どうして止めるの!? 2人が……!」

 マリィが悲痛な叫びを上げるが、無駄死にさせるわけにはいかないのだ。

 ……先程の赤い槍は、おそらく地面にこびりついていた血だろう。

 あの見た目から察するに、液体を操る魔法と言った所か。

 

「さぁ……私に心地よいメロディを聞かせたまま死ぬが良い」

 フロッガーは、ロンとグルの方へトドメを刺そうと近づいていく。

「させませんわ!」

 しかし、フラムがフロッガーの後ろから炎属性の魔法を込めた魔弾を放つ。

「ちっ、順番に相手をしてやるから大人しく……していろ!」

 炎を纏う銃弾を見ると、フロッガーは腕を振り空中に水の壁を出現させて、銃弾を防ぐ。

「隙だらけだよ」

「その通りじゃ」

 フラムの方へと気が行っていたフロッガーの隙を突き、アルディとグラさんが無詠唱で魔法を発動し鋼の槍を地面から出現させフロッガーを突き刺す。

「ぐぅっ……ふんっ!」

 しかしフロッガーは、2人の攻撃をものともせず、あっさりと鋼の槍を叩き折ると自分の体に空いた穴を修復する。

「貴様ら……こちらが少々甘くしていれば図に乗りおって……貴様らにはいっそ殺してくれと懇願するほどの苦痛を与えてくれるわ!」

 フロッガーは、ダメージこそ無いものの腹が立ったのか、そう叫ぶと殺気を全開にするのだった。