Goblin Kingdom

One arrow pays off

【種族】ゴブリン

【レベル】15

【階級】ロード・群れの主

【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼《ガストラ》(Lv20)灰色狼《シンシア》(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)

「我らの同胞を殺したガイドガを、許せと仰るのか!」

低く地獄の底から響いてくるのような抑えた声で、ギルミは俺に問いかけた。

「そうだ」

悪いがこれは決定事項だ。変えるつもりはない。周囲には、居心地悪そうにガイドガゴブリン達が身を寄せ合っている。巨躯を誇る彼らが震えあがるほどの迫力が今のギルミにはある。初めに射る者(ガディエータ)というガンラの第一人者の称号を若くして持つだけの何かが、このゴブリンにはあるのだ。

「なぜ、なぜですか……」

ひたすらに復讐を望むこのゴブリンの眼には狂気に近いうねりがある。優秀なゴブリンだ。それは認めざるを得ない。俺の配下のゴブリンの中でもドルイドを束ねるギ・ザーと同等の知性を有するこのゴブリンをもってしても、憎悪というものからは逃れられないのか。

「奴らの前衛戦力としての力は、これから必要になってくる」

「ですが!」

「俺の目的は世界の果てを手にすることだ」

居並ぶゴブリン達が顔を見合わせざわめく。ガンラ、パラドゥア、ガイドガ、そして俺の配下のゴブリン達もだ。

「我らガンラの力は不足だと……!?」

「そうではない。だが──」

「……発言を許してもらえるだろか」

俺とギルミの言い合いに、割って入ってきたのは責められる当事者のラーシュカだった。

「貴様っ!」

激昂するギルミに、静かな視線を向けてラーシュカは近づいた。

「俺は、王になろうとした」

落ち着いた声だった。自然によく響く声が、周りのゴブリン達のざわめきの声を大きくする。

「だが、失敗した」

ラーシュカが口を開くたび、ざわめきは小さくなり自然と周囲は聞き入る姿勢になる。

「俺は全てを失う覚悟は出来ている。ならばこそ、俺の氏族のものは危害の及ばぬようにしてほしい」

「今さらっ!」

「その矢で俺の瞳を射ろ」

驚愕で全員が眼を見開いた。

怒りを露わにしていたギルミもそれは同じ。

「俺は瞬き一つせずそれを受け止めよう。もし僅かでも眼を瞑ったのなら、俺の命を差し出す。もし瞬きをしなかった場合は、遺恨はこれっきりにしてもらいたい」

全員の視線はギルミに集まる。理不尽な要求だ。ギルミの要求とは全く違う形で二者択一を迫られている。だが、ラーシュカの示した蛮勇に、誰もがそのことを忘れてギルミに注目している。

もしここでギルミが否と答えれば、ギルミは瞳を射通す腕がないのだと言われてしまうだろう。断って当然の選択が、ラーシュカの蛮勇で選択肢をふさがれた形になった。

流石に族長を張っていただけのことはある。

勇気の張り所というものを心得ている。交渉術に関してもギルミではまだ勝てないだろう。

「……良いだろう。覚悟をしてもらおうか」

だが一歩間違えば、眼球諸共脳髄までを射抜くであろうギルミの強弓。俺は視線だけで、剣神の加護を受けるギ・ゴー・アマツキに合図した。

俺の視線を受けてギ・ゴーは頷く。

約20メートルの距離を取って、ギルミとラーシュカは向かいあった。ギルミの手には、手に馴染んだ強弓。彼の周囲には、同じガンラの氏族のものが集まって声をかけている。本当にやるのか、という声も聞かれる。ほとんどのものは、憎しみというよりも困惑が前面に出ていた。

ギルミは眉に皺を寄せてそれらの話を聞いているが、集中をしたいと言って追い払っているのだ。

一方のラーシュカの元には、泣き濡れたガイドガ氏族の者たちが集まっている。悲壮感に溢れた彼らの顔には、困惑しかなかった。彼らのために尊敬する族長が犠牲になろうとしている。

小声で今からでも逃げましょうという者までいるのだ。その声に、ラーシュカは無表情に首を振る。余りにもいつも通りのその様子に、ガイドガゴブリン達は一層困惑を隠しきれない。

「時間だ」

俺が立ちあいの宣言をする。

「双方に確認する、生きても死しても遺恨はなくせ。良いな?」

「無論」

ラーシュカが腕を組んで泰然と構え。

「否応はない」

ギルミはぎらつく瞳をラーシュカに向ける。

「では、始めろ」

俺はそう言って二人の間から身を引く。こればかりは如何に俺でもどうしようもない。

「ガンラが氏族、ラ・ギランが養い子、初めに射る者(ガディエータ)ラ・ギルミが、この一矢にてこの者の罪を問う!」

足元の石ころを蹴り飛ばし、地面を整える。

引き絞る弦の強さは、目の前の敵をただ射殺す為のもの。狙い澄ました鏃は、呼吸の乱れもなくラーシュカの右目に狙いを絞った。

誰もが音もなくその一射を見守る。

◆◇◇

ぎりぎり、とギルミは歯ぎしりした。

なぜだ、なぜこの目の前の男はこうも悠然と構えていられる。自分が外すことなどないとわかっているはずだ。

理性と情念が焼き切れそうなほどに己の中でせめぎ合っている。

理性では、ここで東の主の機嫌を損ねるなど愚の骨頂だと理解している。

理解はしているのだ。

だが、だがっ! 納得など出来るはずもない。

拾ってくれたギランを殺した憎い敵が目の前にいる。やっと仇が討てるのだ。ガイドガの襲撃、パラドゥアを罠に引き込むため一体どれだけの仲間が死んでいった? 

許せるはずもない。同じ飯を食べ、狩りをし、助け合ってきた仲間を殺した奴らをっ!

この一射を放ち、眼球を射通し、脳髄までも鏃を打ち込めば労せず仇を討てるのだ。だが、なぜに目の前がかすむ?

“弓は、心で射るものだ”

心を決めて狙いを定めたはずのラーシュカの姿がぼやける。

“あれを恨むな、ギルミ”

最期の言葉が胸によみがえる。

恨めば心が鈍る、鈍れば正確無比な一矢は放てない。

目の前が歪む、ギランの顔ばかりがよみがえる。頭に載せられた大きな手のぬくもりが、弓を教えてくれたその真心が、ささくれ立った気持ちを撫でていく。

なぜだ、なぜなのですか……ギラン様。どんな侮蔑悪罵を連ねても、ラーシュカの姿が霞んでいく。

私は間違っているのですか、ギラン様?

数年前の楽しそうに談笑するギラン様とラーシュカの姿が、なぜ今更思いだされるっ!

ギラン様っ!

◆◇◆

「……ギラン様、心を決めました」

呟いたギルミは構え居た弓をゆっくりと下ろそうとした。

誰しもほっと息を吐く。俺も、ガンラ氏族のゴブリン達も、ガイドガゴブリン達もだ。

「ラーシュカ、受け取れ」

それはまさに瞬時のことだった。俺も目の前の光景を瞳に移してはいなかったが、反応が出来なかった。それほどの速さで構え放たれた一矢は、ラーシュカの右の眼球に突き立った。

「……っ!!」

だが何も増して驚いたのは、それでも瞬きをしなかったラーシュカだった。

「俺は、瞬きをしたか?」

目玉に矢を突きたてられながら、腕を組んだ姿勢から微動だにしない。

「……見事」

呟いたギルミの言葉に、全員が顔を見合わせる。

「これより、ガンラ・ガイドガで遺恨あるなら、ラ・ギルミが相手になる。不服のあるものは今すぐに申し出ろ!」

ギルミの声に、割れるような歓声が周囲を包んだ。