Godly shop's cheat fragrance

Episode 23: Wilderness Horse Pork King

■■■ 国王コベル・ピラタスⅡ世 ■■■

 目の前にあるのは倉庫いっぱいに積み上げられた麻の袋である。

 その全てに新鮮で美味そうなジャガイモがいっぱいに詰められておった。

 いったいなにがどうなっておるのだ?

 密偵の話では確かに今回の船が運んできたジャガイモの量は3トン程度。入港からずっと貼りこみをさせていたので間違いがない。宰相にも確認したが他の品物の量を見てもまず間違いがないだろうと。

 そしてこの町に流通するジャガイモも全部で5トンも無いはずである。たとえ慌てて金に任せてかき集めたとしても20トンなどという量には到底届かぬ。

 それが、目の前にある。

 意味がわからぬ。

「親愛なる国王陛下。納品が遅れて大変申し訳ありませんでした。どうも部下どもが品質の良い物を選出していたゆえの事。寛大なる御心でお許しいただければ幸いです」

 顔に凹凸の少ない異邦人が癖のある笑みで余の前に立っておった。

 さきほど余のチェリナが突然引っ張ってきた男である。

 男の噂などとんと聞かなかったゆえ青天のヘキヘキ(・・・・・・・)である。

 この紅く気高い女は余にこそ相応しいというのに。余のチェリナに触れることさえ許されぬ。

 しかし相談役と言われてしまえば追い出すことも出来ぬではないか。

 最初の時はどうせすぐに余の物になるのだからと書類を見せて追い詰める快楽を楽しんでおった。にも拘わらずこの男は急に口を挟んできたのだ。

 最初は書類の写しが欲しいという話だ。自分を不利にする書面を増やしてどうするというのだ。よかろう余は寛大であるからな。

 男はさらに倉庫の確認に行きたいとのたもうた。ならば余も一緒に行って止めを刺してやろうと思ったが、この男案外と礼儀を知る男であったので歓待されてやることにした。

 偉大な国王陛下……うむ、良い響きだ。

 見張りの兵士もいる、逃げられやせぬ。

 それから花びらの美しいお茶を飲みつつ下賤の女の尻を撫で回しているとようやっとチェリナとあの男が現れた。さていよいよ観念したかと無意識に舌なめずりが止まらぬな。

 しかし二人に絶望の表情は無かった。

 チェリナには疲労が浮かんでいるのだが、男には相変わらず不気味な笑みが張り付いておった。本当に気味の悪い男である。

 まあよい、これで契約の不義理を元にチェリナを妾に引っ張れば良い……と余の相談役が言っておった。

 金額だけで言えばヴェリエーロ商会は簡単に支払うだろう、たとえ違約金として10倍の金額を求めても簡単に払うのが商会というものだと言っておった。

 本来余に逆らうことなど出来ぬのであるが、体面もあるのですと宰相が泣きついていたので今日まで数年我慢してきたが、いい加減に我慢が出来ぬ。

 カンカン袋(・・・・・)の尾が切れるというやつであろ!

 どやぁ!

「国王陛下、大変申し訳ないのですが、少々倉庫の方へ足を運んでいただけませんか……?」

 余はチェリナの豊満な胸に向かって大仰に頷いてやった。

「では……」

 チェリナの表情は疲労に触れている。きっと倉庫に残った僅かな芋でどうにか時間稼ぎをするつもりだろう。

 無駄な交渉をしようとする宰相の表情によく似ておった。

 が。

 倉庫の大扉の向こうには山積みになったジャガイモが存在しておった。

 余は宰相の襟を掴みどういうことだと詰め寄った。

「そんな……し、信じられませぬ……しかしこれだけの芋があれば半分を種芋にして、雨期のすぐあとに植えればもしかすれば……」

「ええい! そんな事はどうでもよい! それよりもこの責任はどうとってくれるのだ?!」

「そ……それは」

 揉めている余に男が寄ってくる。黒髪で腹のたつ笑みの男だ。

 そして冒頭のセリフをのたまいおったのだ!

 まったく腹立たしい!

 そこからは男のペースであった。

 文句のつけようもない品質。正直いますぐ城に持って帰って調理させたいほど、痛み一つない芋であった。

 王族であれば口に出来なくもないがここまでの品質となれば数が少ない。

 どうしても船旅に日数が掛かるからである。

 なんと美味そうな芋であろうか……。

「聡明なる国王陛下においてはこれがいかにすばらしい品質かおわかりになると思います。さきほどチェリナ様にお伺いしたのですが、この土地では水が貴重で「ふかす」という料理法がないとのこと。実はその料理法を先ほど外の兵士のお方にお伝えしておきましたので、よかったらお試しください」

「新しい料理法だと?」

「はい。兵士様方には今お試しいただいております」

「それはどこだ、見に行くぞ」

 余は返事を待たずに外に行くと、見張りをさせていた近衛どもが芋を美味そうに頬張っておるのを発見した。

「おい、それはなんだ」

「これは陛下! さきほど商人が陛下に料理法を献上したいというので、その試作品を食しておりました!」

 近衛は慌てて敬礼すた。片手の芋が雰囲気を台無しにしている。

「……芋……であるな」

「はい、芋であります」

 椀形の陶器に乗った芋は丸々と太り皮が薄く中身が弾けて中から白い実を晒していた。

「美味いのであるか?」

「大変に美味であります。献上に値するものかと」

 ごくり、と喉が鳴りおった。まったく土臭さを感じさせぬ芋の香りと……これはバターの香りか。渾然一体になったこの香りは暴力であろう。芋のバター炒めは王宮でもよく出る料理である。だがこれはそれと一線をマ(・)する料理であろう。

「よし、それを寄越せ」

「は、はい!? 見ての通り小官の食べかけであります! とても陛下に渡すようなものでは」

「どうせ余の食べ物は全て毒見役が必要になる。貴様体調がおかしくなったか?」

「いえ、まったく。むしろ食欲が増す勢いであります」

「ならば問題なかろう」

「は、はい」

 宰相はしばらく反対していたがいつものこと、黙らせて衛兵から皿を奪う。

 白い湯気を立て、ぷっくりとふくらんだジャガイモに十字の切れ目を入れてバターを載せただけに見える。

 余は震える指でフォークを刺す。その途端芋がホロホロと崩れるではないか!

 しかし悪くなった芋の色ではない、どこまでも新鮮で真っ白なその身を晒していた。

 これが特別な料理法の結果であろうか。

 余は崩れた芋の身をフォークに乗せ、バターに絡ませた。

 ごくり。

 鼻腔に絡みつく濃厚な香り。これがいったい芋の香りだというのだろうか。

 ようやくそれを口にいれると……。

 世界が爆発した。

 余の人生とはいったいなんであったのであろうか!

 きっとこれを食べるために存在したに違いない!

 口の中で優しく崩れる芋はどこまでも深く、バターが加わる事で舌触りもネットリと変わり、そのコクが脊髄まで突き抜けた。

「いかがですか? 国王陛下」

 あの男がいつの間にか横に立っておった。

 余のそばに無許可で立つなど無礼センタン(・・・・・・)であるが、続く言葉に叱責の言葉が続かなかった。

「この度納品が遅れてしまったお詫びに、この料理を作ることが出来る蒸し器を献上いたしたいのですがいかがでしょうか?」

「なん……だと」

 これを作る専用の道具……欲しい!

 余はそれが欲しいぞ!

「う、うむ。よかろう、宰相受け取っておけ」

「は」

「それでは先にジャガイモの納品をお願い致します。蒸し器は新品を夕方までにご用意させていただきます」

「な、なんだと? まて、それでは折角のはかりごとが……」

「陛下っ!」

「ぬぐっ!」

 余としたことが口が滑りそうになったわ。

「よ、良いであろう、それでは夕方までには城に運び入れておくがよい」

 チェリナは悔しいがまた何か考えればよい。今回は美味い芋で我慢してやろう。

「お待ち下さい陛下」

 立ち去ろうとした余をまたあの男が止める。一体何だというのだこの男は。

「納品の搬出はそちらの衛士様がやっていただけるのですよね?」

 何を言っておるのだこの男は、余の近衛がそのような下卑た仕事をするわけがなかろうに。

「陛下……確かにさきほど陛下はそのようにおっしゃいました」

 宰相が小声で耳打ちしてくる。

「余が?」

「はい、確かに」

 そういえば、どうせ用意できないからとそのような事を口走った気がしないでもない。

「ぬ……ぬぐぐ……宰相、どうすればよい?」

「突っぱねるのは簡単ですが、この段においては恥を飲むしかないかと。仮に突っぱねますとまた何か小細工される恐れが……あの相談役油断なりません」

 あの男といって宰相が視線を移したのは、気持ち悪い笑みでこちらを睨みつけておる異邦人であった。

「どんなことをされるというのだ?」

「そうですね、例えば城に運びこむ人足の確保に時間が掛ると運びこむのに日数をかけるとか」

「ならば納品が間に合わぬという理由で契約違反で捉えれば良いではないか」

「商品がないというならまだしも、物自体は揃っているのです、そこまで強権を振るうわけにはいきません」

「それで時間稼ぎをしてどうするというのだ」

「かの商会は海運商でございます、陛下のお目当てのお方が船で逃げ出すともかないません」

「それは困る!」

「はい、我らとしてもヴェリエーロ商会との血縁は喉から手が出るほど欲しい縁です、陛下のわがま……希望を叶えるのに全力を尽くしますゆえ、この件は素直に引くべきかと。それにあの品質の芋の栽培に成功出来れば、陛下のご威光がさらに轟くことうけ合いでございます」

「ふむ……それは悪くないが……育つのか?」

「最近招聘した農業技術者によれば、今までのように芋ばかり育てず、別の作物を挟んだり、畑を休ませれば育つ確率が高くなるとのことです。今まではあまり実験用に数を回せずに成果があがりませんでしたが、これだけの芋を渡せば必ず成果を出す事でしょう」

 宰相が真剣なまなざしで余に懇願してきおった。

「……よい。今回はホロをかぶろう」

「泥をかぶるでございます」

「……そう言うつもりだったのだ」

「もちろんでございます」

 余は男を振り返る。いつの間にかチェリナが男のすぐ横に並び立っておって怒鳴りつけてやろうかと思ったが、その理由が見つからぬ。

「余は寛大であるからな、一度言ったことは覆さぬ、我らに任せるが良い」

「ありがとうございます、さすが名声高いピラタス国王陛下でございます」

 男が慇懃に礼をする。

 その後頭部を蹴飛ばしてやりたかったが、ふんと鼻息一つで許してやった。

 その場を去ろうとしてふと気になってしもうた。

「……そなたの名は?」

 聞いたかどうかすら忘れた。

「アキラと申します。よろしくお願いいたします」

 忘れぬぞ、アキラ。

――――

 1800袋にもなるジャガイモはとても一度で全てを運ぶことは出来ず、最初だけ衛兵が運び、残りは一般兵が何往復もして運び込んだ。兵士長は良い訓練になったと喜んでいたらしい。

 料理長が作ったじゃがバターは絶品であった。

 余は死ぬまでこのじゃがバターを愛することになった。

 そう、死ぬまでである。