Godly shop's cheat fragrance
Episode 60: The Wilderness's Born Deer
昼食は今日も料理長の試作品だった。
昼には少々量が多いと思ったが、ハッグとヤラライが片付けてくれたので問題なかった。
では穏やかな昼食だったかというとそんな事はなかった。何があったかと言えば、ハッグのこんな一言から始まった。
「思ったんじゃが、アキラはあまりにも弱過ぎはせんか?」
唐突にディスられた。
……事実なので反論は出来ないが。
「まあ……強くはないな」
「そこのお嬢ちゃんにも瞬殺されそうじゃからのう」
「……」
俺は知っている。チェリナが身体に巻いている紅い鎖で野盗を打ちのめしたのを。あの姿を思い出して、まったくもってハッグの言うとおりだなとため息が出た。
「ちと男として情けないのと思うのじゃが?」
「……」
何も言えない。
「ドワーフ。人はそれぞれ」
「ふん。だがお主とてアキラの筋力の無さには呆れておるんじゃないんか?」
そこでヤラライは顔を逸らした。素直すぎるだろ……。
「ハッグ様と比べたら大抵の方は弱い部類に入ってしまうと思いますが?」
「はんっ! ワシャ戦闘特化ではないんじゃ! ワシより強い奴なんぞいくらでもいるわい!」
「マジかよ」
「アキラ様、少数です。安心してください」
「そ、そうか……」
こんなバケモンがうじゃうじゃいたら気が休まらねぇよ。
「ドワーフ、それで、何、言いたい?」
ヤラライが鋭い視線をハッグに向ける。
「なに、せっかくワシもお主もいるんじゃ、アキラを鍛えてやればいいと思ってな」
「ほう」
珍しくドワーフの言葉にヤラライが興味を持ったらしい。
「ワシは闘気術……いや今は波動理術というんじゃったか、それを教えこむ」
「ふむ」
「じゃが体術なんぞはお主の方がヒューマンに合っとるじゃろ」
「道理。たまには、良いことを言う」
俺を無視して二人でプランを進めていく二人。
「おいおい……ちょっとまて、何を勝手に話を進めてんだよ」
「アキラ、強くなる、良いこと」
「いや、そりゃ悪いことじゃないんだろうけど、そんな一朝一夕で強くなんぞなれんだろ」
「いや、見たところアキラはまったく闘気……いや波動を使っておらんからな、波動を覚えれば身体を鍛えるのは楽になるんじゃ」
「そうなのか?」
「事実だ」
ハッグとヤラライ二人が言うのなら事実だろう。
「まずはアキラの波動の種類を調べてもらわんといけんの」
ハッグが髭を撫でた。
「波動の種類?」
意味がわからない。
「うむ。波動はの、昔は闘気と呼ばれておってな、身体を駆け巡る力の様なもんじゃが、人それぞれ引き出せる闘気の種類が違うんじゃ。ワシなら「殻の波動」になるの。他にも「剛の波動」「壊の波動」「閃の波動」「浸の波動」などなど個人で違う力を持つんじゃ」
「へえ。一人で何種類も持ってたりはしないのか?」
「聞いたことはないの」
「よくわからんのだが、俺とハッグで波動の種類が違ったら教えられないんじゃないのか?」
「基礎は同じじゃからそこまでは大丈夫じゃ、基本的な力の引き出し方や鍛え方にそう違いはありゃせんわい」
「なるほどね」
出来れば不可能であって欲しかった。二人の目の輝きを見ている限り、ノーサンキューとは言えない雰囲気なのだ。
「それで俺の波動ってのはなんなんだ?」
「それを調べてもらうんじゃよ」
「ハッグはわからないのか?」
ハッグなら出来そうだったのでちょっと意外だ。
「そういうのは得意ではない。どこかに波動を調べられる腕を持つ道場くらいあるじゃろ」
「それならば知っていますわ」
それまで聴くだけだったチェリナが割って入る。
「チェリナが?」
「はい。わたくしも調べてもらいましたので」
「マジか」
「マジです」
ってかチェリナも波動理術を使いこなすのか……。
「ほう、ヴェリエーロ、型は?」
「蛇の波動ですわ」
「「「……」」」
沈黙が降りる。似合いすぎというか、女の子向けじゃないというか。
「またえらくマイナーな波動じゃの」
「ええ、おかげで誰にも教えを請えないので基礎以外は全て自己流です。それ以前にあまり得意ではありませんけどね」
「お主の立場であれば、最低限身を守れれば十分じゃろ」
「はい」
最低であの強さなのか……。
俺はこの世界の強さの基準がさっぱりわからなくなってきた。
まさかと思うが三国志演義みたいに一騎当千とかリアルで出てくるんじゃないだろうな?
呂布みたいなのが赤兎馬駆って千の雑兵をなぎ倒していく想像をしてげんなりしてしまう。
「それでは道場に行きましょうか」
「うむ」
3人は楽しそうに進み出した。
それに気づいて護衛の二人も近寄ってくる。馬車に乗らなかったので残りの二人は留守番らしい。
俺だけが暗いオーラを漂わせていた。
――――
――さて皆さんは道場と聞いてどのような所を思いつくだろう?
床は板張りで壁には「身心一如(しんじんいちにょ)」の掛け軸が掛かっていたり、揃いの道着を纏った門下生たちが声を揃えて形稽古……なんて光景を思いつくのではないだろうか?
だが異世界の道場は俺の理解を超えていた。
場所的には大地母神教会の近くでスラム街に片足を突っ込んだ辺りにその道場はあった。
しかし道場とは名ばかりで木の柵で囲われた広場、それも土がむき出しのただの土地であった。ここで鶏や豚を飼っていると言われても納得してしまっただろう。
そんな広場の中で、見るからにガラの悪そうな奴らが「おどりゃ死にさらせぇ!」などと大声で武器を振るっているのである。
一応武器には布を巻いているので殺意は無いと思いたいが、攻撃を受けて倒れた人間に何度も追撃している光景や、多対一でタコ殴りにしている風景は断じて俺の知っている道場では断じて無い。
「ほう、実践的じゃの」
おい、それですむのかこの惨状。
「受け身、教え方悪い」
ヤラライが眉をひそめる。
「うむ防御の波動は不得意のようじゃな」
そういう問題じゃないだろ……。ただのイジメじゃねーのかこれ?
「なにさらしとんじゃ! 寝てんじゃねーぞオイ!」
世紀末臭漂う門下生たち(?)の奥から一際目立つ大男が怒声を上げた。モヒカンである。オレンジである。ニワトリか!
両肩に棘のついた肩パットを装備したらさぞ似合いそうだが、このニワトリ男は上半身ハダカで下半身に麻らしいズボンという出で立ちであった。ちなみにズボンはボロボロである。筋肉はボリューミーでオリンピックの砲丸投げや円盤投げをやれば金メダル間違いなしだ。
「倒れたらすぐに防御の波動で身を固めるか、囲んでる敵の中で一番弱そうな奴の足にタックルかまして形勢を立て直せって何度言えばわかんじゃあ! このボケ……え?」
モヒカンニワトリ筋肉男がリンチ現場に近寄ってきた時に、柵の側にいた俺たちに気付く。
「ヴェリエーロのお嬢さん?!」
「「「え?!」」」
ニワトリの叫びに世紀末雑魚達が一斉に顔を上げる。
「相変わらず熱心ですね、マックス師匠」
「師匠はやめてくださいよ! お久ぶりですが、こんな場所に何の用で? 稽古なら昔通り家でも商会でもお伺いしますぜ?」
「いえ、今日は彼の波動を調べていただこうと思いまして」
ニコリと俺に手を向ける。ニワトリ頭の視線が俺に映る。
「……なんというか、ひょろっこい男ですな」
「それを改善したいんですわ」
え、何それ聞いてないんだけど……もしかしてチェリナの好みはマッチョか?
だとしたらなんとしても現在の体型を維持したいもんだが。……まぁ細マッチョは少しだけ憧れるが……。
「ふん、鍛えるのはワシがやってやるが、闘気……いや波動の型がわからんとどうしようもないからの」
「ほう、ドワーフに直接ですか! そりゃあ羨ましい! お嬢さんのお願いなら嫌なんていいませんぜ、すぐにやっちまいやしょう」
いつの間に稽古を終わりにしたのか、世紀末雑魚達が俺達から離れた場所で休みつつこちらを窺っていた。完全に晒し者だ。
俺はニワトリに言われるままのポーズを取る。
「そうだ。もう少し腰を落として……ふらふらすんじゃね! 生まれたての子鹿か! てめぇは! 腕を伸ばして、腹に力を入れろ! 馬鹿野郎! 背筋を伸ばしたままに決まってんだろ!」
決まってるって、予備知識無しで定石なんぞわかるか!
10分ほど怒声に我慢しつつ、ようやくニワトリが納得する体勢になる。空気椅子に近い。拷問だろこれ。
「く……早くしてくれ……保たん……」
「それでいいんだよ、いいからそのままゆっくり息を吸って、出来るだけ長く息を吐きやがれ、姿勢を崩すんじゃねーぞ!」
オレンジモヒカンのニワトリ師匠が俺の後ろに回り込んで腰の辺りに手のひらを当てる。
「そうだ、もっとゆっくり吸って……息を吐く……」
深呼吸に合わせるようにマックス師匠の手のひらが熱くなる。
「そこで息を止めろ! ……はっ!」
「ごはっ!」
俺は弾けるような衝撃に前方にひっくり返った。
「なっ?!」
俺は起き上がって文句を言おうとしたが、ニワトリ師匠は自分の手を目を丸くして凝視している。
「おいおい……本当かよ、マジで存在してたのかよ……」
マックスはブツブツと自分の手を見つめ続けた。
「おい! マックスさん! 何が起きたんだよ!」
あんな痛い目に遭わされた理由を述べよ!
「あ? 言われたとおり波動を調べてやったんだ、何を怒鳴ってやがる。今は黙ってろガキが」
おおう、ニワトリ師匠の視線が殺人級でおっかないです。
「マックス! アキラの波動は何だったんじゃ?」
ハッグも気になったのか聞いてくれた。マックスさんにまったく怯んでないハッグさん素敵。
「このガキの波動はな……」
そこで師匠は一度ため息を吐いた。
「螺旋だ」
「「「……」」」
妙な沈黙が訪れた。