Godly shop's cheat fragrance

Episode 76: The Wilderness Grievance Trial

 次の日、再び尋問室に連れて行かれる。ちなみに食事は夕食だけ差し入れられた。もっともそれは壺の中で砂になっているが。

 俺は昼食も夕飯も朝食も自力で取っていた。

 残金987万5836円。

 いつもの様に足を固定されるとブロウ・ソーアが入室した。

「ふん。大臣ってのは随分ヒマなんだな。たかが一介の密猟者を毎日取り調べるなんてな」

「なるほどようやく密猟を認めるのですね」

「はっ! もともと俺の話しを聞くつもりなんてねぇだろが!」

「そんな事はありませんよ。もっとも罪は変わったりはしないのですがね」

「そうだろうとも。それで? 今度は何しに来たんだ? 好きな女の好みでも言い合おうってか?」

「面白くない冗談ですね、単純にお知らせですよ」

「なんだ? 無罪放免にでもしてくれるのか?」

「まさか。貴方の刑が確定しました。反逆罪、密猟、不敬罪、詐欺、不法入国、違法取引、以上の罪で明後日に公開鞭打ちと磔です。公開処刑など久し振りですね。おめでとうございます」

「そいつぁーどうも」

 俺はタバコを吸い出したい衝動を無理やり押さえつける。

「それで、話ってのはそれだけか? 何か聞きたいこととかあるんじゃねぇのか?」

「特に何もありませんが……ああ、そうだ一つだけ」

 立ち上がり、部屋を出ようとしていたブロウが振り返る。

「貴方はいったい何者なんですか?」

――――

 すぐに牢に戻されたが、最悪なことにこの時から鉄格子の向こうに兵士が一人常駐するようになった。

 やはり昨夜逃げ出すべきだったか?

 脳内シミュレーションが終わるまで朝方まで掛かったのだからどうしようもない。

 作戦を書き直す必要がある。

 強引に行けばなんとかなる気もするが、無理は禁物だ。どうせ俺の処刑日も決まったのだ。まだ今日明日と時間はある……はずだ。隙は必ず訪れるはずだ。訪れないとしても明日の夜には強行するしかない。

 相変わらず俺の人生クソゲーだ。ちくしょう。

 結局その日は兵士が交代でずっと牢の前に居座り続けた。

 夜に差し入れられたクズスープを、部屋の隅で背中を向けた姿勢で食べる振りをして、俺はこっそりとおにぎりを頬張った。飯一つ食うのにもえらい苦労だ。

 残金987万5586円。

 深夜、見張りの兵士が船を漕ぎ始めたタイミングで、昨日考えていた作戦を練り直す。作戦に必要な物は全てSHOPにて承認された。使いこなせるかどうかは別だが、泣き言は言ってられない。

 鉄格子に背を向けながら、一つずつ必要な物を購入していき、隠せそうなものは一度出して感覚を確かめる、出せそうにないものはぶっつけ本番である。音を立てないように下準備を進める。手にずっしりと重い商品に汗が止まらない。

「死んでも恨むなよ……」

 自分で気付かずに呟いていた。幸い外の兵士は船を漕いだままだった。

 脱出用装備一式で134万4100円

 命の値段だと考えれば十分安いだろう。

 この時神格が上がった。

 神格レベル9、コンテナ容量が50個だ。

 実はこの時コンテナ数がぎりぎりまで追い詰められてしまった。

 非常に窮屈な姿勢のまま、荷物を整理していく。ペットボトルは1つを残して全てゴミ袋として使っている麻袋に放り込んだ。それでコンテナ数は一つになる。

 それとトマトサンド代285円を足して134万4385円。水はまだ残っている。バケツに予備も入っていた。

 残金853万1201円。

 震える手を押さえて深呼吸。波動理術の防御の呼吸をすると驚くほど落ち着くのがわかる。

 決行は明日の夜。

 今日はしっかり寝て体力を取り戻そう。

 俺はこっそりと、お手製神のシンボルを取り出して握りしめていた。

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(三人称)

 運命の朝という言葉が最も適切だろう。

 いつもと変わらぬ天を貫くような晴天に砂埃。

 海風だけが彼らの身体を僅かに癒やしてくれる。

 傍から見たら普段と何も変わらぬ朝だった。

 だが、彼らの心情は今までに無いものだった。

 チェリナ・ヴェリエーロ。

 彼女はこの都市国家ピラタス王国に置いて最大の海運商の娘であり、商人であり、船乗りでもある。もっとも最近は船とはご無沙汰であったが、彼女は未だに自分の事を船乗りだと自負している。

 彼女の本来の気性は大変に荒い。傍若無人な船乗りたちに囲まれて育ったのだからそれも仕方があるまい。その一方で父親の商談を見聞きし、家庭教師に恵まれ、淑女としての立ち振舞い教養も十分に身に着けていた。

 実質的にヴェリエーロ商会の責任者となったチェリナは、その立場をしっかりと理解し義務も責任も果たし続けていた。

 唯一彼女が商会の為に動かない事と言えば結婚くらいだろう。だが良い縁談相手というのが豚にも劣る国王陛下やキモ男爵だったりするのだ、政略結婚が当たり前のこの世界といえど、商会のアイドルであるチェリナに無理強いするものは誰もいなかった。

 だからこそ、チェリナの説得は比較的上手く行った。正確には無理やり賛同させた。

 チェリナが国王の妻なり妾なりになれば、ヴェリエーロ商会はまさに盤石であろう。そう理屈をつけて。

 幹部達は反対した。そもそもの理由が流れの一商人を助けるためとなれば、当たり前の反応だろう。チェリナが嫁に行く決心をしたのであれば、もっといくらでも高く売り込める。そういう思惑も当然ある。商人なのだから当たり前だ。

 だが、幹部達はチェリナの目を見てすぐに諦めたという。

 彼女の決意は本物だった。そして、彼女の気持ちも理解してしまった。

 皮肉である。

 初めての女らしい感情を、その思いの為に捨てなければならないのだ。

 ヴェリエーロの幹部達は涙が出そうになった。せめて大旦那様が帰るまで待って欲しいと懇願したが、時間がないとチェリナに一蹴された。

 そうしてその夜の内に、王城へと一通の手紙が差し出された。「チェリナ・ヴェリエーロより、国王陛下の以前よりのお誘いの件、直接返答いたしたく、明日お伺いいたしたい」と。

――――

 現在ヴェリエーロ商会の前には5台の馬車と30名の護衛がそれを囲んでいる。

 ドワーフのハッグとエルフのヤラライはチェリナの護衛という名目で同じ馬車に乗り込んでいる。残りの馬車にはヴェリエーロの古い重鎮と貢物が乗せられていた。

 このまま嫁入りしてもおかしくない車列である。

「ヴェリエーロの嬢ちゃんよ、その服装でええんか?」

 ハッグが髭を弄りながらチェリナに問いかける。

「何か問題でも?」

 彼女の服装はいつもと同じ、紅い鎖を身体に巻きつけた、どちらかというと派手な傭兵といった出で立ちである。

「お主がええのならそれでええ」

 ハッグはゆっくりと目を閉じる。

「わたくしがこれから行うのは、商談ですから」

「商談?」

 今度はヤラライが顔を上げる。

「ええ、わたくしという商品を売り込み、アキラ様という商品を買取る。そういう取引なのです」

「お前、商品、違う」

「いいえ、この世に存在するありとあらゆる物に値段という価値をつけるのが商人という人種なのです。もっとも安売りするつもりはありませんが」

「アキラにそこまでの価値があるとお前は思っておるんか?」

「あら、神の使徒にして、異界の知識をお持ちなのですよ? それこそ真輝光剣エッケザックスに匹敵する価値があるかと」

「お主が利用できなくなる知識や能力など、お主に取っては無価値じゃろ」

「……」

「ふん。もう少し素直になったらどうじゃ?」

「わたくしは……ヴェリエーロの臨時代表ですから」

「……そうか」

 ハッグは再び目を閉じる。

「それでは、出立いたしましょう」

 ――運命が、廻り始めた。