Godly shop's cheat fragrance
Episode 83: Wilderness Crisis Hair
城の中をひたすらに突き進む。いくつかの分岐を適当に曲がりながら走った。もう完全に迷子である。
どうしてか敵兵士とは出会(でくわ)してはいない。下働きらしき人間とは何度かすれ違ったが、彼らは悲鳴を上げて逃げていった。
とにかく兵士の声らしきものが聞こえたら、逆方向へ逆方向へと移動し続けていたので、完全に自位置を見失っている。明日に向かってどころか明後日に向かって爆走している状態だ。
明日はどっちだ!
くだらない事を考えていた罰か、曲がり角の先にたむろっていた兵士たちの目の前に飛び出してしまった。
「うおっ?!」
「うわ?!」
「囚人??」
お互いに唐突過ぎて、一瞬お見合い状態になってしまった。が、そこはプロの兵士たちである。すぐに俺に対して剣を抜いて半円に取り囲んできた。
「お前は何者だ!」
「囚人……なのか?」
「怪しい服装……構わん! 捕らえろ!」
「殺さないんですか?!」
「こいつはどうも様子が変だ! 何か知っているかもしれん、手足が無くなっても構わん! 捕らえろ!」
「「「了解!」」」
兵士たちが唱和して答える。
冗談じゃない。
ジリジリと間合いを詰めてくる兵士たち、こいつら隙がねえ……。
むしろ今までが上手く行き過ぎたのかもしれない。防御の波動を呼吸で作り出す。焼け石に水とも思うが……。
俺の構えるカービンを用心しているのか、いきなり襲い掛かってくる様子はない。武器であることは見て取れるのだろう。
距離が絶妙過ぎて、スタングレネードを使う事もできない。下手に動いたら一斉に飛びかかられるだろう。
動けない。
汗がばたばたと額から流れ落ちる。
使うしか無いのか?
残弾を考えたらカービンは役に立たない。おそらく2~3人撃ち倒して終わりだろう。ハンドガンもだめだ。こっちは実弾ではあるが、練習していないとか、装弾していないとかの理由もあるが、それ以前に一人か二人倒すのが限界だ。
最終手段……光剣の空理具だ。
コンテナから取り出りだして、あらかじめ発動イメージを固めておけば、手にした瞬間発動出来るだろう。たぶん。
だがそれは目の前の兵士たちを皆殺しにするのと同意だ。12人の兵士の命を俺は奪えるのか?
俺だけでなく兵士たちの顔からも汗が滝のように噴き出している。
僅かな動きでカービンの先端を一番距離を詰めてくる奴に向けると、その兵士はびくりと動きを止める。お互いに決め手を欠いて膠着状態に陥ってしまった。
「よし……お前らそのまま牽制していろ、私が出る」
「隊長?」
奥に控えていた妙に立派な装飾の皮鎧をつけた男が剣を抜いてゆっくりと近づいてくる。
見るからに雑魚とは違う。
どうやら俺はエリート部隊とかち合ってしまったらしい。
兵士たちが左右にわかれて中央を隊長と呼ばれた男が進み出てくる。
覚悟を決めるしかない。
イメージする。
通路幅一杯に光の剣がマシンガンのように飛び散る想像。おそらく一瞬で全員ミンチだろう。そこまで想像して一瞬躊躇した。
それが完全に隙になった。
「もらったぁ!」
猛然と腰を落として突っ込んでくる隊長の刃をM4で受け止められたのはほとんど偶然だった。が、機関部で受け止めたカービンはまるでトコロテンの様にあっさりと切り裂かれてしまい、反動で俺はバランスを崩し踏ん張りきれなくなる。
そこに隊長の膝で追撃を受けて廊下に背中から打倒された。さらにそいつに上に乗りかかられ、あっという間に自由を奪われた。
躊躇なく残りの兵士たちが俺の四肢を押さえつけてきた。
自由になった隊長が立ち上がる。
「お見事です!」
「ふん。日頃の訓練の賜物よ……さて、お前には聞きたいことが沢山……ん?」
俺の喉元に剣先を突き付けていた隊長が、ふと後ろを振り返る。
「ド素人」
「ぎゃぶ?!」
隊長の胸に巨大な黒い棒がいきなり生えた。違う。これは……。
「ヤラライ!」
見た目インディアンそっくりのエルフ、ヤラライが疾風の様に12人の兵士に風穴を空けてしまった。
「待たせた」
ヤラライ……イケメン過ぎるわ。
――――
「ぬおおおおお!」
通路の奥から雄叫びが聞こえた。
「この声は……ハッグ?」
少し先にあるT字路の先にいるようだ。雄叫びと一緒に明らかな悲鳴が混ざっているので、おそらくハッグが兵士をなぎ倒しているに違いない。
「ヤラライ、なんで……いや、俺を助けに来てくれたのか?」
「そうだ」
軽く頷くヤラライに、涙が出そうになる。
「嬉しいぜ……だがなんで俺なんかの為にこんな馬鹿な真似をしたんだよ」
そう、いくら護衛として雇っているとはいえ、今は金を払えていない上に、国家に喧嘩を売ってまで助けに来る義理など一つもないだろう。
「友、助ける、当たり前」
「友……」
俺はしばし愕然と身体が固まってしまった。
友? 友達というほど俺たちは深い付き合いじゃないだろう。まだ出会って数日しかたっていない。俺から見ればヤラライは命の恩人だが、ヤラライからしたら、たまたま出会っただけの一商人でしかないだろう。
それを友だと言い切って、王城に乗り込んでまで助けに来てくれる?
理解できない。
だが。
なんだろう、この内臓の内側から込み上げてくる嬉しさは。
「ヤラライ……」
「こっち、来い」
どう感謝の言葉を伝えていいかわからず、言い淀んだ俺を無視するように、ヤラライはさっさと奥に進んでしまった。どことなくハシゴを外されてしまった感があるぞ、おい。
感動のシーンも無く俺は慌ててヤラライの後を追った。
念のためシグザウエルを装弾しておいた。もちろんコッキングはしていない。
光剣とどっちが良いだろうかと悩んだが、前準備の必要なシグをあらかじめ準備しておく意味はあるだろう。
「おお! 生きておったかアキラ!」
通路を曲がると廊下いっぱいに血しぶきが溢れていた。
おふ。
肉片が壁にへばり付き、ハッグの持つ鉄槌も血だらけだ。グロすぎて吐きそうになる。
「アキラ様!」
「へ?」
あまりの惨状にすぐに目を逸らしたせいで、その声が聞えるまで気が付かなかった。
「アキラ様!」
もう一度その声が聞こえると、誰かが俺に突っ込んで抱きついてきた。いや誰かなんてはっきりしてるな。
「チェリナ?!」
どうして?! なんで?! ほわい?!
「ああ……良かった……生きて……」
俺の疑問そっちのけで涙を流して強く抱きつくチェリナに、俺は困惑の反応でしか返せない。
ヤラライとハッグはまだわかる。
だがなんでチェリナまでいるんだ? 意味が不明過ぎる。
「チェリナ……もしかしてお前も捕まったのか?」
「え? ……いえ違います」
目を腫らしたままこちらに顔を上げる。ちょっと近い。
「陛下の……いえ、ブタ野郎(・・・・)の所に来ていたのです」
はい?
にこやかな笑顔を浮かべてブタ野郎と言い放つチェリナ。
いったい何が起きたんだよ、誰か説明プリーズ!
「そこでこの騒ぎに気づき、せっかくですので便乗して助けに参りました次第ですわ」
「ですわってお前な……」
無茶苦茶だろ!
「感動の再開の所申し訳ないんじゃがな、いつまでもここにいたら流石に逃げられんぞ」
俺の混乱が収まる暇もなく、ハッグが割り込んできた。
「あ、ああ……だがどこに行けば良いんだ? ってかここはどこだ?」
「ここは王城ですよ」
「それだけはわかってる」
「城内の中央付近ですよ」
「はあ?!」
俺はいったいどういう方向感覚をしてるんだ!
いや、あんな状況じゃ仕方なかったのかもしれんが、敵陣のど真ん中に突っ走ってたってアホ過ぎるだろう。
「出口はわかるのか?」
「わかる、精霊、聞いた」
「便利だな」
ヤラライは電波……じゃない精霊の声が聞えるらしい。
「とにかく今は脱出が先ですね」
チェリナも落ち着いたのか俺から身を離して紅いチェーンを手に取る。
「お嬢様! こちらです!」
叫んだのはメルヴィンだ。ってアンタたちもいたんかい。いつものヴェリエーロ商会御用達護衛達も一緒にいるではないか。
「マジで何がなんだか」
「質問は後です。行きましょうアキラ様」
「おう」
逃げるのには大賛成なので、俺も一緒に走りだす。
先頭からヤラライ、ハッグ、俺とチェリナ、メルヴィン、護衛達、となっている。
ヤラライは何の迷いもなく迷路のような通路を抜けていく。途中で出会う兵士たちはヤラライとハッグのタッグで瞬殺である。兵士が弱いのではなく、おそらくこの二人が強すぎるのだ。
秒殺と言っても必ず殺している訳では無いらしく、気絶させられそうな奴にはそうしているようだった。先ほどの血まみれは、城の中央で精鋭が多数いて手加減できなかったのかもしれない。
「中央ホールを抜けられればすぐなんですが……」
「兵士、多すぎる」
「うむ。さすがに腕っこきもいるじゃろうしな、あそこを通るのは危険じゃ」
チェリナとヤラライとハッグが道順を決めていく。良くわからないが近道には兵士が沢山いるらしい。
「さすがに近衛は一筋縄ではいきませんよね」
「大丈夫とは思うんじゃがな、仮にも一国の近衛をわざわざ相手にする必要もあるまい」
「ですね」
「こっち、だ」
しばらく瞑想していたヤラライが再び走りだす。
どうやら精霊とやらと会話でもしていたようだ。
俺たちは再び走りだした。しかしもし波動理術を習っていなかったらと思うとゾッとする。今頃とっくに疲労で動けなくなっていただろう。
もちろん疲労はかなりのもので、先ほどから息は荒いわ、汗は止まらないわとハードな状態ではあるけれどな。
「ここ、ドワーフ、壊せ」
「なんじゃい、エルフのくせに命令する気か?」
「効率、優先」
「本当にエルフ共はいけすかんの!」
廊下の途中で立ち止まり、壁の破壊命令を出すヤラライにハッグが噛みつく。
「ハッグ様、よろしくお願いいたします」
「ふん、まあ貧弱なエルフでは無理な話じゃからな」
ハッグは巨大な鎚を構える。
「ワシは鉄槌……全てを打ち砕く鉄槌……ワシの前に立ちはだかる全てを叩いて砕く! ワシは鉄槌じゃあ!!」
叫ぶやいなやハッグの身体が光り輝く。
「うおおおおおりゃあああああああ!!」
叫びとともに振り下ろされた鉄槌が白い壁石に巨大な穴をぶち開けた。覗いてみると石壁の厚さはかなりのもので、よくもまぁ鎚の一撃でぶち破ったもんだと感心してしまう。
「すげえハッグ」
「ふん。ワシにかかれば朝飯前じゃわい」
「野蛮、人め、いくぞ」
ハッグはまんざらでも無さそうだったがヤラライがぶち壊す。
「まったくエルフは感謝の言葉も知らんのか!」
「お前、出来る、当たり前」
「ふん! ほんっっとーにいけすかんエルフじゃの!」
「お前ら……状況を考えろよ……」
「ヤラライ様、ハッグ様、今は何より脱出が最優先かと」
「わかっちょるわい! エルフ! 次はどっちじゃ!」
「……」
ヤラライは無言で正面を指差した。
大穴の向こうには城の中庭が見え、その先には城壁門がそ聳(そび)えていた。すでに囚人たちの一団がたどり着いていたらしく、城壁門前は大混乱であった。
「突破、するぞ!」
「おうさ!」
「マジか?!」
「行きましょう」
「お嬢さまああああああああ!」
「い、行くしかないの……か?」
「お嬢様は俺が守る!」
「お、俺だって旦那様に頼まれたんだ!」
「うおおおおお! 吶喊じゃあああああ!」
ハッグの雄叫びに合わせて全員が一斉に飛び出す。先頭はヤラライだ。
精霊の力でも借りているのか、瞬きするほどの間に一気に間合いを詰めている。
唐突の乱入者にきょとんとした表情のまま、ヤラライの黒針に胸を貫かれる兵士。正面でやりあっていた囚人たちもギョッと動きを止めた。
城壁門を守るように30人前後の兵士と、20人ほどの囚人たち、それと20ほどの死体。おそらく決死の覚悟で突っ込んできたのだろうが訓練された兵士に敵うはずもなく倒れていったのだろう。
兵士たちは自分たちの優位に油断していたのかもしれない、槍を並べて槍衾を作っていたのに、いきなり懐に潜りこまれ極太エストックで一撃である。
「うわあああ?!」
すぐ横の兵士がようやく状況を理解して悲鳴を上げるが、次の瞬間兵士の胸に黒い鉄心が生える。びゅーびゅーと血を撒き散らしながら倒れる様に、兵士たちが覿面に動揺した。
そこに遅れてハッグが突っ込んできた。
「どうりゃあああああ!」
巨大な鉄塊が別の兵士の頭に振り下ろされ、スイカのように地面に赤い実を撒き散らす。
だからグロいんだってば。
俺は僅かに視線をそらして、今度こそ決意する。ホルスターからシグザウエルを抜き出して発砲。兵士が悲鳴を上げてひっくり返る。どこに当たったかわからないが死んではいないようだ。
いや、違う。殺す気でやらないと駄目だ!
さらに発砲。別の兵士が倒れる。
チェリナやその護衛が銃の放つ爆音に目を剥いていたが、すぐに気を取り直すと、赤い鎖を刺すように投げつけた。うねるような軌道を描き兵士の顔面を見事打ち据える。なるほど動きが蛇っぽかった。波動の影響だろう。
2分もしないうちに城壁門の兵士たちは倒れるか逃げ出すかしていた。
「ぬおおりゃあああああ!」
今度は閉じられていた城壁門にハッグが鉄槌を振り下ろす。中庭を揺らすような打撃音が響くが、城壁門は歪むだけだった。いや歪むっておかしいだろ。
「もう一丁じゃあああああ!」
さきほどより激しい打撃音、ハッグの身体の輝きが増したような気がした。
観音開きの片方が歪んでわずかに開く。
「これで終わりじゃあああああああ!!」
三度爆音が響くと、見事片扉が1mほど歪んで開いていた。
いやもう化物過ぎんだろハッグ。これがこの異世界標準なのか? と思ったが、腰を抜かしたり目を丸くして惚ける囚人たちが続出しているので、どうやらハッグは標準外らしい。
「とにかく今は逃げるぞ!」
俺は仲間達だけでなく、囚人たちにも叫ぶと、我に返った囚人たちも我先へと出口へと向かってくる。
「行きましょう! アキラ様!」
「おう!」
こうして、俺達はなんとかヴェリエーロ商会まで逃げることに成功した。