Godly shop's cheat fragrance

Episode 19: The Debris Family and Transportation Operations

「先に給金を渡しておく」

「え? 先に?」

 思わず口に出てしまったのはギロ少年だったが、男たちも同様の驚きを顔に出していた。

「給金が無かったら昼飯食べるのも大変なんじゃ無いか? 昼は炊き出しもやってないからな」

「俺たちは一日二食がほとんどだよ。……あとスラムに昔からいる人は一日一食以下なんてのも多いみたいだし」

「まあ昼食を取るかどうかは個々の判断に任せるさ」

 無意識にタバコを咥えていた俺は、反省しつつも煙を肺に吸い込んで、ポケットから銀貨を取り出し、四人の男たちに2枚ずつ。ギロとクラリに1枚ずつ手渡した。

 残金180万7988円。

 クエスト4万8000円。

 先に現金をもらって皆の表情が良くなった。これで真面目に仕事をしてくれるだろうか。

 まずは最初と言う事で、俺を先頭にぞろぞろと進む事になった。アデール商会のロットンに教わった、比較的安全な道を進む。ギロとクラリが二人で真剣な顔をして鏡を運んでいるのが微笑ましい。

 壊れ物なのでゆっくりと人混みに注意しながらアデール商会までつくと、荷運びの彼らを紹介して、次からは顔パスで大丈夫なように手配する。奥の部屋に鏡を運び終えると彼らから深い安堵のため息が出た。

 帰ろうとしたところでロットンに声を掛けられたので俺だけ残り、みんなは毛布だけを持って基地に戻っていった。日暮れまでに自分のペースで運ぶように指示しておいた。特にギロとクラリには一度呼び止めて、ゆっくりで良いし、壊れてしまっても気落ちせずに連絡するように伝えておいた。

「それでロットンさん、なんでしょう?」

「ええ、今日の分をお渡ししておこうかと思いまして」

 彼は懐からおそらく金貨の詰まった小袋を取り出した。

「まだ全て納品していませんが?」

「構いませんよ。他ならぬアキラ様ですからね」

「……彼らを見ましたよね?」

「ええ。スラムの人間に任せる仕事ではありませんね」

 内容とは裏腹に彼は笑顔だった。

「信頼してもらえるのは嬉しいのですが、良いのですか?」

「全く心配していません。いえ、彼らの事では無くアキラ様をですね」

 こいつは驚いた。見透かされているとも言える。

「ええ。もし問題が起きても必ず規定枚数を納品させていただきますよ」

「はい。信じています」

 優しい笑みで小袋を俺に渡してきたので、わざとらしく金貨を数えた。真輝大金貨30枚って大取引きだな。

 残金180万7988円。

 クエスト304万8000円。

 300万を越えたが、例の声はしないので、おそらく最初にクエスト財布に入れた70万の10倍稼げという事なのだろう。

「しかといただきました」

「……問題は起こると思いますか?」

「正直何らかの形で」

 この世界の人間は、物の扱いが全体的に雑だしな。

「こちらは最終的に数が揃えば問題ありませんが、そちらの損失はかなりの物では?」

「それも見越して利益が出るようにしていますから」

「愚問でしたね。よければ次に運ばれてくるまで見学していきますか?」

「それはありがたいですね。どんな商品が流通しているのか勉強させてください」

「それではこちらに」

 ニコニコというオノマトペが出そうなほどの笑顔で直接案内してくれた。彼の立場を考えると俺は相当優遇されているのだろう。商会的にかなり際どい商品まで見せてくれた。

 そんな感じで40分ほどが過ぎた頃だろうか、スキンヘッドを先頭に四人の人足たちが鏡を運び込んできた。

「……あれ? ギロとクラリは?」

 二人がいなかった。

「あいつらはスラムに戻る時に離れてしまった」

 なるほど、大人の足についていけなかったのか。……しかし同じスラムの人間なんだから付き合ってやれよとは言えなかった。自分のペースで行けと指示してしまったからな。

「わかった。引き続き頼む」

「ああ」

 彼らは毛布を抱えて戻っていった。どうやら帰りは大通りを一直線に戻るらしい。その辺は地元の人間に任せれば良いだろう。

 さて、俺も挨拶をして基地に戻ろうかとした時だった。

「アキラ兄ちゃん……」

 顔を涙でぐしゃぐしゃにしたギロとクラリが商会に入ってきたのだ。

「っ!? 何があった!?」

 二人はゆっくりと毛布を床に置いたが、その時にがしゃりと音が鳴り、全てを悟った。

「ごめんよ……ごめんよ……俺たち気をつけて運んでたんだけど、急に飛び出してきた奴がいて、避けきれなくて……」

「おい! お前腕が血だらけじゃないか!」

「本当は言いつけ通り、道の脇に置いてこようと思ったんだけど、落とした時に毛布がめくれて、割れた鏡を見られて……それで破片を拾おうとする奴がいっぱいで……俺出来るだけ拾ったんだけど……」

 ひぐひぐと涙を流して謝るギロ。クラリは血こそ流していなかったが似たような状況だった。

「大丈夫だ。良くやってくれたな。とにかく手当だ。ロットンさん、そこの椅子と机を借りても?」

「ええ。布と水をお持ちしましょう」

「いえ、それには及びません」

 申し出は嬉しいが、この世界の水や布ではダメだ。俺は革袋経由で救急セットとペットボトルを取り出した。まずは水でギロの腕を洗う。

 幸い深い怪我は無いようだ。指に数カ所、腕に二カ所浅めの傷があるだけでほっとした。

 ロットンが机に置いたペットボトルや救急セットに興味を示していたがこの際無視する。

 アルコール綿を1包ビニール袋から取り出し、腕から指先まで消毒してやる。指は絆創膏で、腕にはガーゼを当てた上で包帯を巻いた。

 これで雑菌の侵入はほぼ無いだろう。

「傷が浅くて良かった。痛くないか?」

「こんなの平気だけど……怒らないのか?」

「なんでだ? ちゃんと報告してくれたじゃないか」

 報連相が出来る部下とか持ってみたかったわ……。

「でも……これ凄い高価なもんなんだろ?」

「壊れやすいって言ったろ? 損傷も織込み済みだ。次から気をつければ良い」

「うん……」

 俺は二人の頭をくしゃくしゃっとなで回した。

「お前たちは大事な事が出来ている」

「大事な事?」

「ああ、一番やっちゃいけないのは誤魔化す事だ。失敗を誤魔化す奴は信用を失うし、成長もしない。それが出来るお前たちは素晴らしいんだ。だから気にするな」

「……俺頑張るよ! アキラ兄ちゃん!」

「気合いを入れ過ぎるとまた割るぞ?」

「ええ!? ここでそれを言うのかよ!?」

 俺だけで無くロットンも一緒に笑った。すると釣られてギロとクラリにも笑顔が戻った。

「そうだロットンさん。この壊れた鏡の処理をお願いしても」

「ええ。たまわりました」

 きっと彼なら割れた鏡も上手に商品に再利用してくれるだろう。

「ロスト分は後日調整しますね」

「わかりました。こちらは日付的に慌てていませんので」

「どちらかというと私の事情ですからね」

「そちら(・・・)の件も早速動いていますのでご心配なく」

 俺とロットンの謎の会話にギロとクラリがキョトンとする。もう少ししたら教えてやるから待っててくれ。

「怪我は大丈夫か?」

「ああ! よくわかんないけどこれすげぇな! 全然血が出てこないや!」

 波動を使えるようになると、このくらいの傷、自力で止められるんだがな。

「傷が塞がった訳じゃ無いからあんまり振り回すな。それじゃあ続きは出来るな?」

「おう! 任せてくれよ!」

「よし。じゃあこれを持って行け」

 俺は革袋経由で毛布を購入してギロに渡した。さっきの奴は細かいガラスが残ってて危ないからな。

 残金180万7988円。

 クエスト304万3010円。

「じゃあ行ってくる!」

「おう。しっかりやれよ」

 手を振って見送ると、横にロットンがやってきた。

「良い子たちですね」

「もともとスラムの人間じゃ無いからな」

「なるほど。少し良い服だったので気になっていました。……もしかして彼らのために?」

 俺はそれには答えずに不敵な笑みを返してやった。