Godly shop's cheat fragrance

Episode 51: The Cockroach Family and Baked Cakes

 星屑の夜空に、羽根持つ巨獣が舞った。

 ここ数日のドタバタで、ろくに話ができなかったが、チェリナが改めて話をしたいと、連れ出されている最中だ。

 俺も話したいことは沢山あったので、ちょうど良かったのだが……、現在お互い無言だ。

 よくわからない沈黙を保ったまま、グリフォンのクックルに乗り、セビテスが見えない荒野の真ん中へと降り立った。

「話は良いんだが、こんな場所じゃ無いと話せない事か?」

 クックルから飛び降りて振り向くと、チェリナは近くの岩に手を当て、気持ち悪そうにしていた。

「……ううう、アキラ様は良く平気ですね」

「平気って訳じゃないが……波動のおかげかもしれないな」

「不公平です……うう」

 チェリナも波動を使えるはずなんだが、たしかにあの乗心地では致し方ない。

 ペットボトルの水を飲ませて落ち着くのを待つ。

「ふう。もう大丈夫です」

「そうか」

 俺はいつの間にか吸っていたタバコの煙を、満天の星空に吐き出した。

 2つの月が美しく輝いていた。

「それではアキラ様、色々とお聞きしたいのですが」

「大まかな説明はしたろ?」

「私が聞きたいのはそんなことではありません」

 頬を膨らませて、ぷいと横を向いてしまう。

「あー……」

「アキラ様は本当に朴念仁ですか」

「……」

「あのエルフ……ラライラ様とはどのようなご関係なのですか?」

「だからヤラライの娘で、途中で会ったんだって話したろ? この国を出たら、レイクレルに行って、その後二人の故郷に向かう予定だ」

「そういう意味で聞いたのではありませんよ。その……随分と親しいように感じましたので」

「あー……」

 俺は頭を掻いた。

 まぁ、そういう話なんだろうな。

「別に特別なにかあったわけじゃねぇよ。結果的に命を助ける事になったから、慕ってくれているだけだ。俺からしたら妹ができた感じだな」

 ラライラの方が年上なんだが、どうも見た目から年上として接せない。

「妹……ですか」

「ああ。それより、そろそろどうしてお前がこんな場所にいるのか聞いてもいいか?」

「それは……、話すと長くなるのですが、アキラ様が旅立ってしばらくしてからの事です」

 俺はカップを取り出し、インスタントコーヒーを煎れた。チェリナの分は砂糖たっぷりだ。

 残金169万4924円。

「テッサと交易したいという商人が沢山まいりまして。クックル……グリフォンはその贈り物の一つです」

 なるほど。あの国にグリフォンはいなかったはずだからな。

「そして、ある日カズムス教が訪れました」

「カズムス教?」

「空間の神ですね。アイテムバックを作れる宗教です」

「ああ、思い出した」

 たしか世界に出回っているアイテムバッグは、全部カズムス教が作成しているんだったか。

 総本山以外の教会を持たず、アイテムバッグを作れる神官は各地を回りながら修行する……だったか。

「はい。だいたい合っています。そのカズムス教の神官が訪れ、シフトルームの建設をしないかと持ちかけてきたのです」

「シフトルーム……瞬間移動の装置だったか」

「そうです。近年その有用性が認められ、建設は順番待ちの状態でしたから、それを飛び越えての提案。飛びつきました」

「詐欺じゃねーのか?」

「そのあたりはしっかり調査済みです」

「そうか」

 まぁチェリナやブロウ・ソーアに抜かりは無いか。

「とにかく、理由は不明ですが、シフトルームの建設が決定しました。そして私はテッサの代表として、各都市へのシフトルームの設置を交渉に行くのですよ」

「ん? どういう事だ?」

「シフトルームは2つの部屋の中身が入れ替わる、特殊な空理具です。当然1つでは機能しません」

「ああ、そういう事か」

「すでにミダル大陸の東側と、多数のシフトルームを設置している、レイクレルに設置の提案に行く途中なのです」

「なるほど。セビテスは通り道って訳か」

 そこでチェリナは口をへの字に曲げた。

「……それだけが、理由では、ありませんが」

「ん?」

 再びチェリナがぷいと横を向いてしまう。

「……言葉にしないとわからないのですか?」

 そうだな……。そうなんだろうな。

「チェリナ」

「はい」

「細かいことは置いといて」

「はい」

 俺はチェリナを凝視できず、逆方向を向きながら。

「会えて嬉しい」

「!」

 次の瞬間。身体に衝撃が。

 決まってる。チェリナが抱きついてきたのだ。

「わたくしも! ……私(・)も! ずっと逢いたかった!」

 俺はそっとその細い肩を抱きしめた。

 そうだよな。

 一時の感情じゃないんだよな。お互い。

「悪い。自分の事が信じられなかった」

「あなたは……いつもそうです」

「ああ」

「私は……こんなにもアキラ(・・・)の事を想っているのに……ずるいです」

「ああ」

 薄いシャツを通して、チェリナの体温が伝わってくる。それは気温の落ちた荒野で、灯火のようだった。

 一人荒野に飛ばされて得た、大事なもんだ。

 俺はそれを思い出して。抱きしめる力を徐々に強めた。

 ◆

 朝、基地になっているキャンピングカーへと戻ると、ラライラが半目を向けてきた。

 じとーっと向けられる視線に耐えきれず、俺は朝食をとろうとした。

「……ラライラ、俺の分は?」

「さあ?」

「そ……そうか」

 俺は鍋に残っていたスープを掬って一人で食べた。

 ◆

「さて、ラライラ食堂の手伝いに行くか」

「アキラさんはミシン工房の方へお手伝いに行ってください。服飾ギルドの方が来て欲しいって言ってたよ」

「お、おう」

 俺は一人でミシン工房へと行った。

 ◆

 夜戻ると、夕飯の後片付けの最中だった。

「ラライラ……俺の分」

 じーっと睨め上げられた後、そっぽを向かれた。

 辛い。

 チェリナも妙に勝ち誇ってるんじゃ無いよ。

 俺は食堂に行って、余り物で夕飯を作ってもらった。(好意で無料にしてくれた)

 ◆

 その日の朝早くから、アデール商会のロットン・マグーワがやって来た。

「おはようございます、アキラ様」

「よう。どうした?」

「ハンション村への支援体制が完全に確立しました」

「そうか。色々悪かったな」

「いえ、鏡で充分利益は出させていただきましたので」

「助かったぜ」

 俺はコンテナから、アデール商会へ10億円を貸し付ける書類を取り出して、ロットンに渡した。

「確認してくれ」

「はい。……確かに本物です」

 羊皮紙を受け取り、そのままたき火の中に放り込んだ。

 ゆっくりと灰になっていく契約書。

「こう言ってはなんですが、本当に良かったのですか? それは正式な書類です。アキラ様が要求すればアデール商会は支払うしかありませんよ?」

「いいんだ。それよりハンション村の事は任せた」

「それはもう。アデール商会の名誉にかけて」

「頼もしいぜ」

 偶然だが、チェリナもハンション村の復興を目撃している。これだけ早く始まったのは、アデール商会がテコ入れしたからだろう。

 だったら十分だ。

 ドドルの金は、ハンション村に使ってもらわなきゃ。俺が受け取る権利なんてねーよ。

「しかし、任せるという事は……」

「ああ、そろそろこの国を出ようと思ってる」

「一応聞いておきましょう。良ければアデール商会に入りませんか? 幹部の座は確約いたしますよ」

「ははは。答えはわかってるだろう?」

「それもそうですね。旅の幸福をお祈りいたします」

「ありがとうよ」

 ちょうど朝食を食べに来た、ギロとクラリ。それと炊き出しを手伝っていたユーティスにも来てもらった。

 俺、ハッグ、ヤラライ、ファフ、ラライラに加えてチェリナとギロ、クラリ、ユーティス、ロットンに集まってもらった。

 朝食を振る舞いつつ、俺は口を開いた。

「全員聞いてくれ。そろそろこの国を出ようと思ってる。出る日はまだ決めてないが、近日中の予定だ。何か意見のある奴はいるか?」

「アキラ兄ちゃん……行っちゃうのか」

「ああ。元々ここに長居する予定じゃ無かったからな」

「寂しくなります」

 ギロだけでなく、クラリも表情を暗くした。

「それで、チェリナはどうする? なし崩しでしばらく一緒にいたが」

「目的地は同じなのです。一緒に行きますよ」

「ああ。みんなもそれで良いな?」

 ハッグやヤラライは頷いたが、ラライラはそっぽを向いた。

 俺は苦笑するしか無かったが、ヤラライが問題無いと手を振ったので、そこは流した。

「それなら! 私も連れて行ってください!」

 まさかの宣言をしたのは、服飾ギルド所属のユーティスだった。