Godly shop's cheat fragrance

Episode 32: Identity Revealed as a Freeman

 突然笑い出すファフ。

 笑うのはいつもの事だが、まるで狂ったような邪悪な笑みだった。

「ヌシは頼んでおったな! その感情が出たら教えてくれと! その感情が嫌いじゃと!」

 覚えがある。あれはクソみたいな町長に対して、感情を抑えきれなくなった時だ。

 あれよりもはるかに強いが、確かに、同じ感情だ。

 だが、今は……。

「契約(・・)通り! その力! ワレが頂いてやろう!」

 俺だけでなく、レイドックもサリーも突然の事に目を剥いていた。

 そこでファーダーンも、ゆっくりと振り返り、わずかに眉根を歪めた。

「おい、ファフ。今はふざける気分じゃ——」

「龍牙魂魄蒐醜(しゅうしゅう)掌撃なのじゃぁ!」

 ずぶり。

 謎の技名とともに繰り出された掌底が、俺の胸に放たれる。

 巨大な金属爪がついたガントレットがあるはずなのに、ファフの肘までが、胸に突き刺さっていた。

「え?」

 あまりの光景に、動くことが出来ない。

「ふーむ、ここか? いやこの辺かの? ククク……」

 無造作に胸に突っ込まれた腕が乱暴にかき回される。

 胸に刺さっていると言うのに、なぜか脳内がかき回されているような錯覚におちいる。

「これじゃーーーー!!!!」

 ごぶりと抜き取られたその手には、謎の黒い物体が握られていた。

「クク……ククク……クククハハハハハハハ!! とうとう! とうとう取り返したぞ! 神に奪われし力の一部!」

 躊躇無く、その波打つ黒い塊を飲み込んだ。

 そして……。

 身体が、めきめきと大きくなり、歪み、形を変えていく。

 美少女の面影は無く、それは巨大な。

 ドラゴンだった。

「全力撤退! 急げ!」

 真っ先に反応したのは、金髪鎧女のファーダーンだった。

 その声に、レイドックとサリーがはっとする。

「行け!」

 それは習慣からなのか、反射的な行動だったのか、レイドックとサリーは戸惑いの表情を浮かべつつも、全力で走り出す。サリーはゴスロリ人形二体に運ばれていた。

 ファーダーンは兜を被り、2本の大剣を構えていたが、漆黒の巨大竜が動かないのを確認すると、大砲の様な動きで後退を始めた。

 後には沈黙が残った。

 漆黒の鱗が陽光を吸い込み、まるで闇が形どったと思わせる、巨大な生物。ドラゴンがそこにいるのだから。

「ファフ……なのか?」

『ククク。見ての通りなのじゃ。それより女。早く力を使わんと、エルフが死ぬぞ?』

「え?」

「女!? 力!?」

 黒き竜が見つめていた先は、胸に槍が刺さったヤラライと、それを必至で看病しているユーティスだった。

「ユーティス……? 助けられるのか?」

「あ……でも……これは……」

「頼む! 何でもいい! 助けてくれ! 何でもする! ヤラライを助けてやってくれ!」

「その……私は……」

『ククク。この後に及んで、正体を隠すのかの?』

「違うんです! 私だって! 私だって治せるなら! でもここまでの傷では!」

『ああ、そういう事か。ならば』

 竜がその巨体とは思えないほど軽やかに首を曲げると、チェリナに視線を合わせた。

 そして、胸の谷間に、爪の先をスポリと嵌めた。

 何やってんだこいつ!?

 怒鳴ろうとして、チェリナの胸の間から、激しい光が漏れ出ているのに気がついた。

「な! 何を!」

『ククク、一時的にこっちの世界に引っ張ってやったのよ。ま、力を横取りした詫びなのじゃ』

 何を言っているのかさっぱりだ。

 チェリナが首にかけていた、細いチェーンを引き出すと、そこについていたのは、俺が昔渡した、神のシンボル。

 商売神メルヘスの聖印(シンボル)、そのオリジナルだ。

 小学生の時に手彫りした、不格好な木彫りの謎彫刻。

 何も考えずに作ってしまって、教師に「これは何?」と尋ねられ、思わず神さまと答えてしまった黒歴史なシロモノ。

 その時から、誰にも言えない悩みや怨みその日の報告をぼそりと呟くようになってしまった。

 そしたらそれが本物の神さまだよ。

 まぁとにかく、人造神さまの本体が、チェリナの巨大な胸の間で神々しい輝きを放っていた。

「ああああああ! 力が! 力がぁあああああ! ふえええーん!」

 それは女の声だった。

 そしてどこか抜けた声だった。

「折角アキラ様が、もう一つのお力を集めてくれたのにぃー! あー! まさか竜だったなんてー!」

『ククク、アキラ自らがいらんと言っていた力を有効利用してやったのじゃ。感謝してくれてもよいのじゃぞ?』

「するわけないじゃないですかー! もー!」

 喋ってる。

 聖印が喋ってる。

 俺は頭を抱えたくなった。

「そんな場合じゃないだろ! なんでもいいからヤラライを助けろ!」

『ふむ。確かに時間は無いの。よし商売神メルヘスよ。とっととそこな神官(・・)に力を渡さんか』

「ええー……なんでそんな事を」

「助かるのか!? こいつ(・・・)が協力すればヤラライは助かるんだな!」

「こいつってアキラ様ひっどーい」

『ククク。ワレは癒やしの力を持たぬからな。じゃが、メルヘスであれば、神官を通せばなんとかなるじゃろ』

「か……神?」

 驚いて顔を上げたのは、ユーティスだった。真っ直ぐに聖印を見つめていた。

「はーい♪ 神さまのメルヘスちゃんですよー!」

 木彫りの彫刻がかわいこぶるんじゃねーよ。

「ああああ……奇蹟が……奇蹟が起きているのですね」

 その場に身を投げ出すように拝礼を始めるユーティス。

「ユーティス! してる場合か! とっととこれ(・・)から力とやらを借りて、ヤラライを直してくれ!」

 すでに地面は血の海で、ヤラライは蒼白。生きているのが奇蹟のレベルだった。

「あの……しかし……」

「おい! メルヘス! お前神なんだろ!? 頼む! 助けてくれよ! 俺の……俺の友達なんだよ!!!!」

「アキラさん……」

「うーん。わかりましたよー。アキラ様に直接お願いされちゃったらしょーがないよね? えーい、ぴろりろりーん!」

 緊張感の無いセリフの後に、聖印を覆っていた光の一部がユーティスに移る。

「こ! この力は!」

「今なら治癒の能力が上がってるから、早く使った方がいいですよー」

 まるで他人事のようなセリフだ。

「! メルヘス神さま! お力をお借りいたします! どなたか! この槍を抜いてください! 同時に治癒の祈りを捧げます!」

「ユーティスさん、神官様だったんだ」

 ヤラライの出血を止めるべく、布を当てていたラライラがボソリと呟いた。

「お願い、ユーティスさん。事情はわからないけれど、父さんを助けて……」

「ええ、きっと、大丈夫です」

 ハッグが槍をむんずと掴んだ。

「娘、合図せい。一気に抜いてええんじゃな?」

「はい、それでは……今!」

「ふん!」

「がはぁ!!」

 思いっきり引き抜かれた槍の軌跡を追うように、大量の血が宙に舞った。

 口からも吹き出していた。

 本当に助かるのか? ……いや! なんでもいい! 生きてくれ! ヤラライ!

「偉大なる大地の母アイガスよ。優しき商売の神メルヘスの力を借りて、その大いなる腕(かいな)にて慈悲の抱擁を。あなた様の海よりも深く、山よりも高い、無量の慈悲にて、この者に癒やしの息吹を与えたもう」

 それはまさに祈りだった。

 ゲームなどでイメージする治癒魔法は、手をかざして呪文を唱えるという印象だったが、これは間違い無く祈りだ。

 ユーティスの神に対する絶対的な信仰心が、まるで形となって見えると錯覚するほどの、深い深い祈り。

 最初の変化は、ごぶごぶと吹き出ていた血が止まったことだ。

 次に、大穴の開いていた皮膚が、ゆっくりと閉まっていく。ラライラが血を拭うと、いつもの腹筋が姿を覗かせていた。

「がはっ! がはっ!」

 激しく咳き込むヤラライ。

 それまで死人のような顔つきだったが、ゆっくりと赤身が差していた。

「喉に……! 血が!」

「父さん! お水!」

「水は飲み込まずに、ゆすいで吐き出してください。少ししたら飲めるようになりそうです」

「ああ、わかった」

 何度が口をゆすいだヤラライが、しっかりした視線をラライラに向けた。

「父さん!」

「ああ。助かった」

「良かった!」

 ぎゅうとヤラライの頭を抱え込むラライラ。

 余りにも連続で起きた出来事が多すぎる。

 幸い、あの心をかき乱すどす黒い感情はあまり無い。

 ある程度冷静になりつつ、俺は黒いドラゴンと、まだ若干光っている聖印に目を向けた。

「さて、そろそろ説明してもらおうか?」

 ドラゴンがニヤリと笑ったように感じた。