「リュート、どこに行くつもりだ?」

お茶会に呼ばれたケンタウロス族のカレン・ビショップは、いつも2階のクリスお嬢様の自室へ通されていた。

しかし今日は1階の大広間へと案内される。

そのため不思議そうに案内をするオレに問いかけてきたのだ。

「大広間でございます。そこで皆さんがお待ちしております」

「皆さん?」

彼女は返答を聞き、さらに首を傾げた。

再度質問を投げかける前に、大広間前の扉に辿り着く。

オレはノックし、声をかけた。

「カレン様をお連れいたしました」

カレンを扉の前に立たせると、扉がゆっくりと開く――

『カレンちゃん、お誕生日おめでとう!』

「!?」

軽い破裂音と共に布製の紙吹雪やテープがカレンの体に降り注ぐ。

カレンは初めて聞く破裂音に身をすくませる。

その後、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

大広間にはクリスお嬢様、旦那様、奥様。そしてブラッド家の使用人達。

3つ眼族のバーニー・ブルームフィールド。

ラミア族(半蛇)のミューア・ヘッド。

そしてさらに、バーニーとミューアが手伝いのため連れてきたメイド達がいて、皆盛大に拍手をしている。

大広間の壁には色とりどりの紐と花々が飾られていた。

さらに横断幕に魔人大陸語で『カレンちゃん、11歳の誕生日おめでとう』と書かれている。

まだ状況が飲み込めていない彼女に、お嬢様が花束を持って歩み寄った。

『カレンちゃん、お誕生日おめでとうございます』

「く、クリス!?」

イジメが原因で自室から出ることが出来なかったお嬢様が、目の前にいることにカレンが再度驚愕する。

花束を受け取りようやく、この集まりが自分のサプライズ誕生日会だと気付いた。

カレンはダムが決壊したように涙を流す。

「わ、私の誕生日を祝うために部屋から出て来てくれるなんて、クリスはなんて友達想いなんだ! 皆、ありがとう! 私はなんて素晴らしい友人を持ったんだろう!」

『…………』

会場に居るお嬢様含めて、カレン以外の幼なじみ達が視線を合わせる。

前回、誕生日の打ち合わせで他2人はお嬢様が部屋から出られるようになったのを知っている。もちろん、カレンのため出られるようになった訳ではないことも。

しかし否定するほど野暮では無い。

曖昧な笑顔を浮かべるが、感動で涙を流し続けるカレンが気付くことはなかった。

彼女が大広間に入ると、早速プレゼントを渡される。

「まずはわたしからね」

3つ眼族のバーニーがプレゼントを渡す。

大きさは5キロの米袋程ある。

「魔術が施された貯金箱だよ。目標金額まで貯めないと絶対開けられない仕組みになってるんだ。頑張ってお金貯めてね」

「ありがとう、バニ。大切に使わせてもらうぞ」

なんとも両替屋の娘らしいプレゼントだ。

『次は私です』

お嬢様は手のひらに乗る綺麗に布でラッピングされた小箱を手渡す。

『耳飾りなんですが、喜んで貰えたら嬉しいです』

「ありがとう、クリス。普段身に付けることは出来ないが、パーティーや大切な日などに使わせてもらおう」

「最後は私ね。クリスさんが準備したプレゼントと一緒に使ってもらえたら嬉しいわ」

ラミア族のミューアが連れてきたメイドがプレゼントを受け取る。

彼女だけは包装せず、その場でプレゼントを広げて見せた。

彼女が準備したプレゼントは、レースが重過ぎないかと心配になるほどふんだんに使われたドレスだった。

色はピンク、白いレースがホイップクリームのように縫いつけられている。

パーティードレスというより、前世の世界にあった甘ロリに近い衣装だ。

カレンはミューアの誕生日プレゼントを前に絶句しながら、顔を赤くする。

「み、ミューア! な、なんだそのフリフリで、ヒラヒラなドレスは! 私のような厳格な武人に似合うはず無いじゃないか!」

「そんなことないわよ。大丈夫、カレンにとってもよく似合っているわよ」

「またそうやって貴様は私をからかう!」

カレンが真っ赤な顔で怒る。

だがお嬢様と3つ眼族のバーニーも援護に回った。

「そんなこと無いよ、カレンちゃんは顔立ち綺麗だし、スタイル良いし絶対に似合うよ」

『私のプレゼントのイヤリングはシンプルなので、そのドレスとバランスが取れて合うと思いますよ。今度是非着て見せてください』

「いや、しかし、その……」

2人は本心で似合うと力説している。

だから逆に断り辛くカレンは言葉に詰まってしまう。

カレンはミューアへぎこちない笑顔を向ける。

「あ、ありがとうミューア。汚れないよう大切に保管させて頂くよ」

「気に入って貰えて嬉しいわ。今度のお茶会の時にでも着て来てね」

「そ、そうだな気が向いたらな。あはははは」

「ふふふふふっ……」

2人の静かな攻防が続く。

2人のやりとりが終わると、旦那様たちが準備していた楽団が演奏を始める。

音楽に耳を傾けつつ、お嬢様方は料理に手を付けた。

料理は3家から持ち寄って用意した。

ラミア族のミューアが魚料理を。

3つ眼族のバーニーが肉料理を。

お嬢様側はそれ以外の簡単につまめる料理(日本で言うところのオードブルに近いもの)を担当している。

また料理長のマルコームさんが気合いを入れて魔人種族が好きなデザートを沢山用意した。

ケーキ、クッキー類はもちろん。

オレが教えたお菓子類――ボールで作った巨大プリン、クレープにハート型のミル・クレープ。ポテトチップス、他にも沢山の種類のお菓子が多数用意されている。

それらをお嬢様方々、旦那様、奥様、ラミア族&3つ眼族のメイドたちが美味しそうに食べる。

ホスト側であるオレ達ブラッド家使用人は、厨房や飲み物の手渡しなどで動き回っている。

参加者数が多くないためそこまで苦労は無い。

執事長のメリーさんは気合いを入れて働いているが。

カレンが切り分けられた巨大プリンを食べながら疑問を尋ねる。

「しかし、扉を開けた時の破裂音と飛んできた細かい布や紐はなんだったんだ?」

『あれはリュートお兄ちゃんが作った『クラッカー』というパーティー道具らしいですよ』

「クラッカー?」

パーティーを開くということで、旦那様方の許可を取り作った品物だ。

こちらの世界の紙は耐久力が無く、値段が高いため木材で代用した。

いらなくなった布を細かく切り、紐を万華鏡のような木材の筒に入れる。

紐を引っ張ると、加減して入れた発射薬(パウダー)によって中身が飛び出す仕組みだ。

こんな所で銃を造る技術が役立つとは思わなかった。

一通りの説明を聞くと、カレンが考え込む。

「面白い仕掛けだな……もしかしてこれを利用すれば新しい武器が作れるのでは無いか?」

「こらこら、主役が何考え込んでるの。実家仕事はパーティーが終わってから考えなさい」

「す、すまんつい」

『でも実際、すでにそういう魔術道具の武器があるみたいですよ。確かAK47っていうんですよね?』

お嬢様がミニ黒板で話しかけてくる。

友人達の視線がオレに集中した。

……AK47の話をしたのはちょっとマズかったか?

今更誤魔化す訳にもいかず、素直に話す。

「破裂の魔術で、小さな金属片を遠距離に飛ばして相手を殺傷する魔術道具ですね」

「そんな物があるのか。初めて聞く魔術道具だな。妖人大陸で一般的に知られているものなのか?」

武器・防具の開発や生産を営む家柄、カレンが興味を抱く。

素直に話す義理も無いため適当にはぐらかす。

「一般的には知られてません。珍しい魔術道具らしいですよ。自分も妖人大陸に居た時、小耳に挟んだだけですから」

「その話は妖人大陸のどこで聞いたんだ? 他には何か耳にしなかったか?」

「もうカレンちゃんたら、ミューアちゃんに注意されたばっかりなのに」

カレンの質問攻めをバーニーが嗜める。

「ほら主役なんだからもっと食べて食べて。このケーキとか凄く美味しいよ」

「す、すまんつい。んっ、確かに甘くて美味いな」

バーニーに勧められたケーキを食べ、カレンは口元を綻ばせた。

オレはそれを見届け質問が再開しないうちに場を離れる。

壁際に避難すると、入れ替わるようにメリーさんが慌てた様子で旦那様の元へと向かう。

ソファーに座り奥様と2人、ミル・クレープを食べている旦那様の耳元にメリーさんが耳打ちした。

「!?」

反対側の壁際にいた筈なのに潰されるような圧迫感を覚える。

演奏していた楽士たちも怯えて手を止めてしまったほどだ。

お嬢様の幼なじみ達も何事かと振り返る。

その中で唯一、奥様だけが優雅に香茶(かおりちゃ)を飲みながら旦那様を嗜めた。

「貴方、ちゃんと抑えてください。魔力が全身から漏れ出してますよ」

「……ははははっはは! すまん、すまん! 少し気を抜いてしまったわ」

「まったく、貴方は見掛けによらずおっちょこちょいなんですから」

2人は周囲を置き去りにして楽しげに笑い合う。

適当な所で旦那様が咳払いをする。

「いや、失敬失敬。少々身内事があって取り乱してしまったよ」

初めて味わった圧迫感。

あれが魔術師A級の旦那様が本気で怒った時の圧力なのだろう。

しかし彼を本気で怒らせるほどの『身内事』ってなんだ?

旦那様は明日の天気を話すように気軽に言う。

「また我輩の兄達が戦(いくさ)を仕掛けてきたようでね」

旦那様の兄達!

脳裏にすぐピュルッケネンとラビノの凸凹コンビの顔を浮かぶ。

奴らは過去に一度、旦那様の財産を掠め取るため言い掛かりを付け戦を仕掛けてきた。

相手は本家ヴァンパイア一族、約1000人。うち、魔術師は50人ほどだ。

対してブラッド伯爵家は旦那様、奥様を筆頭に戦える人材を集めても50人に満たなかった。だが結果はブラッド伯爵家の圧勝。

それは当然と言えば当然だ。旦那様は魔術師A級――それは一握りの天才が努力してようやく到達できる領域の怪物。

旦那様とその部下達に敵は全員蹂躙され、あの馬鹿兄弟は敗北するとすぐに謝罪してきた。

旦那様もその申し出に謝罪以外、金銭も要求せず笑って許したのだが……

「兄達も間が悪いことだ。家族と娘の友人達の楽しい一時に戦など仕掛けてくるとは……これは兄達とはいえお灸を据えなければならないようだ」

口調は穏やかで微笑みすら浮かべているが、上等な衣服の下、筋肉が膨れるのを感じる。

「そうですね。前回、少々甘やかし過ぎたようですね。今回は厳しくいきましょうか、貴方」

旦那様の提案に奥様が同意する。

彼女も品の良いドレス姿のまま、全身から殺(や)る気を噎せ返るほど放つ。

「そういう訳で済まない、ビショップさん。折角のパーティーに水を差してしまって。この償いは近いうちに」

「お心遣い感謝します、伯爵。ですがお気になさらず、お家騒動なら仕方ありません。今日は本当に楽しかったです。こちらこそ、このお礼は近いうちに必ずさせてください」

カレンは丁寧に頭を下げ、お礼を告げた。

「なら、私達も退散しましょうか」

「そうだね。お家騒動なら仕方ないし、邪魔になるから早く帰らないと」

ラミア族のミューア、3つ眼族のバーニーも本家からとはいえ、戦争を仕掛けられていることにあまり驚かず淡々と帰宅準備を始める。

彼女達も、過去に一度本家に戦争を仕掛けられたことがあるのを知っているから、こんなに淡々としていられるのか?

オレが不思議そうな顔をしているとメイド長のメルセさんが小声で教えてくれた。

(人種族のリュートには馴染みが薄いかもしれないけど、魔人種族の間ではこういった『お家騒動には口を出さない』のが礼儀なのよ。魔人種族は他4種族より一族の種類が多いでしょ? 一族によって風習や習慣が違うから口を出さないのが暗黙の了解になっているのよ)

なるほど。

だから皆、事情を問い詰めたり、加勢が必要かなどと尋ねたりしないのか。

「メルセ、リュート、2人はお嬢様とお客様をお見送りしなさい。その後、お嬢様をお部屋にお連れするようお願いしますメェー」

いつの間にか側に居た執事長のメリーさんが、指示を出す。

オレ達は返事をすると、すぐ行動に移った。

メリーさんも他の使用人に指示を出すため歩き出す。

兄弟との戦争の準備のために――