アルセドが濃い緑の液体を体内に注射器で流し込むと、魔力が一気に増大する。

彼はまるで四足獣のように手を付き、伸びた犬歯を唾液で汚す。

「グルアッァアァアア!」

「ッ!?」

オレは咄嗟に構えていたAK47をフル・オート射撃!

しかし彼はまるで本物の獣のような素早い身のこなしで、回避する。

弾倉を交換――その隙に距離を縮められる。

アルセドの跳躍で土、草が弾着下後のようにめくれる。鋭い手刀で首筋を浅く裂く。

ダンッ!

クリスの『7.62mm×51 NATO弾』での援護射撃。

アルセドは溜まらず後方へと距離を取り、回避行動を続ける。

どうやらクリスの腕前でも今の彼に直撃は難しいらしい。

オレも代えた弾倉で狙いを付けるが、まるで当たらない。掠りはするが、その傷も膨れ上がった魔力ですぐに治癒してしまう。

AK47とクリスの援護射撃のお陰で、アルセドを近づかせないことに成功はしている。

だがオレ達の弾薬には限りがある。

この拮抗状態をいつまでも維持は出来ない。

(こんな時、リースがいれば無限収納で弾薬が補充出来るのに!)

彼女は自身の精霊の加護を過小評価しているが、オレに言わせればあれほど素晴らしい力は無い。

重さを気にせず補給物資を持ち運べるなんて、軍隊からしたら夢のような力だ。

彼女がその気になればあらゆる銃器を収納し、『ワンマンアーミー』状態にだってなれるだろう。

そんな益体のないことを考えていると、背後からスノーの声が響いてくる。

「踊れ! 吹雪け! 氷の短槍! 全てを貫き氷らせろ! 嵐氷槍(ストーム・エッジ)!」

氷×風の中級魔術。

スノーの上空で小型の竜巻が疼く巻き、無数の鋭い氷りの刃が舞っている。刃は機関銃(マシンガン)の如く、アルセドを狙い無数に発射される。

それは風と氷の二重奏だ。

スノーは得意の氷系魔術で、点ではなく面で攻撃をしかける。

「グルアッァアァアア!」

アルセドは雄叫びを上げながらも回避、回避、回避!

抵抗陣と肉体強化術で補助した視力、身体能力によって氷刃を避け続けるが、流石に無傷という訳にはいかない。

数本が肩、手、足に刺さってしまう。

草原の一部が針山になるほど放たれた氷刃を、致命傷を避け数本だけ浅く刺さった程度で回避仕切ったのだ。凄まじい回避力としか言いようがない。

「リュートくん! クリスちゃん! 少しだけ時間を稼いで!」

「え!? あっ、りょ、了解!」

だがスノーは『嵐氷槍(ストーム・エッジ)』を回避されたことを気にせず、オレとクリスに指示を飛ばしてくる。本人はアルセドに意識を集中。体中から尋常じゃない魔力を放出し始める。

彼女が何をするのか分からないが、愛する嫁から『時間を稼げ』と指示された。

なら、それに応えるのが男の役目だろ!

「これでも喰らえ!」

攻撃用『爆裂手榴弾』を手にして、口でピンを抜き投げつける。

爆裂手榴弾は『衝撃波』によって相手に死傷させる手榴弾だ。

殺傷半径は約10m程度と破片手榴弾に比べると狭い。

これは使用者が身を隠す場所のないところでも使えるように(巻き込まれないように)したためだ。

草原という立地状、遮蔽物が無いため攻撃用の爆裂手榴弾を選択した。

投げつけると同時に、肉体強化術で補助した脚力で後方へと下がる。

数秒後、手榴弾が破裂しアルセドを巻き込む。

「グルアッァアァアア!」

初見の手榴弾だが、AK47などを知っている彼はすぐさま抵抗陣を構築。被害を最小に抑える。

チャンスとばかりにクリスが発砲! 重なるように連続で発砲音が響く。

弾丸は抵抗陣でストップされる――が、それだけではやはり終わらなかった。

1発目は弾かれ、2発目で罅が入り、3発目で弾丸が抵抗陣を砕き突破。肩に深々と弾丸が突き刺さる。

クリスは3発連続で発砲し、抵抗陣の同じ箇所を三度狙い違わず当てたのだ。

オレは思わず自分の目を疑った。

前世の世界では、『ベンチレスト射撃』というライフル射撃競技がある。

100m先の的を狙い数mmの精度を競うスポーツだ。

ベンチレスト射撃は、通常のライフル射撃のように手で持って発砲したりはしない。台の上に置いて発砲する。

そのため実用にならないほど本体を重くし、衝撃を吸収。倍率の高いスコープを付け、実包も自分で火薬量、薬莢、弾丸を組み合わせハンドロードした手製のモノを使用する。

この競技では的に開けた穴に再度弾丸を通す――ワンホール・ショットが当たり前だ。

しかし、クリスはそれを実戦でやってのけたのだ。

競技では止まった的、100m先、実用には向かない重いライフル等でようやくワンホール・ショットする。

クリスは動く的、100m以上先、間隔を開けず連続で弾丸を三度もワンホール・ショットさせたのだ。

自身の目を疑ってもしかたがないだろう。

「グルアッァアァアア! 殺す! 殺す! 殺すぅううぅぅぅうっぅうッ!!!」

アルセドは狂ったように声音をあげ、血を撒き散らしながらも突撃してくる。

先程からスノーの魔術で付けられた傷口が治癒されないのは、彼の強化された魔力も底が近いということだろうか?

心なしかアルセドの動きが鈍くなっているように感じる。

鬼気迫る突撃だが、最初にあった鋭さの陰も無い。

オレはあっさり回避して、AK47を撃ち込む。

弾丸は彼の足に当たり、ごろごろと草原を転がる。

「ち、ちくしょう……体、さっきから上手く動かない。それになんでこんなに寒いんだ」

アルセドは寒そうに荒く息をつく。

ガタガタと体を震わせ、顔色は悪くなり、唇など紫色に変色し始める。

その姿はまるで衣服を脱がされ、南極に放り込まれたようだった。

「ふぅ、ようやく効いてきたみたいだね」

「これはスノーがやっているのか?」

「そうだよ、わたしがこの人の『体温』を魔術で奪っているんだよ」

スノーはえっへんと立派な胸を張る。

彼女の説明曰く――どうやらスノーは自身の魔術で傷つけた相手の体温を奪うことが出来るらしい。しかも傷口に氷が張り付き治癒力を邪魔する。

傷を負った相手は次第に体温を奪われ、気付けば何時の間にか裸で吹雪の中、放り出されたように震え出す。

なんて極悪な力だ。

だからスノーは『氷雪の魔女』なんて2つ名を与えられたのか。

「さすが魔術師Aマイナス級だな。やっぱり『氷結の魔女』っていう師匠の下で修行して身に付けたのか?」

「ううん、違うよ。これはオマケみたいなもの、師匠にはもっと凄いことを教わったんだよ」

これより凄いだなんて……想像が付かないな。

「まだだ! まだ終わってない!」

アルセドは吼えると、新たな注射器を取り出す。

今度は撃ち込まず、口にくわえると噛み砕き中身を飲み干す。

「ひゃひゃひゃひゃひゃぁ!!! 殺してやる! 絶対にオマエ達を皆殺しにしてやるからな!」

だが、彼の望は叶わなかった。

注射器の中身を飲み干すと、突然、体のあちこちが膨れ上がりだす。

「ぐがぁぁ!? あぁぁぁあっ!!!」

まるで風船に破裂するまで空気を送り込んでいるようだった。

ある一点を超えると、アルセドの体は裂け、各所から血液を噴水のように撒き散らす。

「ぎゃあぁぁああぁぁァッッッっ!!」

ムッと、するほど濃い血の匂いが辺りを包み込んだ。

アルセドは一目で絶命したと分かる。

いつか復讐を――と願っていた相手の1人だったが、最後は自滅という結果に終わる。

スノー、クリスは未だに警戒しながらも、オレの側まで歩み寄った。

「……この人、どうして最後に死んじゃったんだろう?」

「多分だけど、注射器――あの薬を過剰に摂取したせいじゃないかな」

魔力量を増やすという破格の薬を連続で使用すれば、何が起きるか分かったものじゃない。

オレはアルセドに歩み寄り、砕き飲んだ注射器の残骸を指先で摘み上げる。

黒い御人。

注射器。

魔力量を増やす薬。

短時間であまりに多くのことが起きたせいで、いまだ考えが纏まらない。

ただ、背筋を不吉な影に撫でられるような寒気を覚えた。