パーティー帰宅時のアム・ノルテ・ボーデン・スミスが乗った馬車が近づいてくる。

これからオレ達は、領主の息子である彼を誘拐する。

予定の位置に入ったらクリスが合図で知らせてくれる。

クリスの合図は実にシンプルな物だ。

ダァーン!

ダァーン!

ダァーン!

SVD(ドラグノフ狙撃銃)発砲音。

襲撃の合図だ。

「行くぞ、スノー!」

「了解だよ、リュートくん!」

オレとスノーは戦闘用(コンバット)ショットガン、SAIGA12Kを手に家屋の影から飛び出した。

視界には聞き慣れない発砲音に驚き、動揺する角馬と護衛達。

片側の車輪2つが破壊され、馬車が傾いている。

御者台に座っていた男性は、突然切れた手綱を手に呆然としていた。

全て、クリスがSVD(ドラグノフ狙撃銃)で撃ち抜き、破壊したのだ。

「貴様等! 何奴か! こちらの馬車に搭乗なさっているのがアム・ノルテ・ボーデン・スミス様と知っての狼藉か!」

従者のリーダー格らしき人物が、騎馬の上から叫ぶ。

どうやら中に乗っているのは目当ての人物で間違い無いらしい。

オレは返答する代わりに、SAIGA12Kの引鉄(トリガー)を絞る。

「ぐっあ!?」

発砲音。同時に砂が詰まった袋――ビーンバッグ弾が、リーダーは短い悲鳴を上げさせ角馬から落馬する。

「……き、貴様!!!」

攻撃された、という事実に遅れて気付いた他護衛者達がオレ達へ襲いかかってくるが……

ダァーン!

ダァーン!

ダァーン!

クリスの援護射撃により、手にしていた剣を吹き飛ばされる。

さらに、シアがMP5Kの入ったアタッシュケース――コッファーで、混乱している護衛者を3人ほど殴り倒した。

残る2人も、オレが手早くビーンバッグ弾で気絶させる。

スノーが馬車へ駆け寄ると、扉へ向けて発砲。

留め具ごと扉を破壊し、開閉出来るようにしてしまう。

前世、地球でショットガンは建造物のドアを破壊したり、鍵を壊したりするのによく使用された。そうした用途に使われるショットガンを『ブリーチャー』『マスターキー』などと呼ぶ。

まさにショットガンのある意味で正しい使用方法だ。

オレが扉を開くと、突然片側が傾いたため、重力に従い目標の要人が反対側の扉側へと倒れていた。

彼は投げ出された体勢で、強気の姿勢を見せる。

「この下郎が! ぼくがアム・ノルテ・ボーデ――」

オレは最後まで話を聞かず、特殊音響閃光弾(スタングレネード)のピンを抜き馬車内部へと放り入れる。

もちろん相手は魔術師。

反射的に抵抗陣を作り出すが――

「うぎゃぁぁ!?」

強烈な光と音までは防ぎきれず、奇声をあげ気絶してしまう。

もちろん投げ入れた特殊音響閃光弾(スタングレネード)は弱めたバージョンを作って入れた。

さすがに通常のを狭い馬車内で使用したら、目標の要人がただでは済まないからだ。

襲撃は時間にして約1分程だ。

御者台に座っていた男もシアが気絶させたため、動く人物は誰もいない。

念のため、気絶している目標はスノーに馬車から連れ出してもらう。

彼女がこの中で一番魔術師として長けているため、相手の魔術攻撃にもっとも対抗できるためだ。

気絶している目標に魔術防止首輪をはめ、手足を拘束、頭に袋を被せて完全に自由を奪う。

そしてその後、オレが拘束した要人を担ぎ撤収する。

所要時間は約5分というところだ。

眠っていた住人達が騒ぎ出す前に、オレ達は再度地下道へと姿を滑り込ませた。

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白狼族男性の案内で、地下道を進み街外へと出る。

気絶した領主の息子をオレと白狼族男性が交互に担ぎ、先遣隊が居る臨時村へと向かう。

途中、前回のように巨人族の群れとはかち合わず、特に危険も無く臨時村へと辿り付いた。

オレ達の姿にアイスが気付くと、忠犬のように駆け出してくる。

もちろん相手はオレ達ではない。

今、オレが抱えている目標、アム・ノルテ・ボーデン・スミスだ。

オレは抱えていたアムを下ろすと、頭から袋を取り手足を拘束している縄をナイフで切る。念のため首につけている魔術防止首輪はそのままにしておいた。

暴れられても面倒だからだ。

アイスは未だ気絶しているアムの頭を抱え込む。

彼女が頬を撫でると、雪の冷たさのためか彼が目を覚ます。

「う、ん……ここは? ぼくは確か、賊共に襲われて……」

「アム様、アム様……私のことを覚えていますか?」

「んん? おぉ! ミス・アイスじゃないか! 久しいな、何年ぶりだ? ぼくが魔術師学校に入学した頃から会っていないから、かれこれ6年ぶりぐらいか?」

「はい、お久しぶりです。……というか、私に黙って、手紙の一つもなく武者修行に出るなんて酷いです。ずっとアム様が帰ってくるのを待っていたんですよ!」

「ああ! 済まない、ミス・アイス! ぼくとしたことが最も親しい幼なじみに連絡を忘れるなんて! どうかこの愚かなぼくを許してくれないか?」

「まぁ、別にいいですけど……」

アムは体を起こすと、アイスの手の甲に謝罪を口にしながら口づけする。

アイスは先程までの険しい表情を一転、頬を赤く染めてそっぽを向きながら自身の長い髪の毛先を弄る。

完全に惚れている女の子の顔だ。

チッ、イケメンバクハツシロ……ッ。

オレの怨嗟が届いたのか、アムが周囲を確認するように見回す。

「ところでここはどこだい? どうやらノルテ・ボーデン外のようだけど……おおおッ!!!?」

彼はぐるりと見回していた視線をある一点に留め、奇声を発した。

その視線の先には、スノーが立っている。

「ミス・スノー! どうしてここに! いや、確か貴女はご両親を探しに北大陸へ行きたいと仰っていましたね。しかしまさかこんな所でお会い出来るなんてまさに運命! ぼく達は結び合う定めにあるのですね!」

彼は満面の笑顔で、歯をダイヤモンドのように輝かせスノーの前に跪く。

反比例して、先程まで幸せそうに談笑していたアイスが、血の気を完全に失った青い顔になっている。

アムは気付かず、跪いたままスノーを見え上げて再度前歯を光らせた。

「再び出逢えたことにぼくは感動を禁じ得ません! どうかその柔らかな手に接吻する栄光をお与え下さい!」

「えっと、あの、どこかでお会いしましたっけ?」

スノーの返答にアムが動きを止める。

歯の光も急速に失われた。

アムは打ち砕かれた表情で、ふらふら立ち上がると金髪の前髪をかきあげる。

「ふ、ふふふ……久しぶりにお会いしたせいで、すっかり忘れていました。スノーさんは異性を覚えるのが苦手な、奥ゆかしい方だということを」

いやいや、異性を覚えられないのを『奥ゆかしい』で片付けちゃ駄目だろ。

しかしアムは再び光を取り戻し、イケメン笑顔でスノーへ自己紹介する。

「スノーさんと同じクラスで妖人大陸の魔術師学校に在籍していた魔術師Bプラス級、アム・ノルテ・ボーデン・スミスです!」

「?」

『こんな人、居たかな?』という顔で、スノーは首を傾げる。

あれは完全に記憶に無い顔だ。

しかしやっぱりだ。

アイナの台詞を思い出す。

『特にご執心だったのは、自分達と同級生で、北大陸を治める上流貴族のアム君っすね。彼、魔術師Aマイナス級になったスーちゃんに相応しくなりたいからって、学校を卒業した後、実家にも帰らず武者修行してるらしいっすよ。何度アプローチしに来たことか』

名前も学校も、武者修行云々の話も全部当てはまるところから、本人に間違いないだろう。

この目の前に経つイケメンが、スノーにずっとご執心だった同級生か。

スノーは相変わらず、その事に気付いていない。

彼女はオレの腕を取り、左腕に輝く結婚腕輪を見せ付けるように自校紹介する。

「同じ魔術学校の人だったんだ。どうも、獣人種族、白狼族の魔術師Aマイナス級、スノー・ガンスミスです! リュートくんの奥さんやってます!」

「が、ガンスミス……奥さん……だと?」

彼の世界が今度こそ完全に停止した。