「なるほど……ぼくが白狼族の女性を妾として娶ることで後ろ盾になるか。うむ、実に現実的で分かりやすい作戦ではないか。ぼくはこの案に大賛成だ!」

オレ達は先遣隊の臨時村で一番大きなイグルー内部でお茶を飲みながら膝をつき合わせていた。

シアの治癒魔術で傷を癒し、目を覚ました領主の息子アムに状況を説明する。

彼に説明役を買って出たのは白狼族の少女で、アムの幼なじみであるアイスだ。

しかし、彼女は不機嫌な表情をしている。

長年の想い人が、自分の好意に気付かず人妻であるスノーへ懸想しているのだ。面白いはずがない。

アムは幼なじみのそんな態度に一切気付いていない。

マジでどこの鈍感系主人公だ。

アイスは一度、『アム様に近しい白狼族の娘を一人妾に~云々』の所で、恥ずかしそうに言葉を詰まらせた。遠回しに自分がアムへ嫁ぐと言ったからだろう。アムが分かっているとは思えないが。

アムは一通り話を聞くと、誘拐の件についても快く許してくれた。馬車を止め、説明している時間が無かったとはいえ、かなり暴力的な手段で連れてきてしまった。

なのに彼は恨み言一つ告げず、『そういう事情だったなら仕方ない』さっぱりと許してくれたのだ。

もしかしたら、将来上に立つ人間だけあり、器が大きいのかもしれない。

何も考えてない可能性の方が高い気もするが……。

さらに彼は、この作戦に自身の意見を追加してくる。

「しかし、良い作戦ではあるが、少々甘い部分もあると言わざるを得ないな」

「そうですか?」

アイスが不安そうに尋ねてくる。

アムは大きく頷いた。

「久しぶりに我が国に帰ってすぐ、白狼族の現状を耳にした。そして、すぐさま父上に理由を問い詰めたのだが……まったく相手にされなかった。その後もいくら理由を尋ねてもけんもほろろな対応をされるばかりで……だから、正直に言えば、白狼族がぼくの妾になったぐらいでは父は意思を変えない可能性がある」

アムは皆の不安そうな表情を一瞥してから、妙案とばかりに自身の意見を告げる。

「だから、白狼族から妾ではなく、ぼくの正妻として迎え入れようと思う! いくら父上でも、未来の領主の正妻の一族を、表だって無下に扱うことは不可能だ」

「あ、アム様……ッ」

アイスが口元を両手で押さえ、嬉しそうに頬を薔薇色に染める。

さきほどまであった不満気な態度が嘘みたいな表情だ。

妾で満足していたのに、アムが自発的に『正妻にするべき』と言い出した。

これを喜ばない筈がない。

アムは幼なじみの態度に気付かず、話を進める。

「もちろん、今から連れて行って『彼女がぼくの妻です』と紹介する訳にはいかない。父上は確実に反対するだろうから、ある程度、下準備が必要になってくるわけだ。だが逆に言えば準備さえ終わらせればいいだけ。最悪の場合、父上には引いてもらおう。庶民の安寧を守る貴族にもかかわらず、無用な争いを増長させる行為を続けるならばこれ以上は見過ごせない」

凛々しい表情で断言するアムの姿に、アイスは完全に惚れ直していた。

大きな瞳は、蕩けるんじゃないかと心配になるほど潤んでいる。

アムがそんな乙女顔のアイスへと視線を滑らせる。

「ぼくの方はこれでいいだろう。……それで、ミス・スノーのご両親に関する情報はもう伝えたのかい?」

「いえ、すみません、まだです」

「なら、すぐに教えて差し上げるべきだ。彼女達はちゃんと役目を達成したのだから」

「分かりました」

アイスはその指摘に慌てて立ち上がりイグルーを出る。

その後ろ姿が、今にもスキップしそうなほど上機嫌そうなのは目の錯覚などではない。

スノー両親の情報を持つ人物――恐らくこの先遣隊のリーダーを務める人物でも連れてくるのだろう。

数分してアイスが、イグルーに2人の人物を連れて戻ってくる。

1人は年上の男性で、身長は180センチ以上。細身だが、無駄な贅肉を一切削ぎ落とした筋肉質、獣耳の左側先端が切れてなくなっている。顔立ちは険しく、いかにも武人という出で立ちだ。

もう1人は女性で、身長はメイヤ程度。胸が大きく、肩にギリギリ触れない程度に伸ばしたセミロング。明らかにオレよりかなり年上だが、顔立ちは美人で、どこか儚げで薄幸の印象を受ける。

2人とももちろん白狼族で、睫毛の先まで銀色で頭に獣耳、尾骨からは尻尾が出ている。

この2人がスノー両親の情報を知る人物達なのか?

微かな違和感を感じる。

男性、女性ともどこかスノーに似ているのだ。目、眉、唇などの顔パーツや全体的に漂う匂い、空気感が。

アイスもスノーの同族だけあって、共通部分は多々あるが、今目の前に居る人物達は『同族だから』という理由を越えて似ている気がする。

そうまるで――

イグルーに入ってきた2人の白狼族の視線が、オレ達を見回し、スノーの所で固定される。

2人は喉を手で締められたように息を止め、驚愕の表情を作り出す。

女性の方は、口元を手で押さえ『信じられない』と言いたげに、首を左右に振り呟いた。

「スノー……貴女がスノーなの?」

「もしかして……お母さん?」

女性の瞳から涙がこぼれ落ちる。

次々、次々、止めどなく。

「あっ、あっぁ……」

スノーに『お母さん』と呼ばれた人物は感情を高ぶり過ぎて、喉を上手く動かせず口元を抑えて何度も頷いた。立っているのも辛そうに膝をがくがくさせる。

隣に立つ男性が、女性の肩を抱き締め同じように目を赤く潤ませている。

恐らく彼がスノーの父親なのだろう。

「お父さん! お母さん!」

スノーは堪えきれず、2人に駆け寄り抱き合う。

母親は正面からスノーと抱き合い、父親はそんな2人を丸ごと一緒に抱き締める。

スノーは両親の温もりに包まれながら、声を痛めるほど泣いた。

「お父さん! お母さん! 会いたかったよ! ずっと、ずっと会いたかったよ……ッ」

「ごめんね、ごめんね……置き去りにして、迎えに行けなくて、ごめんね……ッ」

「すまない、ずっと苦労をかけてしまって……ッ」

「うわぁぁぁあっ……っぁ!」

十数年ぶりに再会した親子は互いに涙し、撫で合い、嗚咽をあげる。

オレ達はそんな感動的再会を邪魔しないように、3人が落ち着くまでずっと待ち続けた。

スノーはこうして孤児院時代からの夢――両親との再会を果たすという夢を叶えることが出来た。