「ねぇ、リュートくん、何かわたしたちに隠し事してない?」

白狼族の村に滞在して、2日目の昼。

オレ達に割り当てられたイグルー内部で、お昼を食べていた。

全て、白狼族のご婦人方が作ってくれた料理だ。

そんな美味しい料理を食べた後、謎ジャム入り香茶(かおりちゃ)を飲んでいる時にスノーから突然言われたのだ。

「ど、どうしたんだスノー、藪から棒に」

皆はイグルーで車座になってお茶を飲んでいる。

オレから時計回りに、リース、シア、スノー、メイヤ、クリスの順番で座っている。

ちょうどスノーはオレの正面に座る位置に居る。

彼女はオレの胸中を見透かすようなジト目で迫ってくる。

「なんか昨日の夜……正確に言うとわたしのお父さんとお母さんと話をしてから、態度がおかしいんだよね」

「ですね、それ以降、どこかリュートさんの態度がおかしいですよね」

『最初は移動などで疲れているのかと思ったけど……』

リース、クリスがスノーの指摘に追従する。

どうやら嫁達はとっくにオレの異変を見抜いていたらしい。

「……確かに誰しも隠し事のひとつやふたつあっても不思議ではありませんが、現在若様の隠しているモノは少々毛色が違うように感じます。だから奥様方は心配しているのです。決して興味本位でほじくり返そうと考えている訳ではないことを、ご理解ください」

そして、シアがスノー達の態度にフォローを入れる。

もちろん、オレだってそれぐらい分かっている。

スノー達が好奇心ではなく、心配から声をかけてくれていることを。

ちなみにメイヤ……『リュート様の隠し事?』と1人呟いたのをオレは聞き逃さなかった。

だが、まだ具体的に内容がばれたわけじゃない。

オレ自身信じられないが、自分が亡国の王子で、身元がばれると大国メルティアに命をつけ狙われるかもしれない。

気持ちの整理を自分自身でするためにも、少し1人で考える時間が欲しい。

そのためスノー達の追求を誤魔化すことにした。

「別におかしいことはないよ。スノーのご両親と過去のことをちょっと話しただけさ」

うん、嘘は言っていないな。

「過去って何の話をしたの? わたし達の孤児院時代のこと?」

「色々さ、過去のことを色々、ね」

「むぅ……やっぱり怪しい」

どうやらオレとの問答は、疑惑を深めるだけだったらしい。

スノーが悪戯を思いついた子供のように微笑む。

「ここは少し強引にでもリュートくんを尋問するしかないねぇ」

「ちょ!? スノーさん!」

スノーは指先をタクトのように振ると、オレの両手足が氷の拘束具によって固定されてしまう。

これで自分では身動きがとれなくなってしまった。

彼女は獲物を前にした狼のように嗜虐的な笑みをうかべ迫ってくる。

手を挙げ、クリス達に宣言する。

「それではこれから、リュートくんがわたし達にしている隠し事を進んで話したくなるよう尋問しまーす」

「す、スノー! 何をするつもりだ!」

「えへへ、そうやって困ってるリュートくんは新鮮だね。ちょっぴり意地悪したくなっちゃうよぉ」

どうやらオレの態度はスノーの嗜虐心に火を付けたらしい。

スノーはオレが動かないよう正面から抱き締める。

そして、彼女はオレの耳を口にくわえ甘噛み&舌で舐めてきた。

「ぅひぉッ!?」

初めての刺激に喉から変な声が漏れてしまう。

正面からスノーに抱きつかれ、胸の感触を味わいつつ、鼻腔は彼女の髪や体から漂ってくる甘い女の子の匂いで満たされる。

その上、耳を這うぬるりと生温かい舌の感触。

時折、健康的な犬歯がチクリと刺激を織り交ぜることで、適度な快感の波を作り出す。

な、なんて恐ろしい『尋問』なんだ!

スノーが耳から口を離す。

「さすがリュートくん、この程度じゃ口を割らないみたいだね」

「あたりまえだ。僕はこれくらいじゃ屈しないぞ。だいたい隠し事なんてしてないし」

『では、次は私がやりますね』とクリスが立候補してくる。

大人しい性格のクリスまで、スノーの悪ふざけに便乗する。

どうやらオレの態度が嫁達の嗜虐心に火を灯してしまったらしい。

彼女はオレの手を取ると、指に謎ジャムを載せる。

何をするのかと思ったら、そのままジャムが付いたオレの指をぱくりと口にくわえる。

「ひゃっい!」

これまた恐ろしい『尋問』だ!

クリスが上目遣いでオレの指を咥え、チロチロと小さな舌でジャムを舐めとる。

それだけじゃない!

舌先がオレの爪の間を刺激してくるのだ。

まるで舌が別の生き物のように動いてくる。

しかも指先は人体でもっとも触覚が優れた部位。

クリスの温かな口内、舌の肌触り、歯の硬い感触、唾液のぬめり、呼気の湿り――全てを鮮明に感じることが出来る。

さらに、

「んぅ、ふぅ、ぁっ……」

クリスが大きな瞳を潤ませ、真っ白な肌を紅潮させ、こちらを上目遣いで見てくるのだ。

もうこれだけで白米三杯は食べられるね!

米なんて今のところのこの世界で見たことないけど!

クリスが指から口を離し、唾液で濡れた部分を取り出したハンカチで拭う。

『さすがお兄ちゃんです。これでも口を割らないなんて』

「ふっ、ふふふ……ぼ、僕はこんな卑劣な『尋問』なんかに屈しないぞ!」

「で、では次は私の番ですね。普段はリュートさんに責められてばっかりなので、私からやるなんてなんだか新鮮ですね」

今度はリースが名乗りを上げる。

その表情はどこか照れ臭そうだった。

く、くそ! 彼女はどんな『尋問』をしてくるつもりだ!?

まったく困ったもんだぜ(棒)。

リースはオレの正面に来ると、頬を分かりやすいほど赤く染めていた。

「そ、それでは行きますね」

「くっ、好きにするがいい」

「え、えいっ!」

「もふ!?」

リースはオレの頭に両手を添え、彼女の体躯に合わない大きすぎる胸で抱き締めてくる。

大きく柔らかい胸に顔を埋めるせいで、息苦しい。

「ふごふごふご!」

息をするたびリースの汗ばんだ体臭が肺を満たす。

顔全体は彼女の柔らかな胸の感触に蕩けそうだ。

さらに愛しげに髪を撫でてくるというおまけ付き。

く、くそ! このままではリースに骨抜きにされてしまう!

なんて恐ろしい『尋問』なんだ!

リースが腕の力を弱め、オレを胸から離す。

「どうですか? リュートさんの隠していることを話す気になりましたか?」

「だ、だから僕は何も隠し事なんてしてないよ。それにこの程度の『尋問』ぐらい耐えてみせる。PEACEMAKER(ピース・メーカー)代表のプライドにかけて!」

キリッ、とオレは決め顔を作った。

「もうリュートくんは強情なんだから。それじゃ今度は3人一緒にやろうか?」

な、なんだって!?

さっきの悪逆卑劣な行為を3人一緒にやるんだって!?

スノーはなんて恐ろしいことを言い出すんだ。

しかし、オレだって1人の男……ッ。

男には逃げられない戦いがあるんだ!

「僕はどんな『尋問』にも屈しないぞ」

オレは改めて『キリッ』と決め顔を作った。

嫁3人が、それぞれオレに覆い被さろうとすると――

「若様、奥様方、お楽しみのところ大変申し訳ありませんが、スノー奥様のご両親、クーラ様、アリル様がいらっしゃいました」

「…………」

「…………」

シアがメイドとしてイグルーを訪れたスノー両親を案内する。

スノー両親は、生き別れ再会した最愛の娘が、他妻と一緒にオレを襲っていた姿を目撃した。

スノーはオレの耳を甘噛み。

クリスは指を舐めている。

リースはオレの顔半分を自身の胸に抱き締めている最中だった。

生き別れの両親の目の前でソフトSMプレイとか……どんな罰ゲームだよ。

イグルー内に気まずい沈黙が積もる。

最初に切り出したのはスノー父だった。

「お、お邪魔だったかな?」

「い、いえ、大丈夫です。なんか、すみません」

オレは謝罪を口にする。

そして全員居ずまいを正した。

それとスノー……いい加減、氷の拘束をとって欲しかった。