ココノが新・純潔乙女騎士団で働き始めて十五日以上が過ぎた。

最初こそ妻や団員達とぎくしゃくしていたが、メイヤを除いて彼女はPEACEMAKER(ピース・メーカー)に大分溶け込んだ。

ついこの間も休みを取り、クリス達と一緒に街へ出かけて遊んできたらしい。

敵対視したり、ギスギスするよりはずっといい。

そんなある日、廊下を歩いて居るとラミア族、ミューアに声をかけられる。

「ちょうどよかった。リュートさん、ちょっとお時間いいかしら?」

「大丈夫だよ。何か問題でも起きた?」

「実は商工会の役員の方から大量のお肉をもらってしまったんだけど」

「肉? またなんで」

ミューア曰く――

商工会役員の一人が経営する牧場で、魔物に家畜の毛長牛が襲われてしまった。

無事魔物達を倒したが、数頭やられてしまい市場価値を失った。

捨てるのも勿体無いため、解体して知り合い達に配っているらしい。

日頃お世話になっているPEACEMAKER(ピース・メーカー)にも、もらって欲しいとのことだった。

「それで私からの提案なんだけど、お肉を団員達に振る舞うのは当然として、ちょっと遅くなったけど一緒にココノちゃんの歓迎会を開きたいと思っているのだけど、いいかしら?」

「団員達に振る舞うのは構わないけど……ココノの歓迎会か……」

オレが渋い顔をすると、分かっていると言いたげに彼女が用意していた台詞を口にする。

「リュートさんの気持ちは理解しているわ。クリスちゃん達の手前、彼女を歓迎する訳にはいかないと。でも、歓迎会の一つでもしておかないと、外部から『PEACEMAKER(ピース・メーカー)が天神教の巫女を冷遇し、こき使っていた』と後ろ指をさされる可能性がありますよ」

確かにありそうな話だ。

「だから、彼女が手伝いを始めて10日以上経っていますし、歓迎会の提案は私がしますので、内外的にもリュートさんが喜々として彼女を迎え入れている訳ではないと伝わります。そして、一度開けば後々言い訳が立ち、対応しやすくなると思うのですがいかがでしょうか」

つまり、頂いたお肉を団員達に振る舞い士気をアップ。

さらにココノの歓迎会を開くことで、外部に対する言い訳作りもする。

まさに一石二鳥だ。

さすがPEACEMAKER(ピース・メーカー)の外交部門担当。

ミューアさん、マジ出来る系女子ですね。

「了解。それじゃ手配とか全部任せてもいいかい?」

「言い出したのは私だし、手配は任せて。でも、お肉はあるけど他の野菜や飲み物、燃料代等の雑費が無くて、それなのにバニさんの経費(財布)のヒモは硬くて。……それで提案なんだけど、団員達もリュートさんが私心で支払ってくれたことを知ったら喜ぶし、士気も今以上にあがると思うんだけど?」

許可を出した手前、これは断りにくい。

もちろんミューアも分かって言っているのだろう。

オレは微苦笑しながら、

「了解、了解。足りない分は僕が出すよ。でもあんまり無茶な買い物はしないでくれよ」

「もちろん分かっていますよ。ツテがあるので市場より安く仕入れますから、安心してくださいね」

彼女はクリスと同い年とは思えない微笑みを浮かべ、お礼を告げてくる。

いや、本当にミューアさん、マジ出来る系女子ですね。

そしてオレ達は細かい日取りと段取りを話し合う。

こうして明日の夜、団員達全員参加のバーベキュー大会が決定した。

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翌日、夜。

普段なら食堂で夕食を摂る時間、PEACEMAKER(ピース・メーカー)メンバー全員がグラウンドに集合していた。

グラウンドにはドラム缶を縦に切って足を付けたような器具があり、その上に鉄板が置かれていた。

側に室内から持ち出された机が並べられ、金属製の串に刺さった肉や野菜、魚介類、また飲み物などが綺麗に並べられている。

その鉄板の上に串が置かれ、焼けるいい匂いが辺りに漂う。

団員達の胃袋を直接殴るような匂いに、彼女達の目は飢えた獣のようになっていた。

その前にラミア族、ミューア・ヘッドがにょろりと姿を出す。

「本日はお集まり頂きまして誠にありがとうございます。諸事情により大量のお肉を頂きましたので、今夜は存分にお食べ下さい。またお肉以外の食材、飲み物等は全て我が団長であるリュート・ガンスミス卿に出して頂きました。皆様、一言お礼をお願いします」

『ありがとうございます!』

団員達が一斉に声をあげる。

オレは微苦笑しながら、手を挙げ答えた。

「また今回は我がPEACEMAKER(ピース・メーカー)に短期ではありますが、お手伝いに来てくださっているココノさんの歓迎会でもあります。折角なので一言お願いします」

ココノがミューアにうながされ、団員達の前へ立つ。

彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら、緊張せず語り出す。

「今日はわたしの歓迎会を開いて頂けると聞いて大変感激しております。突然押しかけてきたのにもかかわらず、こうして温かく迎えてくださるPEACEMAKER(ピース・メーカー)の皆様に出逢えてわたしはとても幸せです。短い間ではありますが、これからもよろしくお願いします。また皆様と出逢えたことを天神様に感謝します」

ココノは胸の前、指で五芒星を切る。

そして両手を握った。

挨拶が終わると皆、手を叩く。

巫女見習いだけあり、説法やこの手の話は色々経験済みなのだろう。

かなり堂に入っていた。

「では、そろそろ堅苦しい挨拶もここまでにして、頂きましょう」

ミューアがいい具合に焼けたのを見計らい話を締める。

挨拶が終わると、団員達は早速焼けた串に腕を伸ばした。

もちろん腹が減っていたオレもだ。

「うま! この串の肉凄く美味い!」

味付けはシンプルな塩・コショウ。

他にもハーブや唐辛子のような辛みを効かせた肉も一緒に焼かれている。

しかし前世、日本人からすると醤油と白米が欲しくなる。

「リュートくん、お肉美味しいね!」

「家の中で食べるのもいいですが、お外でこうして食べるのも美味しいですね」

スノー、リースは肉を串から移し、美味しそうに食べる。

この異世界でもこうして外で食べる文化がある。

しかし、上流階級者達からは白い目で見られている。そのため基本的に庶民では一般的な文化といえるだろう。

一応、椅子とテーブルも用意して座って食べられるようになっている。

だが、オレやスノー、リースは立食形式で立って食べている。

他の団員達も基本的には立って食べていた。

「シアも調理ばかりしてないで食べたらどうだ?」

「若様、お気遣い頂きありがとうございます。しかし、自分は後で頂くのでお気になさらないでください」

シアは一礼すると再び、調理に戻った。

現在、働いているメイドはシアだけだ。他のメイドはオレ達と一緒に飲み食いしている。

別にサボっている訳ではない。

シアが他の子達を休ませたのだ。

たまにはのんびりと羽を伸ばして欲しいと。

シア自身は、こういう場で働かない方が精神衛生上よくないと断言。

一人、火加減や肉の焼き加減などに没頭していた。

しかし、さすがに彼女一人で三〇人以上の面倒を見るのは不可能。また自分達で実際に串に刺さった食材を焼く楽しみもある。

そのため自分達で焼き、味を付ける鉄板コーナーも準備してある。

仲の良い団員達が、わいわい楽しげに話をしながら鉄板で串を焼き、味を付けていた。

そんないくつかの鉄板の中、一人場所を独占し真剣な表情で肉を焼く少女が居た。そうメイヤ・ドラグーンだ。

彼女は満足した焼き加減が出来たらしく、肉串を持ってオレの側へと駆け寄ってくる。

「リュート様の一番弟子にして、右腕、腹心のメイヤがリュート様のために丹誠込めて焼いたお肉を持って参りましたわ!」

「お、おう……ありがとうメイヤ。ありがたく頂くよ」

「はい、どうぞ! わたくしだと思って食べ下さい!」

「いや、それはちょっと……」

彼女は鼻息荒く、怖いことを言ってくる。

気持ちは嬉しいんだけど……気持ちは……

気が付けばオレ達のようにいくつかのグループに分かれていた。

ココノは同い年のクリス達と一緒に歓談していた。

彼女達は本部から持ち込まれたテーブルと椅子に座り食べている。

ココノの皿には一串だけ食べた後があるだけで、以後いっさい手をつけていない。

「ココノ、もう食べないのか? 遠慮しなくてもいいんだぞ」

「いえ、本当にお腹いっぱいで。これ以上食べると……」

彼女は辛そうに口を押さえる。

殆ど食べないと言っていたが、それにしても少量過ぎるだろう。

反対に、ラヤラは山のように積んだ肉を次々食べていく。

「ふ、フヒ、お肉美味しい」

肉が好物らしく、嬉しそうにモリモリ食べている。

両隣に座っているクリスとルナが、面白がって左右からラヤラに食べさせる。彼女はまったく苦もなく、差し出される肉を食べていく。

『ラヤラちゃん、可愛いです』

「ねぇ、ちょう面白いよ! ココノもやってみなよ」

「それじゃ……」

ルナにうながされてココノも向かいに座るラヤラにお肉を差し出す。

彼女は美味そうにココノのお肉も咀嚼する。

ココノはその姿に笑顔を浮かべた。

「とっても可愛らしいですし、楽しいですね」

クリス&ルナ、ココノは心底楽しげに、お肉を食べさせる。

ラヤラも幸せそうに食べているから問題はないだろう。

ココノも初日はちゃんと皆に溶け込んで働けるか心配していたが、杞憂だったらしい。

オレは彼女達が仲良くする姿を、穏やかな気持ちで眺めていた。

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時間は少し遡る。

妖人大陸、天神教本部。

分厚い雲が夜空を覆い尽くす夜、少女達が天神教本部を遠目から見下ろす。

その一人はリース、ルナの姉にしてハイエルフ王国エノール、元第一王女、ララ・エノール・メメアだ。

彼女の背後に付き従うのは二人の少女だ。

一人は、元純潔乙女騎士団の団長ルッカに協力していたノーラを既の所で助けた少女エレナ。

もう一人は顔や体をマントで隠しているため分からない。

ララが楽しげな声音で告げる。

「さぁ、始めましょうか。お姉様に捧げる正義の執行を」

ララ達は天神教本部へと侵入するため、暗闇の中を歩き出した。