ギギさんがエル先生に結婚を申し込んでから、1週間後――2人の結婚披露パーティーの準備が着々と進んでいた。

狼族の結婚式は相手の身内を呼び、内々で宴を開き結婚を祝うらしい。

この辺りは魔人種族に似ている。

しかし、『エル先生結婚』の一報を聞きつけた人達が『自分達もエル先生を祝いたい! 結婚式に参加したい!』と言いだし、続々と町に集まってきた。

さらに話が広がり、エル先生のお世話になった人々、孤児院卒業者達が集まってきているらしい。

流石エル先生、素晴らしい人望だ。

そのため2人の結婚式は、身内だけではなく大々的にやることが決定。

ほぼ町興しイベント扱いになっている。

そのためオレ達――軍団(レギオン)、PEACEMAKER(ピース・メーカー)が主導で準備をおこなっている。

スノー&メイヤには、町外のすぐ側に土魔術で建物を建造してもらっている。

町内の空き家はシアが掃除と補修をしながら、使用可能にしているが、それでも集まる人数に対して宿屋代わりの建物が圧倒的に足りない。

そのためスノー&メイヤには、魔術で簡易な建物を建造してもらっているのだ。

結婚式が終わるまで、雨風を凌げればそれでいい。

クリス、リース、ココノは海運都市グレイへ行ってもらい料理に必要な材料、調味料、酒精、果汁類、食器、調理器具などを買い足しに向かってもらっている。

他には臨時で作った建物に置く安物の椅子、ベッド。当日の飾り付けや木材、結婚ドレス衣装の生地などだ。

それらをリースの無限収納に入れてもらう。

料理やエル先生の結婚ドレス衣装は町のおばちゃん達がはりきって準備している。

町の広場を会場に使用するため、皆がエル先生&ギギさんを見えるように舞台を作る。その日曜大工的作業は町の男達が参加してくれていた。

オレはスノー達を含めて、それらの総まとめを担当していた。

「リュート、今大丈夫か?」

「どうしました、ギギさん?」

広場で舞台製作の進捗などを確認していると、ギギさんが話しかけてくる。

本人は色々作業を手伝いたがっていたが、ギギさん本人に自分の結婚式準備をさせるわけにはいかず、大人しくしているよう旦那様経由で釘を刺している。

しかし、そんなギギさんにも唯一してもらわないといけないことがある。

「当日、メインに使う獲物を参考に狩ってきたんだが、あれで問題無いか確認してほしいのだが」

「ああ、例のやつですね」

『例のやつ』とは――他種族にはない、獣人種族が結婚式でおこなう一般的風習のひとつ。

それは結婚式の日、夫が狩ってきた獲物をメインに据えることだ。

理由は『この旦那はこれだけ狩猟の腕があるから、嫁いだ嫁さんや産まれてくる子供達を飢えさせる心配はありません』というアピールをするためらしい。

「確か予定では豚猪(ぶたいのしし)の丸焼きを作る予定でしたよね? 獲物はどこに?」

「孤児院の裏手だ。まずはリュートとエルさんに確認してもらおうと思ってな」

オレは舞台製作の男性達に断りを入れ、ギギさんと一緒に孤児院裏手へと向かう。

当日になって獲物を狩って調理法を決めるより、事前に一度テストで調理をしておいた方がいいと思いギギさんに頼んでおいたのだ。

メインに据える予定だが、今回の結婚式に参加する人数があまりに多い。

なのでメイン料理といっても、参加者全員が口にできるわけではない。あくまで儀式の見映えとして、エル先生とギギさんの目の前に『ドン!』と置くための料理だ。

現状、『豚猪(ぶたいのしし)の丸焼き』にしているが、他にインパクトがあり見映えのいい料理があるならそちらに変更する可能性もある。

だが、『豚猪(ぶたいのしし)の丸焼き』より見映えのいい料理ってなんだ?

塩釜焼きとかか?

エル先生とギギさんが2人ならんで大きな塩の塊をハンマーで仲良くたたき割る姿をイメージする。……うーん、インパクトはあるが、かなりシュールな気もする。

兎に角、ギギさんの狩ってきた獲物を見て、当日も同じのが狩れるか確認。さらに調理をエル先生や他料理担当のおばちゃん達と相談しないとな。

他にも飾り付けや、当時の配膳方法決めなども課題も残っている。

まだまだやることは多いが、これもエル先生のためだ!

そう思えば、どれほど無理難題もまったく苦にならなかった。

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そして、結婚式当日。

朝からココノは新型飛行船ノアを操縦し、結婚式に参加希望者をシャトルバスのように運んできた。

お陰で町の広場は人が多く集まっていた。

町の祭でもこれほど人が集まったところはみたことがない。

まず間違いなく、町が誕生してから最多の人数が集まっただろう。

広場に作った壇上にドレス姿のエル先生、緊張しすぎて顔が強張っているギギさんが音楽に合わせてあがる。

エル先生のドレスの裾は地面に付くほど長い――ウェディングドレスという概念はこの世界に無く、彼女が着ているのは貴族が社交パーティーに参加する際に着用するような豪華なドレスだった。

その長いドレスの裾を同じようにドレス姿に着飾ったクリスとココノが、裾を持ち一緒に移動する。

集まった人々はエル先生とギギさんが登場すると、鳴り響く音楽を消す勢いで、拍手と歓声があがった。

落ち着いたところで町長からの挨拶が始まる。

声を大きくするマイクのような魔術道具を使い、エル先生が初めてこの町に訪れた時から話は始まった。眠たくなるような長い話がようやく終わると、別の人が壇上にあがる。

次はエル先生が急患など出た時に行く、隣町の町長がマイクを握り話を始める。その人もまた話が長い。

なんでこの手の人達は話を無駄に長くしようとするのだろう。

「リュートくん、メイン料理の準備完了だよ。いつでもいけるよ」

「よし、それじゃ合図を出すから、タイミングを合わせて運んでくれ」

結局、メインの料理はギギさんが狩ってきた豚猪を丸焼きにした。前世、地球の豚より一回り大きな獲物だ。

孤児院の裏手にある森から、ギギさんが今朝早くに狩って来た。

そんな大きな豚猪を丸焼きにしたため、見た目のインパクトがとにかく凄い。乗せられる大皿がないため、魔術液体金属で巨大な盆を作った。左右にある取っ手を掴み成人男性が4人以上でないと持ち運べない。

しかし、それでは見た目が悪いので、出す場合は着飾ったスノー&メイヤが、肉体強化術で身体を補助。

エル先生達の前に運んでもらう予定でいる。

お偉いさん達の話が終わったところで合図を送る。

スノー&メイヤが肉体強化術で身体を補助して、巨大な盆に載った豚猪の丸焼きを壇上へと運ぶ。

移動の際、その大きさから祝いにきた客達から、驚きの声が上がる。

エル先生とギギさんの前にメイン料理を置く。

シアが黒子のように2人へ鋭い刃物とフォークをさりげなく手渡す。

獣人種族で広く知れ渡っている結婚式の儀式は二つあり、1つは『男性側が獲物を狩ってくる』。

もう1つは、『その獲物を新郎新婦が互いに食べさせ合う』だ。

前世、地球でいうところの『結婚指輪の交換』と『初めての共同作業であるケーキ入刀』を混ぜ合わせた儀式のようなものだ。

互いに食べさせ合うことで、『生涯互いに支え合うことを誓う』らしい。

エル先生が最初に鋭い刃物とフォークを使い『豚猪の丸焼き』を切り分ける。

切り分けた肉をエル先生が、フォークで刺し笑顔でギギさんへと差し出す。ギギさんは遠目でも分かるほど、顔を赤くし肉を食べる。

次にギギさんがエル先生からフォークを受け取り肉を刺し、彼女へと『あーん』する。

エル先生も恥ずかしそうに小さく口を開き、ギギさんの差し出しすフォークを口にする。

互いに食べ終われば、晴れて2人は夫婦となる。

観客達からお祝いの言葉と嵐のような拍手が鳴り響いた。

こうしてエル先生とギギさんは正式に夫婦となった。

2人の結婚儀式が終わると、集まった人々の食事会が始まる。

2人の注目が集まっている間にオレ達は、食事会の準備を済ませていた。

広場の端々に屋台のようにテーブルを準備して、料理を並べる。今回はあまりに参加者が多いため、ビュッフェ形式を採用した。

皿を受け取った人々が好きな場所へと並び、準備した料理を係の者から受け取る。酒精&果実水も同じようにテーブルに並べられ、係の者から受け取る形式だ。

この係員も交代制である。

また椅子やテーブルも用意はしたが、人数に対して圧倒的に足りないが集まった人々は特に不平不満を告げず楽しげに飲み食いしている。

今回の主役であるエル先生とギギさんは壇上の席で立ったまま、次々に挨拶しに来る客達の相手をする。

女性陣はエル先生へ『おめでとう』を告げているのか、声をかけられるたび彼女は瞳を潤ませていた。

ギギさんは男性陣から嫉妬混じりの台詞を受けているのだろう。緊張しながらも何度も頷き、真剣な表情で応えていた。

その男性陣の中に、昔、子供の頃、リバーシの権利を買った商人マルトンが居た。夫人らしき女性を連れて、エル先生達に挨拶をしている。

マルトンは足繁く孤児院に通ってきていたのでエル先生を好きなのかと思っていたが、すでに他の女性と結婚してたのか……。

彼らの挨拶が終わると、今度は旦那様&セラス奥様が壇上に上がり2人に声をかける。

「ははははは!」

旦那様の笑い声が、広場のお祭り騒ぎの声すら突き破り聞こえてくる。

エル先生は旦那様とセラス奥様から声をかけられ、返事をしているようだ。旦那様達にとってギギさんは大切な家族だ。

ギギさんを頼む的なことを言っているのだろう。

恩人である2人から祝福の言葉を受けたせいか、ギギさんは涙を一滴零す。その彼に連れられエル先生もついに涙を零した。

セラス奥様が笑顔でハンカチを取り出し、エル先生の母親のように涙を拭き声をかけている。

旦那様はギギさんの肩を何度も叩き、ここまで聞こえてくる高笑いをあげていた。

次に壇上へ上がったのは男装女子の魔術師S級、タイガ・フウー、獣王武神(じゅうおうぶしん)と獣人種族、ハム族のメルセさんだ。

別に会話を聞くつもりはなかったが、側に料理を運ぶ機会があったため偶然、やりとりを耳にしてしまう。

「エルお姉ちゃん……うぅぅ、結婚、おめでどう~~~ッ」

「ありがとう、タイガちゃん」

最強の魔術師の一角であるタイガは、結婚するエル先生を目の前に号泣。

先程まで涙を零していたエル先生が今度は逆に、ハンカチを取り出しタイガから零れる涙を拭ってあげていた。

一方メルセさんは、ギギさんと向かい合い祝福の言葉を告げる。

「……本日はご結婚おめでとうございます」

「ありがとう。メルセ、ブラッド家の屋敷を頼む」

「はい、頼まれました」

ほんの短いやり取りだったが、エル先生はタイガの頭を撫で慰めながらメルセさんへと声をかける。

「メルセさん……貴女は……」

「はい、そうです。ですが、もう気持ちの整理はつけていますので。今は心からお2人のご結婚を祝福しております」

「ありがとうございます」

「ギギさんはあまり女心というものを理解しておらず、鈍いところがあります。口に出さなければ伝わらず、義理や恩などの男性理論で動いてしまうのが常です。なのでご苦労なさると思いますが、どうぞ呆れず見捨てず側に居てやってください」

「はい、心得ました。メルセさん、ありがとうございます」

女性2人に何か思うところがあったのか、2人は互いに見つめ合い微笑む。

ギギさんは自身の悪口を言われていると思ったのか、挙動不審に2人のやりとりを見守っていた。

作業が終わり、自分の担当へと戻る。

オレはビュッフェで客達に料理を手渡していた。

ちょうど料理を貰いにくる客達の相手も一段落したところで、シアとリース、スノーが顔を出す。

「若様、ここは自分が代わりますのでどうぞご挨拶にお行きください」

「いや、でもまだ交替の時間じゃ……」

「ちょっと早くてもいいじゃないですか。それにきっとエルさんやギギさんもきっと待っていますよ」

「リースちゃんの言うとおりだよ。早く、行こう」

リースに背中を押されて、スノーに手を引っ張られる。

どうやら孤児院出身組として、オレとスノーに気を遣ってくれたらしい。

オレは礼を告げて係を代わった。

「ありがとうリース、シア、それじゃちょっと挨拶をしに行ってくるよ。でも、その前にシア……」

「はい、なんでしょう若様」

「……リースには配膳の係りをやらせないでくれ。折角、作った料理が勿体ないから」

「ご安心を。心得ております」

「リュートさん、シア! どういう意味ですか、それは!」

いや、どういう意味も何も……彼女に係を任せたらドジって料理をぶちまける未来しか見えない。

オレは言葉にせず曖昧に笑い、係をリースとシアに任せる。

そしてスノーと一緒に挨拶列に並んだ。

しばらくすると、オレ達の番が回ってくる。

「リュートくん、スノーちゃん……」

オレ達を前にすると、エル先生の瞳がさらに潤む。

ギギさんも緊張をとき、親しげな視線を向けてきた。

「エル先生、ギギさん、結婚おめでとうございます! エル先生のドレス姿、凄くキレイだよ!」

スノーが屈託のない笑顔と言葉で祝いを告げる。

エル先生は彼女の言葉に笑顔で応える。

「ありがとう、スノーちゃん。スノーちゃん達が頑張ってくれたお陰で、ギギさんとこうして夫婦になれたわ。それだけでも幸せなのに、こうして素晴らしい式をあげることができて本当に嬉しい」

「えへへへ、エル先生に喜んでもらえて良かったよ!」

スノーがエル先生に嬉しそうに抱きつく。

彼女も母親のようにスノーを受け入れ、何度も頭を撫でた。

スノーがエル先生から離れると、オレを促してくる。

「リュート……」

「リュート君……」

2人はオレを前にすると、嬉しさや喜びの感情を一瞬だけ出したがすぐに抑えた。オレが敬愛するエル先生の結婚をまだ納得していないと思っているのだ。

だから、こちらの感情を察して、喜びを抑えているのだろう。

そんな2人にオレは――一度、深く深呼吸してから、

「エル先生、ギギさん……ご結婚おめでとうございます」

祝いの言葉を告げる。

2人は驚きで目を丸くした。

その反応はやや心外だ。ここまで来て自分が『結婚断固反対!』などすると思っていたのだろうか?

オレは2人の反応に気付かないふりをして、ギギさんに向き直る。

「ギギさん、エル先生のことをよろしくお願いします。どうかエル先生を幸せにしてあげてください」

「ああ、もちろんだ。この命にかけて約束する。絶対にエルさんを幸せにすると……ッ」

次にエル先生へと向き直る。

「エル先生……自分が覚えている一番古い記憶はエル先生の笑顔です。そのせいか自分はエル先生の笑顔が大好きでした。なのでこれからはギギさんと一緒にいつまでも幸せな笑顔で居られる家庭を作ってください。自分も微力ながら応援してますので」

「リュート君、ありがとう……本当にありがとう……っ」

エル先生はオレの手を取ると堪えきれず涙を零す。

その涙は悲しみで流れているのではない。

喜びの感情から来る感動の涙だ。

スノーも目を赤くしながら、ハンカチを取り出しエル先生の涙をぬぐい始める。

オレは彼女の手を離し、スノーと入れ替わるように距離を取る。

2人が落ち着くのを待つ間、ギギさんに視線を向けると彼まで涙を零していた。声もあげず、黙々と涙を零す男泣きの姿は――ちょっと怖かった。

流石にいつまでも2人を独占している訳にはいかず、オレとスノーは切りのいいところで舞台を下りた。

エル先生の涙で湿ったハンカチで、スノーも自身の涙を拭う。

「でも意外だったよ。リュートくんがあんなにあっさり2人の結婚を認めるなんて」

「あっさりじゃないよ。葛藤とか、嫉妬とか色々あったさ――でも、結局オレはエル先生が幸せになるなら、それでいいんだ。エル先生が幸せなら、自分のエゴや嫉妬心とかどうでもいいんだよ」

自分の感情より、エル先生の幸せが最優先だ。

それだけ彼女には恩義がある。

「それにもういい加減、オレもエル先生から心情的、精神的にも巣立ちをしないと。オレには嫁さん達が居て、夢を叶えるための軍団(レギオン)がある。いつまでも同じ場所に踏み止まってはいられないよ」

「リュートくん、ちょーかっこいいよ」

スノーは瞳を潤ませ、頬を赤くしながらオレを見詰めてくる。

若干、気の抜けた褒め言葉だったせいで、微苦笑してしまったが。

オレ達はその後、リース&シアの元へ戻り係を交替。

今度はクリス、リース、ココノ、シア、メイヤなどのが挨拶をしに行った。

挨拶が終わると、エル先生とギギさんの結婚を祝う声がどこかしこにも木霊した。

2人も嬉しそうに声に応えて酒精を飲み、料理を食べた。

オレ達も仕事をしながらだったが、幸せな気分で飲み食いをした。

これほどの幸福感に浸れる祝い事は初めてかもしれない。

こうして、エル先生とギギさんの結婚式は、皆に祝福されながら和やかに終わった。