「そ、そんな……ッ、んんぅ、こんないっぴ、だ、ダメですぅ!」

妖精種族、ハイエルフ族、魔術師S級のホワイト・グラスベルは熱い吐息を漏らし、目尻に涙を浮かべて身を捩る。

しかし弟子であるスノーが、彼女の露わになった両肩を逃がさないようにガッチリと掴み離さない。

「師匠、逃がしませんよ。こうなったのも師匠の責任なんですから、ちゃんと体で払ってもらわないと!」

「で、でも私、本当にこういうことは苦手で……お願い、スノーちゃん、恥ずかしいから止めて……!」

「慣れれば逆に気持ちよくなるかもしれないじゃないですか、何事も挑戦ですよ!」

魔術で抗えばホワイトはスノーから逃げ出すのは可能だ。

しかし彼女は負い目があるため、そんな強攻策には出られない。

結果、体格で勝るスノーに抗えるはずもなく、無理矢理、暗がりから日の光の下に真っ白な肌を晒すことになる。

「いや、お願い! 本当に私、こういうのダメなの!」

ホワイトの処女雪のように白い肌は、一転羞恥心から赤く染まっていく。

だがスノーは師匠である彼女の声を無視して、乱暴と思える態度で大勢の衆人環視の中に彼女を連れ出す!

急遽、設営されてステージの上にホワイトが押し上げられる。

PEACEMAKER(ピース・メーカー)スペースに集まった人々が興味深そうに、ミニステージに上がったホワイトを見つめていた。

彼女の側には机が一列に並べられている。

オレは十分、注目が集まったのを確認して、声を張り上げる。

「えー、ただいまPEACEMAKER(ピース・メーカー)に入団して頂くと、あの伝説の魔術師S級! 氷結の魔女! ホワイト・グラスベル様に魔術のご指導をして頂けます! では、ホワイト様に一言、ご挨拶を賜りたいと思います!」

オレはホワイトに水を向ける。

彼女は上半身はほぼ水着のビキニレベルの物を着用。小さなおへそが日の光に晒される。

スカートも太股が露わになり、少しかがめば下着が見えてしまいそうになるほど丈が短い。

見た目は『魔女っ子』や『露出過多の新人魔女アイドル』といった感じだ。

それでいて色物にならず『氷結の魔女』っぽさを壊さないギリギリのラインを保っていた。

彼女は露出した肌を全てピンク色に染めて、打ち合わせ通り、挨拶をする。

「こ、ここ、こんには魔術師S級のひょ、氷結のまにょのホワイトでしゅ! い、今、ピースメーカーに入隊してくれたら、私が、魔術を魔術を教えちゃいましゅ!」

声に合わせて魔術を披露してもらう。

タイミングを合わせ彼女の頭上に大量の投げられた廃材木材が落下。ホワイトが指先を向けた瞬間に凍結し、粉々に砕ける。

廃材木材はキラキラとした光の粒へと変貌し、集まった観客達に降り注ぐ。

さすがに手の内は完全に教えてはくれなかったが、どうやらホワイトは氷系統の魔術を極めることによって、物体を絶対零度レベルまで凍結させることができるらしい。

台詞はカミカミだったが、パフォーマンスは素晴らしく集まった観客達から一斉に拍手が嵐のように贈られる。

本人は『恋の伝道師』と自認しているが、大勢の前に出るのが苦手らしい。

最初、着ていた衣服も露出が極端に少なく、汚れていた。そのため脱がして、『氷結の魔女』っぽい露出が多い衣服を着せて、客寄せパン――げふん、げふん、広告塔になってもらった。

もちろん受付嬢さんをパワーアップさせる武者修行に出した罰としてだ。

本人的には『氷結の魔女』は、可愛くないのであまり使いたくないらしい。

だが宣伝効果は抜群のため皆の前で名乗ってもらう。

カミカミだったが。

また勧誘の台詞から分かる通り、当分、新・純潔乙女騎士団の名誉顧問といった適当な肩書きを与えて、囲い込む予定だ。

現在、戦力確保が最重要なため、逃がすつもりはない。

『氷結の魔女』効果で、最初の入隊希望者以上の人々が集まっている。

お陰で入隊希望名簿を書くための行列が出来るが、スノーやクリス、リース、ココノは嫌な顔一つせず応対していた。

彼女達は最初こそ団員を増やすことに反対の態度を取っていたが、ホワイトが受付嬢さんを魔物大陸へと武者修行の旅に出したと知ると、一転。

手のひらを返し、少しでも戦力を集めるため必死に頑張ってくれていた。

オレも彼女達に負けじと、少女達が入隊希望書類を書きやすいように率先して列整理を行っている。

一方、師匠であるホワイトは――

挨拶&パフォーマンスを終えると、ステージの影に隠れて落ち込んでいた。

「大勢の人の前でこんな肌を露出するなんて……もうお嫁にいけないわ……」

どうやら恥ずかし過ぎて落ち込んでいるらしい。

しかし、いくら何でも初すぎるだろ。

……もしかして彼女は『恋の伝道師』と自認しているが、実際は経験の無い処――深く追求するのは止めよう。

誰にだって触れられたくない秘密の一つや二つはある。

後、地雷と分かっているのに突撃する趣味はオレには無い。

「ふん! さすがメイヤ・ドラグーンが所属する軍団(レギオン)! まさかあの『氷結の魔女』まで所属しているなんてね!」

いつのまにかメイヤの自称ライバルであるリズリナ・アイファンが、PEACEMAKER(ピース・メーカー)入隊に並ぶ少女達を眺めていた。

彼女の登場に珍しくメイヤが慌てて、オレを隠すように彼女の前に立つ。

「リズリナさん! いったいに何をしに来たんですの!」

「ふっ……何をしに来たですって、決まっているじゃない」

リズリナは不適な笑みを浮かべて、腕を組みこちらを威圧してくる。

「ウォッシュトイレを買いに来たわよ! まだあたしの買う分は残っているかしら!」

どうやら今回の勝負敵ではなく、一購入者として来たらしい。

「本当は開幕直前にダッシュで買いに来たかったけど、大々祭(だいだいさい)の書類を出し忘れてて、本部からスペース開催に待ったがかかったの。その書類準備に手間取ってこんな時間になってしまったわ!」

彼女は自分のミスを恥じることなく堂々と胸を張り断言する。

彼女が恥ずかしくないのなら、それでいいが……。

「ウォッシュトイレはまだあるから大丈夫だぞ。でも、本当に買ってくれるのか?」

「当然よ! あんな素晴らしい物を買わないって選択肢はないわ! むしろ、まだ残ってるなんて、あたしも運がいいわね!」

「運がいいというか……」

オレは彼女の言葉にいい淀む。

とりあえずリズリナをウォッシュトイレコーナーへと連れて行く。

なぜかシューティングレンジの責任者であるメイヤも付いてきた。

PEACEMAKER(ピース・メーカー)スペースの各出し物は基本的に行列が出来ていたが、ウォッシュトイレコーナーだけは人がいない。

せいぜい、デモンストレーションで水が出ている姿を眺める子供達が数人いる程度だ。

「他スペースに人が集まっているというのに、ここには全然よりつかなくて……」

「あ、ありえないわ! こんな素晴らしい物の前を素通りするなんて!?」

「そうなんだ。たまにどういう物か尋ねてくる人がいるから、説明したんだけどみんな微妙な顔をするだけでさ……」

リズリナは現状を知ると、腰をぬかさんばかりに驚く。

オレはそんな彼女についつい愚痴を言ってしまう。

使ってくれさえすれば良さに気付いてくれると思うのだが、なかなかそこまでいかないのだ。

「……むしろわたくしとしては、どうしてリュート様が今回の敵であるリズリナさんと仲良くするのか分かりませんわ!」

「べ、別に仲良くなんてしてないよ。ただ世間話をしてるだけで」

「そうよ、メイヤ・ドラグーン! 変な勘違いしないでよね」

「……本当ですの?」

「本当だって、メイヤの勘違いだって、なぁ!」

「そうよ! そうよ!」

メイヤはまるで夫の浮気現場を目撃した妻のような視線を向けてくる。

彼女の疑いをこれ以上受けないためにも、さっさと売買の契約を終わらせよう。

「そ、それじゃさっさと売買契約をすましちゃうか。オプションの有りと無しどっちにする?」

「当然、オプション付きの金貨17枚のほうよ!」

彼女は金貨が納まっているだろう小袋を取り出し、手渡してくる。

オレはそれを受け取りつつ、書類にサインを求めた。

「それじゃここと、ここにサインをお願い。届け先はどうする? そっちの軍団スペースに届けるか? ああでも、今は祭期間中で混んでいるだろうから無理か」

「うぅッ……」

オレの言葉にサインを書いていたリズリナの手が止まる。

首を捻っていると彼女は、震える声で告げた。

「実は……書類提出問題で開くのが遅れたせいで、まだ10人ぐらいしか来て無くて……」

どっちかというと開店が遅れたというより、魔石の展示が地味なせいだと思うが口にはしない。

「で、でも、あたしはまだ負けを認めた訳じゃないわよ! 祭は3日間続くんだから、最終的にトータルで勝てばいいのよ! トータルで勝てば!」

リズリナはメイヤを涙目で睨みつけ、叫ぶ。

メイヤはめんどくさそうな顔をリズリナに向けていた。

彼女は一通り、サインを終わらせ、ウォッシュトイレは祭り後に取りに来ると言っていた。

リズリナは再び腕を組み、ライバルっぽく不適な笑みを浮かべてメイヤと対峙する。

「ふっふっふっ……今はまだ貴女の方が優勢だけど、その差はすぐに埋めてやるわ。覚悟することね!」

「はいはい、分かりましたから、さっさと自分のスペースに戻ってくださいまし」

「くッ! そんな余裕の態度を取っていられるのも今のうちなんだから! 首を洗って待ってなさい!」

「わたくしとしてはリュート様とリズリナさんを近づけたくないので、もうスペースには来て欲しくないのですけどね」

メイヤの言葉も聞かず、リズリナは格下雑魚キャラのような台詞を吐き捨て、スペースを足早に去って行く。

メイヤは珍しく心底疲れたような溜息を漏らした。

どうやら本気でオレと彼女をなるべく接触させたくないらしい。

別に、彼女に対して何かするつもりは本当に無いんだけどな……。