宝箱の鎖を解除後、絡まっていた女性は先駆者同盟(ピオニエ)の事務所へ運ばれる。

メイヤは先駆者同盟(ピオニエ)団員達に囲まれ、お礼を告げられていた。

「さすが魔石姫! まさか宝箱トラップにあんな解除方法があるとは!?」

「ですがメイヤ様はどうして解除方法をご存じだったのですか? あれはダンジョン地下深くに潜らないと出会えないタイプの極悪トラップなのですが」

メイヤはこの問いに胸を張り、答える。

「簡単ですわ。魔術大学を卒業後、暇だったので魔石を使ったトラップを研究材料として取り寄せたのですわ。その時、あのトラップに似た宝箱があって解除した経験がありますの」

ダンジョントラップの解除方法を学ぶため、実際にある罠を再現した代物が販売されている。しかし、モノによっては建物の天井が下りてきたりする代物のため、個人で買うのではなく国や軍団(レギオン)など組織で買うのが一般的だ。

メイヤは当時すでに『七色剣(ななしょくけん)』を開発し販売していたので、資金と時間に余裕がかなりあったため、暇つぶしに購入したのだった。

そんな経験がまさかこんなところで役に立つとは……。

人はなんでも経験しておくものなのか?

メイヤが他団員の質問などに答えていると、大々祭(だいだいさい)スタッフが顔を出す。

どうやらイベント最中に問題が起きたと耳にしたので、様子を確認に来たらしい。

来てみればなにやら物々しい雰囲気のため、詳しく事情を聞きたいと先駆者同盟(ピオニエ)団員達に詰め寄る。

オレとメイヤは面倒に巻き込まれないうちに、その場を離れた。

「リュート様、少々よろしいですか?」

先駆者同盟(ピオニエ)スペースから離れるとすぐ、メイヤが真剣な表情で声を掛けてくる。

いつものふざけた感じではない。

オレも彼女に習い表情を引き締め返事をする。

「どうした、メイヤ」

「実は先程の宝箱トラップを解除する時、魔術文字に目を通したら少々変だったのです」

「変って?」

「本来、あの手の宝箱トラップは練習用として簡単にしておくか、なるべく現場と同じ魔術文字にしておくのが一般的ですの」

素人の練習用。

本番を想定した実戦用。

その二つが主流なのは理解できる。

「ですがあの宝箱トラップは、まるで『解除できるなら、解除してみるがいい!』と挑戦状を叩きつけるように難易度を滅茶苦茶にあげていたのです。恐らく、この祭参加者であれを正攻法で解除できるのはわたくしとルナさんぐらいですわね」

「リズリナは?」

「……リュート様は、そんなにリズリナさんのことが気に入ったのですか?」

オレの口から自称ライバルの名前が出たせいで、頬をお餅のように『ぷくー』と膨らませる。

確かに彼女のことはゴーレムの技術開発者として気に入っているが、別に彼女や奥さんにしたいとはこれっぽっちも思っていない。

あちらもオレを異性としては認識していないと断言できる。

あくまで技術者として重きを置いているだけだ。拗ねたメイヤに、リズリナを気に入っている訳ではないと話し聞かせて誤解をとく。

通り過ぎる一般客達が、メイヤの機嫌を取り戻そうと奮闘するオレをほのぼのとした視線で見ていた。

別にオレとメイヤは、まだそういう関係ではないのだが……。

頑張りにより、機嫌を戻したメイヤが説明の続きを話す。

「リズリナさんでも無理ですわね。あの方の専門はあくまでゴーレムですから」

しかも正攻法で解錠しようとしたら、メイヤでも数時間かかっていたとか。

そのため裏技を使って宝箱トラップの魔力を抜き取ったらしい。

「正直、あんな強力なトラップは作る意義がありませんわ。練習でも一度開けたら熟練者でも解除がほぼ不可能な練習用トラップなど、不良品でしかありませんもの」

「先駆者同盟(ピオニエ)もあの宝箱トラップは予想外だったようだしな。第一、ステージで使う物だから事前に確認はするだろうし……つまり、第三者が悪意を持って宝箱をすり替えたのか」

「恐らく」

「先駆者同盟(ピオニエ)に恨みを持つ人物、または組織の犯行か?」

だとしたら戻って先駆者同盟(ピオニエ)や大々祭(だいだいさい)スタッフに注意を促した方がいいだろう。

オレは先駆者同盟(ピオニエ)スペースに戻ろうとしたが、メイヤはその足を止める。

「いいえ、狙いは先駆者同盟(ピオニエ)ではありませんわ」

「なぜ、そんな断言できるんだ?」

「描かれた魔術文字の難易度、行間からにじみ出る制作者の意図から推測するに、狙いはわたくしでしょうね」

「メイヤがターゲット!? それは本当なのか?」

「ええ、間違いないですわ」

オレ自身、ウォッシュトイレ製作で魔術文字を囓ってはいるが、あのレベルになるとなにがなにやら分からない。

行間に込められた意図――なんて言われてもこれっぽっちも感じることはできなかった。

しかし、あの『魔石姫』メイヤ・ドラグーンが言っているのだ。勘違い、ですませるものではない。

また先駆者同盟(ピオニエ)の宝箱トラップはメイヤとルナぐらいしかこの祭に解除できる人材はいないらしい。

仮にオレ達があの場にいなかったら、解除できず途方にくれた先駆者同盟(ピオニエ)団員達が、大々祭(だいだいさい)スタッフを通して、『魔石姫』であるメイヤを頼ってきた可能性は大だ。

犯人、もしくは犯人達はそうなると分かっていてあの宝箱トラップをすり替えたのだとしたら納得がいく。

あれはメイヤを名指しで指名した挑戦状なのだと。

「でも仮に犯人の目的がメイヤだとしたら、そいつらはオマエをどうするつもりなんだ?」

「申し訳ありません。さすがにそこまでは……」

「いや、メイヤが謝る必要はないよ。とりあえず犯人の目的がメイヤの誘拐で身代金、また魔術道具の設計図や利権、もしくは竜人王国に対する政治的圧力なのかまでは分からないけど、身を守るためすぐにオレ達のスペースに戻ろう。そしてメイヤを狙っているっていう奴らの情報を収集する」

「残念ですが致し方ないですわね。せっかくリュート様との婚前デートでしたのに」

『婚前デート』と繰り返し主張するメイヤの言葉を、オレはスルーしつつ考え込む。

PEACEMAKER(ピース・メーカー)スペースに戻れば犯人はおいそれと手出しはできない。

また情報収集に関しても、オレ達にはミューアという強力な人材がいる。

「……あれ?」

ふと、気付く。

今回、あの『情報収集の悪魔』『一人C○A』『PEACEMAKER(ピース・メーカー)の裏支配者』であるミューア・ヘッドは何も言っていなかった。

仲間が狙われているというのに、彼女が注意を促さないなんてことはありえない。

つまり、あのミューアが今回の問題を見落としたということか?

もしそうだとしたら、今回の相手はミューアの情報網すら突破する逸材らしい。

だとしたら今回の相手は相当の手練れ。気合いを入れ直し望まないといけないだろうな。

オレはそんなことを考えながら、自分のスペースへと戻った。

PEACEMAKER(ピース・メーカー)スペースに戻ると、相変わらずミューア専用事務所から、クレームを付けたらしい若い貴族子弟が多重債務者のような青い顔色で出てくる。

「あら、随分早いお戻りですね。もうデートはよろしいのですか? 今夜は帰ってこないかと思っていたのだけれど」

ミューアは青い顔の貴族子弟の背に手を振りながら見送った後、オレとメイヤの姿に気付き首を傾げる。

帰ってこないって……ミューアはオレ達がその間何をすると思っていたんだろうね。

「ちょっと色々あってさ。詳しい話をしたいんだが」

「なにやら緊急事態のようですわね。立ち話もなんなのでどうぞ中に」

オレとメイヤは促され、ミューアの事務室へと足を踏み入れる。

実はこの事務室に入るのは初めてのことだった。

準備はミューアが一人でおこなったので、入る機会がなかったのである。

正直、怖いのであまり中には入りたくないという理由もあるのだが……。

中は普通の事務所だった。

接客用のソファーにテーブル。お茶が出せるように奥には簡単な調理ができる台所があり、今まさにミューアが香茶の準備をしてくれている。

壁際には書類などを入れる棚があり、他には観葉植物や絵画などが飾られている。

どこにも拷問器具や怪しい薬品など一つもない。

逆にそんな物がない状態でクレームを付けてくる人物達を、顔色が悪くなるまで追いつめているということか……。

その事実に恐怖すら覚える。

ソファーに並んで座ったオレとメイヤの前に、ミューアが淹れた香茶を置く。

彼女は正面ソファーに腰掛けると、促してきた。

「それで一体何があったのですか?」

「実は――」

オレとメイヤは二人一緒に先駆者同盟(ピオニエ)スペースで起きた問題について、話し聞かせた。

一通り話し終え、ミューアに尋ねる。

「という訳なんだが、何か知っていることは――」

オレは台詞を途中で止めてしまう。

なぜならミューアが珍しく、不機嫌そうに顔をしかめていたからだ。

彼女はいつものお姉さんっぽい口調ではなく、底冷えのする声音で聞き返す。

「メイヤさんを狙っている何者かが祭に居るというのは、本当ですか?」

「わ、わたくしが解除した宝箱トラップの意図を読み解くと恐らく……可能性は高いと思いますわ」

「そんなまさか……今回の祭関係者の身辺は家族だけでなく、友人関係まで洗ったのに。ホワイトさんのように外部から入り込んだ部外者の犯行? でも周辺の敵対意識を持つ外部勢力は把握済みのはず。漏れがあるっていうこと? けど……」

ミューアはオレ達を放置し、形の良い顎に手を添えブツブツと一人情報整理を始める。

漏れ聞こえてくる内容から、どうやら彼女は事前にオレ達に敵意を持つ人物達がいないかどうかチェックしていたらしい。

冒険者斡旋組合(ギルド)はもちろん、大々祭(だいだいさい)に参加する軍団(レギオン)や雇われスタッフまでもだ。

他にも例えばPEACEMAKER(ピース・メーカー)スペースにクレームをつけてくるだろう人物をピックアップしリスト化。

どうやらその事前準備のお陰で、ミューア事務所でスムーズに『OHANASI』できていたらしい。

このように周辺の安全確認をしていたが、オレ達の報告により自身が把握できていなかった『漏れ』に気付かされた。

言うなれば、今まで順調にエリート街道を歩いてきた人物が、今回も完璧に仕事をこなしたと思いきやミスがあることを外部から知らされ、プライドを傷つけられたようなものだ。

正直、浮かべている表情が怖いんですけど……。

ミューアは一通り情報を自身の中で整理し、傷つけられたプライドの建て直し終えたのか、視線を戻す。

「……状況は理解しました。早急にメイヤさんに敵意を持つ人物、または人物達について情報を集めますわ。すぐにでも……ッ」

「お、お願いしますわ」

「む、無理はするなよ、ミューア?」

「大丈夫ですよ、リュートさん。決して無理はしませんわ。むしろ私、まだ本気出してませんし。せいぜい3割ぐらいですし」

ミューアは微笑みを浮かべ、答える。だが目が笑っていない。

今回の一件は彼女のプライドを傷つけたのか、本当に珍しく怒っていた。

普段、怒らない人が怒ると怖い。

特にミューアのように怒らせてはいけない人ならなおさらだ。

彼女は口元こそ笑っているが、鋭い瞳で断言する。

「では一日……いえ、3時間ほどお待ちください。メイヤさんを狙う方の親類縁者、恋人、友人、隣家の家族構成まで把握してみせますわ」

「ほ、ほどほどにな。何事もほどほどが一番だから」

オレはミューアの迫力に圧倒されてつつも、団長として一応釘を刺しておく。

しかしメイヤを狙う人物の親類縁者、恋人、友人、隣家の家族構成まで把握してどうするつもりだよ。

メキシコマフィアなことでもするつもりなのかな?

正直、今のミューアならやりかねないから怖い……。

オレ達はミューア事務所を後にする。

彼女はオレ達を見送ると、クレーム処理が一時できないことを団員に伝えて自ら動き出す。

オレは念のため情報をスノー達にも伝えておいた。

また大々祭(だいだいさい)スタッフにも注意するよう手を回しておく。

(後はミューアに任せていれば、犯人特定も時間の問題だろう)

一通りの根回しを終え、今更他軍団(レギオン)を見て回るわけにもいかずオレとメイヤはホワイトの勧誘コーナーの手伝いをする。

今回もホワイトは薄い衣装に身を包み、PEACEMAKER(ピース・メーカー)入団希望者の勧誘をおこなっていた。

昨日とは違いホワイトは吹っ切れたような、投げやり状態なのか頬を羞恥心で赤くしながらステージへと立っていた。

お陰で今日も大勢の少女達が入隊希望用紙記入の列に並んでくれている。

対受付嬢さん用の人材確保は順調だった。

しかし、メイヤを狙う犯人確保の動きは一手遅れてしまっていた。

気付けば、リズリナの軍団を含めた他二つがメイヤを狙うとある組織に乗っ取られてしまっていたのだ。

そんな組織が出した人質解放の条件とは……