竜人大陸、ドラゴン王国首都。

ドラゴン王国城内、謁見の間に国の上層部達が集まっていた。

彼らの視線の先、玉座には当然、国のトップであるロン・ドラゴンが座っている。

そのロンの膝の上に竜人種族の伝統衣装であるドラゴン・ドレスを着た受付嬢さんが座っている。

さらに彼女の膝の上にはペットサイズに縮んだまーちゃんが座り、体を撫でられていた。

ロンは膝の上に受付嬢さんを座らせながら、目の前で畏まる部下達に鋭い視線を向ける。

「……つまりそち達は、はにーを朕の嫁にするのは反対ということか?」

「お、恐れながら、陛下はドラゴン王国正統後継者! なのに他種族、しかも元とは言え、一介の冒険者斡旋組合(ギルド)受付嬢を后として娶るなど有り得ません!」

一人の忠臣の発言を皮切りに他も声を挙げた。

「そうです! ありえません!」

「どこぞの馬の骨とも分からぬ者を后、しかも第一夫人とするなど!」

「陛下! 伝統あるドラゴン王国の血筋を汚さぬようお願い致します!」

「だいたいこの女は神聖な『ドラゴンの間』を破壊した重罪人ですぞ! 修復の目処も立っていないのに犯罪者と結婚など!」

他、非難囂々の叫びが謁見の間に響く。

だが、その声もすぐに止まる。

『!?』

先程まで叫んでいた彼らが、首を絞められた鶏のごとく顔色を悪くする。

受付嬢さんが暗い瞳とオーラを彼らに向けているからだ。

まさに捕殺寸前である。

彼らは理解していない。

誰に対して文句を付けているのかを。

世界最強の軍団(レギオン)、PEACEMAKER(ピース・メーカー)が最大戦力を準備し、全滅も覚悟した相手だというのに。

ぽんぽんとロンが軽く頭を叩く。

「落ち着くがいい、はにー。それ以上は死人が出る」

「ご、ごめんなさい、ダーリン! 私ったら酷いことを言われたからつい……」

「気にする必要はない。すぐむきになるところもはにーの可愛いところだ」

「もうやだダーリンったら!」

先程まで直接首を絞められていたような重圧から解放されると、次に甘々ないちゃつきを目の前で見せつけられる。

その落差に忠臣達は深海から浅瀬に釣られた魚のように、苦しげに呼吸を繰り返す。

あまりの落差に意識がついていかないのだ。

ロンはある程度、彼らが落ち着いたのを見計らって声をかける。

「そちらの言いたいことは分かったが、朕は考えを変えるつもりはない。はにーこそ朕の嫁だ。もし認めぬのなら朕は王座を捨てよう。はにーとの愛に生きるつもりだ」

「だ、ダーリン……ッ!」

受付嬢さんが感極まったように口元を両手で押さえる。

王座を捨ててまで愛してくれる――かつてこれほど自分を想ってくれる男性が居ただろうか? いや、居ない!

故に彼女は胸中を喜びの涙と炎で熱くさせる。

一方で臣下達は顔色を青くした。

「お、お待ち下さい陛下! 一人の女性のために王座を捨てるなど、正気ですか!?」

「陛下以上にドラゴン王国を統べる方はおりません!」

「陛下、どうぞお考え直しください! 一人の女性より、民達のことをお考えくださいませ!」

「陛下!」

「…………」

ロンは目の前に傅く臣下達の声に黙って耳を貸す。

一通り叫び終えると、彼は厳かに告げた。

「そちらの考えは分かった。たしかに民を考えれば聖竜昇竜刀《せいりゅうしょうりゅうとう》、『ドラゴンの間』を破壊したはにーをそのまま后にするには反発があるか……」

『問題はそこじゃない!』と臣下達の顔に書いてあるが、ロンは気にせず考え込む。

そんな彼に受付嬢さんが提案する。

「ならまーちゃんの歯で作ったらどうかしら?」

『!?』

彼女の膝の上で飼い猫よろしくごろごろしていたまーちゃんが、突然指名を受けて『びくり』と体を震わせた。

「『ドラゴンの間』はまーちゃんの力で修復できるはずよ。後、あの刀はまーちゃんの歯で再度作ればいいんじゃないかしら」

受付嬢さんも国宝である宝刀『聖竜昇竜刀《せいりゅうしょうりゅうとう》』の由来をロンから聞いて知っていた。

エンシェントドラゴンの牙を鍛え製造された究極の刃だと。

だがエンシェントドラゴンとまーちゃんを比べれば、格としてはまーちゃんの方が圧倒的に高い。

魔物達の始祖なのだから。

その牙で作り出せば、聖竜昇竜刀《せいりゅうしょうりゅうとう》以上の刀が完成するのは間違いないだろう。

「だからまーちゃん、歯、ちょうだい」

『グルルル……』

まーちゃんは涙目で受付嬢さんを見上げる。

つまり、今からまーちゃんは生きたまま麻酔無しで刀作りのために牙を抜かれるわけだ。

どう考えてもただの拷問である。

涙目になるのは当然だ。

受付嬢さんが首を傾げる。

まーちゃんの涙の理由に思い至り微苦笑を浮かべた。

「別に今生えている歯をちょうだいって言っているわけじゃないわよ。まーちゃんが居た洞窟に抜けた歯が一杯落ちていたでしょ? あれをちょうだいって言ったの」

「なるほど、すでに抜けている歯ならわざわざ抜かなくても問題はないな。はにーは本当に心優しいな」

「やだ、当然のことを言っただけよ、ダーリン」

「で、ですが陛下……いくら『ドラゴンの間』を修復して、聖竜昇竜刀《せいりゅうしょうりゅうとう》以上の武具を揃えたとしても、民が納得するかどうかは別です」

いちゃつく二人に臣下がしどろもどろに告げる。

ロンはその発言に納得いかず眉根を潜めた。

破壊された『ドラゴンの間』は修復され、砕かれた聖竜昇竜刀《せいりゅうしょうりゅうとう》はそれ以上の武具になり、しかも落ちている多数の牙で作りたい放題。

これだけでも膝の上に座る受付嬢さんと結婚する大義名分には十分なはず。他には――とロンは考え込む。

そして、ある結論に思い至る。

「……なるほど、そちらはそのようなことを考えていたわけか」

「おおぉ! 陛下! ようやくお気づきになられたのですか! 我々のお伝えしたいことに!」

「……ああ、気付いたぞ。そち達はあまりに美しいはにーを我がモノにするべき朕達の仲を引き裂こうとしているのだ! 許さぬ……許さぬぞッ!」

ロンは激昂し怒声をあげる。

臣下達は理不尽な怒りに身をすくませた。

一方、受付嬢さんはというと、激昂するロンの膝の上で嬉しそうに身を捩る。

「やだ、ダーリンったら♪ 私はずっとダーリンのモノよ。私が愛しているのはダーリンだけ。他の人に言い寄られても絶対に靡いたりしないから安心して」

「美しく、可愛いだけではなく、これほど健気とは……はにーはまさに朕の嫁にこそ相応しい。絶対にそちらに渡さぬぞ!」

このやりとりに臣下達の心が折れる。

今は何を言っても聞き届けてもらえないと悟ったのだ。

こうして話し合いは、ロン&受付嬢さんの熱に当てられて終わったのだった。