湯の町リリカーン冒険者斡旋組合(ギルド)支部。

その個室で新人受付嬢が、人種族の先輩受付嬢さんに怒られていた。

新人受付嬢は床に正座、先輩受付嬢さんが彼女の前に仁王立ちで見下ろしている。

オレ達、PEACEMAKER(ピース・メーカー)も同室に居て、彼女が怒られる姿を見せられていた。

「……研修で受付嬢にとってもっとも大切なことは何か学びましたよね?」

「は、はい」

「ではなんと教わりましたか?」

「ぼ、『冒険者、依頼人、軍団(レギオン)、誰に対しても公平であれ』です」

研修で教わるフレーズ、社訓のようなモノを彼女は口にする。

先輩が返事を聞いて満足そうに頷く。

「覚えていたようで安心しました。私達、受付嬢は業務上多くの方々と顔をあわせます。当然、私達も感情があるので人物に対する好き嫌いはあるでしょう。それはしかたのないことです。ですが、感情に任せて選り好みし対応に手を抜いた場合、相手側は最悪、命を落とす可能性もあるのです」

たとえば受付嬢側が嫌った相手にクエストの注意点を意図的に伝えなかった場合、その冒険者の死亡率は劇的に上昇する。

もっと直接的な手段に出るなら、冒険者の行き先や装備、技術、同行者の人数やランク等の情報を外部に流せば、先回りして殺害するための罠を張るのも難しくない。

彼女達がその気になれば冒険者を死に追い込むことなど、席を立たずともできるのだ。

逆に美味しいクエストや有益な情報を流せば、他冒険者より有利な立ち位置につけることもできる。

資金的に余裕ができるということは、生存率に直結する。

「『冒険者、依頼人、軍団(レギオン)、誰に対しても公平であれ』。公平でない受付嬢に存在意義はありません。研修の座学で、偏った感情を持った受付嬢が起こした事例を学んでいるはずですよね? その中に、公私の区別をつけず公平性を欠いた例として、第三者の前で冒険者の情報を漏らした受付嬢の事例もあったはずです。忘れてしまったのですか? それとも理解してわざと漏らしたのですか?」

「わ、忘れていません! ですがわざと漏らしたわけではなく……勇者様達を前にしたら興奮してしまって……」

新人受付嬢の声が小さくなる。

第三者に漏らした受付嬢の事例とは――

過去、受付嬢が知り合いの冒険者にクエストを第三者が居る前で勧め、同意させてしまった。

受付嬢の勘違いで冒険者との相性が悪いクエストをだ。

受付嬢との1対1の状況なら、冒険者は断っていたかもしれない。

しかし、その時、受付嬢は非番で、大勢の他冒険者が居る場で冒険者の情報を言い、丁度いいクエストがあると言いつつ冒険者とは相性の悪いてクエストを勧めてしまったのだ。

冒険者は荒事の商売。

名声の高さによって、報酬がいい指名依頼を受ける確率が高い。

故にどうしても面子や評判にこだわらなければならなくなる。

クエストを勧められた冒険者も改めてクエストを確認するが、自分の能力と相性が悪いのでは、と疑問に思った。しかし自分のスキルにとって丁度いいレベルのクエストだと多数の第三者の前で勧められて、引くに引けずそのまま受注。

結局、帰らぬ人になってしまった。

その時の受付嬢は、『彼を殺害する意図があったのでは?』と疑問を当然持たれた。彼女曰く、殺害する意図はなく勘違いだったらしい。

結局彼女は自分が誤ってしまったことを後悔し、自殺してしまった。

新人受付嬢が、漁師達の前でオレ達、PEACEMAKER(ピース・メーカー)に大声で呼びかけたのはこの事例に近い。

漁師達からすれば魔王や魔力消失事件を収めたオレ達、PEACEMAKER(ピース・メーカー)の名前を出したら今回も解決するだろうと勝手に思いこむ。

魔王を倒す軍団(レギオン)なら簡単に解決してくれるだろうと。

もしここでオレ達が今回のクエストを受けず、事件を放置した場合、PEACEMAKER(ピース・メーカー)の名に傷が付く。

最初から受けるつもりではいたが、本当に解決できるかどうかは現状分からない。

しかし、漁師達――第三者の前であれだけ宣伝されたら『できませんでした』とはいえず、無理をしてでも解決しなければならなくなる。

「貴女にその気がなくても、同じ事をPEACEMAKER(ピース・メーカー)様にしているのです。自分が犯した失態の重さをちゃんと理解しているのですか?」

「は、はい……」

「いくらPEACEMAKER(ピース・メーカー)様が現状、トップ軍団(レギオン)でも得て不得手はあるんですよ。もし相性が悪い場合、こちらに居る皆様が最悪、全員死亡する可能性もあるのですよ?」

「ッ……」

オレ達も万能ではない。

特に海上戦は初めての経験で、専用の装備もなく未知数だ。

飛行船ノアがあるため、そうそう負けることはないと思うが……。

とはいえ逃げ場を潰した新人受付嬢のミスは軽くない。

「それにまだクエストを発注できるだけ情報が集まっていないから、難度の設定もできない。そのクエストを発注するため、漁師の方々に詳しい位置情報や注意点等を聞くために呼びに出てもらったはずですよね?」

他にもオレ達が出ることは確定だが、湯の町リリカーンの冒険者達越しにやりとりをする結果になった。

冒険者斡旋組合(ギルド)が町の冒険者の実力を疑っていると受け止められてもおかしくない。

またオレ達が動くことで、大金が動く。

軍団上位のPEACEMAKER(ピース・メーカー)を安い金で動かす訳にはいかないし、こちらもある程度の金額ではないと受けられない。

もし受けた場合、『前回が安かったのだから、今回もこの金額でいいじゃないか』と他依頼人に迫られたら断り辛いためだ。

もちろん、状況的に金額を払うのが苦しい場合は、ローンや他のモノで代用する方法もある。

会計担当のバーニーがその際は冒険者斡旋組合(ギルド)、依頼人等と話をするのだが、今回はさすがに状況が違う。

仮に今回の問題がたいしたことがなく、オレ達が動くまでもなかった場合、冒険者斡旋組合(ギルド)側が無駄金を支払うことになる。

では誰がそれを補填するのか?

新人受付嬢ができるのか?

以上の点を先輩に指摘され、完全に凹まされる。

怒られ、凹まされる姿をオレ達に見せるのも誰に責任があるのかを示し、こちらの留意を下げるためにやっているのだろう。

仕事に慣れ始めた新人らしいミスではあるが、見過ごすことができないレベルなのも確かだ。

先輩に怒られた新人受付嬢は、青菜に塩状態で元気をなくししょげている。

先輩受付嬢が溜息をついた後、オレ達へと向き直った。

「今回の件は教育係として私の監督不行届です。本当に申し訳ございません。その上で大変厚かましいのですが、お力をどうかお貸し下さいませ」

彼女は深々と頭を下げる。

先輩に習って慌てて新人受付嬢も頭を下げた。

さすがに居たたまれなくなって、声をかける。

「もちろんです。我々、PEACEMAKER(ピース・メーカー)としても現状を見過ごすことはできませんから」

ハイエルフ王国エノールにも、オレ達が湯の町リリカーンでクエストを引き受けたことが耳に入るだろうが、ここまで来たら致し方ない。

何よりあれだけ宣伝されたら、引き下がるという選択肢は取れないのだ。

「それで現状、分かっている情報を教えてください」

「ありがとうございます。では、改めて現在、分かっている情報をお伝えさせて頂きます」

とはいえ、あまり情報は多くない。

一昨日、早朝といってほぼ深夜に漁船が沖合で沈められる。生存者は一名。ちょうどその時間、オレ達は寝室で頑張っていた頃だ。

昨日、生存者は一日中海上を漂い。ほぼ今日の早朝漁に出かけた仲間に救助される。

衰弱はしているが命に別状はないらしい。

沖合に巨大な魔物が出現した情報が伝わり、漁師達は沖合に行かず、浅い沿岸部で軽く捕っただけ。

そして今に至る。

冒険者斡旋組合(ギルド)が生存者から聞いた話では、『巨大な魔物』としか分からないらしい。

船内に居た生存者によれば――海に投げ出されて板になんとか掴まっていた時、薄暗い大月を浴びながら巨大な何かによって船が海の底へと沈んで行くのを目撃したらしい。

この情報では『巨大な魔物』としか分からないな。

「なので他にも情報が無いか調べるため、他漁師の方にお話をお聞きする予定だったのですが……」

「も、申し訳ありません……」

先輩の盛大な溜息に、新人受付嬢は小さくなる。

今更、彼女を責めても意味はない。

「過去にこういった事例はなかったんですか?」

「巨大な魔物というと過去、『大鮫(ビック・シャーク)』と呼ばれる約13mの魔物に船をひっくり返されたり、一部を囓り取られるということはありましたが、船そのものが沈められたという話は聞いたことがありません」

大鮫(ビック・シャーク)が出た場合、遠距離武器を持った冒険者や魔術師が船に乗り、物量で倒しきる。

大鮫(ビック・シャーク)という13mの魔物でも十分脅威だが倒せない訳ではないのだ。

船をひっくり返すことは出来ても、破壊し沈めるなんて芸当ができるとは思えない。

首長竜的な魔物はもっと沖合に居るが、限定された領域からは出てこないため過去遭遇例は皆無。

今回、初めて領域から出て船を襲ったと考えるのは難しい。

いったい船は何に襲われたんだ?

「ここでこれ以上の情報は得られそうにないですね。とりあえず一度、巨大魔物が出た海上へと行ってみます」

そのためにも一度、白銀邸(はくぎんてい)に戻り装備を調える必要がある。

オレ達が準備を整えている間に、今回のクエストの書類と巨大魔物が出た沖合位置、他出来る限りの情報を集めておくと申し出てくれる。

なので準備を終えたら、すぐに出発せずもう一度、冒険者斡旋組合(ギルド)に戻って手続き&情報取得をすることになった。

情報取得はともかく、手続き云々は前世、日本のお役所と変わらないな。

オレは微苦笑を漏らし、同意する。

そしてオレ達、PEACEMAKER(ピース・メーカー)は初の海上戦闘の準備を整えるため、冒険者斡旋組合(ギルド)を後にしたのだった。