Hachinan tte, Sore wa Nai Deshou! (WN)

Episode 44: Too many rewards.

「と言うわけで、エリーゼはお茶を淹れるのも上手だし、夕飯の味噌煮込みも美味しかったです。朝食も、手際良く準備してくれて」

「さすがは、我が姪なのである。安心して、バウマイスター男爵の嫁になれるというもの」

「まあ、その前に死に掛けたんですけどね」

「それは……」

 冒険者としてのデビュー戦において、連続して未帰還者を出した地下遺跡の探索を命じられた俺達であったが、その内容は激闘・死闘の一言に尽きた。

 ミスリル・オリハルコン複合装甲を装備した、ドラゴンゴーレムとの戦闘に。

 続けて、強制移転魔方陣による『逆さ縛り殺し』地下遺跡への強制的な移動と、大量のゴーレム軍との激闘や。

 そして最後の極め付けは、最初の物よりも性能が上がっていた二体目のドラゴンゴーレムとの、残存魔力量を気にしながらの死闘にと。

 正直、良く生き残れた物だと感心するほどだ。

 魔法と薬でドーピングしながらの約一週間もの戦闘により、俺達は精神的にも肉体的にもボロボロであり。

 俺は珍しく、こんな依頼を寄越した王国と冒険者ギルドに負の感情を隠せなかったくらいだ。

 それでも、どうにか依頼を達成する事に成功した俺達は、翌日に王城へと挨拶に向かっていた。

 元々あの地下遺跡探索は王国政府からの依頼な上に、発見された物が物なので、冒険者ギルド本部から王城で報酬に関する話を聞くようにと言われたからだ。

 俺は、真っ先に出迎えたアームストロング導師と話をしながら謁見の間へと向かう。

 途中の話とは言っても既に報告は行っているらしく、アームストロング導師からは、特に地下遺跡や戦闘自体に関する質問は無いようだ。

 むしろ、普段のエリーゼとの生活などを良く聞かれていた。

 多分、余計な事を聞いて、俺が王宮内で怒るのを防いでいるのであろう。

 あとは、アームストロング導師自身が、魔法を使える姪をえらく気に掛けている点もあるようであったが。

「まあ、その話はこの辺で」

「うむ……」

 王宮内では他人が密かに耳を立てている事が多く、そうやって集められた噂はそれぞれの主人の耳に入る事が多い。

 なので、あまりお喋りなのも考え物であったからだ。

 勿論、その主人とは貴族の事であったが。

 そしてその貴族の中には、今回の件で俺と王国側が揉める事を喜んだり、それを何かに利用しようと考える輩も確実に存在する。

 その最たる例として、ルックナー財務卿の弟などが挙げられるのであったが。

 そのような事情もあり、アームストロング導師としても、俺の魔法の師匠として懸命に宥め役に回っていると思われる。

「(某会計監査長ですか?)」

「(やっぱり、知っておったか……)」

 知らないはずがない。

 何しろ、現在王都のバウマイスター男爵邸で使用人達を統制しながら管理しているのは、その実の息子なのだから。

『おおおっ! お・や・か・た・様ぁーーー!』

 発見した物の管理を、王都から来た警備隊に引き継いだ俺達が屋敷に戻ると。

 突然、屋敷ドアが壊れるのではないかと思うほどの勢いで開き、俺に抱き付いて来る存在があった。

『えっ!』

『反応できなかった!』

 本来、俺の警備も担当しているエルとイーナが驚く早業であったが、それも当然であろう。

 彼こそは、槍術の達人にして他にも得意技が多い。

 我がバウマイスター家の家令、ローデリヒその人であった。

『このローデリヒ! 大変に心配をぉーーー!』

『わかったから! 体の骨が砕ける!』

 雇ってみてわかったのだが、ローデリヒは魔法が使えない代わりに多才なアームストロング導師と言った感じの人だ。

 導師ほど筋肉ムキムキではないが、前世では細マッチョと言うのであろうか?

 見た目よりも力が強く、その上ようやく就職が叶ったので、常に張り切り過ぎにも見えなくもない。

 他の使用人達に言わせると、『たまに付き合い切れない部分がある』と言われるほどの人であった。

 仕事ぶりは優秀で真面目なのだが、常にハイテンションで、ずっと付き合っていると疲れてしまうのだそうだ。

 もしかすると、そういう部分が就職に成功しなかった理由の一つなのかもしれない。

『このローデリヒ! お館様に、万が一の事があったらぁーーー!』

『わかったからぁーーー!』

 そんな彼が、一週間ぶりに戻って来た主人に、『骨よ砕けろ!』とばかりに物凄く勢いで抱き付いてきたのだ。

 気のせいか、背中の骨がミシミシ言っているような気がする。

『面接二百七件目にして、ようやく得たこの仕事をぉーーー!』

『わかったってのぉ!』

 予め言っておくが、俺にもローデリヒにも同性愛の気はない。

 主人の帰館で感極まったローデリヒが、勝手に暴走しているだけである。

 というか、今俺は知ってしまった。

 ローデリヒが、前世のリストラされたサラリーマンも真っ青なほど、採用面接を受けている事を。

 多分前世の俺なら、世を儚なんでニートになっているレベルである。

 ところが、この世界では別段珍しくも無いそうだ。

 戦争が無く、武芸大会の好成績者など一部を除き、貴族に仕えるには地縁・血縁などコネが物を言うので、いくら優秀でも得体の知れない新参者はなかなか仕官できない。

 特にローデリヒの場合は、貴族の私生児で、しかも認知もされていないので、世間的には得体の知れない素浪人よりも採用する貴族側から避けられる。 

 武芸大会でも優秀な成績を挙げたローデリヒが仕官できなかったのには、そのような理由があったのだ。

『お館様は、拙者の希望なのですぅーーー!』

『なあ、ローデリヒさん。その希望が折れちまうぞ』

『あっ……』

 エルの冷静な一言により、ようやく我に返ったローデリヒに促されてリビングに移動すると、すぐにメイドがマテ茶を出してくる。

 そのメイドは、栗毛でエリーゼよりも少し年上の可愛い娘なのだが、彼女の母親はホーエンハイム家のメイド長なのだそうだ。

 なるほど、就職にもコネが必要だという理由が良くわかるような気がする。

 ちなみに名前はドミニクと言い、エリーゼとは幼少の頃から良く一緒に遊んだりしていたそうだ。

 所謂、年上の幼馴染というやつである。

 ドミニクは若いが、メイドとしては優秀だ。

 決して、コネだけで優遇されているわけではない。

 それに、いくらコネで働けるとはいえ、紹介された先で失望でもされれば紹介した方も恥をかくわけで。

 コネで就職が出来るからと言って、必ずしも楽というわけではないのだ。

『エリーゼ様が淹れるマテ茶には勝てませんが。それよりも、ローデリヒ様がまた……』

『背中の骨が……』

 地下遺跡宮では負傷しなかったのに、なぜ屋敷の目の前でという理不尽さはさておき。

 ドミニクが淹れてくれたマテ茶を飲んで、ようやく人心地ついたような気がする俺達であった。

『このローデリヒ、大変に心配しましたぞ』

『遺跡探索なら、一週間くらいは普通だろうに』

 冒険者なので、一週間くらい留守にするのは普通のはずなのだ。

 その内容が、全く普通ではなかった事は差し置くにしてもだ。

『それはそうなのですが……』

 実はローデリヒも、浪人時代に生活の糧を得るために冒険者ギルドに登録して活動をしていたそうだ。

 今も引退届けは出していないので、まだ書類上は現役状態にはある。

『このローデリヒ、地下遺跡の探索はした事が無いのです』

 就職活動と兼任なのでパーティーが組めず、得意技が槍術で大車輪なので、主戦場は近郊の森や先年に開放されたパルケニア草原であったそうだ。

 そしてその実績であったが、ソロにしてはえらく稼いでいる冒険者と言えよう。

 俺もカードを見せて貰って、えらくその戦績に驚いた記憶がある。

『あと、お館様が死んだかもしれないと、物騒な噂を流す輩もおりまして……』

 この屋敷は、男爵以上の貴族が住む上級貴族街にある。

 屋敷を維持するため、ローデリヒや使用人達が所用で外に出ると、色々な噂が流れて来るのだ。

 上級貴族御用達の各種店舗に、屋敷の修繕をする大工や、庭を維持する庭師などを紹介したり派遣する職人ギルドなど。

 そこには、様々な貴族家で雇われている使用人達が現れ、彼らは彼ら同士で、雇われている貴族家で聞いた噂などを守秘義務に反しない程度に話し合う。

 たまに守秘義務を逸脱してクビになる者もいるが、大半は自分が働いている貴族家の情況を客観的に判断し、おかしな貴族から自分が被害を受けないようにするための、貴重な判断材料でもあった。

 おかしな貴族家は、すぐに噂になる。

 相手は雇い主とはいえ、平民も平民で自分の身を守るのに必死なのだ。

 そんな情況の中で、屋敷の庭の手入れをする庭師を探しに職人キルドに向かったローデリヒは、そこで俺達が死んだかもしれないという噂を聞き付けたらしい。

 あと、『貴族なのに、専属の大工や庭師を雇わないのか?』とか言われそうだが、いくら屋敷が大きくても専属で雇うのは効率が悪い。

 そんな人は、王族か、よほどの大貴族か、ガーデニングが趣味の貴族くらいで、あとは職人ギルドで腕の良い人を斡旋して貰うのが基本であった。

 腕の良い人はすぐにスケジュールが埋まるので、そういう人ほど専属になりたがらないし、専属にするにはコストが嵩む。

 腕の悪い人を専属にしても意味がなく、それなら日頃の簡単なメンテだけは使用人が行い、専門的な部分はプロに任せる。

 こうした方が、効率が良かったからだ。

『誰が流したんだ? そんな噂』

『最初は、不明だったのですが……』

 気になったローデリヒは、その噂の出所を調べたそうだ。

 そして、その噂の元がある男爵家である事を知る。

『あの男でした』

 ルックナー財務卿の弟にして、ローデリヒの遺伝子上の父であるルックナー会計監査長であった。

 噂は、彼の屋敷の使用人達が、人から聞いたと嘘をついて流していたそうだ。

 ローデリヒの表情は渋い。

 彼からすると、ルックナー弟は父親でも何でもないそうだ。

 子供を抱えた母を捨て、生まれた子供の認知すらしていないから当然と言えば当然なのだが。

『勝手に人を殺すなよ』

 酷い話ではあるが、これを罪に問えるかと聞かれると難しい。

 噂はあくまでも噂で、『俺が死んだかもしれない』わけで、『死んだ』と断言したわけではないからだ。

 貴族の性として、この手の噂話などは当の本人達も話半分に聞いている部分もあり、信用度にしても前世で言う○スポのような物であった。

 たまに、えらい当たりがくる事もあるそうだが。

『死んで欲しいという願望も混じっているかと』

『俺、ルックナー弟に恨まれるような事をしたのか?』

『いえ。お館様が、自分と仲が悪い財務卿閣下と懇意なので気に入らないのでしょう』

 仲が悪い兄と弟。

 どこか他人事とは思えないのは、俺の気のせいなのであろうか?

『そんな理由かよ』

 俺は理不尽さを感じると共に、『別に、あんな金に五月蝿いおっさんと仲なんて良くないわ!』とも思ってしまう。

 こういう関係を、前世では腐れ縁とも言うのだ。

 もしくは、『金の切れ目が縁の切れ目』であろうか?

『ですが、ヴェンデリン様が無事に戻った以上は……』

『はい、奥様。こんな無意味な噂もありませんな』

 エリーゼの発言に、ローデリヒは簡潔ながらも丁寧に答える。

 彼は、まだ正式に式は挙げていないが、エリーゼを正妻扱いして『奥様』と呼んでいた。

『それに、拙者の方で報復もしておきましたので』

 悪意ある噂には、同じ悪意ある噂で報復する。

 貴族とはそういう生き物であり、ローデリヒも貴族の流儀に従って逆に噂を流したそうだ。

 それと、なぜかローデリヒは自分の事を『拙者』と言う。

 この世界にも存在する単語ではあるのだが、見られるのは古い時代劇のような書籍の中のみで、普通に生活しているとまず耳に入らない単語であった。

『ああ、逆撃したんだね』

『そういう事です。ルイーゼ様』

『どんな噂を流したの?』    

『それはですね。イーナ様……』

 ルックナー弟から、『バウマイスター男爵達が、地下遺跡探索に出て戻らないので死んだのであろう』と噂を流されたので。

 『その死因に、ルックナー会計監査長が関わっている可能性がある。その権力を利用して、冒険者ギルドに何か働きかけたのでは?』という噂を逆に流したそうだ。

 これも、そういう可能性があるだけであり。

 だから、後ろにクエッションマークが付いているわけだ。

 絶対ではないが、噂の域から出ないのでルックナー弟も文句を言うわけにもいかない。

 先に、自分が同じ事をしているから余計にだ。

『しかも、ヴェルは無事に戻っているから、向こうの噂は嘘だとみんな気が付くしな。逆に、ルックナー会計監査長の方は……』

 エルの言う通りで、ルックナー弟の方への噂はそう簡単に消える類の物ではない。

 俺が無事に戻ったとしても、彼が冒険者ギルドに何か働きかけた可能性が消えたわけではないからだ。  

 ルックナー弟は役職付きなので、普通の男爵よりは貴族としての影響力が強い。

 会計監査長なので、予算執行に対する不備の指摘で冒険者ギルド本部に出かけてもおかしくもないのだ。

 なぜなら、冒険者ギルドが若者やアウトローの社会不満吸収装置を兼ねているので、王国が補助金を出しているからだ。

 前世で言うところの、若年層に対する雇用助成金のような物や、食肉確保のために補助金の類であったと記憶している。

『あとは、なぜそんな噂を流したのかですね。竜殺しの英雄が仲が悪い兄と懇意なので、兄の力を落すために竜殺しの英雄の抹殺を謀った可能性があると』

『陰謀論……』

『それが、事実なのか嘘なのかは全く関係ありません。あの男は、元々こういう噂で敵対勢力を攻撃するのが常套手段。たまには、その噂で逆にダメージを受けるのも良い薬でしょう』

 憎んでいても、ローデリヒは実の父親の事を良く理解しているようだ。

 更に、父親と同じ手段で敵対勢力に反撃まで行っている。

 ローデリヒ本人に言うと怒るので言わないが、『血は水よりも濃い』という話に説得力を感じてしまうのだ。

『拙者が流した噂のせいで、どうにも困っているようですな』

『あの男なら、やりかねないと?』

『はい』

 俺の生死を問わず、今までの悪行のせいでその噂は真実味を帯びて貴族社会を駆け巡っているそうだ。

 事実ならばあとで処罰もあるかもしれないが、俺が生きているので処罰される事は無いであろう。

 だがそれすら、会計監査長の職権を使用して処罰を逃れていると思われてしまう可能性がある。

 遂に、武器にしていた噂で自分が傷付く事態にまでなったのだ。

『勝手に自爆したように見えるけど……』

『そういう輩に限って、逆恨みも常套手段。お館様も、十分にお気を付けになられますよう』

『そこで動いたら、またダメージが広がると思うけど……』

 俺が無事に帰還してからも、ルックナー弟に関する噂は貴族社会を流れ続け。

 彼は、暫くは大人しくぜざるを得ない情況に追い込まれたようであった。

 というか、俺は彼と直接に顔を合わせた事が無いので、チョロチョロと周囲で騒ぐだけの男にしか感じないのだが……。

 ただ、こんな噂程度が理由の停滞などはすぐに終わってしまう。

 俺はローデリヒに、暫くルックナー弟から注意を逸らさないようにという指示を出しておくのであった。

「(本当に、貴族ってのはどうしようもないのが居ますよね?)」

「(辛辣であるな。貴族が全員、そこまで酷くないと思いたいのである)ところで、それは……」

 場所が場所でもあるし、いくら小声でもこれ以上危ない会話は止めた方が良いと判断したのであろう。

 だが、ただそれで口を噤むのも面白くない。

 そこで、ある本を小脇に抱えていたのだ。

 その本とは、『アーカート神聖帝国の文化と歴史』という本で、昨日ローデリヒに探して来て貰った物だ。

 隣国アーカート神聖帝国に関する資料は、意外と少ない。

 貿易と人の交流が王都とその周辺に限定されているのと、一応は仮想敵国なので向こうも簡単には教えないからだ。

 平時でも互いにスパイなどは入れているはずだが、苦労して手に入れた情報を、両国政府が簡単に世間に公表するとも思えなかった。

 特に地方では。

 俺が居た南部ではたまに輸入品を見るくらいで、最近まで俺も良く知らなかったのだが、この本によるとそう政治体制に違いは無いようだ。

 次の皇帝を議会の投票で決めるので、少し民主主義寄りにも見えるが。

 議員の大半は貴族と皇族で、候補者も皇族と選帝侯なので平民に出る幕などなく。

 実質はあまり変わらず、俺が移住してもそう環境の変化に戸惑う事もないようだ。

「北なので、冬に少し寒いくらいですかね? 旅行とか行けたら良いのに」

「いや、外国人は皇都周辺からは出られないゆえに……」

 アームストロング導師は、なぜか汗を流しながら俺からの問いに答えていた。

「へえ、良く知っていますね」

「十年ほど前に、親善団の一員として行った事があるのである」

 停戦から二百年以上。

 両国は五年に一度、交互に親善団の派遣を行い。

 国王や皇帝が代替わりした時にも、外交団などを派遣するそうだ。

 というか、さすがはアームストロング導師。

 何気に、そんな大切な親善団の一員に選ばれていたりしていた。

「ちなみに、亡命者とかはいるのですか?」

「居ない事も無いのである……」

「へえ、どんな理由で亡命したんでしょうかね?」

「……」

 とっくに謁見の間に到着し、あとは陛下の登場を待つばかりであったが、その間アームストロング導師は額から流れる汗をハンカチで拭い続けるのであった。    

「ご苦労であったの。聞けば、色々と大変であったとか?」

「はい、死ぬかと思いました」

「そうか……」

 ここで、嘘をついても仕方が無い。

 俺は謁見の間に姿を見せた陛下に、地下遺跡における死闘のあらましを説明していた。

 今回の呼び出しは、発見された物が物なので王国側が必要と判断したからである。

 地下遺跡で生きていた魔道具工房や、魔導飛行船専用の建造・修理ドッグなどは、間違いなく王国が買い取るはずだ。

 俺に託されても、正直どう扱って良い物なのかわからないという理由もあったのだが。

 あくまでも、俺は魔力量に長けた魔法に関しては器用な魔法使いであり、特殊分野である魔道具造りの才能はなかった。

 一部、魔法使いのみ使える魔法の袋などは作れたが、価値の高い一般人にも使える汎用品ともなるともう手が出ない。

 知識なども少し本で勉強したくらいなので、適正な価値で買い取って貰った方が良いのであろう。

 魔導飛行船も、これは王国政府以外の所有が禁じられている。

 正確には、ある一定の大きさ以上の魔導飛行船の所有の禁止なのだが。

 小型船でも動かせる魔晶石の確保が難しいので、所有している貴族や商人は極少数に留まっていた。

 そして小型船では、精々有効移動距離は三百キロ程度。

 大物貴族が近隣への人や物の移動などに使ったり、近隣の貴族同士が数家共同で運用するケースも存在するそうだ。

 長距離の輸送には向かないので、河川の無い内陸部を除くと海を走る船の方が良いという結論に至ってしまう。

 実際、ブライヒレーダー辺境伯なども、普通の大型船の方を数多く所有していた。

「先に向かった冒険者達は、一人も生還できなかったと聞いておるが」

「はい」

 先に探索に向かった先輩冒険者達は、全員がドラゴンゴーレムのブレスで焼き尽くされていた。

 遺体は骨まで焼き尽くされ、地面に落ちていた残骸からは、彼らの身分を証明するような物は一切発見されず。

 その現場で俺達が発見したのは、一部装備品などの焼け残った金属片のみであったのだ。

 デビュー戦から死体を直視しないで良かったのかもしれないが、俺達だって失敗すればああなってしまうのだ。

 そう考えると、非常に考えさせられるデビュー戦とも言えた。

「そうか、犠牲者の冥福を祈るとしよう。それと、戦力の算定を誤ってそなたらを危険に曝してしまったの。余からは、済まぬとしか言えぬ」

「陛下!」

 控えている一部貴族達から驚きの声があがるが、確かに一国の王が臣下に謝るのは珍しい。

「良い。誤りを認めずに謝罪もせぬのであれば、王などただ傲慢な独裁者でしかないからの」

 とはいえ、陛下の謝罪は規定路線であったらしい。

 驚いたのは一部の小物のみで、ルックナー財務卿などは涼しい顔で何かの書類を確認していたようだ。

「しかし、初陣でいきなり大成果じゃの」

「これも、悪運の賜物かと」

「確かに悪運よの。他の普通の冒険者なら、何も得られずに死んでしまうからの」

 冒険者ギルド内でも、有名な一流冒険者達が揃って生還できなかったのだ。

 これを悪運と呼ばずに、何と呼べば良いのであろうか?

「指南役と、パーティーメンバーが優れてもいましたし」

「そういえば、エリーゼ以外は初対面じゃの」 

 当然、パーティーメンバー全員も俺の後ろで控えているのだが、みんな一言も言葉を発しない。

 皆、一国の王と面会する機会などないので、先ほどから緊張した面持ちを崩さないままなのだ。

 三人の中で一番図太いと言われているルイーゼですらそうなのだから、それだけ王様とは雲の上の人という事だ。

 エリーゼも、過去に数回会った事があるそうだが、普段よりも表情が硬いように俺は思っていた。

「三年ぶりくらいかの? エリーゼよ」

「はい、お久しぶりにございます」

「美しくなったの。未来の夫君、バウマイスター男爵はどうかの?」

「はい、とても優しいお方です」

「そうか、それは良かった」

 陛下がエリーゼに声をかけるが、さすがはホーエンハイム枢機卿の孫娘。

 無難に受け答えをしているようだ。

「あとは、エルヴィン・フォン・アルニムに、イーナ・ズザネ・ヒレンブラントか。ワーレン達が将来が楽しみだと褒めておったの」

「ワーレン様にはお世話になっていました」

「光栄にございます」

 陛下は、近衛騎士団に二人が出入りして訓練している事を知っているばかりか、むしろ黙認している節があった。

「そなたは、ルイーゼ・ヨランデ・アウレリア・オーフェルヴェークであったか。アームストロングに目を付けられるとは、大したものじゃ」

「導師からは、良き指導をいただきました」

 ルイーゼの魔力を使った格闘能力は、それを教えていたアームストロング導師も認めているほどであった。

 せっかく魔力が高いのにあまり魔法が使えなかったが、その分竜でも殴り殺せそうな力を得たのだから。

 あと、緊張はしていても陛下への無難な対応を見ると、ルイーゼは三人の中で、一番その手の部分で卒が無いようにも見える。

 外見は、どう見ても十二歳くらいにしか見えなかったのだが。

「なかなかに、粒揃いのメンバーであるな。期待しておるぞ」

 陛下も忙しい身なので、長い時間は取れないらしい。

 謁見は軽い挨拶程度で終わり、次は本題の地下遺跡の扱いについてであった。

 結局、地下遺跡で死に掛けた件では、あまり文句も言えなかった。

 アームストロング導師には少し言えたが、陛下はすぐに謝ってしまうし、俺の中身の小市民的な性格が謁見の間の空気に負けてしまったのだ。

 思うに、俺の場合だと王族にも転生しないと王様に物申すなど不可能なのであろう。

 それと今日の謁見であったが、なぜかブランタークさんは体調不良だとかで欠席している。

 何でも、指南役はギルドから最低限の報酬を貰うので、今回の報酬分割には参加できないらしい。

 確かにそれならば、わざわざ緊張しながら陛下に会う必要は無いのかもしれない。

 思うに、なかなかに不憫な人であった。

「あの、魔導飛行船用の造船・整備ドッグだがの……」

 その後の調査で、あの造船施設の天井部分が開く事が確認されたそうだ。

 それと、魔晶石以外の部分を効率良く建造できる、既存の施設よりも遙かに優れたドッグで。

 修理や整備も、楽にこなせる素晴らしい設備なのだそうだ。

「現在、かのドッグに空軍の拠点を移す計画があっての」

 王都からも近く、現在のドッグ兼魔導飛行船の発着場からドッグの本拠機能を移す計画があるそうだ。

「現在の施設は発着場をメインに、サブのドッグにしてかの地のドッグを参考に改装工事を行おうかと思う」

 普段の空軍は、魔導飛行船の修理・整備と、旅客・輸送業務がメインになっている。

 そこで、俺達が最初に降り立った港の離発着機能を強化しつつ、既存の隣接するドッグを発見されたドッグを元に改修。

 サブのドッグとして、空軍の戦力と拠点を強化するのだそうだ。

「まだそなた達の物なのだが、魔導飛行船関連では王国に優先権がある。許せよ」

「はい、それは」

 俺が七隻の魔導飛行船と大型ドッグを、王都近くに私有して独自に運用を開始する。

 間違いなく、『バウマイスター男爵は危険です』と陛下に囁く貴族が増えるはずだ。

 多分、とっとと売り払った方が安全なはずだ。 

「魔導道飛行船の新規建造に関しては、魔晶石の製造技術の関係でまだ研究課題ではあるが、造船所にあった七隻の魔導飛行船は、機関部に付いていた魔晶石が無事での。魔力さえ注げば、少しの整備ですぐにでも使用可能だそうだ」

 巨大な魔晶石の製造についても、一緒に見付かったイシュルバーク伯爵の工房や書斎の本などから研究が進む可能性があったので、現在急ピッチで調査と解析が進んでいるらしい。

「あの二体のドラゴンゴーレムも、危険なので分解して解析中だ」

 材料にふんだんにミスリルとオリハルコンが使われていて、中身の機構にも今までに見付かっていない仕組みが使われているそうだ。

 あと、使われている魔晶石もかなりの大きさらしい。

 そういえば、二体目のドラゴンゴーレムには、外部から魔力を補給するためのケーブルまで付いていた。

 ゴーレム専用の無人修理工房などもあり、それらを動かすためにメインとサブで超大型の魔晶石がバッテリー代わりに設置されていたりと。

 古代の名工イシュルバーク伯爵とは、相当に気難しい人物であったようだ。

 あんな地下に、天文学的なコストをかけて自分専用の隠れ家まで作ってしまうのだから。

「その魔晶石は、他の魔導飛行船の再稼動に使えるので助かっておるよ」

 続いては、あの大量の活動を停止させたゴーレム集団であった。

 損傷が激しい物から、ただ動きを止めている物まで。

 合計で一万体以上も存在し、現在兵士達がひいこら言いながら空いている地下遺跡のエリアに並べて数を数えているそうだ。

「一体一体に、人工人格の結晶クリスタルと長時間稼動可能なように魔晶石まで付いておっての」

 それは、俺達も確認していた。

 人工人格の結晶クリスタルに関しては、これから要研究なのであろうが。

 魔晶石は、今普通に取り外せば使えてしまう。

 さすがに大型の魔導飛行船には使えなかったが、魔道具の材料や王国でもインフラ系の魔道具に付けるのでいくらでも欲しいのだそうだ。

「早速、魔道具ギルドか嗅ぎ付けての。売ってくれと五月蝿いのだ」

 汎用魔道具で一番面倒な部類に入るのが、電池部分に当たる魔晶石の製造である。

 現物が既に一万個以上もあるのなら、一つでも多く手に入れて納期を短縮したいのだそうだ。

「地味に、あの魔力回収パネルも素晴らしい成果だそうだ」

 最後に、あの空気中の魔力を回収するパネルであったが、思ったよりも単純な構造をしていたらしく、現在試作と使い道の研究が始まっているとの話であった。

「魔導街灯程度の魔力消費量なら、街灯の上にパネルを設置すれば経費削減になるからの」

 王都や主要都市で普及している魔導街灯は、定期的に魔法使いが魔力を使用されている魔晶石に補充する必要がある。

 その手間が省けるのであれば、相当な経費削減になるはずだ。

 それに、どうせ街灯に魔力を補充する魔法使いの仕事は減らない。

 他に魔力を補充しなければいけないインフラ系の魔道具は大量にあるし、魔法使い不足で補充間隔が長くて稼動していない期間があったり、必要なのに設置できていない物も大量にあったからだ。

 あと、もう一つ買い取ってくれる物があるそうだ。

 あの俺達を、不幸の『逆さ縛り殺し』へと誘ってくれた魔力吸収型の強制移転魔方陣。

 あれの研究が進むと、もしかすると数名くらいなら自由に魔法陣間を移動可能になるかもしれない。

 魔導キルドが、独占するために高額で買い取ってくれるそうだ。

 俺達からすると、ただ罠に填まっただけなので、獲得した実感も無い物であったが。

「余の不手際で大変な目に遭わせてしまったが、冒険者デビューとしては最良の結果であるか。バウマイスター男爵達が見付けた成果については、王国が全て買い取る事としよう。すまぬが、それしか出来ぬ」

「まあ、確かに」

 こうして、俺と陛下との三度目の謁見は終了したのだが、そろそろ普通の冒険者生活に戻りたいと思うのは贅沢なのであろうか?

 いくら魔法が使えても、世間の柵(しがらみ)からなかなか抜け出せないのは、やはりどの世界もそうは甘くないという事の証明のようであった。

「買い取り査定については、ルックナー財務卿に任せるとしよう」

 弟が変な噂を流してくれたにも関わらず、ニコニコしながら俺に査定を結果を伝える某財務卿を見ると。

 俺は特に、そう感じてしまうのであった。

「ええと……。使える魔導飛行船が七隻で、一隻あたり白金貨千五百枚で合計一万五百枚。ドラゴンゴーレムが二体で、ミスリル・オリハルコン素材と魔力回収パネルの現物と合わせて白金貨八千枚。ゴーレムが、兵士型が一万二千五百体で、騎馬騎士型が八百五十体。これの査定については、損傷が酷く金属素材でしか使えない分もあり。ただ、新型の人工人格の現物多数に無人修理工房もあるので、合計で白金貨一万八千枚。合わせて見付かったイシュルバーク伯爵の工房や書斎にある膨大な研究資料。今後王国の魔導飛行船基地になる造船所。稼働用の超大型魔晶石が二つ。地下迷宮にある魔力吸収型の強制移転魔方陣の現物。これは、魔導ギルドが研究用に買い取るそうです。その他、王国強制依頼なので報酬の増額に。先に二つの探索隊が全滅しているので、ギルドからも報酬の増額がありまして……」

 陛下との謁見を終えてギルド本部へと向かうと、そこでは受付のお姉さんが半分顔を引き攣らせながら今回の報酬について説明をしていた。

 これだけ一度に沢山、良く舌を噛まないものだ。

 きっとこのお姉さんは、受付のプロなのであろう。

「つまり、どのくらいで?」

「ええとですね……。一人頭白金貨二万枚です」

「二万枚!」

 あまりの金額に、俺ばかりかエル達も絶句していた。

 受付のお姉さんも、心なしか顔が青いような気がする。

「ドラゴンバスターズのメンバー五人で頭割りですから。ですが、報酬は二十年の分割払いになります。分割払いなので、利息分が増額で、税金も引かれた分だと思ってください。あと、ギルド本部に納める上納金も王国負担となります」

 いきなり白金貨を二万枚も貰っても困るし、そもそも王国にそんなに白金貨があるのか不安になってしまう。

 なので、報酬は二十年の分割払いで、面倒な納税も既に支払い終えていて。

 冒険者ギルドに収める二割の上納金も、もう支払う必要は無いそうだ。

 というか、何か怪しいような気もする。

 普通ここで大金を得ると、税金だの、会費だの、手数料だのと。

 大量に差し引かれるのが、この世の常識だからだ。

「(妙に、生暖かい優しさというか……)ところで、ブランタークさんの分は……。ああ、そうか!」

「ブランタークさんは、今回は指南役なので……」

 指南役は、普通は新人の付き添いなので報酬を頭割りしても金額が満足できない額になる事が多い。

 なので、ギルドが所定の報酬を出すのが普通らしい。

「ギルドの決まりのせいで、ブランタークさんは大金を逃したと」

「まあ、別にいらんがね」

 と、そこにブランタークさんが本人現れるが、特に多額の報酬に未練がないそうだ。

 その前に、体調不良で今日の陛下との謁見に来なかったような気がするのだが、今の彼は誰が見ても健康体にしか見えなかった。

「そこは、察してくれよ。坊主」

 あんな重たい席、そもそもブランタークさんは正式なパーティーメンバーでもない。

 保護者代わりにアームストロング導師もいたので、自然と体調不良になったようだ。

「そんな大金、もうロートルの俺には使い切れないからな。それよりも、お前達は身を持ち崩すなよ」

 運良く大金を得てから、それで身を持ち崩す冒険者は多いらしい。

 なので、ブランタークさんはエル達に注意をしているようだ。

「逆に、ここから破産とかする人って貴重ですよね?」

「ある意味、歴史に名を残すと思う」

 確かにエルの言う通りで、二兆円に相当する金を散財して破産できる人は、ある意味貴重なのかもしれなかった。 

 というか、どうやって使ったら良いのであろうか?

 屋敷全てを、ミスリル・オリハルコン装甲で覆って……。

 あまりに意味が無いので、俺はすぐにその想像を打ち消してしまう。

 あとは、毎日竜の肉とかを食べた方が良いのであろか?

 中身の今までの生活レベルから考えて、全く使い道は思い付かなかった。

「しかし、本当に運が良いよな」

 新人なのに、達成困難な強制依頼を受けさせられて運が悪いのかと思えば、思わぬお宝を見付けて大金を得てしまう。

 ブランタークさんに言わせると、超一流の冒険者には実力の他に運の要素も必要らしい。

 確かに、それには納得してしまう部分があった。

「その点で言えば、もうお前らは超一流の冒険者だな。先に死んでしまった連中は、一流ではあったが超一流にはなれなかった。そういう事だ」

 ともかく、これで無事にデビュー戦も終了し、俺達は二年半ぶりに生活の拠点をブライヒブルクへと移す事になるのであった。

 素直に移せるのかは、まだ不明だとして。