Hachinan tte, Sore wa Nai Deshou! (WN)

Episode 56: A woman named "Storm".

「お館様。今日は、港の浚渫工事です」

「わかった。急ぎ行うとしよう」

 未開地の開発が始まってから、約三ヶ月の月日が流れた。

 その間、俺は週に一度の休みを除き、朝から晩まで未開地中を駆け巡って土木魔法を行使し続けていた。

 すぐに町や村が建設可能なように、土地の平坦化や地盤の強化や区画割りを行い。

 それらを繋ぐ道の建設に、大規模な畑や田んぼの開墾に、用水路の掘削、野生動物避けの土壁と溝の作成。

 河川の治水工事各種に、岩山での石材の切り出し、森林での木材の切り出しと。

 海岸沿いでも大規模製塩を行うそうで、その基礎工事に積み出しも兼ねた港も大小十箇所以上作るそうだ。

 大型船が着岸できるように海底の浚渫も必要であったし、港町建設のための基礎工事もある。

 また、海に出ると大小数十の島もあって、そこでは野生のサトウキビが大量に生えているので、それを農業として行うために港や村や町も必要となっていた。

「ところで、お館様の地図に書かれた鉱山の位置ですが……」

「この未開地って、かなり鉱物資源が豊富だよね」

 入り組んだ場所にあり、埋蔵量や含有量が微妙な鉱山は、魔法の練習のために廃鉱になるまで資源を採取していたが。

 その他の人力でも簡単に採掘可能な鉱山は、調査だけして地図に場所を記載するだけにしてある。

 抽出魔法の練習や、魔力量を上げるための魔法使用では、そういう鉱山の方が練習になるからだ。

 実は、一番魔力を上げるために効果のある方法は、適当にその辺の地面でひたすら砂鉄を集める事だったりする。

 集められるだけ集めて、最後にその鉄の塊から不純物を取り除くのだ。

 この方法は、師匠が子供の頃にやっていた方法なのだそうだ。 

 そして、出来上がった鉄の塊を担いで行って鍛冶屋に売り、自分のお小遣いにしていたらしい。

 ちなみに俺は、銀に魔力を篭めてミスリルを精製する方法や、辛うじて金属類を含む岩山から所定の金属だけを集めるという方法を好んで行っていたのだが。

「早急に人を手配します。ですが、魔法とは物凄い物ですな」

 普通なら、大規模な鉱山技師を含めた調査団を送り、最低数ヶ月間は念入りに調べる必要があるからだ。

 だが、魔法で調査すれば、採取可能な金属の種類に大まかな含有量や埋蔵量までわかってしまう。

 なので、詳細な探知魔法が使える鉱山技師は、死ぬまでスケジュールが詰っていると言われるほど忙しい仕事なのだそうだ。

「とにかく、今は開発第一ですな」

「そうだな」

「今夜は、アルノーのモツ焼き屋で飲み会でもしましょう」

「それは良いな」

 朝、パーティーを組んで魔の森に出かけるエル達を瞬間移動で送り出してから、俺もバウルブルク建設に飛び。

 そこで、ローデリヒから今日の仕事内容を聞く。

 現地に飛んで作業を行い、場合によっては複数の依頼をこなし、夕方になったらまたエル達を迎えにいく。

 日によっては、夕食はローデリヒ達や他の工事関係者達と取る事もある。

 大体が支給される食事や酒を楽しむのだが、たまに外食になる事もあった。

 とはいえ、まだバウルブルクに本格的な飲食店は存在していない。

 商機に目敏い人が屋台モドキを引いているので、そこで食べる事が多かったのだ。

 特にお気に入りなのは、モツ焼きの屋台であった。

 ここの店主は、野生動物駆除や狩りで出た獲物の内臓を安く買い取り、それを丁寧に処理して煮込みや串焼きにして出してくれるのだ。

 味は塩・味噌・醤油と三種類あって、他の工事関係者達にも人気のお店になっていた。

 下品ではあるが美味しいモツ料理を食べ、アルコール度数が高い酒を飲みつつ、野郎しかいない席で色々な話をする。

 別に俺は同性愛者ではないが、男だけで行う下ネタ込みの飲み会という物も楽しいものであった。

 非常に楽しいのだが……。

「今、ふと思った。俺って、冒険者だよな?」

「はい、お館様は冒険者です」

 冒険者なのにこの三ヶ月以上、ただひたすら未開地の土木工事しかしていないような気がするのだ。

 果たして、これが冒険者の仕事と言えるのであろうか?

「これは、土木ギルドと冒険者ギルドの合同依頼です」

 現在、掘っ立て小屋ではあるが、実はバウルブルクに冒険者ギルドが支部を出していた。

 そこに土木ギルドが、凶暴な野生動物も出るし、行くのに困難な場所の工事依頼をローデリヒから請けたと連絡し。

 連絡を受けた冒険者ギルドから、俺に依頼が行く。

 俺は、仕事をこなしてから報酬を貰い、一部を手数料として冒険者ギルドに納める。

 ついでに、土木ギルドもそこから分け前を貰う。

 法的に言えば、冒険者としての仕事とも言えなくはなかった。

「なるほど、冒険者ギルドの仕事でもあるって……あるかい!」

 全然、冒険者の仕事ではなかった。

 おかげで、昨日エルから『ヴェルって、土木作業者だよな?』などと言われてしまったのだから。

「エルヴィンも、酷い事を言いますな」

「エルも酷いが、ローデリヒも酷いと思う」

 領主として仕事をしなくても良いという話だったからバウマイスター伯爵家の当主になったのに、来る依頼は開発工事ばかりなのだから。

「お館様、土木工事は領主の仕事ではありません」

「お前、最近物凄く冷静だな」

 こんな言い争いをしていても埒が明かないので、俺は一つ疑問に思った事を聞いてみる。

「とはいえ、この前にやった河の治水工事全般。全然、仕上げに入っていないじゃないか」

 俺が担当するのは、効率を重視して一番手間のかかる基礎工事ばかりであった。

 つい一週間ほど前に、ここから大分離れた河を三日かけて工事したのだが、その仕上げ工事が一向に始まっていなかったのだ。

「河の流れを変え、川底を浚渫し、遊水地を造り、浚渫した土砂で堤防を造り。苦労したのに、仕上げ工事に入ってないじゃない」

 せめて、堤防を石材とコンクリートで補強する工事くらいはして欲しいものだ。

「あれだけの出来栄えですから、よほどの大洪水でも来なければ暫くは大丈夫なので。工事には、優先順位がありますから」

 現在も、バウルブクル郊外に完成した港から、魔導飛行船で大量の人と物資が運び込まれていた。

 他にも、数箇所の町の建設予定地に小型の魔導飛行船で物資が運ばれ、家の建築や大規模農場の建設も進んでいる。

 あとは、未開地中を網羅する道路網の建設や、魔の森を越えた海岸沿いでも複数の港町の建築も始まっている。

 結局、三分割されている魔の森の開放は、今は危険なのでしない事になっていた。

 貴重な魔物や産物の多い、東と西はそのままにして中央部の森の開放を検討したのだが、中央部とその他二箇所の森では生息する魔物や植生がまるで違う。

 下手に君臨する主を倒して統制を破壊すると、領域から出た魔物が大挙して海沿いや未開地中央部に流れ込む危険があったからだ。

 結局、上空数百メートル以上を魔導飛行船で移動すれば問題は無いという事がわかり、今は海岸部と内陸部を定期的に航行する小型魔導飛行船の運行が試験的に行われている。

 それと、港の建設も複数個所行われていた。

 なぜ知っているのかと言えば、俺が基礎工事をしたからだ。

 魔の森は、貴重な産物や魔物が多い。

 なので、冒険者に開放して狩りを推奨し、その素材を冒険者ギルドに卸させ、ギルドから税金を徴収する。

 そういう方針のためか、もう魔の森に建設中の複数の町には冒険者ギルドが支部を出していて、早速冒険者達が魔の森に潜っているそうだ。

 ただ、見慣れぬ魔物に早くも犠牲者が複数出ているようであったが。

「お館様の基礎工事が進んでいる理由は、もしお館様が土木工事依頼を数ヶ月受けられなくても、開発計画に遅延を来たさないためです」

 俺がいない間は、仕上げ工事などを集中的に行えば良い。

 そのために、前倒しして俺に基礎工事をさせているようであった。

「(ローデリヒは、実は俺よりも貴族に向いているかも……)」

「拙者は、お館様の家臣で十分に満足しておりますので」

 実はルックナー財務卿から、『ローデリヒにその気があるのなら、ルックナー男爵家の復活も……』という話があったのだが、彼にその気は微塵もないようであった。

「現実的に考えても、あんな失態を犯した家など継ぎたくもありません。実入り的に考えても、お館様の家臣の方が優れておりますので」

 代官を任せる都合上、その職にある限りは高額の役職給をローデリヒに払っていた。

 その額は、王都にいる法衣伯爵が『代わって欲しい』というほどであった。

 丸投げにしている以上、その間はそれに見合う報酬を払う必要があったからだ。

 俺が冒険者を引退して領主の仕事を始めれば、減額の必要はあるのであろうが。

「予定では、二十年ほどは任せるさ」

「やり甲斐のある仕事なので頑張りますとも」

「そうか。それは、良かった」

 そう言いながら、俺は魔法の袋から大量の冊子のような物を取り出してローデリヒに渡す。

 その数は、多分五百冊は超えるであろう。

 その重さに、ローデリヒも驚いているようであった。

「お館様。これは?」

「お見合い写真だ」

 この世界には、カメラが存在している。

 古代に製造された物しか現存していない魔道具なので、王族、大貴族、大商人くらいしか持っていなかったが、貴族はこれを良くお見合い写真に利用していた。

 幸いにして、フィルム製造技術の復興には成功したので、貴族達はフィルムを買って寄り親や、寄り親から紹介された貴族の屋敷に行って撮影を行う。

 フィルムの値段が一千セントほどと高いのが難点であったが、どうしてもライバルに負けられない貴族が気合を入れて娘や妹の撮影を頼むのだそうだ。

 お見合い相手としても、相手の顔がわかるので重宝するらしい。

 お見合い相手側から、『うちの娘は、美しいですよ』と言われても知己でなければ相手の顔などわからないわけで、写真があって実際に綺麗ならば選ばれ易いのは当然の結果でもあった。

「数が多いですな」

「いやあ、数が増えちゃってね」

 バウマイスター伯爵領で代官を務め、筆頭家臣でもあるローデリヒにはお見合い話が殺到していた。

 と同時に、俺にもその数倍のお見合い話が来たのだが、別にローデリヒでも構わないという人は、全てローデリヒの方にお見合い話を変更してしまったのだ。

 やはり、『俺の妻になるには、魔の森で狩りが出来ないと駄目』というハードルは物凄く有効な作戦のようだ。

「ローデリヒもこれから更に忙しくなるわけだし、早く結婚しないと」

「それは、わかっているのですが……」

 ローデリヒが何となしに一枚目の冊子を開けると、そこにはまだ幼い女の子が写っていた。

「お館様……」

「ルックナー財務卿の孫娘だって」

 俺に押し付けようとした八歳の孫娘を、そのままローデリヒに押し付ける事にしたのだ。

 酷いようだが、これにはちゃんとした理由もあった。

「せっかくルックナー一族が持っていた法衣男爵枠だからね。失いたく無いんじゃないの?」

 ローデリヒが継がないと言った以上は、この孫娘との間に出来た子供に継いで貰う。

 それが、ルックナー財務卿の考えであったようだ。

「同じ財務閥の貴族同士、勢力比率とかで偏りが出ると困るんだってさ」

「上級貴族とは、面倒ですな」

 兄弟で対立はしていても、あの法衣男爵家はルックナー一族の枠という考えがあるようだ。

 失態を犯したのだから取り上げても良いような気もするが、五大財務閥家の間ではある種の談合が成立しているらしい。

 下手に争ってその枠を他の一族が取っても、今度は他の財務閥一族の標的になってしまう。

 無用な争いはコストばかりかかって実入りが少ないので、互いにある程度の権益を相互保障しているのだ。

「上で談合して結束していると、成り上がり貴族の下克上が防ぎやすいですからな」

 そのせいで仕官に苦労したローデリヒは溜息をつくが、そんな堅苦しい貴族社会の閉塞感を打破したのが、竜を退治して未開地の開発を始めた俺なのだそうだ。

「そんなわけで、ルックナー財務卿は男爵家維持のために、他の五大財務閥家に分ける利益を増やす羽目になりと」

「あの男爵家を維持するのとしないのと。どちらが得なのやら。しかし、拙者が政略結婚とは……」

 断れないと悟ったローデリヒは、盛大に溜息をついていた。

「その点に関しては、俺の方が先輩だな。その娘が正妻で、あと最低一人は貰ってね。じゃあ、俺は明日から狩りに行くから。予定では一週間ほど」

「お館様ぁーーー!」

「頑張れよぉーーー!」

 俺は、お見合い写真の束を抱えて叫ぶローデリヒを放置して、一気に瞬間移動で工事現場へと飛んでいくのであった。

「ヴェルも悪党だな」

「いやいや、主君としては筆頭家臣に身を固めて貰わないとね。そういうわけで、エルも」

 大量の見合い写真を渡されて絶叫するローデリヒを放置して予定通りに工事を行った翌日、俺はエル達と魔の森へと出かける準備をしていた。

 約三ヶ月ぶりの狩りなので、エルから『あの情況で、良く来れたな』と言われ。

 俺は、ローデリヒのお見合いの件も含めて開発状況の詳しい事情を説明する。

 するとエルは、大量のお見合い写真をローデリヒに押し付けた俺を酷い奴扱いしていた。

「何で、俺もなんだよ!」

「当たり前だろうが! お前は、俺の警備隊長なんだぞ」

 剣の腕はなかなかだが、まだ俺と同じ歳で諸侯軍の指揮は不可能であろうという理由から、エルは公式な役職を俺の警護隊長へと変更させていた。

 まだ冒険者稼業を続けるので、常に俺から離れずに護衛を行うのがエルの仕事になったのだ。

 多分、冒険者を引退しても俺の周辺警護の仕事にかわりはないと思われるが、その内に軍関連の仕事も習う予定なので諸侯軍の幹部になる事は確定していた。

「俺、まだ結婚とかいいや」

「無理! まず無理!」

 しかし、ブランタークさんも悪い遊びを教えたものだ。

 以前にエルは、ブランタークさんから王都の歓楽街に何回か案内されたようで、身を固めるよりも適当に遊んだ方が面白いと思っているらしい。

「ヴェルも、まだ遊びたいだろう?」

「……」

 否定はしないが不可能なので、俺は無言を貫いていた。

 そんな場所で遊んで、後で『バウマイスター伯爵様の子です』などと、変な女が名乗り出でもしたら大変だからだ。

 あと、エルは周りを良く見てから発言した方が良いと思う。

「えっ? 何? 女遊びがどうかしたって?」

「エル、ヴェルに妙な事を吹き込まないで欲しいな」

「エルさん、ヴェンデリン様は責任のある立場になられたのです。側室ならともかく、遊びの女性はいけません」

 槍を構えるイーナ、拳をポキポキとならすルイーゼ、普段は使わないメイスを構えるエリーゼに囲まれ、エルは顔を真っ青にさせて冷や汗を流していた。

 なお、普段はエル達に付いて狩りに参加している癖に、今日ブランタークさんは急用でお休みなのだそうだ。

 その辺の嗅覚の良さが、彼をチョイ悪オヤジにしている最大の原因かもしれなかった。

「遊び? 木登りとか、釣り?」

「あのね、ヴィルマ。そういう遊びじゃないから」

 この前、晴れて四人目の婚約者になったヴィルマは、最初に会った頃には夜伽をするとか言っていた癖に、その手の知識は皆無であったようだ。

 遊びイコール子供の物という感覚しかなく、イーナ達が怒った理由が良くわかっていないようであった。

「とにかく、今日はこの面子で魔の森に行こうぜ。じゃあ、エルはこれね」

「何これ?」

「お見合い写真。最低、二人は選べってさ」

「なぜ、貧乏騎士の五男でしかない俺が……」

 エルは、俺が渡した二百枚ほどのお見合い写真に絶句していた。

 これも、ブライヒレーダー辺境伯経由で送られてきたのだ。

 面倒なので任せているのだが、彼に言わせるとこれでも大分厳選しているのだそうだ。

『みんな、こぞってお見合い写真を持って来て、私に自分の娘や妹の素晴らしさを力説するんです。全部聞いている私って、相当に我慢強いでしょう?』

 確かに、俺はそんな事に時間はかけたくなかった。

 商社マン時代に、休日に先輩の家に招待されて嫁や生まれたばかりの娘自慢をされた事があるのだが、その時の気持ちに似ているのかもしれない。

「俺もエルも立場が変わったんだ。当然だろうに。なるべく、一ヶ月くらいで相手を決めて欲しいってさ」

「拒否権無しか……」

「そんな物、あるわけがない」

 領地持ちの伯爵の重臣になるのに、独身で子供がいないなどという情況が許されるはずがなかった。

 ブランタークさんのような存在は、滅多にいない例外なのだから。

「ヴェルの鬼!」

「何とでも言え! ローデリヒと一緒に、お見合いのスケジュールを組んでやる」

 大量のお見合い写真を抱えたエルも含めて、パーティーで魔の森の入り口まで瞬間移動で飛ぶ。

 いつも行く、西側の巨大フルーツが採れる森の海岸側の入り口では小さいながらも港町が建設途中であり、同じく港も大型船舶に対応可能なように工事が進んでいる最中であった。

「ヴェル、あそこが冒険者ギルドの支部」

「ボロいね」

「受け付け業務が出来れば問題ないからね」

 ルイーゼの指差す先には、粗末な小屋ながらも冒険者ギルドの支部があり、そこには数十名の冒険者が出入りしていた。

 彼らの活動拠点の変更手続きを行い、その成果を買い取るだけなので今は小屋でも問題ないようだ。

 買い取った品を入れる倉庫も、魔法の袋があるので必要ない。

 魔物の解体なども、現在は王都の施設で行っているそうだ。

「しかし、予想以上に人が多いな……」 

「危険でも、実入りが大きいから」

 イーナの言う通りに独自の魔物や採集物があるので、危険度は高くても東側と西側の魔の森に挑む冒険者は多かった。

 かなりの犠牲者が出ているようだが、腕が良くて成果を得て戻って来るパーティーもある。

 冒険者なので、無駄死にするのも、成果を得て大金を得るのも。

 それは、完全な自己責任になっていたのだ。

「そういえば、初期の探索で得た物が高く売れたんだっけ?」

「ええ。ヘルマンさんも感謝していたわ」

 イーナ達は、俺が土木冒険者として奮闘している間に、魔の森での狩りや採集を集中して行っていたそうだ。

 その結果、魔物の素材は王都でオークションに掛けられて大金で売れ、それはフルーツ類なども同じであったようだ。

 現在、王都の富裕層向けの食材店やお菓子屋などでは、フルーツその物や、それらを使ったデザートなどが物凄い値段にも関わらず飛ぶように売れているらしい。

 当然、それを目指してここまで来る冒険者は多かった。

「でも、使い道に困った物もあったわよね。ヴェルが、何とかしたけど」

 それはカカオの実であったが、確かに加工方法がわからなければただの実と種なので、イーナが心配したのも良くわかるというものだ。

「ココアとチョコレートって、高いけど美味しいのねぇ……」

 俺が製法をアルテリオさんに伝え、彼が口が堅いお菓子職人などを抱え込んで製造したココアやチョコレートも、材料の一つであるミルクが元々高級品だった事もあり、大変に高価な物になっていた。

 カカオの種子を果肉ごと取り出してから、バナナの葉に包んで発酵させ、低温で焙煎してから種皮と胚芽を取り除きとか。

 一応は商社員時代に会社が輸入もしていたので勉強はさせられたのだが、実際の作業は全てプロのお菓子職人に任せていて、彼らは何回かの失敗の後に良い物を作ってくれたようだ。

 おかげで、王都では高価なココアやチョコレートも、アルテリオさんからのパテント料込みで無料で貰う事が可能になっていた。

「イーナちゃんの言う通りだね。つい食べ過ぎてしまうから」

「ホットチョコレート、美味しいですよね」

「チョコレート美味しい」

 どこの世界でも、女性の甘い物好きは同じらしい。

 うちの女性陣は、携帯食料としてココアとチョコレートを持参するようになっていた。

 品質の関係で前はブランタークさんの、今は俺の魔法の袋に大量に仕舞ってある。

「カカオの実を取りに行こうよ」

「実際、需要が多いからな」

 昨日エルは、あの掘っ立て小屋な冒険者ギルドに入って掲示板を見て来たそうだが、アルテリオさんがカカオの実が足りないから持って来たら高く買い取ると依頼を出していたそうだ。

「じゃあ、主にカカオの実だな」

 当然、採集作業の間に魔物の襲撃はあるのだが、それは冒険者の宿命というやつであろう。

 その魔物も狩れれば利益になるので、腕の良い冒険者からしたら都合が良いわけであったが。

「昨日まではブランタークさんがいたし、今日はヴェルがいるからな。大変に心強いわけだ」

 冒険者パーティーに強力な魔法使いがいると、狩りの効率が断然違ってくる。

 安全性については、言うまでもなかった。

「じゃあ、エル達がここのトップパーティーなのか?」

「一応な。ブランタークさんに下駄履かせて貰ってだけど」

 あの人は、元々超一流の冒険者であった。

 なので、狩りの効率が全然違うのだそうだ。

「まだ冒険者としては未熟な俺に、そこまで期待するなよ」

「あらあら、竜殺しの英雄さんは意外と謙虚ですのね」

「誰だ?」

 突然話に割って来られたので、俺はその声の主の正体を探し始める。 

 声がした後ろを振り向くと、そこには若い女性が立っていた。

「私、カタリーナ・リンダ・フォン・ヴァイゲルと申しますの」

 俺は、すぐにこの女性が魔法使いである事に気が付く。

 しかも、かなりの魔力量と腕前を持っているはずだ。

 年齢は十八歳くらいであろうか?

 またも珍しい、腰くらいまで伸ばした紫色の髪を、昔の少女漫画のお嬢様キャラみたいに縦ロール状にしていて。

 頭には、水色の宝石を複数付けたカチューシャを装備していた。

「(宝石に見えるけど、アレは魔晶石か……)」

 魔力が尽きた時のための、予備という事なのであろう。

 あと、指にも複数の魔晶石が付いた指輪を填めていた。

 服装は、特注であろうと思われる赤い皮製のドレスで、一部ヒモの部分とスカートのヒラヒラ部分が白い布で出来ている。

 一見、冒険者には不向きな格好に見えるが、素材には竜の皮と産毛を使用した、物理・魔法防御力に優れた一品であると俺は分析していた。

 当然目の玉が飛び出るほどの金がかかるのだが、彼女はそれを稼げる超一流の魔法使いなのであろう。

 加えて、同じく竜の皮で出来ていると思われるダークブラウンのロングブーツと、その手には長さ二メートルほどの長い棒状の杖が握られているのだが……。

 俺は、彼女の格好に物凄く違和感を感じていた。

「(ヴェル、彼女は没落貴族の子孫なんだと思う)」

 エルが小声で耳打ちした内容は、間違いの無い事実であろう。

 ヘルムート王国の歴史が始まってから約二千年。

 その間に多くの貴族家が誕生していたが、同時に滅亡・没落した貴族家もそれなりの数存在している。

 爵位と領地を失った彼らは当然もう貴族ではないのだが、それでも昔は貴族の家柄だったのだというプライドと、いつかは復活をと願って、名前からフォンを外さない人が多かったのだ。

「(見ればわかるさ)」

 これでも、三年近くも王都で生活してきたのだ。

 俺にでも、本物と偽物の貴族くらい見分けられるようになっていた。

 彼女のように、お嬢様風縦ロールな髪型の貴族令嬢はそれなりの数存在はしているし。

 顔も少しキツ目には見えるが、高貴な顔をした美人でもあった。 

 肌も白くて綺麗だし、装備品も彼女が着るとエレガントに見えるくらいだ。

 だが、彼女は妙な物を余計に付けていた。

 それは、同じく幼竜の産毛で織られたと思われる、純白のマントを付けていたからだ。

「(本当の貴族なら、あのマントはねえわ)」

 このヘルムート王国において、マントの着用規定は物凄く厳しかった。

 王族は当然として、伯爵家以上の当主と、軍において将官になれた者に、現役の閣僚。

 しかも、将官は退役すれば着用は出来ないし、閣僚も辞任後に自分が伯爵家以上の当主でなければ着用は認められない。

 あと言うまでもなく、女性にその権利は存在しなかった。

 たまに平民などが、格好付けたいからと言って遊びやファッション感覚で着けるそうだが、それに王族や貴族も特に目くじらは立てないらしい。

 なぜなら、あまりに着用規定が厳しいので、平民がマントなど着けても完全に浮いてしまい、すぐに不自然だと思われてしまうからからだ。

 マントを着けてる自分に酔おうとしたら、周囲から小さな笑い声しか聞こえなかった。

 こうして若者は、過去のマント姿を黒歴史として葬り去るのが恒例になっているそうだ。

「(ヴェルでも、着けていないのにな……)」

「(今の俺は、あくまでも冒険者だし)」

 更にマントは、着用可能になると王国が予備も含めて全て支給するのが決まりになっている。

 『せっかく貴族の家に生まれたのだから、出来れば陛下からマントを下賜される存在になりたい』と野心のある貴族達は思うのだそうだ。

 ちなみに俺も陛下から下賜されていたが、今は冒険者として仕事をしているので着用していなかった。

 領地の視察などで、二~三回着用したのみだったのだ。

 あとは、冒険者として活動している時は着けない。

 ギルド側も、マントを着けていない時はなるべく普通の冒険者として扱う。

 これが、俺と冒険者ギルド側との決まり事になっていた。

「(でも、あのマントは良い品だよな)」

 王国から支給される物よりも圧倒的に高級品であったし、高い対魔法防御力も期待できる逸品でもある。

 だが、女性の身でそれを着けていること自体が、彼女が貴族ではない事を証明していたのだ。

「それで、そのヴァイゲルさんがどのようなご用件で?」

「同じ冒険者として、ご挨拶をと思いまして」

「それはどうも」

 ところがその表情は、明らかに俺に対抗心を燃やしているようにしか見えなかった。

 身長は百七十センチほどと、俺よりも五センチくらい低いのに。

 懸命に胸を張って、視線でも俺を見下ろしている風に見せようとしていたからだ。

 あと、彼女はなかなかにスタイルが良く、胸もエリーゼより少し小さいくらい。

 服装のチグハグさとキツそうな目線が無ければ、十分に美少女と呼ぶに値する存在であった。

「ヴェンデリンさんは竜を二匹退治したとはいえ、まだまだ冒険者としては素人」

「はあ……」

 そんな事は自分でも十分に承知しているが、それをわざわざ指摘して何になるのであろうか?

 不思議に思っていると、エルが小声でその意図を指摘してくれる。

「(狩り場を変えてここに来たけど、私はお前よりも上だぞって言いたいのさ)」

 冒険者なのだから勝手に狩りをして実績を稼げば良いのに、なぜこの女性は俺を挑発するような態度に出るのであろうか?

 俺には、ただ時間と手間が無駄なような気がするのだ。

「(こういう人、多いよねぇ……)」

 ルイーゼもボソっと俺に呟くが、確かに冒険者にはこういう人が多い。

 元々、海千山千なうえにピンキリと世間からは評価されている業界なので、妙に自意識過剰というか、常に自分の実力や立ち位置を確認していないと不安になってしまう人が一定数いるのだそうだ。

「(あと、貴族であるヴェルに思うところがあるんだろうね)」

 没落貴族の子孫であろう彼女は、自己紹介の時にフルネームを名乗った。

 今は没落しているが将来は必ずとか、今は平民だけど先祖が貴族であった誇りを忘れずとか。

 そんな理由で、昔の名前を決して捨てない没落貴族の子孫は多かった。

 過去に失ってしまった物なので、余計に拘りと憧れがあるのであろう。

「(あと、間違いなくヴェルに嫉妬しているんだと思う)」

 最後のイーナの一言に、彼女の態度は全て記されていた。

 彼女ほどの魔法使いならば、その内に貴族になれる可能性が高い。

 最低でも、どこかの貴族家で世襲可能な陪臣くらいなら余裕でなれるはずだ。

 ただし、男ならばという条件がつく。

 このヘルムート王国では、女性に爵位が与えられる可能性はほぼゼロであった。

 たまに、王族や大貴族の娘などが一代限りの物を貰うくらいで、当然このチグハグでエレガント風な格好をした彼女には絶対に届かない物であった。

 いくら魔法使いとして実績を挙げても、彼女は絶対に貴族にはなれない。

 あって、小領の貴族が稼いだ金目当てなどで嫁に迎え入れるくらいで、それも正妻などはまずあり得なかった。

 うちの実家を見て貰えればわかると思うが、どんなに貧乏でも貴族が正妻に貴族の娘を迎えるのは常識であったからだ。

「(だからなんだろうな……)」

 彼女は没落貴族の子孫で、多分御家再興を願っているはず。

 そして、俺は貧乏貴族の八男で、普通ならばその子孫は平民に落ちるはずであった。

 共に魔法の才能があってそれを世間に示したが、俺は伯爵になれたのに、彼女は一流とはいえ冒険者のまま。

 その鬱屈した感情を、自分が俺よりも上なのを確認して晴らす。

 良くある話ではあるのだ。

「ここの狩り場の噂を聞き、参上いたしましたの。私が活動をすると、たまにお可哀想な人が出てしまうので」

 自分が稼いだ分、他の冒険者の取り分が減るので、その対象になりそうな人に先に謝っておく。

 なるほど、大した自信だなと思うのと同時に、俺に喧嘩を売っているようだ。

「ご心配なく、この魔の森は広いですから」

 他の手狭になったり、魔物が数を減らした場所ならともかく。

 この魔の森は他の領域とは一線を隔す部分があって、獲物の数が少なくなるなど暫くはあり得なかったからだ。

「それに、誰がどのくらい獲ってどのくらい稼いだとか。どうでも良い事でしょう?」

 冒険者ギルドには、ランキング制度のような物は存在しない。

 誰がいくら稼ぎ、どのくらい上納金をギルドに納めたのかなども公表は一切していなかった。

 金のある冒険者には、それを狙う妙な連中が付き纏い易い。

 それを振り払う手間のせいでギルドに納める上納金が減ると困るので、ギルド側も一切公表していないのだ。

 ただ、優れた冒険者は自然と噂に上って名前が知られていく。

 それだけの事であったし、そもそも冒険者とは『人よりも稼ぐのが目的ではなく、自分がどれだけ稼ぐのか?』が目的になっている。

 俺には、彼女と張り合う気など全くなかった。

「お互いに頑張って、それぞれに結果が出る。それだけの事でしょう?」

「まあ、随分と自信がお有りなのですね」

 とはいえ、人は自分と他人を比べたくなる物。

 その気持ちを、彼女は強く持ち合わせているようだ。

 特に、俺には負けたくないという感情が強いようにも感じていた。

「自信というか、ただ領域に潜って狩りや採集をするだけじゃないですか」

「あらあら。竜殺しの英雄さんは、模範解答がお得意な優等生のようですわね」

「あんたなぁ……」

 思わずエルが苦言を呈するが、彼女はエルに視線を送る事すらしなかった。

「腰巾着が煩いみたいですわね」

「っ!」

 続けて言い放った彼女の暴言に、怒ったエルがと飛び掛かろうするが、それはイーナとルイーゼによって防がれていた。

「あんた。いきなり話しかけてきて、人のパーティーメンバーを侮辱とか。頭の中は大丈夫か?」

「あなたこそ、お山の大将気取りで羨ましい限りですわ」

 どうにも話が噛みあわない状態が続くのだが、段々と彼女の求めている物が理解できてくる。

 きっと彼女は、俺と勝負をして自分が上である事を証明したいのであろう。

 そして、女性である自分が俺よりも優れた冒険者であると世間に知らしめ、そこから御家再興の足がかりとなる何かを掴みたい。

 要するに、名を売って世間に自分をアピールしたいのだと。

 そのために、わざと俺を挑発しているのだ。

「あんたは、回りくどい。勝負をすれば良いんだろう? ただ……」

「ええ。あなたと草原で魔法勝負なんてしても、一セントにもなりませんので」

 そのくらいの理性はあるようだ。

 この大陸では、魔法使いの数が極端に不足している。

 なので、魔法使い同士の実戦形式による決闘など、お上からは冷笑どころか、下手をすると処罰される可能性すらあった。

「一日の獲物の評価額でいこう」

「冒険者としては、一番妥当な勝負方法ですわね」

 あと、誰もいない場所で魔法使い同士が魔法を撃ち合っても、ただの魔力の無駄使いで何も生み出さないという極めて合理的な理由も存在している。

「では、日が落ちるまでか、魔力が尽きたら早く狩りを終わらせても構いませんわよ」

「それは、俺よりも魔力が少ないあんたが心配する事だな」

「魔力とは、ただ多ければ良いわけではありませんわよ」

 とは言うものの、彼女の魔力の量は上級でもかなり上の方であると予想される。

 しかも、冒険者としての経験では向こうの方が上なので、全く油断は出来なかった。

「あのよ。警護役の俺としては、全く受け入れられないんだけど」

「とはいえ、エル達が付いてくると勝負の公平性が薄れるからな」

 それに一応は貴族の端くれなので、受けた勝負は正々堂々と行う事も必要であったからだ。

「今日一日だけだから」

「ううっ……。ローデリヒさんに怒られる……」

「それならば、某に任せるのである!」

 エルからすると、絶対に守らなければいけない俺が単独行動を取る事など容認できないらしい。

 だが、俺からしても、あの女にズルをしたと思われるのは心外なわけで。

 双方の主張が平行線を辿っていると、そこに突然また隕石のような落下音と共にあの人物が舞い降りてくる。

 当然落下と共に衝撃波が発生し、あの女ですらドレスのスカート部分を両手で抑える羽目になっていた。

「導師ですか? あの、今日はまたどうして?」

「いきなり誰ですの?」

「王宮筆頭魔導師である! この勝負の、審判を務めるのである!」

「初心者のバウマイスター伯爵殿に、何かがあると困りますものね。アームストロング導師様」

 意外にもこの女は、導師を見てもまるで動揺した様子を見せていなかった。

 王都では認知度は高かったが、地方に行くと導師の顔や外見を知っている人は少なく。 

 そのせいで、イケメンの美男子か美中年だと勝手に思い、実物を見て絶句する女子供が後を断たなかったからだ。

「なかなかに肝が据わっている女子であるな! その通りで、バウマイスター伯爵に何かがあると困るのでな! 某が監視をして、何かがあれば掻っ攫うつもりである!」

「まあ、宜しいでしょう。そうなったら、間違いなく勝負は私の勝ちでしょうし」

「であろうが、あくまでも万が一の事。某は、まるで心配していない故に! では、勝負を始めるのである!」

 スタートの合図と同時に、俺と彼女は一斉に高速飛翔で魔の森の奥へと移動を開始する。

 入り口付近で獲物を待つよりは、内部のまだ人が入っていないポイントの方が獲物が多いからだ。

「ああ、そうだ。エル達は、あのポイントでカカオの実を頼む」

「わかったけどよ」

「ヴェルって、勝負よりもカカオの実の方が気になるのね」

「ヴェルがいないから、ボクとヴィルマでパーティーを守るね」

「チョコレートのためにも、カカオの実は必要」

 飛翔する直前に、俺はエル達に入り口近くのポイントでカカオの実を採るようにと指示を出していた。

 あの女との勝負の関係上、内部に入って魔物を専門に狩った方が評価額は上がるからだ。

「全く、アルテリオさんからなるべく沢山欲しいと頼まれているのに……」

 他の冒険者などからもギルド経由で購入しているようであったが、まるで需要に追い付かないらしく。

 採っただけ全部買うからと言われていたのだ。

「ヴェンデリン様のご無事と御武運を願っております」

「任せておけって」

 一応、没落したとはいえ貴族の子孫に喧嘩を売られたので、エリーゼは将来の正妻に相応しい言葉を俺にかけていた。

 あと、俺が少しあの女に腹を立てている事にも気が付いているようだ。

「では、出発!」

 俺はあの女よりも少し遅れて、魔の森の奥地へと魔法で飛んでいくのであった。

「さてと、久しぶりの狩りだな」

 数分後、俺は魔物の反応が多数確認できたポイントへと着陸していた。

 上空を見ると、導師が宙に浮いたままで俺を監視しているのが確認できる。

 ただ手持無沙汰のようで、魔法の袋からお弁当を取り出し、それをドカ食いしながら大量のマテ茶を飲み干しているようであったが。

 見ていても胸焼けがするだけなので、早速に魔物を狩り始める。

 まず最初に、一頭の全高が二メートルを超える巨大な鹿に似た魔物を発見し、素早く集束させたウィンドカッターで首を切り落とす。

「ええと、この魔物は……」

 ブランタークさんから借りた図解魔物・産物大全によると、ワイルドインパラというらしい。

 前世のアフリカの野生動物を紹介するテレビ番組で、これに似た動物が良くチーターなどに狩られていたのを思い出す。

 図解魔物・産物大全によると、このワイルドインパラは他の大型肉食魔物の餌でしかないそうだ。

「この魔の森は、全部の物の大きさが間違っているよな」

 などと言いつつも、俺は首を切り落としたワイルドインパラを魔法で宙に浮かせ。

 切り落とした首を下にして、そのまま血抜きを始める。

 魔法の袋に入れれば鮮度が落ちないので今する必要は無いのだが、この場にワイルドインパラの血を撒く事が重要であった。

 なぜなら、この血を求めて大量の大型肉食魔物が誘い寄せられるからだ。

「サーベルタイガーが金になるからな」

 前に、ブランタークさんが引率して行った調査で狩られたサーベルタイガーという魔物は、持ち込んだギルドでは値段が付かずに、後でオークションが行われたそうだ。

 落札者は西部の金満伯爵で、その人は屋敷のリビングに剥いだ毛皮を置いて客に自慢気に見せているらしい。

 あと、肉食獣なのに肉や内臓も美味らしく。

 パーティーなどで出して、競り落とした金満伯爵は十分に元は取れたと嬉しそうに語っていたそうだ。

 昔の図鑑にしか記載されていない魔物で、しかも狩れたのは元は超一流の冒険者であったブランタークさんと、魔闘流を使うルイーゼとの共闘による一匹のみ。

 二人がその気になればもっと狩れるはずであったが、その時は調査が主目的で近寄って来た個体しか相手にしていなかったし、ここ三ヶ月ほどは主にカカオに実を集める事をメインに活動した結果、冒険者ギルドには『サーベルタイガー高額買い取り』の張り紙が出ているが、一攫千金を夢見て犠牲者もそれなりに出ていた。

 あの大きさで普通の人間よりも遙かに素早いのだから、当然とも言えたが。

「(あの女は、どうやって狩りをしているのかな?)」

 優秀な魔法使いが、必ずしも優秀な冒険者になれるという保障は無かった。

 可能性は遙かに上であったが、例えば火系統の魔法が得意な魔法使いが得意技で魔物を焼き殺したとする。

 普通の動物よりも遙かに生命力が強い魔物を殺すほどの火炎なので、当然魔物は黒焦げとなる。

 結果、あまり使える部位が無く、大した金額にならなかったりするからだ。

 なるべく傷を付けないで殺す。

 これが基本であり、そのためには自分よりも弱い動物や魔物を相手にする必要があるという事だ。

「あの女も、そうしているのかな?」

 などと考えている内に、視界に数匹の魔物の姿が見えていた。

「サーベルタイガーか……」

 合計で四匹が見える。

 図鑑によると、サーベルタイガーは基本単独行動を取るらしい。 

 なので、先ほど撒いたワイルドインパラの血に釣られたのであろう。

 ワイルドタイガー達は、ワイルドインパラの血溜まりまで移動し。

 そこで暫く血を舐めてから、今度は一斉に俺に襲い掛かってくる。

 あまり毛が無い人間は、量は少なくとも彼らにとっては食べ易いご馳走なのだと図鑑には書かれていて、それは事実のようであった。

「おっかねえなぁ」

 四匹のサーベルタイガーは、順番に獲物である俺に襲いかかるが、その攻撃は全て魔法障壁によって防がれていた。

 サーベルタイガーが魔法障壁をガリガリと引っかく光景を見上げながら、今度はこちらが攻撃をする事にする。

 不思議と恐怖感はなかった。

 それもそのはずで、王都での導師との修行の方がよほど恐怖を感じたからだ。

 あの人に一度でも実戦形式の戦闘訓練で襲い掛かられれば、誰にでも理解して貰えるというものだ。

「あとは、こいつらを狩らないとな」

 この場合、なるべく獲物を傷付けない事が大切であった。

 なので、ここは相手を切り裂いてしまうウィンドカッターではなく、子供の頃に良く狩りで使った矢を飛ばす魔法の改良版を使う事にする。

 矢は、周囲の木の枝を魔法で圧縮してから先端を尖らせ、それで全ての生物の急所である延髄の部分を後ろから狙う。

 獲物である俺に夢中な癖に、最初は後ろから飛ばした矢を避けられてしまったり、刺さっても急所から外れたりと大分失敗を重ねたが。

 サーベルタイガーは、俺を絶対に食おうと攻撃を止めなかった事もあり。

 二十分ほどで、四匹のサーベルタイガーは急所である延髄部分を後方から飛ばした矢で破壊され、そのまま生命活動を停止させる。

「暫く、練習が必要だな」

 俺は、倒れ伏した四匹のサーベルタイガーの死体を魔法の袋に入れてから次のポイントへと移動する。

「全部が全部、サーベルタイガーというわけにもいかないか」

 それから十回ほど、同じ戦法で魔物を狩っていく。

 サーベルタイガーの他に、同じくらいの大きさのヒョウに似たナンポウヒョウや、ライノーという巨大なサイに、ヘルコンドルという巨鳥と。

 せっかく血を撒いて肉食の魔物だけを呼び寄せるつもりだったのに、雑食や草食の魔物も集まって来て俺を攻撃していた。

 多分、縄張り荒らしに制裁を課そうと集まっているのであろう。

 集まって来た魔物達を魔法障壁で防ぎつつ、木の枝を魔法で矢にして飛ばし、魔物の後背から急所である延髄に深く突き刺す。

 傍から見れば面白味の無い戦法なのであろうが、この方法なら魔物の体をあまり傷付けずに殺せるので、後で素材が高く売れる。

 それに、世間の仕事の大半とは、大体似たような作業の繰り返しなので、俺としてはサラリーマン時代に戻ったようで落ち着くのだ。

「さてと、飯でも食うか」

 ある程度成果が挙がったので、俺は魔法障壁を展開しながら地面に魔法の袋から取り出したゴザを敷き、その上で弁当を広げて食べ始める。

 メニューはシンプルに、この前製造に成功した梅干が入った大き目のオニギリが三つに、水筒に入れた麦茶だけであった。

 仕事中なので、昼飯はシンプルにする事にしたからだ。

「導師は、いないか……」

 オニギリを食べながら上空を見ると、少なくとも視界には導師の姿がなかった。

 多分、あの女の監視にでも行っているのであろう。

「まあ、勝負なんてどうでも良いんだけど」

 俺は冒険者として狩りをしに来たのであって、決してあの女との勝負がメインではないのだから。

 それに、別に負けても何の問題もないのだ。

 あの女が俺に勝ってナンバー1を名乗ったところで、『ふーーーん、そうですか』という感覚しかないわけで。

 というか、そのナンバー1の根拠を知りたいくらいだ。

 他の地域に、俺達よりも優れた冒険者がいるかもしれないのに。

「また狩りをするか」

 昼食と昼休みを終えた俺は、再び狩りを再開する。

 少しポイントを移動して、そこで魔物を一匹倒してからその血を盛大にばら撒き、寄って来た魔物を次々と倒していく。

 肉食系の魔物ばかりでなく、雑食・草食系の魔物まで引き寄せられるのは不思議であったが、全て例外なく俺を食うか襲おうと魔法障壁をガリガリやっている間に、後方から延髄や急所などを木の枝で作った矢で貫かれて死んでいく。

 夕方までそれは続き、俺は魔法を使って一人で狩りをする方法の確立に成功していた。

 これが出来れば、万が一アーカート神聖帝国に亡命したとしても、十分に冒険者としてやっていけるという物だ。

 あと、上空にはいつの間にか導師が戻っていて、貪るように採った巨大なマンゴーを食べていた。

 俺の監視はしているようであったが、自分もそれなりに楽しんでいるようだ。

「もう夕方か……」

 まだ魔力には余裕があったが、さすがにもうすぐ夕暮れなので戻る事にする。

「なかなかに、器用な魔法を使ったようであるな」

「派手に切り裂いたり、焼き払うと素材が金になりませんしね」

 冒険者の収入源は、討伐した魔物の素材を売った代金が大半である。

 一部アンデッドなど以外、何もしなければ領域に篭っている関係で討伐報酬のような物は発生しないからだ。

「そうは思っても、魔物は強いのが常識故に」

 なるべく素材が高く売れるように、体を損傷させないで殺す。

 これが基本であり、どうせ無理して強い魔物を倒しても、素材の状態が悪ければ骨折りになる可能性もある。

 それよりも、格下の魔物をなるべく傷付けないように丁寧に倒した方が金になるのがこの世界の常識であった。

「ところで、あの女はどうでした?」

「『暴風』のカタリーナであるか? 派手に魔物を倒していたのである!」

「導師は知っているのですね」

「西部では、大変に有名な冒険者兼魔法使いである!」

 十五歳で冒険者デビューをし、僅か一年で西部地域のトップ冒険者になったのだそうだ。

「知らなかったなぁ」

「まあ、バウマイスター伯爵は仕方が無いのである」

 俺は一応貴族でもあるので、高名な冒険者を覚える前に貴族を覚えろという生活を今まで送って来たからだ。

 あと、冒険者予備校などの授業でも、現在高名な冒険者の名前など教えてくれなかった。

 有名な冒険者の名前を覚えるよりも、自分が有名になるように努力するようにというのが教育方針であったからだ。

「とはいえ、人は勝手にランキングを付けて噂をするのである!」

 導師の言う通りで、それが人間という生き物なのであろう。

「何にせよ、自分は自分なのがこの業界である! さて、戻るとするか」

「はい」

 二人でギルド支部のある掘っ立て小屋の前まで飛んで行くと、そこには既にエル達とあの女が待っていた。

「ヴェル、言われた通りにカカオは集めておいたから」

「悪いな」

「こいつは、稼げるからな」

 現在王都やその周辺では、アルテリオさんがチョコレートやココアをほぼ独占販売している。

 当然、他の商会などにも追随する動きがあり、カカオの実を買い集めて試作や販売も行っていた。

 だが、大体の製法は想像できても、実際に作るとまだ品質に問題があり、まだほとんどシェアを奪えていないらしい。

 とはいえ、その内に品質の問題は解決するので、俺はアルテリオさんに『ブランド化』する事を勧めていた。

『ブランド化?』

『最初にチョコレートやココアを製造して販売し、品質も一番優れているのですから』

 じきに参入業者が増えて薄利多売競争になるので、高品質・高級路線で他との差別化を図るようにとアルテリオさんに勧めていたのだ。

『王室御用達のような物ですよ。アルテリオ商会のチョコは、高いけど他の商会の物とは品質が違うよと。差別化のために、品質を管理して出荷した商品にアルテリオ印とか付けたり』

『なるほどな』

『あと、取り扱っている店に看板を出す事を許すんですよ。当店では、アルテリオ商会のチョコレートを扱っていますよと』

『しかし、良くそんなアイデアを思い付くよな』

 別に、俺が一番最初に思い付いた意見でもない。 

 王国でも、王家御用達とか、公爵家御用達とか。

 王族や貴族が使っていますよと宣伝して、商品の高級感を宣伝している店や工房は多かったからだ。

『じゃあ、うちはバウマイスター印でいくから』

『なぜにうちの名前なんです?』

『アルテリオ印とかにすると、周囲からの嫉妬で面倒だから』

 元々調味料で大儲けしているのに、新たに立ち上がったバウマイスター伯爵領の御用商人にも内定しているので、自分の名前を冠したブランドなど出したら周囲からの嫉妬が余計に激しくなるからなのだそうだ。

『ただ、嫉妬だけしていれば良いんだけどな』

 邪魔でもされると面倒なので、カカオが魔の森でしか採れない特産品であるのを理由に、チョコレートやココアのブランド名は『バウマイスター印』に決定していた。

「アルテリオさんも、大忙しだな」

 エルの言う通りで、今までの商いに、調味料や食材の販売、レストランやフランチャイズ形式の飲食店の展開に、チョコレートやココアの製造と販売。

 更にこれに、うちの御用商人としての仕事も増えるのだから当然とも言える。

 たださすがにオーバーワークなので、一部の業務を中小の商会に委託して上納金を受け取るシステムに変更し始めたそうだ。

 理由は、大物貴族の御用商人になると忙しさが跳ね上がるからだそうだ。

 さすがに、大物貴族の御用商人なので独占ではないが、俺と何年も付き合いがあり、商会の規模もかなり拡大している。

 なので、まずはその大半を任せる事から、暫くは忙しくなるのは当然でもあった。

「そんなわけで、カカオは売れるわけだ」

「チョコの材料が足りないわけだな」

 なら無理をして、魔物を積極的に狩る必要などないのだと俺は思っていた。

 実は、前にカカオを木を持ち帰り、栽培方法の研究をバウマイスター伯爵家でスカウトした農家に依頼したのだが。

 結果が出るまでに年数はかかるし、そもそもカカオの木は熱帯の日陰でジメジメした場所でないと育たない。

 生産地では、バナナなどの木の陰に植えて育てるのが基本であった。

 なので、自然とバナナやマンゴーなどの栽培研究も始まっていて、バウマイスター伯爵領の南方に実験農場を作り、まずは移植した木を育てるところから始まっている。

 元は魔の森で巨大化した木である事もあり、ハッキリ言っていつ成果が出るかもわからないわけで、その間は魔の森で採集する必要があるであろう。

「あらあら、あまりに覇気の無い発言ですわね」

 エルとそんな話をしていると、そこに同じく狩りを終えて待っていたカタリーナが割り込んで来る。

「別に、覇気なんてあってもなくても、結果はあまり変わらないだろう」

 前世でも、無意味に熱血な上司は苦手だったし、今世でも行動力ばかりでとこちらの迷惑にしかならない貴族など沢山見ているのだ。

 ただ覇気があれば良いというわけでもないと、俺は思っている。

 というか、いきなり人に勝負だとか言っているこの女こそ、気合が空回りしていると思うのだ。

「とにかく、早く成果を比べて解散な」

「なっ! 勝敗は?」

「別に、どっちが勝ちでも良いじゃない」

 ナンバー1でないと魔の森に入れなくなるわけでもないし、それぞれに自分のペースで冒険者を続けていけば良いだけの話だ。

 どちらが優れているか勝負すること自体、俺から言わせれば時間の無駄でしかなかった。

「はいはい、鑑定鑑定」

 この魔の森近くのギルド支部は、建物こそ掘っ立て小屋であったが、王都での魔の森産物品や魔物の素材の需要が増えていたので、人手と所持する魔法の袋を増やしていた。

 買い取った素材は魔法の袋に入れて鮮度が落ちるのを防ぎ、定期的に人が魔導飛行船に乗って必要な場所へと届ける。

 今は、ほぼ百%王都の冒険者ギルド本部からオークションなどで指定の商人へと渡っているようであったが。

「では、私からですわね」

 まずは、カタリーナという女が魔法の袋から自分の成果を取り出していくが、その数はかなり多い。

 さすがは、『暴風』という二つ名を持つだけあって風系統の魔法が得意らしく、鋭利で高威力のウィンドカッターで獲物の首の頚動脈を一撃で切り裂いて出血死させていたからだ。

「さすがは、西部でナンバー1の冒険者」

 獲物を検分しているギルド職員達も、カタリーナの実力に感心しているようだ。

「ほぼ無傷なので、良い素材が取れますから」

 頚動脈を一撃なので、他に損傷している箇所が無い。

 なので、最近王都の高級貴族達の間で流行しつつある、魔の森産の魔物の飾りに最適であった。

 貴族とは、基本的に見栄っ張りが多い。

 高価で珍しい物をコレクションし、他の貴族に自慢して己の財力などを誇るのだ。

 前から飛竜の首を剥製にした物が最高峰と言われていて、値段は高いが貴族達は競うように手に入れていた。

 値段が張るのは、飛竜の首の皮や、眼球、牙などにも使い道があり、なかなか需要を満たせないので相場が高いからだ。

 役に立つので不足している素材を飾りにしてしまうなど、財力のある貴族でないと出来ないというわけだ。

「でも、もう大半が持っているわけですよ」

 王国建国から二千年も経ち、さすがに大半の貴族が飛竜の首の剥製は持っている。

 なので希少性の面では、既にそれほどでもなくなっていた。

 相手が持っている物を自慢しても、あまり意味が無いからだ。

 そこで、一部の貴族がワイルドウルフの毛皮の敷物などに活路を見出そうとするが、竜に比べればインパクトが落ちる。

 困っていたところで、初期の探索で狩られたサーベルタイガーが一頭だけオークションにかけられた。

 その特徴的な長い牙に、ワイルドウルフの倍以上はある大きさ。

 そして、今のところは魔の森にしか生存が確認されておらず、並みの冒険者では狩りに行っても逆に食われるだけと。

 最初に手に入れて毛皮を敷物にした西部の金満貴族は、その名を社交界に轟かせる事になる。

「そんなわけでして、サーベルタイガーのなるべく傷が少ない個体を必要としているわけです」

 敷物にするので、あまり傷があると敷物に出来ないからだ。

 それでも、他の用途には十分使えるので問題は無いとも言えたが。

「傷口が首だけなのはありがたい。ただ……」

「ただ何ですの?」

「魔の森の産物や魔物は、全てオークションで評価額が決まるんです」

 ここでしか獲れず、しかも超一流の冒険者でないとただの無駄死になってしまう。

 その結果、魔の森の産物は需要を満たせず、オークションで金がある人しか購入できない仕組みになっていた。

「勝敗の行方が楽しみですわね」

 カタリーナは、相当に自信があるようであった。

 そして、次は俺の出番となる。

「これは……。更に傷が少ないですね」

 しかも、魔物はほとんど出血していない。

 後頭部から延髄を、木の枝で作った矢で貫かれて殺害されているからだ。

「という事は、血も採れますね」

「はい」

 死んだ直後に魔法の袋に入れたので、まだ死後硬直や血液の凝固なども始まっていない。

 魔物の血は、薬の材料や魔道具造りの材料や触媒になる物が多く、これもあればあるだけ買い取ってもらえるのだ。

「それに、数も多いですね」

「数は、あまり意識してなかったな」

 今日は、なるべく魔物を傷付けないで倒す魔法の練習だと割り切っていたからだ。

 勝負に関しては、やれば向こうは満足するかなくらいにしか思っていなかった。

「数は倍近いですし、コレなんて物凄い値段になりますよ」

「ああ、白子のサーベルタイガーがいたんだよな」

 狩った魔物の中に、一匹だけアルビノ種のサーベルタイガーが混じっていたのだ。 

 いくら巨大な魔物とはいえ、自然界で白子が生き残るは珍しい。

 他の個体よりも一回り大きいので、それが原因だったのかもしれないが。

「コレの毛皮は、欲しい貴族が多いでしょうし」

 同じサーベルタイガーの毛皮を自慢するにしても、更に稀少な白子の毛皮ならば余計に自慢できるからだ。

 それに、白子というよりは銀色に近いので見栄えも大変に良かった。

「もう数頭、狩れませんかね?」

「白子をか? かなり運の要素が混じるしな」

 多分、その割合は数千から数万に一頭だ。

 魔の森は餌が豊富で、サーベルタイガーのような大型肉食獣でも恐ろしい密度で生息しているが、毎日狩りをしても何年もやらないと出て来ないはずであった。

「確かにそうですね……」

 もう勝負に関しては、詳しい評価額を計算するまでもなかった。

 魔物の種類も数も、俺が倍近く狩っていたからだ。

 なので、ギルドの職員と狩れた白子について話をしていると、無視されて怒ったようでカタリーナがまた話に割ってくる。

「もう勝った気でおりますの!」

「見ればわかると思うんだけど……」

 今日の成果を見れば一目瞭然だし、別に俺に勝てなくても一人でこれだけ魔の森の魔物を狩れるのだ。

 十分に超一流の冒険者なので、無理に張り合わなくても良いような気がしてしまう俺であった。

「冒険者とはある程度の期間、コンスタントに成果をあげる事が必要ですわ! 勝負は、一週間の成果で!」

「ええっーーー!」

 突然のルール変更であった。

 そういえば、子供の頃にこんな奴がいたのを思い出す。

 ジャンケンをして勝つと、『やっぱり三回勝負で!』と突然言い始めるのだ。

 更に勝つと、今度は五回勝負になったりしたのを思い出す。

 きっと、このカタリーナもかなりの負けず嫌いなのであろう。

「別にいいけど」

「俺は良くない!」

 俺はローデリヒに、狩猟の期間は一週間ほどだと言ってあるから問題は無い。

 ただ護衛を担当するエルからすると、俺が一人で狩りをする事は容認し難いようであった。

「あんた、パーティーメンバーとか居ないのか?」

 同人数のパーティー同士による団体戦にすれば。

 エルは自分も参加できると思ったようだが、カタリーナの返答は呆気ないほど残酷な物であった。

「私ほどの超一流の冒険者ともなりますと、なかなか同レベルの仲間など見付かりませんの」

「えっ? 今までにパーティーを組んだ事は?」

「ありませんわ! 私は、私一人でこれまでの成果をあげてきたのです!」

 要するに、昔の俺と同じでボッチだという事だ。

 元々、優秀な魔法使いは単独でも稼げるので孤立し易い傾向にある。

 若い頃に寄生目的で擦り寄って来るような輩が多いと、その傾向は更に顕著になるようだ。

 ましてや、彼女は女性だ。

 中には、ヒモ目的の男性冒険者も多かったはず。

「どこぞの男爵家の四男とやらが、俺と組めば家が復興できるとか言い寄って来ましたけど……」

 女性冒険者は、間違いなく属性竜を複数倒しても爵位は得られない。

 そこで、家を継げないような貴族の息子が彼女の功績と資産を狙って擦り寄って来たのであろう。

 自分が名目上の当主をやるから、その成果を自分に寄越せと。

 こういう輩を信じると、まずその結果は悲惨な物となるので、彼女の判断は間違ってはいない。

 ただ、逆に一人でも貴族家の復興など不可能なわけで。

 彼女は、とにかく目立って稼げば道は開けると思っているようだ。

「それが世の中だと言えばそれまでですけど。バウマイスター伯爵にも、似たような方々がいらっしゃいましたわね」

 とここで、急に流れがおかしな方向になる。

 カタリーナは、エル達に挑発的な視線を向けたのだ。

「優秀な魔法使いに負んぶに抱っこの、パーティーメンバーさんたち」

「言ってくれるわね!」

 一番最初に反応したのは、意外にも一番沈着冷静なイーナであった。

「自分が一人だからって、人のパーティーにケチを付けないで欲しいわね!」

「私は、駄目な方々に寄生されるくらいなら一人の方がマシだと思っただけですわ。誰の事かとは具体的には言いませんけど……」

「ヴェルに言われたのなら甘受するけど、あなたには言われたくない! そういう偏屈な性格をしているから一人の癖に! 栄光ある孤立のフリだけでしょう!」

「(イーナ、もう止めてやれ……)」

 俺もカタリーナもそうなのだが、自分と対等の実力を持つ冒険者をメンバーにしようとすると間違いなく詰んでしまう。

 そもそもその条件に拘ると、会社だって、商会だって、貴族家だって成立しなくなってしまう。

 多少の打算は、人としては当たり前の生存本能であって、最終的に両者の折り合いがついて上手く行けば良いわけで。

 俺は中身がおっさんなのでそういう風に割り切っているが、カタリーナは多感な時期にそういう連中と接し過ぎて、人を信じられなくなっているのかもしれなかった。

「私は魔法も使えないし、あなたほど冒険者として稼げないかもしれない! でも、一応プライドって物があるのよ! 勝負しなさい!」

「ええっーーー!」

 まさか、イーナが勝負云々出だすとは思わなかった。

 と同時に、カタリーナとイーナでは勝負にもならない事も理解している。

 彼女は槍の名手だが、そんな物では追い付けないほど魔法とは圧倒的な力であったからだ。

「じゃあ、俺も加わる」

「ボクも、同じく寄生虫扱いされたからね。参加するよ」

「私も、回復役は必要でしょうから」

「エリーゼ様を守る」

 やはりイーナ単独では無理なので、エル、ルイーゼ、エリーゼ、ヴィルマの五人で勝負を挑むと宣言していた。

「エル、俺の護衛は?」

「導師にお願いする」

「いや、某も参加する故に!」

「なぜ、そうなりますか……」

 俺と、カタリーナと、エル達の三組で獲物狩り競争を行う。

 なので、導師には安全対策を兼ねた審判をお願いしたいのに、彼も突然参戦を表明してしまったのだ。

「一体、何を考えていますの……」

 俺達ばかりか、カタリーナですら困惑の表情を浮かべていた。

「なぜかと問われれば、とても楽しそうだからである!」

「……。そうですか……」

 俺は心の中で、『あんたは子供か!』と叫んでいた。

「監視兼審判役は?」

「ブランターク殿にお願いするのである!」

 結局、導師の強引な参戦も認められ、明日から仕切り直しで獲物狩り競争がスタートする事になった。 

 俺が狩りを出来る残り六日の内、五日間で得た獲物の評価額が一番多いチームが勝ちとなるルールなのだが。

 ならば、今日一日の成果は一体何だったのであろうか?

 普通に狩りをしたのだと考えても、どこか釈然としない物を感じてしまう。

「俺、そんなに暇じゃないんだけどな……」

 そして、もう一人犠牲者が発生していた。

 夜、屋敷に戻ってからブランタークさんに相談すると、彼は渋々とであるが要請を受け入れる。

 俺に万が一の事があるとブライヒレーダー辺境伯から怒られる程度は済まないので、引き受けざるを得なかったのであろう。

「自意識過剰の没落貴族のお嬢様に、ここまで引き摺られるか?」

「どうせ狩り三昧の予定でしたし、一度大差を付けて勝てば大人しくなるでしょう」

「だといいがな……」

 だが、その表情には『面倒臭ぇ……』という物がありありと浮かんでいたのであった。