Half-elves Fall in Love

Brave and Fastest

温泉でこっそりライラに触ろうとしたガキンチョどもをゲンコツで成敗したり(いや、ライラも実は幻影でとっくに位置ずらしてたらしいけど)ローリエを膝の上に載せて愛でたりした後、昼飯は酒場で食べる。

そして歯に挟まった肉の筋をこじりながら、さてどうしようかと思っていると、酒場をベッカー特務百人長とネイアが連れ立って出て行くのが見えた。

「……まさか浮気か」

いや浮気も何もネイアはまだ俺と大した関係じゃないけど。

いやいや。

ネガティブな考え方はやめよう。いくら特務百人長がハンサムだからって。

アンゼロスの時も変なコンプレックスに発展してカッコ悪いとこ見せちゃったしな。

「何をする気なんだろう」

呟き直すと、奥で酒を受け取っていたライラがスッと横に立つ。

「あやつらなら、今から立ち合いだそうじゃぞ」

「立ち合い?」

「打ち合うのだそうじゃ。あのトリめがいつまでも女とヘラヘラしておるもので、ちょうどいい腕慣らしの相手がおらぬ、とベッカーの小僧がぼやいておっての」

「……ちょっと見たいな」

「ほ、同感じゃ」

ライラがニヤリと笑う。

ライラに付き添われて猫屋敷の屋根に登る。

二人の観戦のためだ。

普段の俺ならそんなところに登ったって町外れの雪原にいる二人がよく見えるわけじゃないが、ライラが感覚強化の魔法をかけてくれたので、非常に遠くでありながら二人の姿もその声も判別することが出来る。

「目はともかく、ここまで耳がいいといろいろ大変そうな気がしてたんだけど」

「ほほ。ま、ただ耳をよくするだけなら何もかもがやかましくて大変じゃろうがのう。これは改良版じゃ。意識を振り向けた方向だけに感覚を絞れる」

「……すげえなあ」

「元々耳がいい竜やエルフなら、意識の分別なぞ魔法など使わんでも自然とやっておることなのじゃがな。元より大した聴覚がないそなたら人間にとっては普段の何百倍という感覚じゃ。大量の音は捌きづらいじゃろうと思うて、しばらく前にディアーネから教わっておいた」

「……ディアーネさんはそういうの元々できるんだ」

「あやつのように他種族に親身になって魔術を開発する者はあまりおらぬでのう」

大抵の魔法使いは、強化型の魔法なんて、自分の強化ができればそれで実用段階としてしまうらしい。

自分の身体特性にプラスをつければそれで用が足りるわけで、この聴覚強化のように「他種族の特性ではどうか」といったところにまで想像力を巡らせる必要は確かに普通あまりない。

この辺は部隊運用のために魔法を扱うディアーネさんならではだろうか。

あるいは医者として、他人に強化魔法をかける視点を持たざるを得なかったのかもしれない。ヒルダさんも割と似た感じの魔法の使い方するしな。

「それより、見よ。そろそろ始まりそうな気配じゃぞ」

ライラは、俺が急角度の屋根でコケないよう、しっかり後ろから抱き締めて支えてくれながら指差す。

「ようやくこの腕が試せるぜ。すみませんね、付き合ってもらっちゃって」

「いえ、私でお役に立てるなら」

「一国の最高騎士相手で不足なんてありゃしません。……いや、一応聞いときましょう。ディアーネ隊長と戦って、勝てる自信ありますね?」

「……正直に言っていいですか?」

「ええ」

「わかりません。あの人が相当に強いというのはわかるのですが、限界を私の前で見せたことは、一度もありませんから」

「……はは、もし『勝てます』とか言ってたら俺も余力を残して踊ってたところですがね。相手の手の内も見ないうちから油断したことを言うような半端者じゃ、うっかりで大怪我されちまいますし」

「……お人が悪いですね」

「用心深いと言って下さい。それに……全力が気軽に出せる歳でもなくなっちまいましてね。ここ数年、無茶したらすぐに節々に来やがる。ポルカでなきゃ二週間は休まないといけねえ」

「……あのスピードでも、まだ余力を残しているということですか」

「ええ。ま、土産話にでもして下さい。……これがセレスタの最速です」

瞬間。

ベッカー特務百人長が、消えた。

「!?」

ライラのかけてくれたこの視覚強化魔法は動体視力も強化する。

タイプがディアーネさんのものと同じなのだから、離れて見てさえいれば、ベッカー特務百人長とボナパルトのおっさんの剣戟も見えるはずだ。

しかし完全に見失った。

「ど、どこだ」

「……とんでもないのう」

「ライラ、見えてるのか!?」

「小娘の方を見るのじゃ」

ライラに言われてネイアの方を見る。

練習用のロングソードを構えたネイアは帽子を押さえ、油断なく……いや、打ち合っている。

動いていないように見えたが、よくみると火花が散っている。四方から打ちかかって来るベッカー特務百人長の攻撃を、右手一本、剣一本で全て捌いているのだ。

よく見れば目を瞑っている。目以外の感覚で攻撃を察知しているらしい。

「……っていうかやりあってるのはわかるんだけど、ベッカー特務百人長が本気で見えない」

「我にもはっきりと捕らえられてはおらぬ……なんという速さじゃ。矢より速いなどという表現では生温い」

「それを捌いてるネイアも……メチャクチャだな」

「いや、あれは……」

ライラが低く唸る。

「ああするしかないのじゃ。技を放つ隙を見せれば一瞬で倒されてしまう。最小限の動きで隙を作らぬようにするしか、持ち堪える術がないのじゃ」

ギンッ、ギンッと金属音が断続的に響く。時々ベッカー特務百人長の姿が見えるが、それは呆れるほどの連撃を一瞬で打ち込むときだけ。

「……なるほどのう。ディアーネが信頼するだけのことはある」

「……あれ、マスターナイトにも充分なれるんじゃないか?」

「下手をすればそれ以上じゃな。……我が、人の限界と思うておった速さをも上回っておる」

おそらく、人間に許された速度の限界。

それが今見ているベッカー特務百人長の動きなのだろう。

そして、それを険しい顔で捌いていたネイアだったが。

「……っ!?」

ベッカー特務百人長が打ち込みついでに放った小さなボール……のような何かが大きな音を立てて炸裂、あからさまに集中が乱れる。

その一瞬で、ベッカー特務百人長はネイアの顔を蹴り抜いていた。

「かはっ!?」

「目に頼らないで戦えるってのは立派ですが、閉じることはないでしょうに」

「いたっ……たたぁ……」

「もういっちょ行きますよ」

「くっ……!」

ネイアは鼻血を舐めながら立ち上がる。すぐに来た攻撃を、今度は捌ききれない。

数合ほど弾いたところでナイフに刃を絡め取られ、折られてしまう。

「いただき、と」

「く……」

「まだやりますか」

「こちらも本気を出しましょう」

「おっ」

ネイアは閃光剣を取り出す。

……おいおい、まさか撃つつもりか、と思っていたらその気はないようで、一瞬奇妙な構えを取ったかと思うと……ネイアから突撃。

「はぁぁぁっ!」

「さすがに」

ベッカー特務百人長は一瞬で背後に回る。

「今ので、その振りじゃ届かないとわかってもらえたと思ってたんですが」

ヒュ、と首にナイフを突きつけるベッカー特務百人長。

だが、その刃が届く瞬間にネイアは消える。

「!」

「わかってますよ」

幻影。ネイアは一歩も動いていない。

そしてベッカー特務百人長に打ち込んだと思われた閃光剣は、そのまま地面に。

次の瞬間、轟音とともに大地が裂ける。

「うおおお!?」

さすがのスピードを誇るベッカー特務百人長も、足場がメチャクチャになればそんなスピードは出せない。

ネイアは特務百人長が慌てたその隙を逃さない。

「せ、りゃあ!」

踏み込み、そのまま柄尻でベッカー特務百人長の顔面に一撃。

凄く痛そうなゴキッという音がした。

「うお、ぶぁっ!?」

殴打に耐えかね、地割れに足を取られてベッカー特務百人長が転ぶと、その眼前に切っ先を突きつけるネイア。

「……今日のところは、勝たせてもらいますよ」

「……降参」

嬉しそうにしているネイアと、ガックリしている特務百人長、二人とも鼻血。

……いや、ネイアはわざとそれを狙ったのか。意外とタイマンでは負けず嫌いな奴だ。

「ほほ。良いものを見たのう」

「……とんでもないもの見ちゃった感じだよ」

「それはベッカーめの技量のことか、それとも小娘のえげつなさのことか」

「……両方」

あと鼻血。

その後しばらくしてから温泉に行くと、案の定特務百人長が腑抜けた顔で浸かっていた。

「特務百人長」

「おー。……なんだ女連れじゃないのか。つまらん」

「ひどい顔してますね」

「チェッ。……勇者ネイアと稽古したんだよ。もうちょい甘い娘かと思ってたが、やっぱ気合入ってんな、あの娘は」

「やられたんですか」

長距離ピーピングには気づいてなさそうなので話をあわせてみる。

「やられたやられた。女の子の顔蹴るとか、本当なら滅多にやりゃしないんだけどよ。ほら俺って紳士じゃん」

「知りませんけど」

「紳士なんだよ。でも格上だし手加減とかできねーじゃん? だからこう、精神的にもダメージ期待して蹴っ飛ばしたんだわ。しかし全然応えてねーでやんの」

「……あれでも魔神相手に三日三晩戦ったって言いますから」

「魔神ってのがどんなもんか知らないけど、まあ相当な相手だろうな、あの娘とやり合うんだから。……報復に鼻折られちまった。まあ、ヒルダさんにも見てもらったし霊泉なら明日か明後日には完治だろうけどよ」

「えっげつないなあ」

「だよなあ。今更お前に言うのもあれだが、気をつけた方がいいぜ。可愛い顔してるが、あれほどハードな女なんてディアーネ隊長ぐらいしか見たことねえや。ウチのローズでさえもうちょっと生易しい」

「ははは」

笑って流す。精神的に折れない娘だってのはわかっている。

……だから、そのままじゃ不幸になるだろう。

なんとかしてやらないといけないんだけどな。

少し様子見をしてからいつもの宿に行ってみると、ネイアがヒルダさんの診察を受けていた。

「んもー、ベッカー君も野蛮よねえ。女の子の鼻蹴り潰すなんて」

「い、いえいえ、鍛錬ではしょうがないです。体に穴空けられるのに比べれば……」

「そういうことじゃないの。まったく、そんな本気でやっつけあわなくたって自分を高める手段なんていくらでもあるじゃないの」

「コレが一番早いんで……あいたた」

「医者として言わせてもらえば、そんなのは筋肉馬鹿の自己満足。怪我して強くなるなんて根拠のない迷信よ。怪我するほど過酷に訓練してその後一ヶ月療養するより、怪我しないで一ヶ月ちゃんと訓練するほうが強くなるに決まってるじゃない」

「そう単純な話では……」

「四百年もお医者さんやってる私に反論する気?」

「……あぅ」

さすがヒルダさん。年の功……って言ったら怒られそうだけど。

「でもよくやり返したわねえ、あのベッカー君に」

「やっぱり強いですよね、彼」

「んー、それもあるけど……鼻やられると戦意って落ちるからね。呼吸しづらくなるし、一等痛いし。それにベッカー君って背ぇ高いから狙うの大変でしょ?」

「それは……まあ、そうですけど」

「やっぱり腹が立った?」

「あはは、お恥ずかしい……なんか、蹴られて鼻がゴキッと言った時に、スマイソンさんがまた怒りそうだなって思ったら、やられたままじゃ……と」

「……ふふふ」

「な、なんで笑うんですか」

「男の子の顔が浮かぶのはいい兆候じゃない☆」

「なんのですか」

「ねー、アンディ君☆」

「!?」

ヒルダさんがこっちに話しかけたのを聞いて、ネイアが耳をビクリと跳ねさせる。

……え、まさか気づいてなかった?

「……す、スマイソン、さん?」

「……よっ」

「み、見ないで下さいっ!?」

ネイアが傍らのテーブルに置いてあった帽子をすごい勢いで取り、鼻を隠す。

「あんまりそのままいじらずに温泉に浸かればすぐ治るわよー。まったく可愛いんだから☆」

「で、ですがその、あまり見てくれのいいものでは……」

「あんなに全身ボロボロでも平気とか言ってた子がコレよ? んー、可愛い☆」

くねくねするヒルダさん。ひたすら小さくなるネイア。

それを観察するのも一興だったが、ネイアを泣かしてもしょうがないので俺は適当なところで切り上げる。

去り際にチラリと食堂の隅に目をやると、キングフィッシャー将軍が幸せそうに雛鳥になっていた。いや具体的にはクチバシ開けてルシアさんにエサ、いや違う食事を放り込んでもらっていた。

……堂々としたもんだなあ、と思うと同時に、なんか困惑したようなルシアさんの横顔が印象的だった。

日が落ちる頃に男爵邸に向かうと、ちょうどお袋がロウソクを持ってランプに火をつけて回っているところだった。

「あら、アンディ」

「母さん。……もしかしてこういうのって夜の間、ずっと番しなきゃいけなかったりするんじゃないの?」

だとすると人を一人雇うのも納得の拘束時間だ、と思ったが、お袋は苦笑した。

「今のランプなら夜の間に油切れなんて起こさないわよ。自分で消して点け直す時くらいは、さすがに私を呼ばなくてもみんな自分でするし」

「なんだ……」

まあそれも日々のメンテナンスのおかげでちゃんと回るのだと思えば、お袋はやっぱり必要な人員か。

「なんだ、なんてまるでガッカリしたみたいに言って。……確かにそんなに大変な仕事じゃないけれど」

「いや、ガッカリなんてしたわけじゃないよ」

「ふふ。でも、こんな特技もないおばあちゃんにちゃんとお仕事くれた男爵様には、感謝してもしきれないわ。アンディは可愛がられてるみたいだけど、あまり粗相のないようにしなさい」

「……いや、母さんは割と特技ある方だと思うし、そもそも男爵の方が年上だから自称おばあちゃんはどうかなと思わなくもない」

「ふふ、そうね」

舌を出すお袋。歳甲斐もない。

とはいえ、実際男爵にはホント世話になってるなあ……アイリーナやクリスティにも、だけど。

いずれ何かお礼でも考えないとな……とはいえ、俺の独力では何が用意できるわけでもないから雌奴隷たちの力を借りることになりそうだけど。

ジャンヌたちを訪ねると留守だった。

珍しい……というほどのことではない。夕方、まだ篝火が消えないうちに温泉へ行くのだ。

セレンとピーター、それにアイリーナやクリスティ、男爵夫人と男爵の子供たちのうち女の子の方も一緒に行っているらしい。

……それだけのおっぱいに囲まれて友好的に入浴するピーターはさぞかし天国だろう。俺も一度くらいはイタズラ小僧やご主人様でなく、そういう合法的な存在として女湯に乱入してみたい。

いやそれはそれとして。

「とすると今、屋敷はほとんど出払っちゃってるのか……」

「ほ、ほとんどというか……料理人や小間使いは働いていますし、男爵様や男の子たちも……あんっ」

「まあ、半分以下だろ、いつもの」

俺は使用人控え室にいたフェンネルを後ろから抱き締め、もぞもぞと胸を揉み、耳を舐めながらそれを確認する。

「……フェンネル」

「は、はい……」

「というわけで、だ。……どうして欲しい?」

「ぁ……」

フェンネルは「館にいるところを遠慮なく抱きに来てもいい」なんて言ってたりした。

つまり、今はフェンネルが望んだ絶好のチャンス。

そう。

望んでいたシチュエーションだ。

「フェンネル」

俺はそのたおやかな線を描く頬に唇を寄せ、声を低めて囁く。

「お前、どこで犯されたい? ……いつも、妄想してるんだろ?」

ああ、なんか俺サディストっぽい口調になってる。

でも、少し不安そうに、どこか嬉しそうにそれを聞くフェンネルを見ていると、なんだか胸の底にちょっとイケナイ感じの情欲が湧いてくる。

「ここで後ろからご主人様に犯されてみたいとか、今突然ご主人様が現れて、無理矢理下着をずらしてチンポ突っ込み始めたら……なんて、いつも考えながら仕事してるんだろ?」

「……そ、そんな……」

「俺の雌奴隷なんだから、それは当然なんだ」

「っ…………」

「昨日はオレガノにセボリー。今日はローリエに午前中チンポ突っ込んできた……お前のココも使わないと不公平だろ?」

「はっ……は、はいっ……♪」

だんだんと、興奮で仕事モードから雌奴隷モードに堕ちていくフェンネル。

他の三人とノリノリでエッチしている時もいいが、こうして突然の誘いに心を揺らし、思考が染まっていく顔を見るのも楽しい。

成熟してなお乙女なフェンネルには、どこか他の娘たちにはない妖しい背徳感がある。

栗色の髪を弄ぶように撫でて、俺はもう一度囁く。

「さあ、どこで犯そうか」

「……あ、あの、ですねっ……」

フェンネルは浮かされ始めた瞳で。

「廊下で……っ」

大胆なことを言い出した。

(続く)