Half-elves Fall in Love

Kingdom of Secrets 4

「さてと、戯れはこの辺にして」

「戯れだったと……この私をからかったと言うのですか、人間の娘」

「いえ、雌奴隷は本当ですけど? なんなら見せますけど」

あっけらかんと言うテテスに背後からチョップ。

「あてっ。……えーと、別にエッチが私の呼ばれた理由の本筋じゃないですよね、ご主人様?」

「そりゃな。一応既にマイアもいるし」

「あ。微妙に傷つきました。マイアさんがいたら私たちいらないみたいじゃないですか」

「性欲の捌け口が足りなくなってるわけじゃないってことだ!」

「まあ私一人いれば例え1年ぐらい繋がりっ放しでも平気だけど」

マイアは小さな胸を張る。ふたりして同じような顔で俺たちを呆然と見ているデューク神官長とレイラ。

「そうじゃない。シモネタからそろそろ離れよう。そうじゃなくてだな」

「魔術か、あるいは化かし合い方面で私が必要なんですよね?」

「……まあ正直化かし合いにお前を使いたくはないんだけどな」

とはいえ、交渉ごとができる人材は、ディアーネさんを除けばテテスかオーロラ、あるいはベッカー特務百人長くらいしかいない。このうち馬車に乗ってたのはテテスだけだったということだ。

それにテテスは他の面子に比べて汚れた事情に強く、裏読みには長けている。手綱さえ握っていれば状況把握には適任だ。

「さて、と。まずは昨日、ここの王様に会って話した部分を……」

「えーと、あっちのドラゴンの人はほっといていいんですか?」

「どうせ俺には手出しできない。それに俺たちには秘密も何もないだろう」

レイラを放っておいて、俺はテテスを相手に経過報告と作戦会議を始める。

たまにネイアにも助け舟を出してもらいつつ、この国の現状やライナーの戦力など、これまではネイアとの間でだけ共有していた事実なども交えてテテスに開陳していく。

「……なるほど。つまり『この国がこうなったのは必然』が王様の主張で」

「うんうん」

「『ドラゴンライダーの力を使ってこの国を救うのはシゴトじゃないのでやだ』がライナー・エクセリーザの主張、と」

テテスがそう総括したので、俺もまあだいたいあってる、と頷こうとしたら、律儀にずっと突っ立って聞いていたレイラが割って入ってきた。

「違います。我が主はそのような偏狭で怠惰な理由で動かぬわけでは……」

「へー。そうなんですか?」

突然の乱入にもかかわらず、テテスが興味深そうな顔で普通に続きを促した。……わざと挑発的な言い方したな、こいつ。

「……こほん。仮にも乗り手として認められるだけの器の人です。あまり侮った言い方はしないでもらいたいものです」

「そうは言っても私、全っ然その人知りませんし。ネイアさんは立派な人だって知ってますけどー」

「我が主は実際に、この国を救うだけの力を持っているのは自覚しておられます。我々配下のドラゴンを使えば、もっと良い土地を征服し、民を運ぶことも決して夢物語ではない。ですが、かの王に飼い馴らされたこの国の人々が、突然そんな風に楽な土地を手に入れても、不幸しか起きない……ということをも、見通しています」

「ははあ。それはそうですよねえ。なんにも教育されてませんもんねえ、この国の人たち。字も読める人少なそう」

「……その通りです。そのままドラゴンの力で横暴に周囲を圧しながら生きていくのでは、ここでも大差はないでしょう。わざわざ奪うという欲望がないだけ、魔物の方が幾分かマシでさえあります」

「……って、あなたは言われてるんですね?」

「口を慎みなさい、人間の娘。私は道理を語っているはずです」

「はーい」

テテスは全然恐縮していない様子で軽く手を上げて返事。

それをどこか薄気味悪そうに見つつ、レイラは改めて俺の方に向き直り。

「ですが、それは教育が行き届かないからです。我が主は勇者の役割を竜に多く代替させることで、勇者の育成や維持にかかっていた負担を振り向け、教育者を育てて民を啓蒙する事を王に具申しようとしているのです」

「へー。そりゃ遠大な計画ですねえ」

「娘。黙っていてくれませんか」

「レイラ」

俺は腕組みをしてシルバードラゴン美女を睨む。

「こいつは俺の側近だ。あまり邪険にされると困るな」

「っ……!?」

彼女は数瞬俺を睨み返し、そして視線を逸らした。

おお。意外と俺の大物のフリ演技、効くもんだな。

「それと気になるのは『具申しようとしている』ってあたりだな。している、じゃないのか」

「……それは」

「まだ腹案だから、ってとこか?」

「…………」

レイラは目を逸らしたままだ。

……なるほど。なんとなくテテスのつつき方の意図がわかってきたぞ。

こいつ……配下とは名乗ってるが、微妙にライナーとは距離がありそうだ。

やり過ぎは禁物だが、揺さぶると出る埃もありそうだな。

「まあ……ライナーがただ外への脱出を面倒がっているだけじゃないのはわかった。だけど、考えるだけは考えてるって横から言われても困る。俺たちはまさに行動のためにここに来たんだ。いきなり喧嘩腰で邪魔して『できるけどやる気はない』なんて言われた、それが俺に対するライナーの答えだ。お前の言葉はそれより重くはならない。わかるよな」

「……ええ」

「その上で、こっちで判断させてもらうよ。俺たちはここのことに対する情報が絶対的に不足してる。何故こうなってるのか、ってことに納得ができないんだ」

そうだ。納得できない。

ネイアの言うような生活形態は自然に有り得るのか。そこで生まれた悲劇はどうしても必要なのか。

少なくとも、それだけは解明したい。そうすることで今後のこの国との……あの王との付き合い方は大きく変わる。

そう。やはり俺は、不安な状況の中で無理に相手をまともだと仮定して、安心しようとしていただけなんだ。

マイアの言う通り、あれらを今の時点でまともと判断するのは願望が入りすぎている。俺を待ち構えていたとしか思えないのに、あんな拍子抜けの会談で済むはずがないんだ。

「……確かに、外の基準でいえばこの国はおかしいのやも知れません。しかし人の身で、限られた土地では……」

「まずそこが疑問ですよねー。ここ、井戸ってあります?」

「井戸……」

「ドラゴンの皆さんにはあんまり必要ないかもしれないですけど、外の国ではどんな場所にだって井戸はありますよ。生活も農業も、川の水だけでは不安定過ぎるじゃないですか」

テテスはレイラを探るように見る。

ハッタリだ。テテスはまだろくにこのあたりを確認していない。あると言われればそれまでだ。

しかし、レイラは急に視線を彷徨わせる。

「お、王宮には……あるような話も聞いたことはありますが」

「普通のところにはないんですね?」

「…………」

レイラは躊躇いがちに頷く。テテスはスッと目を細め、さらに追及を深める。

「水が豊富ならそれだけで病の発生率が下がるんですよ。労働力が足りなくなることも防げます。それに300年も時間があって、出産も調節し、人口を直接管理する手段があったのなら……土地に合わせて余裕を持った人口にも調整できたはずです。飢餓ギリギリの人口で何故減らしもせずに留まるんですか?」

「それは、国にとって新参の我々竜には……そっ、そもそも私たちは王のことまで弁護する義理はありません!」

「まあそれもそうですけど。勇者としてそーゆーの全部知れる知識階級にいながら、イマイチ動く気配を見せないあなたのところのご主人様は、ちょーっと信用するには足らないとこありますよねー」

「……そ、そう何もかもあなたたちに見えるものではないでしょう!」

すっかりテテスのペースだ。

レイラは態度からいろいろ駄々漏らしてることに気づいているかどうか。いや、秘密という意識じゃないのだろうけど。

そんな彼女がさらに何かを言おうとしたところで、岩壁の曲がり角の向こうから鋭い声が響いた。

「レイラ!」

「!」

レイラがビクッと硬直する。

そして振り返ってしばらく……気を持たせるような間を置いてから、ザッザッと颯爽とした足音を立てながら別の銀髪女が現れた。

昨日、城でライナーに傅(かしず)いていた女だ。

「シャリオ……」

「お前はもう下がれレイラ。それ以上は醜態だ」

「っ……でも」

「下がれ」

シャリオと呼ばれた女はレイラの方をトンと押して、もと来た道の方に行かせる。言葉と表情は厳しいが、声音はそれほどの冷たさを持っているわけではなかった。

「レイラを篭絡しようとでもしたか、異邦の乗り手よ。下手な事を考えるようなら私も黙ってはいないぞ」

「篭絡ね……」

ドラゴンの聴覚で遠くから聞いていたのだろうが、そんな風に取れる要素があっただろうかと思い返してみる。別に懐柔はしていないよなあ、と少し考えて、あっと気がついた。

ドラゴンにしてみれば、信じていた「正義」の再定義をされることは、下手をすればそれにあたってしまうのか。

「そんなつもりはなかったけどな。この国の実態を俺は知りたかっただけだ。ライナーという存在を通して」

「……ライナー様とて、王家の間違いには気づいている。それを、既に打破するだけの力があることも。だが、それでもないがしろにはできぬ理由があるだけだ」

「理由?」

「……いずれわかる」

このシャリオという女は、レイラよりもやはり一段階、ライナーについて深く知っているようだった。

「神官長。王家より伝言だ。できる限り客人を丁重にもてなせ。ネイア・グランスも同じ扱いで、と」

「……承(うけたまわ)った」

デューク神官長が胸に手を当てて了承の意を示すと、そのままさっさとシャリオは戻っていこうとする。レイラに比べて随分せっかちなようだ。

「ちょっと待て、シャリオ」

「……貴様に呼び捨てにされるのは不愉快だ、異邦の乗り手」

「……その『理由』があるから、ライナーは……シルバードラゴンは王家に恭順してるのか?」

シャリオは答えず、一歩だけ立ち止まった後にまたザッザッと去っていく。

「ありゃりゃ。情報レベルは高そうだけど、難物ですねえ……新しい方のドラゴンは」

「いや。……ある程度はわかっただろ。少なくともライナーには建前と本音に差がある。レイラがあれなら、外様(とざま)の多くのドラゴンはその建前の方しか知らされてないってことだろ」

「なるほど……切り崩しようはありますか」

「さーて、な」

順当に敵対するならあの「勇者」と俺が生身で決着をつけることになる。

それは避けなければ駄目だ。少なく見積もってもマスターナイト級、勝てるわけがない。

だが、それ以外の構図に持ち込むならライナーのドラゴン戦力の巨大さは避けて通れない。少しでも少なくできるという光明は、あるに越したことはない。

「それにしても、王家を……というより、王をないがしろにできない理由、か」

だんだんと、ネイアの言葉だけでは見えなかった、この小さな世界の輪郭は見えてきた。

決して堅牢ではない。いや、今にも炎に包まれるかもしれない。そんな危うい、歪曲の王国。

さて。そうなると、不用意に動くのは得策じゃないのかもしれないな。

「テテス。慎重にやろう。俺たちの身の心配よりも……この国自体、下手な動き方をしたら一瞬で派手にひっくり返ることになりかねない気がするぞ」

「奇遇ですね。私もだいたい同意見です」

気持ち悪いのは、ジェダ王もライナーも、それを恐れている様子がなさそうなところだ。

もしかして、お互いに俺を何かに利用しようとしてるのか?

……まさかな。

(続く)