仕事をしていると、ガラガラと車輪の大きな音がして、職員の誰もが手を止めた。

 馬車でわざわざギルドにやってくる人間は、非常に限られている。

 まあ、おそらく王都からの人間だ。

「みんな、ご苦労であるな」

 ちらっと見ると、ギルドマスターのタウロが中へ入ってきたところだった。

 何をしに来たのかは、おおよそ見当がついていた。

 先日、ランドルフ王が話していた職員派遣の話だろう。

 タウロの顔を知っている職員も知らない職員もいるようで、半分は顔を強張らせ、もう半分は不思議そうな顔をしている。

「ちょいちょい~、何よ、オニイさん。いきなり入ってきて。ガタイめっちゃいいけど、冒険者志望ー?」

 冒険者上がりなのだから、志望者に見えなくもなかった。

 タウロがどう反応するのか様子を見てみることにしよう。

「え、違うくない?」

「うん。あの人って……」

 ひそひそ、と他の職員がささやき合っていた。

「イイ歳してんだからさぁ~。『ご苦労』じゃなくて、『お疲れ様です』だろぉー? ジョーシキってやつがわかんねぇかなぁ~?」

「はっはっは。それは済まないな」

「わっかりゃいいんだよ、わっかりゃな。これだから冒険者志望のやつはー」

 ったくしゃーねーな、とモーリーが鼻からため息をついている。

「な、ナメた口利いちゃってる――!?」

「た、大変だ! 誰か、誰か早く支部長呼んで」

「支部長ぉぉぉ!」

 にわかに慌ただしくなる事務室の中、ぽわぁんとした声でミリアが言った。

「あっ、冒険者志望の方だったんですね~。それでしたら、まず受付を――」

 ミリアも顔を知らなかったらしい。

 くるん、と俺のほうを振り返った。

「ロランさーん。冒険者志望の方です。受付をお願いします」

 タウロは二人の間違いを正すつもりはないようで「お願いしまーす」と俺を見て会釈をした。

「……部下で遊ぶな、阿呆」

「うははは」

「? ロランさん、お知り合いですか? だったら安心ですねぇ~」

 にこにこ、とミリアはタウロに言い、モーリーは嫌そうな顔をした。

「ロランの知り合いかよぉ~。ったく、なってねえな、ジョーシキやレーギってやつがよぉ。冒険者を教育すんのも? 職員の仕事っつーか? キチンとそこんとこ、やっとくんだぞ、新人クン」

「はい。わかりました」

「うはは。ロランが、あのロランが……。うははは! 怒られている!」

「チッ。おまえが職員で遊ぶせいだろ」

「まあまあ、そう怖い顔をするな」

 ぱたぱた、と奥からアイリス支部長が出てきた。

「マスター! きょ、今日はどのようなご用件で――ああ、あと、知らなかったとはいえ、うちの者が大変失礼を――!」

 ミリアもモーリーもきょとんとして、冒険者志望らしきガタイのいい男を席から見上げている。

「いやいや、構わない。ロランにちょっとな」

「支部長、この程度で腹を立てるなら、ギルドマスターの器も高が知れるというもの。安心してください」

 そ、そぉ? と訝るアイリス支部長。

「すんませんっっっっっっっっしたぁっっっっっっっっ!」

 シュバっと椅子から一瞬で降りて土下座をするモーリー。

「あ、あの、わたしも、すみません……」

 ミリアは立ってぺこりと頭を下げた。

「ああ。職務に忠実なのがよくわかった。今後もこの調子で頼むぞ」

 主にミリアに言っていたが、顔を上げたモーリーの目が輝いていた。

 ……ライラに褒められたときの、バカエルフのような、そんな目だった。

「ついて来い」

 俺は席を立ち、奥にある応接室へと向かう。

「客人にぞんざいな対応は感心せんな、アルガン職員」

「客人は職員で遊んだりしない。支部長も、いいですか?」

「え? 私も? いいけど」

 目を丸くするアイリス支部長も一緒に、応接室へとやってくる。

 ドカッとタウロがソファに腰を沈めた。

「さて、何から話そうか」

「バーデンハーク公国の冒険者ギルドのことだろ? ランドルフ王から聞いたぞ」

 頭に疑問符を浮かべるアイリス支部長が、俺とタウロを何度も見ていた。

「ああ、そうだったな。レイテ女王とは何度か書面でやりとりをしていたんだ。後々、フェリンド王国とバーデンハーク公国で、冒険者の国境を無くしたいということでまとまった。だから、こっちの冒険者が向こうでもクエストを受けることが出来、逆もまた然り。まあ、まずはあちらさんのギルドを上手いこと運営しなきゃならんわけだが――」

 わけがわかってなさそうだったので、アイリス支部長に状況を伝えた。

「……職員の派遣……それがロランに?」

「今回の件は便宜上、バーデンハーク公国からクエスト依頼があった――ということにし、これを大規模クエストとしてロランに一任しよう、とランドルフ王と話をまとめてきた」

「『ギルドシステムの設立と運営』というクエスト扱いにしたわけか。なるほど。面倒な仕事は俺任せ、と」

「うははは。そう言うな。だが、おまえにしか出来んことだ。『ロラン組』という集団(ユニオン)もあるくらいだしな」

「何?」

 ……なんだそれ。

「知らないのか? おそらく、クエスト斡旋をよくしてもらっている冒険者や、冒険者試験でおまえに見出された冒険者のことだと思うが」

 うなずいたアイリス支部長がしれっと言う。

「ええ。そうです」

 そうです? アイリス支部長は知っていたのか。

「……なんだ、そのダサい名称は」

 頭痛がしてきた。ロラン組……? 建築系のギルドか?

「おまえが声をかければ、どこでも集まるくらいには、よく教育がされているという話だが……」

「ええ、そうです」

 半分チンピラのよく知る冒険者あたりが中心になってそうだ。

 概要を伝え終えたあたりで、ミリアがお茶を運んでくると、楚々と一礼して出ていった。

「ミリアちゃんというのか……素朴な感じで可愛い……」

「おまえは昔からああいうタイプが好きだな」

「ま――まさかミリアちゃんもすでに――」

「下衆の勘繰りはよせ」

 くすくす、とアイリス支部長が笑っている。

「……アイリス……ロランは、ここでもモテてる?」

「ええ」

「はっ、あぁーそーですか、そーですか。でしょーねー。おまえ、従軍中からそうだったもんなぁ。魔法部隊の女の子は、みいーんな、おまえに恋したって話だ。夜毎に違う子がおまえの幕舎を訪れたって噂になるくらいだしなー。……何人とヤった?」

 ごん、とタウロの脛をつま先で蹴った。

「いだ!?」

「阿呆。女性の支部長がいる。場を弁えろ」

「で、何人? 一〇人くらい?」「全体の半分くらいだ」「はん――!? オレは全然モテなかったのに」

「声がデカイしデリカシーがない上に清潔感がないからだ」

 魔法が使える女――これは貴族の子女であることが大半だ。魔法使いというのは一種のステータスのようなもの。幼いうちから高等教育を施す貴族は多い。

 従軍していたのは、家督相続権が下位の子女が多かった。

 後々聞いた話では、優秀そうな騎士、魔法使い、功績を上げた武官は、彼女たちの結婚相手の対象となっていたそうだ。

「あと、これ。ほら、プラントマスターの証」

 ついでのように、タウロは懐から出したバッヂを机に置いた。

 モーリーが胸につけているのと同じものだ。

「忘れたころに持ってくるな」

「取得する人数が少ないからな。作るのにも少々時間がかかるんだ。ともかく、大規模クエストの人選は一任する。現地では、レイテ女王と殿下が直々にご助力下さるそうだ」

 ……殿下? ああ、メイリのことか。

 プラントマスターのバッヂを付けながら話を聞いていると、あとは雑談だから、とタウロはアイリス支部長を応接室から追い出した。

 下衆な会話をアイリス支部長がいる前でやっていたのに……雑談じゃないな?

 しばらく無言のままでいるタウロ。

 外の気配を探っているようだった。

 アイリス支部長の足音が遠ざかり、事務室の喧騒がうっすらと応接室に聞こえてくる。

「…………ロラン」

 テーブルの上に身を乗り出しタウロが小声で言う。

 俺も同じようにして、耳を近づけた。

「バーデンを何度か訪れたが、そのとき……あの人を見かけた……」

 何を言うのかと思えば。

 思わずタウロの顔を見たが、冗談を言っているわけではなさそうだった。

「人違いだろ。おまえ程度にわかるはずがない」

「オレもそうだと思ったが……。オレは畏怖すらしている女だが……おまえにとっては親同然の人だろう」

「今もそこにいるとは限らない」

「そうだな」

「なぜ今その話を?」

「バーデンは、まだ国内がゴタついている。議会を作るって話だが、今まで王が握っていた権力が、一市民の自分でも握れるかもしれないんだ。ゴタゴタに乗じて裏で悪どいことをしようって連中が山ほどいる」

 この前の、山奥の家に届いていた手紙の内容が脳裏をよぎった。

「俺が受けた大規模クエストは、ギルド設立と運営だろう?」

「オレの見間違い、人違いであれば最上。……いつからかは知らんが、バーデンには、裏ギルドがあるっていう噂だ」

「よからぬ響きだな」

「やってることは、この国のギルドと真逆だ。盗み、誘拐、密猟、密輸密売、そして……暗殺」

「……それで、師匠が本物じゃないかと疑ったわけか」

「ああ。ただ見かけたくらいじゃ、オレだっておまえにこんなことは話さない。無関係であることを祈りたいが……」

「俺がおまえを唯一認めているところがある。……理屈では測れないほどの、勘の良さだ」

「だから、今回の大規模クエストの件は、特におまえに……」

「餅は餅屋、か……」

 事が事だけに、タウロは表情を曇らせたままだった。

 無言で席を立ち、俺の肩をポンポン、と叩いて、応接室をあとにした。