◆ロラン

 深夜だった。

 俺がレイテから与えられた部屋で休んでいると、よく知った気配がしたので、ベッドを抜け扉を開けた。

 そこには、扉に手をかけようとしていたディーがいた。

「あらあら。こっそり忍び込んで、眠っているロラン様をいぃーっぱい可愛がってあげようと思ったのにぃ。残念」

「忍び込もうと考えているなら、正面の扉から入らないことを勧める」

「それでもすぐに察知するくせに」

 まあな、と俺はひと言言って、ディーを中に入れた。

「首尾はどうだ?」

 今日で、面と向かってやりとりするのは、三回目だった。

 定時連絡は、俺が出した『シャドウ』にディーが手紙を持たせ、それを俺のところまで運ばせる。

 内容は、俺とディーがあらかじめ決めた暗号で記されているため、俺たち二人以外が読んでもわからないようにしてある。

 もし手紙を運ぶ途中『シャドウ』に何かあれば、俺が真っ先に気づく。そこから、誰が手紙を狙ったのかも調べることができた。

 だが、今のところ危惧した事態は何も起こらないあたり、ディーは上手く懐に入り込んだようだ。

 見聞きするだけなら『シャドウ』をベイルに貼りつかせればいいが、場所次第では魔法結界が張られる可能性はなくはない。

 そうなると『シャドウ』では入り込めない部分が出てくるので、ディーに頼まざるを得なかった。

『責任者の男だけを逃がす。ウェルガー商会の裏を探るため泳がせる』

 グレイウルフの密猟者たちを狩る前、俺はディーにそう指示をした。

『近づき信用を得てくれ』

『悪い男(ひと)。わたくしの気持ちを知りながら、違う男に近づかせるなんてぇ……』

『善人になったつもりはない』

『ううん。勘違いさせたのならごめんなさい。そういう残酷で無慈悲なところが好きよ、と言ったのよぅ』

 こうして、グレイウルフ狩りの責任者であるベイルを逃がし、ディーは実に上手く近づいた。

 さすが、吸血鬼。

 異性に取り入るのは朝飯前といったところか。

 以前の報告でわかったことは、ベイルの立場は末端に近いこと。

 いくつかある密猟部隊のひとつを率いていたが、それが無くなった今、別部隊へ配属されるかもしれないということだった。

「ベイル君、商会の仕事に復帰してから順調みたい。また密猟の仕事なのかと思ったけれど、どうやら違うみたなの」

「次は何の仕事だ?」

「次は、どうやら誘拐みたい。はっきりとは言わないけれど、十中八九そうらしいわぁ。悪い男(ひと)が好きと言ったのが余程効いたのかしらぁ。ロラン様ただ一人を指してそう言ったのだけれど」

 困っちゃうわぁ、とディーは微笑する。

「それで、狙っているのは、政敵になるであろう元貴族や富豪の子を狙うそうなのぅ。誘拐したあとは、そのまま政敵を操ってもよし、多額の身代金をもらってもよし……」

「資金集めと議員たちに対する牽制か。一石二鳥というわけだ」

「ええ。密猟も他の仕事もそうだけれど、方針としては、多額の資金を集めて議会が無視できない組織にするみたい。今後は脅された議員や、金で頬を叩かれた子飼いの議員が増えるはずよ」

「国の経済に深く密着されると、排除は困難になっていくな」

 だが、まだ『癌』はそこまで侵攻していない。

「まだ暗殺という手段には訴えないつもりみたい。利用できるものは利用する――暗殺は、そのあとかも……?」

「口封じを目的とした殺しは、一般的な動機だな」

「あとそれと、ロラン様が言っていた人……『エイミー』『エミーリエ』『セリン』『ジャンス』『ギュゼル』……この名前を使っている人は、ベイル君の周囲にはいないみたいよ」

「そうか。わかった」

 特徴は美形の女。年齢不詳、何と名乗っているのか不明、とにかく強い。……この程度の特徴では、捜しようもない、か。

 唯一の特徴である『美形の女』ですら、時と場合によって変える。

 タウロは、本来の姿を見かけたようだが、すでにこの国にいないなら僥倖だ。

「まだこれは調査段階だけれど、商会が集めた資金のすべては、議会を操るためだけのものではないみたい。どこか別の場所にも流れているようなのだけれど、まだ不明なの」

「資金が流れている……? それも調査を引き続き頼む。いずれにせよ、復興をはじめたこの国と一緒に『癌』が成長することだけは阻止したい」

 この国にはメイリがいる。

「うふふ。ロラン様が肩入れするのは、ちっちゃい子供だけなのかしらぁ?」

 リーナの一件も、確かに今回のように私情が混じった。

「違う。定義は曖昧だが、長い時間や、濃い時間を共に過ごした存在や……そうだな……俺の気持ちの『内側』にいる存在と言えばいいか」

 ディーは微笑したまま、俺の鼻をつんつんと触った。

「ロラン様ったら、難しい言い方をするのねぇ。ただ『大事な存在』って言えばいいのよぅ」

「……なるほど。『普通』はそう言うのか。今後はそうしよう」

「わたくしに何かあっても、ロラン様は動いてくれるのかしらぁ……?」

「大丈夫だ。俺が何かするまでもなく、おまえなら自力でどうにかできる」

「もぉ。女心のわかってない男(ひと)ぉ。そこは、何が何でも助けるって言うところなのに」

 怒ったフリをして、ディーは俺を半目で見てくる。

「自力でどうにかできると俺が思えるほど、おまえを信頼しているということだ」

 じっと俺のことを見つめたディーの瞳が、熱を持つのがわかった。

 ぎゅっと抱きついてくる彼女を抱きとめると、勢い余ってベッドに腰かける形になった。

「嬉しい……」

 ささやくように言うと、ディーにキスをされる。

 そのまま服を脱ぎ、体重をかけて俺をベッドに押し倒した。

「今日という今日は、わたくし、たくさん可愛がってもらわなくっちゃ……」

 馬乗りになり、今度は俺の服に手をかけたが、待ったをかけるように俺はその手を掴んだ。

「目覚めたときおまえがいなければ、ベイルが不審に思う」

 最後の一枚を脱いだディーが、髪の毛を振る。

 ディーの髪の毛が起こした小さな風は、少し甘いにおいがした。

 ほんのり冷たい体温は、彼女がアンデッドであることを思い出させた。

 空いていた胸の穴は、痕は残っているが今では塞がっている。先日直したそうだ。

 白い素肌に、余計なものが一切ない下腹と可愛らしいヘソ。

 滑らかな曲線を描いたくびれ。柔らかい大きなふたつの胸と、それを包む黒いブラジャー。

 薄暗くてもディーの姿はよく見えた。

「今回の調査が正式なクエストだったら、報酬がもらえるのよぅ、ロラン様ぁ?」

 背中に片腕を回しブラジャーを外すと、つまんだそれを俺の顔に落とした。

 俺は呆れてため息をひとつ吐いた。

「…………わかった。……夜明けまでだ」

「うふふ。愛してるわ、ロラン様♡」