「おっ。これは凄いな」

卵と小麦粉と畑で獲った何やらの材料で奮闘すること小一時間、遅めの朝食は少し手の込んだ料理が出てきた。

「ふふん。あたしだってパンの作り方だけ集めてたわけじゃないんだから!」

サラがキッチンから運んできたのは、きつね色の焦げ目も綺麗に焼けた香ばしいマッシュルームのパイ、それに形の揃った大粒のレンズ豆の煮込みスープである。

「このキノコ、どうしたんだ」

「屋敷の裏に生えてたのを獲ってきたの」

「おいおい、大丈夫だろうな」

キノコの毒性を判定するのは素人には難しい。

駆け出し冒険者の中には、野外でキノコを食って腹を下したことが遠因となって死んだ連中も結構いる。

だから、ある程度の熟練者の冒険者の合言葉は、野外のキノコは食うな、である。

「大丈夫よ、昔から村で食べてるキノコだって教わったし、鶏も食べて平気だったから」

毒味は済んでいる、ということか。

考えてみればこの屋敷には前の代官の料理人がいたわけで、キノコの栽培とまでいかなくとも、食べられるキノコを取り尽くさない程度の工夫はしていたのかもしれない。

「悪かったな。じゃあいただくか」

合図をすると、全員が待ってましたとばかりにマッシュルームのパイにかぶり付く。

「いやあ、まるで貴族様になった気分だな。このパリッとした皮がたまらんね」

「この黄金色の生地と、よくオイルを吸ったキノコのボリュームもいいですね」

「でしょう?やっぱりオーブンがあると違うわよね。石造りの立派なのがあって、すごいの!」

先程までの卵を巡る仁義なき緊張は何だったのか。

3人はすっかりと、どこかの料理漫画のような談議を続けている。

ゴルゴゴは、と見れば話題には加わらず一心不乱にパイを口中へと送り込むのに忙しい。

もしゃもしゃと口を動かすたびに、周囲のヒゲも揺れている。

まあ、いいか。みんなが幸せなら、それでいい。

少し疎外された気分で、ハーブ茶をすすった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

食事を終えると、食卓はそのまま今後の領地の政策を検討する会議になる。

このあたり、職住近接のいいところでもあるが、元の世界の会社員ならば落ち着かない気分になるところだろう。

「そんで、次は何をしやすか」

これまでは護衛だけしていればいい、と口をあまり出してこなかったキリクも、最近の会議ではよく発言する。

卵の効果でもないだろうが、口を出すことで世界が変わっていくという内政の面白さがわかり始めているのかもしれない。

「そうだな。出稼ぎ農民達に動いてもらう目処は立ったから、あとは仕事を継続して提供することだな」

「そうね。やっぱり毎日仕事をして、毎日たくさん食べたいものね」

働けば食える、という経験の後には、働き続ければ豊かになれる、という更なる経験を与えたい。

幸い、この村にはやるべき仕事が山ほどある。

「以前も検討したとおり、まずは村を豊かにすることが第一。そのためには農民の食事を豊かにすることが最初の施策になる」

「するってえと、豆を農家の庭先に植える、ってやつですな」

「そうだ。栽培用のレンズ豆の選別は済んでいる。あとは農家に配布していくことだ。野外に配布所を設けて、生誕名簿と合わせて配布記録を記帳する。何か問題は?」

「とりあえずの名簿準備は以前の検討どおり進んでいますから問題ありません。場所はどこにしますか?」

村人の疑心暗鬼を防ぐため、代官屋敷を出て野外で配布を行うことは決定している。

とは言え、周囲からよく見える、一定の場所がある、屋敷からある程度は近い、という諸条件を満たす場所となると自ずと限られてくるものだ。

「教会の周りでやったらどう?ほら、出稼ぎ農民の人達も綺麗にしてくれたし、すごくやる気のあるところを見せたら村の人とも仲良くなれるかもしれないし」

「いやあ、そりゃ無理じゃねえかな。村の連中も、そんな急に態度は変えられねえだろう」

「そうですね。それに農家には栽培用の豆を配布して、出稼ぎ農民の人達にはしないわけですよね。きっと羨む人もでてきますよ」

「でも、出稼ぎの人達は、小麦とか豆とかをもらうでしょ?」

「そりゃそうだがな。土地持ちの農家の連中は、なんも働かずに豆をもらえるのを目の前で見るわけだ。仕事をもらえることに感謝するよりも、なぜ自分はもらえないんだ、と憎みたくなるのが人情ってもんじゃないか?」

「・・・そうかもしれないけど!でも・・・」

先日の大掃除の件でも思ったことだが、パペリーノ、サラ、キリクの3人が議論すると良い意見が出てくる。

聖職者、農民から冒険者、商家から傭兵、と多様な経歴に基いて検討されるせいか、視点のバランスが取れている。

思っていたよりも早く、領地の運営を手渡せる日が来るかもしれない。