Himekishi to Camping Car
Weapon to travel with princess knights
夜、キャンピングカーの中。
直人は運転席でハンドルを握っていて、車を走らせていた。
フロントガラスの向こうでヘッドライトに照らし出されているのは、一直線にのびた土の道である。
現代日本のアスファルト道路の快適さに比べれば天と地ほどの差があるが、車が走れないほどではない。時速20キロ程度のスピードで、パトリシアは大して揺れず走行していた。
運転する彼の後ろにある居住部分の六畳間和室には、鎧姿ののソフィアと子犬がいた。
子犬は畳の上に腹ばいで寝そべっていて、ソフィアは少し離れた所からそれを見つめていた。
学生時代、レンタルワゴンで友達と旅行にいった時、運転中にみんなが後ろの席でトランプしていた時の事を思い出した。
(あれはあれで楽しかったな)
そう思い、今回も同じような気分になった。
それを思い出させてくれた一人と一匹をバックミラー越しにみて、姫騎士に確認する様に問いかけた。
「湖はこの方向のまま行けばいいのか」
「そうだ、ここから南に少し下った所に大きな湖がある」
「南か」
直人はスピードメーターの横にあるコンパスを見る、機能してるそれは進路がちゃんと南になっている事を示している。
「それなら、とりあえず水の補給は何とかなるな」
「すまない、わたくしがシャワーで大量に水を消費したからなのだな」
「いや、水はいいんだ。湖とか川とかあれば補給ができるんだからな」
問題があるとしたら(・・・・・)ガソリンだ、と直人は思った。
「一応聞くけど、ガソリンって分からないよな」
「がそりん、か? すまない聞いた事はない」
「まっ、あったところで原油だろうな」
一応聞いてはみたけど、その存在に期待はしていなかったので、落胆はしなかった。
同時に、悲観する事もなかった。
結論からいうと、彼にとってガソリンは「何が何でも必要なもの」じゃないからだ。
このパトリシアはガソリンがなくても、丸一日の太陽光充電で何分かは電気だけで車として走れるほどのオプションをつけているし、車として動かさなければ生活用電は余裕で足りてしまう。
ガソリンがないことによる影響は、長距離走行ができるかできないかだけだ。
「なきゃないで、のんびりやりゃいいだけだし」
一日五分間車を動かして適当に旅していく、それでいいんじゃないかって直人は思った。
むしろその方がいいとも思う。十年間にわたる社畜生活の反動で今はとにかくのんびりしたいのだ。
「なにか言ったか?」
聞いてくるソフィア。直人は答えるかわりに、彼女と出会ってから気になっていた事を質問した。
「あんたは、これに驚かないんだなって言ったんだ」
「これって、この民家の事か?」
「車なんだが」
指摘するが、民家と言われて悪い気はしなかった。
「そういえば車輪がついてたな。そうか車か」
「ああ」
「しかしこの居住性……さしずめ移動する民家、といったところか」
「移動する民家か、おれのいたせか――国だとキャンピングカーかモーターホームっていうんだ」
「聞いたことのない言葉だ。このようなものも初めて見る」
「なのに驚かないんだな、こんなのを見たら普通驚くだろ――これとか」
直人は手元にあるスイッチを押す、天井にあるLED電灯のスイッチで、それで六畳間の電気が消えて、また点いた。
「こういうのはみた事ないだろ?」
「ないな、そもそも熱を持たない明かりなどみた事もない」
オークに襲われかけた魔法を使う姫騎士。その情報からこの異世界の科学レベルを予想してその事を聞いたが、予想は大体合っているようだ。
おそらく中世レベルだと改めて思った。
「初めて見たものばかりなのに驚かないんだな」
「父上の教えだ」
そう前置きするとともに、彼女は畳の上で背筋を伸ばした。
バックミラー越しにみてハッと息を飲むほど、凜然とした美しい姿だ。
「見えるものには驚くな、お前に見えるものはすべてこの世の理(ことわり)の中にあるものだから、知らないものを非常識なものだと思ったとしても驚かずまずはうけいれろ、と」
「なるほど、それで驚かなかったのか」
(かわりに色々ダメだったけど)
密かにそう思ったが、口には出さなかった。
ソフィアはなおも言う。
「それに、以前同盟を結んだ西方の帝国に赴いたとき帝国が誇る最強の移動要塞を見せてもらったこともある。移動要塞があるのなら、移動する民家があってもおかしくはない」
「すごい言葉が出てきたけど、まあたしかにそれの下位互換にはなるよな」
ソフィアの言葉に、直人はニンマリとなった。
はじめてリアルで耳にする移動要塞という言葉そのものよりも、自慢のキャンピングカーがそれと同じカテゴリーに入れられた事の方がうれしかった。
移動要塞、キャンピングカー。
いずれもガジェット・メカ好きの男の心をくすぐる言葉である。
「よかったな、パトリシア」
まるで頭をなでる様にダッシュボードに振れていると、背後からソフィアの声が聞こえてきた。
「ああ……」
「どうした?」
「い、いや、なんでもない」
ソフィアは慌てて否定するが、その反応でますます気になったので、直人は運転したままバックミラー越しで彼女の方を見た。
こたつの横に鎧姿のソフィアと子犬がいた。一人と一匹は共にこたつの横にいるのだが、微妙に距離が離れている。
手を伸ばしても微妙に届かない程度の距離。
ソフィアは畳の上に伏せている子犬を食い入る様に見つめている。さっきから直人と話していて、父親の言葉を説明するときを除きずっと子犬を見つめている。
バックミラー越しにも分かる程目はそわそわして、手がうずうずしている。
(触りたいんだろうなあ)
たまにさりげなさを装って、座ったままずれるように移動し、子犬との距離をつめようとするが、子犬はその度にビクン! ってなって彼女から距離をとってしまう。
彼女が動いて、子犬が逃げる。
子犬が逃げて、彼女が追いかける。
その度に彼女は声を漏らし、肩を落として落胆する。
バックミラーでちら見していただけでも、それは三回も繰り返された。
このまま続けていたらこたつをグルグル回る追いかけっこになって、彼女は心を砕かれるだろう。
そんな風に子犬から拒絶され続けるソフィアがいい加減不憫に思えてきたので、何とかしてやろうと直人は車を止めた。
「ナオト?」
ロックを外し、回転式の運転シートをくるっと180度まわして、居住部の方に向けた。
そのまま立ち上がり、六畳間の姫騎士の横を通って、後方の貯蔵室に向かった。
扉を開けた貯蔵室の中は雑多なものが入っていた、その中にスーパーで食料を大量に買ったとき入れ物としてもらったダンボール箱があった。
それを引っ張り出して、和室の方に戻ってくる。
「それはなんだ?」
「ダンボール箱」
「だんぼーるばこ?」
「ちょっと待って」
直人は畳んだ段ボール箱を開き、底を組み立てて部屋の隅っこにおいて、中にタオルをしいた。
「ほら子犬、ダンボール……みかん箱だぞ」
「くぅーん?」
呼びかけられた子犬は体を起こし、直人とみかんの絵がプリントされたダンボール箱を交互に見比べた。
みかん箱、直人、みかん箱、直人。
そうして交互に見つめていたのだが、みかん箱の方に何か感じるものがあったのか、子犬は次第にみかん箱を見る間隔が長くなっていった。
やがて、とことこと箱の方に向かって歩き出す。
「あっ……」
声を上げるソフィア。彼女の目の前で、子犬は縁側に登った時と同じように自力でみかん箱の中に這って入った。
そして、箱の縁にあごを乗っけて顔だけ出した。
だらけた、気の抜けた表情をした。
「はわぁーん」
直前まで背筋を伸ばして座っていたソフィアだったが、子犬とみかん箱のコンビにへなへなとなって、だらしなく目尻が下がってしまった。
直人も子犬の事を可愛らしいと思ったが、ソフィアほどではない。
「ソフィア」
「かわいぃ……」
「……ソフィア」
「はっ」
強めに呼んでやると、彼女はハッと我に返り、咳払いして取り繕った。
「な、なんだ?」
「芸術品をしってるか?」
「むっ、 馬鹿にするな、確かにわたくしは世間知らずだが、芸術品という概念くらいは知っている」
「それと同じだ。みかん箱に子犬……これも見て楽しむ、触っちゃだめな芸術的なものだ」
「……そうか! そういうことだったのか」
大げさなくらいに驚いて、納得したソフィア。
(おどろかないんじゃなかったのか)
「分かった、触らない!」
「そうしな」
宣言通りみかん箱の子犬に手を出すまいと拳をひざの上で強く握った姫騎士だったが、すぐに拳から力が抜けて、顔がほっこりしてしまう。
「……ちょろいなあ」
好意的なニュアンスが含まれたそんな感想が、夢中になってるソフィアに届く事はなかった。