Himekishi to Camping Car

The Princess Knight and the Beginning of the Nightmare

六畳間1Kキャンピングカーは街道を二十キロ未満の低速で走っている。

まっすぐ伸びた街道に、並走するような鮮やかな紅葉。

窓の向こうに見える景色はすっかり秋めいていて、それを眺めるためにゆっくり走らせている直人である。

のんびりした空気の中、助手席のソフィアに聞く。

「この道をまっすぐ行けばいいんだな」

「そうだ、この先にケルラスという港街がある。海産物の産地として有名で、それを求めて商人や旅人で賑わう街だ」

「食料の補給は出来そうなのか?」

「賑やかなで豊かな街だ、問題ないだろう」

「そうか」

このキャンピングカーにはオプションでドライブコントロール機能が搭載されている。運転手がアクセルを踏んであげた速度をそのまま、ぴったりまったく同じ速度でコントロールする機能だ。

いわば速度ロック、直人たちの旅は、ほとんどの場合十から二十キロの間で速度が固定されている。

そんな速度でゆっくり街道を走っていると、道の先から何かが近づいてくるのが見えた。徐々に大きくなったそれは、いくつかの箱を積載した馬車である事がわかった。

すれ違う直前に直人はドライブコントロールを解除してブレーキを踏んで車をとめる、それをみて、向こうも手綱を引いて馬車を止めた。

パワーウインドウをおろし、御者台にのったヒゲ面の中年男にはなしかけた。

「どうも、こんにちは。それは何を乗せてるんですか?」

「魚だよ、見ての通り行商人でね、これを次の街に運んでるところなんだ」

「魚ですか」

頷く直人、荷台を見る。荷台には四角い木箱がいくつも積み上げられていて、箱の上にうっすらと魔法陣のような紋様がぼぅと光っているのが見える。

「そういえば最近魚食べてなかったかも……すいません、すこし見せてもらってもいいですか」

「いやあ、見ての通り魔法冷凍されてるから、ここじゃ開けられないな。おれは魔法使えないし、次の街まで距離があるからね」

商人からすれば当然の答えた。おそらくは一度きりの冷凍密封で、それをといてしまえば次の街に着くまでに魚が腐ってしまうのが目に見えている。

「冷凍くらい、わたしがしてあげるわよ」

部屋の奥からティアの声が聞こえてきた。背中から羽を生やした魔人は六畳間で、ハーフエルフのミミと一緒にコタツに入っている。

「そんなことができるのか?」

「当然よ、わたしを誰だと思っているの? この魔人サローティアーズに出来ない事なんてないわ」

「ずっこけないで歩くことは?」

「で、出来るわよそんな事!」

ソフィアの突っ込みに、ティアは顔を真っ赤にして反論した。

きっと出来ないだろうな、と直人は思うもあえて指摘せず、車から降りて商人の前に立った。

「って訳で、魔法はこっちでやります、見せてもらってもいいですか? ダメだったら全部買い取りますから」

「まあ、それならいいけど」

商人は箱の冷凍魔法を解除して、箱を開けた。

中から冷気が漏れ出し、大量の魚が出てきた。

「これは、サンマですね」

横からパトリシアが顔をだしてきた。ますますパワーアップしたオッパイはそばにいるだけで癒やされる。

「サンマか、秋の王者だな」

「王者なの?」

更に、子犬を抱いたミミがやってきた。

「ああ、秋はなんといってもサンマだからな。秋の味覚の中でも最強クラスだとおれは思ってる」

「そうなんだー」

「しかしサンマか……うん、目も綺麗だし、身も引き締まってる。これくらい新鮮だとタタキかなめろうにして美味しく食べられる。余った骨は焼いて骨せんべいにするものいい。生がだめならさんが焼きでもいいかもしれない」

「マスター、それはちょっと違うと思います」

あごを摘まみながらサンマの料理法をつぶやいていた直人に、珍しくパトリシアが反論を唱えた。

「違う?」

「はい。サンマですから、ここはやはり基本に立ち返るべきだと思います」

「……そうだよな。うん、サンマはそうだよな」

「はい」

「基本にって、どういう事だナオト」

ソフィアが訝しんで、聞いてくる。そんな彼女に、直人はにやりと答えた。

「基本にして奥義、と言うことだ」

商人が立ち去ったあとのキャンピングカー。

変形した縁側の先で、直人は慣れた手つきで石を積み上げて、かまどを作っていた。積み上げた石に泥を塗り込んで、あっという間に即席のかまどができあがった。

パトリシアから渡されたタオルで手を拭きながら、言った。

「本当は七輪があるといいんだが」

「それはなんだ?」

ソフィアが首をかしげる。

「九十九点を百点にするための道具だ。まあ、なくても大丈夫だ」

そういい、あらかじめさばいた、はらわたを取って身を洗ったサンマをキッチンから持ってきた。

キャンピングカーの中とかまどを往復している間も、子犬は舌をぺろりと出したまま、つぶらな瞳を輝かせて直人の隣にぴったりくっついてくる。

「くぅーん」

「わんこもサンマ食いたいのか?」

「わん!」

「そかそか、じゃあわんこの分も作ってやるからな」

「わんわん!」

子犬は大喜びした。

直人はしゃがんで、かまどに火をおこし、その上に網をのせて、サンマをおいていった。

火が均等にあたって焼けるように、バランス良く等間隔に置いて。

「よし、あとは待つだけだ」

「よしって、これだけなのか?」

「ナオトにしては手抜きですわね」

調理法に疑問を抱く二人。直人は彼女達に向かって、得意げな笑みをむける。

「まあ見てろ」

直人はにやりと、サンマをひっくり返していく。

「おにいちゃん、なんかお手伝い出来る事ない?」

「そうだな……、じゃあ、美味しくなるようにおまじないしてくれるか?」

「おまじない……うん! わかった。わんちゃんおいでー」

少し考えたミミ。何かを思いついたらしく、子犬をつれて、かまどから少し離れた。

少女と子犬は離れて見合って、どちらからともなく飛びついていった。

さながら、相撲の立ち会いの如く。

彼女達は抱き合ったままくるくると回る。

「オゴオゴ♪」

「わんわん!」

そんなおまじないと微笑ましい気分で見守りながら、更にサンマをひっくり返す。

すると焼けた身から脂が落ちて、じゅわー、と香りが辺りに広がる。

「ふわあ……」

「美味しそう……」

腹ぺこ二人組はそれだけで顔が蕩ける。サンマの香りにまなじりがだらしなく下がった。

「よし、出来たぞ。パトリシア、皿」

「はい」

「これがソフィア、これはティア、こっちがミミ、はい、わんこの分もー」

直人は一尾ずつ、焼き上がったサンマを皿に載せて、みんなに手渡した。パトリシアにも渡した後、最後に自分の分を取った。

みんなが皿を手に取って、子犬もサンマを前にしてナチュラルに「待て」している。

「それじゃ……いただきます」

直人が音頭をとり、全員が唱和した。

そして、全員が一斉にサンマを食べ始める。

「お兄ちゃん、おいしい!」

「ナオト、わたしの料理人にならないか」

「働きたくないでござるー」

適当に返事をする直人。

五人と一匹、秋先の縁側でサンマを頬張った。

直人はパトリシアに目を向けて、聞く。

「パトリシアはどうだ? 口にあうか?」

「はい、とっても」

頬に手を当てて、うっとりとほほえむパトリシア。

「そうか。まあ、なんと言って秋のサンマだからな」

「サンマは秋なの? わたしなら一年中取ってこれるけど?」

「違うんだティア。あんたならとれるだろうけど、食べ物にはそれぞれ旬ってのがあるんだ。スイカが夏と同じように、サンマが秋なんだ」

「なるほど」

「ねえねえお兄ちゃん、他には? 秋は他に何があるの?」

「そうだなあ……定番はやっぱり焼き芋かな、枯れ葉を集めてたき火しながら焼くの最高だ。果物だと柿がいいな、皮をむくだけでもいいし、こうして縁側があるんだから、干し柿をつくってもいい。あまいぞー。そうだ! 電子レンジがあるから、銀杏がもし手にはいるのならそれもいいかもな」

「銀杏って、あの臭(く)っちゃいの?」

ミミが鼻をつまみながら聞いた。

「ああ、あの臭いのだ。封筒にいれてレンジでチンすれば美味しいし、楽しいぞー」

「楽しいの?」

ミミが目をきらきらさせた。

「楽しいぞー」

「想像がつかないわねナオト。封筒なんて、どう料理と関係するの?」

「マスターは魔術師でいらっしゃいますから」

「……たしかに!」

パトリシアの言葉に、ティアが思いっきり納得する。

買いかぶりすぎだと直人は思ったが、それならそれでいいかなと思う。

ふと、ソフィアが一人だけ、喋らずにサンマを食べているのが見えた。

なんでしゃべらないんだろう、と思い、彼女に話しかける。

「ソフィア? 味はどうだ?」

「……」

「ソフィア?」

もう一度彼女に呼びかける。やはり返事はない。

他のみんなもそれに気づき、子犬をのぞいた全員が手を止めて、彼女を見た。

サンマを一匹丸ごと――頭まで綺麗に食べきったソフィアがようやく顔を上げる。

そんな彼女に、ミミが歓声をあげる。

「わあ、お姉ちゃんの目がサンマになってる」

「取り憑かれたわね」

「ナオト!」

「な、なんだ」

気圧される直人。気高い姫騎士は骨だけになった皿をつきだして、言った。

「おかわり!」

「お、おう、ちょっと待ってな」

「気に入ったみたいですね」

「ああ、そうだな」

パトリシアとうなずきあい、追加のサンマを焼いていく。

それを全員で、わいわい食べていった。

しかし、この時の直人はまだ気づいていなかった。

気に入ったソフィアが、この先冬になるまで、毎日サンマを強く要求してくると言うことに、また気づいていなかったのだった。