Hisshou Dungeon Unei Houhou

422nd moat: I couldn't beat modern farming technology...

現代農耕技術には勝てなかったよ……

Side:ユキ

目の前には、がっくりと手と膝をついているおっさんが一人。

その名を、農耕神ファイデという。

「……俺は、存在している意味がない。ふふふ……」

などと、何かぶつぶつ呟いているが、俺からは何も言えなかった。

その悲しき、中年おっさんの寂しい背中を見つめているしかできない。

さて、なぜこんなことになっているかというと、先日、セラリアたちがファイデを説得して、問題なしということになったので、ようやく俺と顔合わせをして、ウィードの政治や技術の説明をしていたのだ。

セラリアたちがしてもよかったのだが、それでは地球からの技術だという認識が低くなりそうなので、俺はもちろん、タイキ君や、タイゾウさんも一緒に説明して回ったのだ。

無論、このウィードの開発に携わっているのは俺だけなので、説明は主に俺が行っていた。

ファイデのおっさんは、ただの農家のおっさんというわけでもなく、しっかり地球が持つ知識や技術を説明するだけで、ある程度理解するというものすごい柔軟性を持ち合わせていた。

まあ、農耕神って言ってるくらいだから、それ相応の知識があるからだろう。

決して、馬鹿ではないというのは俺からも感じ取れた。

敵意もなく、新しい知識や技術を喜んで聞いてくれた。

ある一点を除いて……。

「なあ。ユキ殿。畑を見せてもらえないか?」

そう、農耕神としては外せないところだ。

あえて、俺はそれを避けていた。

だって、農耕の神様だから、何か言われるとかおもうじゃん?

そっちのプロフェッショナルだぜ?

こちとら、地球の知識はあるとはいえ、行うのはずぶの素人。

学校や農家でのノウハウがあるわけではない。

なので、俺としてはファイデの機嫌をそういった意味で損ねないか心配で避けていたのだが、希望されてしまえば仕方がないので、案内したというわけだ。

もちろん、俺たちは知識があるだけで、実際のノウハウがあるわけではないというのはしっかり伝えた。

で、現場を見せてこうなったわけだ。

言葉から察するに、農耕神としての自信がすべて打ち砕かれたのだろう。

そりゃー、この中世ヨーロッパ並みの文化、文明レベルで、地球の現代農耕技術に勝るものがあれば、すでにファイデがリリーシュを超える信仰の対象になっているだろうからな。

「ユキ殿たちの地球の技術はすごいのだな。……いや、それでは失礼だな。これは、簡単に出せる結果ではない。あまたの農家だけでなく、多くの知恵が集まってできたものだ。多くの血のにじむ努力あってのことだ」

そういいながら、ゆっくりと立ち上がるファイデ。

そして、畑に生えているトマトに近づく。

「こんな立派な大きい実は見たことがない。なあ、そこのオーク君。これをいただいてもいいか?」

「どうぞ、どうぞ。赤くなっているのはうちで消費する分ですからね。はい」

オーク、というか、オークベジタブルキングのジョンがにこやかにトマトを収穫ばさみで摘み取ってファイデに渡す。

野菜や果物は出荷するときは青いままだす。運んでいる間に熟すのだ。

と、そこはいいとして、普通の畑は無難な栽培しかしていないので、いろいろな実験をしているジョンたちが受け持っている畑に案内したわけだ。

「これはトマトだな?」

「はい。そうですよ」

「南部にある毒の実と言われていたが、食用だったんだな」

「はは、真っ赤ですからねー。どうですか食べてみては?」

「このままいけるのか?」

「いけますよー……」

ジョンはそういいつつ、ファイデを安心させるつもりか、そのままトマトにかぶりつく。

プチトマトではなく、大ぶりの霜降りトマトで食べごたえがあるのは見てもよくわかる。

ジョンも見せつけるように、全部一気に食えるのに、わざわざ実半分だけかじって、ファイデに中を見せる。

その過程でトマトの中の果汁が溢れて地面に落ちる。

今年のトマトも十分立派だな。

そろそろ、ウィードの固有品種とかできてもおかしくなんじゃないか?

いや、そこら辺のことは全然詳しくないから、ジョンが報告してくれるまで待つしかないのだが。

「おおっ、すごいな。これほどまでに立派なトマトは見たことがない」

「そりゃ、そうですよ。トマトをここまで食えるように品種改良したのは、大将の故郷ぐらいしか存在しないですからねー」

「品種……改良か。それは、より私たち、人が食べることに合わせて作り変えたという認識でかまわないか?」

「そうですね。誤解覚悟で簡単に説明すると、大きい実が生る物同士を掛け合わせて、受粉させて、確実に大きい実がなる種を作ったりとかするんですよ」

「なるほど。となると、この甘味はより甘味があるトマト同士を掛け合わせたものなのか?」

「はい。まあ、こっちの人は血が混ざるみたいで最初は嫌がる人が多いですけどね」

「それは……そうだろうな」

ジョンの言う通り、掛け合わせという行為は、最初はどうも受け入れがたいようだった。

純血、つまり王侯貴族などや由緒ある家系とかから、下手に混ぜ物はよくないという話だ。

それを、食物にももってきてしまっている。

まあ、俺からすれば人の血も混ざりに混ざりまくっているんだけどな。

ということで、ジョンたちがこういった品種改良を行い、それを証明することで、最近では品種改良の部門が各国でできて、固有品種の開発、それを軸とした輸出などを検討しているらしい。

そんな簡単にできるならだれも苦労はしねーって。とは思うが、やらなければ始まらない。

この大陸の農耕技術は牛歩だったのが、今まさに未来へと走り始めているのだ。

「……しかし、このきゅうりというやつもなかなか、歯ごたえがあっておいしいな」

「そうですか!! じゃ、これを漬けた漬物があるんで食べてみませんか? ごはんにあうんですよー」

「ほう。あの米だな? あれに合うのか。ぜひ食べさせてもらって……」

あ、駄目だ。

あいつら、今回の趣旨忘れていやがる。

いや、話が合う人とは語り合いたいのはわかるよ?

でも、今はやめれや。

お前らどっちもそれなりの立場なの忘れてるだろう?

そのまま、帰宅しようとしている2人の襟をつかむ。

「お? 大将?」

「ん? ユキ殿もきゅうりの漬物が食べたいのか?」

「寝言は寝ていえ。今はまだウィードの説明の最中だ。あとファイデ殿はいまだに敵か味方か判明していないんだ。それを明言してもらわないかぎりは……」

俺がそういって次の案内に連れて行こうと力を籠めると、ファイデが突然叫んだ。

「俺はユキ殿に味方すると誓うぞ!!」

突然の宣言にリリーシュやヒフィーも含めて全員ポカーンとしている。

しかも、俺に襟首つかまれたままという、なんとも情けない姿のままで。

とりあえず、俺はいやーな予感はしつつもその理由を尋ねてみることにする。

「ファイデ殿、いまだウィードの説明は終わらず、本命のダンジョンの話は一切していない。なのに、なぜそのような発言をしたのかお聞きしても?」

「ユキ殿が嘘をついていないことは理解した。この畑や、ウィードの街、あのアイスを見て作らせてもったからな。これ以上疑う理由はない。間違った認識で争いを起こそうとしているあいつらについている理由がない。そして、その問題を持ち込んだのは私だ。全面的に協力することを誓う」

襟首をつかまれたおっさんはそう、真剣な瞳で言った。

うん。嘘は、なさそうだ。そう嘘は言っていない。

「そうですか。ご協力いただけて何よりです。ならば、ここに留まる理由はありませんね。ウィードの説明は後回しにして、まず正確にダンジョンのことを把握していただいて、敵対している神々のことを相談しましょう」

俺はそう、淡々と行うべき事柄を言って、畑馬鹿と野菜馬鹿を引っ張っていこうとするが、2人とも地面に引っ付くようにしゃがみ込む。

「どうかしましたか? 具合でも?」

「あ、いや……」

「た、大将……」

「まさか、漬物を食べたいとかいわないよな?」

俺がそういうと、2人は俺から視線を逸らす。

……はぁ。

「とりあえず、お茶うけに漬物は出すから、本格的に飯を食うのは後にしてくれ」

「仕事は早いことに越したことはない。そうだな、ジョン」

「ええ。畑仕事は日が昇る前からやるもんですからね。ファイデ」

そういって、即座に立ち上がる馬鹿2人。

なんて現金な奴らだ。

しかも、片や神様、片や俺の部下ときたもんだ。

泣いていい?

いや、切羽詰まってピリピリしているよりはましだけどさ、なんかこう、むなしいというか……。

「リリーシュも一緒にどうだ?」

そんな俺の気も知らずに、テンションが上がっているファイデはリリーシュに声をかけるが、リリーシュは笑顔のままで。

「バカですかー? ああ、バカでしたねー。いえー、もう変態の域ですねー」

と、毒を吐いていた。

そんなことはありつつも、ちゃんとお茶うけの漬物で我慢してくれたからいいものの。

ガリ、ガリ、シャキ、シャキ……。

いい音を立てて、ガツガツ漬物を食っていなければだが。

お茶うけってわかる?

ガツガツ主食のように食べるもんじゃねーよ?

「なるほど。こちらのダンジョンの方の話は分かった。しかし、そうなると、あいつらはダンジョンのことを詳しく知っているのかどうかという話になるな」

「そもそも、こことほかのダンジョンのシステムが違う可能性もありますから。そこらへんは考慮に入れた方がいいでしょう」

「そうだな。だが、流石にここまで違いすぎると変だと、俺でもわかる。あいつらが意図的にやったのか知らないのかはわからないが調べる必要はあるな」

「そこらへんはお任せします。ウィードとしては、表立って他国に干渉はできないので、あくまでも、ファイデ殿が独自にということになります」

「わかっている。向こうには適当にこちらのことを報告して、逆に探りを入れてくる」

こんな感じで、漬物を際限なく口には運ぶものの、話は聞いてくれているので注意もしにくい。

「だが、このままでは、俺が調べたいことだけだ。そちらは何か調べたいこと、聞きたいことはないのか? 協力を惜しむつもりはない。このままでは神としての面目もない」

いや、最初から期待はそんなにしてなかったけどな。

だが、それを下回る残念さでもう挽回不可能とか言いたいが、水を差すだけだから黙っておこう。

「……そうですね。調べられる限りでいいですので、こっちに仕掛けている策略とかを頼めますか?」

「策略というと?」

「こちらでも調べていることなんですが、ウィードはもちろん連合加盟国に対して、さまざまな工作をしているんですよ。まあ、どれも摘発するには難しいレベルなんですが。でも、放って置くには危険ですし、その小さいことを止めれば相手方もあきらめる可能性もあります。小さな手出しもできないということで」

「なるほどな。俺としては戦いがなくなるのならそれに越したことはない」

「あとは、相手のダンジョンマスターやダンジョンの情報ですね。何か今現在知っていることはありますか?」

「これと言ってないな。俺はあくまでも仲介者みたいなものだからな、あいつらの国に深くかかわっているわけじゃない。ダンジョンの話も聞いただけだ」

「そうですか。なら、ダンジョン関連の情報も集めてもらえますか」

「わかった」

そうやって話し込んでいると、気が付けば晩御飯の時間だ。

「と、今日はここらへんでいいでしょう。詳しい話は明日以降に詰めましょう」

「そうだな。と、宿をとっていなかったな。どこか泊まれる場所はあるだろうか?」

「そうですねー。俺たちの紹介で問題はないですけど、一応リリーシュの友人ですから……」

俺は横にいるリリーシュに目を向ける。

「しかたないですねー。私としては馬小屋に放り込みたいところですが、ファイデが協力するというのですから、それ相応の宿を紹介しますねー」

「ほっ。助かる」

「だからー。しっかり働いてくださいねー? 今までのんびりしてたんですからー」

「うっ。わかった。全力でやらせてもらう」

いやー、リリーシュもあんま変わらないだろうとツッコミを入れなかった俺はすごいと思う。