Hisshou Dungeon Unei Houhou

541st Moat: Woman on Iron Face

鉄面の女

Side:ユキ

「最終確認だ。ちゃんと……」

「部屋の用意は……」

「料理の下準備を……」

朝も早くからそんな声が飛び交っている。

さて、その理由だが、本日バイデに、フィンダール帝国の使者が到着するということで、最終準備に追われているのだ。

「キャサリン様、街の警備の配置完了です」

「わかったわ。もうすぐ民も起きてくるでしょうから、再び告知をして、フィンダール帝国の使者に失礼が無いようにしなさい」

「はっ!!」

横では、このバイデの領主であるキャサリンが使者を迎えるための最終確認に追われている。

流石というべきか、今まで交易都市バイデを運営していたおかげか、こういう他国の使者の歓迎準備も慣れているようで、最初から特に慌てる様子もなく、しっかり準備を行っていた。

やはり、キャサリンという人物は得難い人材なんだろうな。

まあ、仕事ができるということは、それだけクソ忙しくなるんだけど。

こっちはこっちでウィードの準備があったからなー。

こうやって、任せられるのは非常にありがたい。

お陰で俺はこうやって報告を聞くだけでいい。

いや、流石に物資とかが不足しているから、ウィードからの物資輸送とかはやってたけどさ。

そんなことを考えていると、指示を終えたキャサリンがこっちにやってくる。

「ユキ様。フィンダール帝国を迎える準備はもうすぐ整います」

「問題とかは?」

「今のところは特にございません。多少、民が帝国軍を迎えることに警戒しているぐらいです」

それは仕方ないか。

実際攻め込まれていたんだし、安心してくださいって言う方がむりか。

「バイデを攻めた際の恨みからの使者へ危害を加える可能性が無くもないですが、幸いこの前の戦闘ではバイデの民には被害はありませんでしたので、恨みによる報復というのはかなり低いと思います。逆に、家に閉じこもる可能性が高いかと」

「まあ、そうだろうな。報復があったとしても、ジョージンたちがバイデで動き始めた時に多少いざこざがあったから、そこで出尽くしているだろうし」

「はい。ジョージン殿が率いる帝国軍の復興活動もあり、帝国に対する感情はそこまで悪くありません。そもそも、ウィードに喧嘩を売ることになりますから。バイデも帝国もそんな馬鹿なことはしないでしょう。どっちの兵士も必死でそういう報復行為は止めるはずです」

ああ、ジョージンの要請を受けて、シェーラが舞台を整えてアスリンたちと一緒に不満を持つ奴らをぶちのめしたんだっけ。

そのおかげで、バイデに常駐する兵士はもちろん、駐留する帝国軍もにこやかに手を取り合っている。

「報復攻撃があるなら、ウィードの俺たちか」

「……いや、ないでしょう。バイデや魔術学徒、そして帝国兵士たちはボコボコにされましたし、それを見た一般人が害をなそうとは思わないでしょう。バイデの裏の抑えもあの人に頼みましたし」

「ああ、ビッグか」

「はい。裏もユキ様が早いうちに手を回しましたし、裏表問わず食料の配給もしっかり行っています。この状況で一般人がウィードに仇をなそうと思うはずがありません」

「まあ、ある程度安全なのはわかったけど、慢心には注意だ」

「はい。心得ています」

「迎えの方は予定通り、ジョージン殿、シェーラ、キャサリンがメインで護衛はサマンサとリーア。俺の方の護衛はドレッサ、ヴィリア、ヒイロ。バイデ全体の監視、遊撃はクリーナ、アスリン、フィーリア。これで重要人物への攻撃は防げると思う」

「お心遣い感謝いたします」

そんな感じで、特に問題もなく準備が終わり、あとは到着を待つだけになる。

やることは色々あるが、バタバタ動くわけにもいかないから、バイデの執務室を借りて、書類制作や処理をしていると、キャサリンとジョージンが入ってくる。

「到着したか?」

「はい。10キロほど離れたところに布陣をしております」

「では、予定通り、私たちはスタシア殿下、ジョージ殿下の迎えに行ってまいります」

「任せた。シェーラは話し相手。サマンサ、リーア、護衛たのんだよ」

「「「はい」」」

そういって、5人は部屋を出て行く。

さーて、できる限り仕事は減らしておこう。

「様子は見に行かないの?」

俺が書類仕事を再開すると、クリーナがそんな疑問を口にする。

「クリーナが今監視してるからな。俺がわざわざ出て行く理由もない。万が一戦闘になればここが臨時指揮所だからな。そういう意味でも俺が動くわけにはいかんよ」

「ん。納得」

クリーナは納得してコール画面での監視を続ける。

そして、護衛として残っているドレッサも疑問があったのか、クリーナが話し終わったのを確認して、口を開く。

「そこはいいけど、なんでわたしたちはユキの護衛なの?」

「ドレッサ!! お兄様の護衛は名誉なんですよ!!」

「いや、落ち着いてよ、ヴィリア。私たちより、サマンサやリーアの方が腕が上じゃない。私たちが迎えの護衛で行った方がよかったんじゃない?」

「あー、そういえばそう。ヒイロも不思議」

「そのまんまの意味だよ。護衛の能力がリーア、サマンサの方が上だからだ。万が一、そのまま戦闘に突入しても、対象を守りながら切り抜けられるだろう、あとは、護衛としての教養だな。お偉いさんの守りだから、それ相応の礼儀もいるんだよ。まだリーアは礼儀関係は拙いけど、ちゃんとセラリアとかに教えてもらっているし、サマンサとかは根っからのお嬢様だからな。ロガリ大陸の細かい作法も覚えているし、キャサリンからハイデン、フィンダールの礼儀作法を教わっているぐらいだ。ドレッサ、できるか?」

「うひゃー。無理よ無理。私、ユキの護衛でよかったわ」

「ヒイロもむりー」

「……あなた達はもっとお勉強が必要ですね」

ヴィリアはこめかみをぴくぴくさせながら怒っている。

んー、俺としては3人ともよく頑張っているとは思うんだけどな。

ヴィリアの採点は厳しいようだ。

「というか、ドレッサ。貴女はもともと王女様でしょう!? もっと慎みを!!」

「あー、ヴィリア。そういう細かいことは苦手って言ってるじゃない。ヒイロも礼儀作法とか嫌よねー」

「色々細かくてヒイロにがて」

「もー!!」

なんかヴィリアがヒートアップしてきたな。

「落ち着けヴィリア。今後ゆっくり覚えていくさ。なあ?」

「え?」

「ふぇ?」

俺の咄嗟のフォローは理解されず、2人とも「覚えるわけない」と反応する。

しかし、このまま放って置けば、ヴィリアがお説教モードに入るし、そのままフィンダール帝国のお偉いさんと会うのは勘弁だ。

「覚えるよな?」

と、ドスを聞かせていうと、2人はようやく俺のフォローと気が付いたようで、慌てて口を開く。

「あ、うん。そうね。ちゃんと覚えていくわよ」

「ヒイロも頑張って覚えるよー」

「……まあ、いいでしょう。でも、今日の会談はお兄様の後ろで大人しくしていてください。私が対応します」

「うん。そこはお願い」

「おねがいー。ヒイロはお兄を守るからー」

ふう。何とかうまくまとまったな。

と、そんなやり取りをしていると、伝令が来てすでにバイデに向かって使者が来ていると報告が来る。

「よし、クリーナとアスリン、フィーリアは引き続きここで全体の監視な。俺たちはバイデの入り口へ迎えに行く」

「ん。気をつけて」

「お兄ちゃん頑張ってー」

「兄様頑張るのです」

そんな声援を受けて、俺たちはバイデの門へと向かう。

道中、ビッグが路地の影からこちらに手を振っていたので手を振り返した。

あのおっさんもかなり有能だよな。

今度、またなにか差し入れ持っていこう。

そして、門につくと、ちゃんと楽団らしき集団が並んでいた。

「そういえば、ウィードの楽団とかどうなってるんだ?」

「え? なんでユキが知らないのよ?」

「そういうところはセラリア任せだからな」

「楽団ならセラリア様がクアル様と話し合って、ロシュールの楽団から楽師を引き抜いてきて、新しく作ったとか言ってましたよ? 地球の楽器をふんだんに取り入れてオーケストラにしたとかなんとか」

「あー、なんかそんなことを聞いた気がする」

すげー無駄だろうと思って聞き流してたわ。

オーケストラとかやっている暇ないだろうにという意味で。

まあ、やる気があるのはいいことだから放って置いたけど、それが形になったってことか?

そんなことを考えていると、迎えに行ったジョージンたちが使者の殿下たちらしき人物と護衛の人たちを連れて戻ってきたのが見える。

それと同時に、楽団が動き出し、けたたましい……じゃなくて、迎えの演奏を始めた。

これが使者に対して最大限の歓待を表現するためのお約束ではあるが、めんどうだよな。

楽団の人たちも緊張した面持ちだし、一つ間違えれば首が飛ぶと思うだろう。

いや、これが名誉だといえば名誉なんだが、心臓によくないよな。

そんな小心者のようなことを考えていると、キャサリン、ジョージンたちが俺たちの目の前に立ち、音楽が止まる。

「ユキ様。ジョージ殿下、スタシア殿下をお連れいたしました」

キャサリンがそう言って横にずれるとジョージンたちが前に出てくる、その後ろにジョージ殿下と……バケツヘルムを被った人がいた。

……え? あのバケツヘルムかぶった人がスタシア殿下?

女性かすらもよくわからない。

フルプレートアーマーもがっしり着込んで、胸の方もさらしでも巻いているのか、さっぱり判断が付かない。

「ユキ様。こちらが、フィンダール帝国、第一王女スタシア殿下と第二王子ジョージ殿下でございます。スタシア殿下。こちらがウィードの王配であられるユキ様でございます」

「私がフィンダール帝国、第一王女スタシアです。ウィードの王配であられるユキ様自らのお出迎え、そして、素晴らしき歓待誠に感謝いたします」

そうヘルメットを取り外すこともなく、ビシッと挨拶するスタシア殿下。

声は確かに女性だ。

いや、聞いてはいたけどさ。これが文字通りの鉄面皮か。

余程、リラ王国の件を引きずっているらしい。

と、いかんいかん。

例えバケツヘルメットで、太陽○歳!!とか言い出しそうでも、ヘルメットを取らない以外はちゃんとした挨拶だから返さなくては。

「遠路はるばるようこそいらしてくれました。ジョージ殿下もお代わりないようで」

「はい。ユキ様のおかげで、スムーズに事を運べました。ありがとうございます」

これ以上スタシア殿下と話していると、いろいろな意味で変な顔をしそうなので、さりげなく、ジョージ殿下に話をふると、察してくれたのか苦笑いしながら、返答してくれた。

これが姉だと困るよな。

このバケツヘルムというフルフェイスのヘルメットをかぶって毎日城内を歩き回っていると、みんな微妙な顔をするだろうさ。

「さて、ここでの立ち話もなんですし、街へどうぞ」

「はい。ありがとうございます」

とりあえず、門での簡単な挨拶は終え、俺たちは領主館へ問題なく戻ってきた。

道中、俺たちや使者に害をなそうとするものはおらず。

そういう意味では出だしは好調と言える。

が……。

「すみません。ユキ様。やはり姉上の兜を取ることができませんでした」

「話は伺っていますから、私は大丈夫ですが。そちらの他の使者や護衛がなぜかスタシア殿下に対してピリピリしていませんか?」

「……流石に公式の訪問でこのような無作法だとピリピリします。姉上のせいで皆殺しなどというイメージがあるのでしょう。ウィードの実力は道具を見て知っていますし……」

「ああ……なるほど」

「ということで、よければ、ユキ様のほうから、姉上のヘルメットの件は問題ないと言っていただければ……」

「わかった。苦労してるな」

「……代わってください」

「こっちも代わってくれるなら考える」

「嫌です」

「どっちも大変だよな」

「はい」

「「はぁー……」」

なんだか、本当にジョージ殿下とは気が合いそうだよな。

苦労的な意味で。

「ははは、若者の苦労は買ってでもやるべきですな」

と、ジョージンはこちらを見て笑っていた。